第14話(ラフェド視点)王権を持つ者は一人
途中から馬を狩猟管理人に頼み、船で湖を横切ったので、夕暮れまでに王都に着くことができた。
ルドゥクは摂政公邸に泊まることになっており、公邸の厨房に獲物の調理をしてもらう。
待ちかまえていた料理人が自慢の腕を振るい、食卓にはダキ肉の串焼き、テンチェ肉と野菜の煮込み、果物に焼き菓子など、豪華な料理が並んだ。
「今日の糧に感謝します。ゼラーレン」
皆で祈りを捧げた後、大人は自分で料理を取り、ルドゥクには従僕が給仕した。
テンチェの煮込みは薄い生地に包んで食べるのだが、生地を蒸すときに敷く葉の香りが移っている。口の中でとろける脂ののった肉も、さっぱり食べることができた。
「おいしい! おじうえ、おばうえ、すごくおいしいです!」
ちょっと眠ったらルドゥクはすっかり回復したようで、なかなかの食欲を見せた。
「そうだな。自分で狩った獲物は格別だろう」
「テンチェ、とっても美味しいですよ!」
ラフェドとリオリエルが褒めると、ルドゥクは嬉しそうに笑い、その笑顔に大人は癒される。
そんなルドゥクは、今日のことでリオリエルに興味を持ったようで、信徒会での暮らしについてあれこれ質問責めにした。
「山には、畑もあるんですか?」
「もちろんです。皆で野菜や果物を育てているんですよ。
二人の話を聞きながら、ラフェドはふと想像してしまう。
彼らが丹精していた畑や果樹園が、信徒会の解散によって世話をする者がいなくなり、枯れて荒れ果てるところを。
ルドゥクは、そのようなことは知る由もない。
「おさかな……は、ないですよね」
「あります、渓流で魚がとれます。陛下は、釣りをしたことはおありですか?」
「ないです! してみたいな!」
「じゃあ今度──」
言いかけたリオリエルが、ハッとしたようにラフェドの様子を伺った。
「ええと、ラフェド様のお許しがありましたら」
勝手に自分が決めてはいけないと思ったようだ。
ラフェドはニヤリと笑ってうなずく。
「そうだな、いつか行こう。ルドゥク、リオの話をよく聞いておけ。お前が治める国には、山で暮らす民もいるんだ。そして、楽しいことばかりではない」
「あっ、そうですよね! ごく、ごくろう? も、ありますよね」
ルドゥクに聞かれ、リオリエルは人差し指を顎にあてた。
「そうですねぇ、特に冬は大変ですが……でも、全ては神がお与えになった試練です。それに、先人の知恵の積み重ねもあるので大丈夫でしたよ」
「ちえの、つみかさね……あ、『王のせいしん』みたいなものでしょうか」
「どう、なんでしょう」
リオリエルがラフェドを見る。
「『王の精神』とは、代々の国王の記憶が『スラフ』に封じられていくのですか?」
「いや、ただの記憶や心で思ったことまで受け継がれるわけじゃない。初代の王だけは色々と細かく封じたようだが、その後は儀式として行われたことだけが追加で封じられていく」
影徒についての情報は、初代の王が最初から封じたようだ。
「ぼくも、ちちうえからそうききました」
ふと、ルドゥクの顔に寂しそうな影が差す。イスファル王のことを思い出したのだろう。
「あっ、でも知恵を受け継ぐというところは一緒ですね!」
リオリエルが、サッと話を先へと進める。
「どうやって受け継ぐのですか? 王だけが受け継ぐことができるのですよね」
ルドゥクは「はい!」とうなずいた。
「王になると、左の手のひらに、『しるし』が出ます。『スラフ』にその手でさわると、カギがひらいて、せいしんをよみとれるんです」
「そんなことができるんですか!」
「でもぼくは、まだひらいてないんです。だいじなことをだれかにしゃべっちゃうかもしれないから、成人してからひらくことになってます」
子どもがうっかりしゃべってしまうのも危険だが、子どもに大きな情報を背負わせて、それを誰にも話すなと言うのも酷だ。
「それで代わりに、俺が受け継いだってわけだ」
ラフェドは左手を上げてみせた。銀色の『支配者のしるし』は、今日も輝いている。
(『スラフ』は執務室にもあるが、儀式の間にも置かれている。あそこは神秘的で独特な雰囲気だから、そこで鍵を開いて映像と文字が頭の中に流れ込んできた時は、さすがに畏怖のようなものを感じた。子どもならなおさら、恐怖を覚えるだろうな)
リオリエルが思わずといったように、両手を組み合わせた。
「ふわぁ……神様のしるし……」
「人の手に祈りを捧げるな」
「尊いしるしですから。もちろん、ルドゥク様も」
リオリエルがルドゥクに向き直って両手を組むと、ルドゥクはあわてて左手を上げる。
「ぼくのしるしは、今はおじうえにあずけているので!」
見ると、彼の左手にもしるし自体はあるのだが、ラフェドのように銀色に光ってはおらず白っぽい跡のようになっていた。
やがて、ルドゥクが眠そうな様子を見せたので、にぎやかな夕食会はお開きとなった。
世話係が待機していたので、彼女にルドゥクを任せる。
「はぁ……お可愛らしい」
つぶやきながらリオリエルは見送り、そしてラフェドに向き直った。
「しるしをラフェド様に預けている、とおっしゃっていましたが、あれはどういうことなのですか?」
「兄貴が死んですぐの時には、ルドゥクのしるしが銀色に光ってた。それからしばらくして、俺が摂政になる儀式をしたら、ルドゥクの方はああいう白っぽい跡になった。『スラフ』の鍵も、今は開けられないらしい。王権を持つ者は一人、という理なんだな。俺が摂政を下りたら、またルドゥクの方が銀色になるらしいぞ」
「なるほど」
リオリエルは感心している。
ラフェドはそんな様子を見て、ふと考えた。
(もし、リオが俺の子を産んだら、どんな生活になるだろう。……何だか奇妙な感じだ。兄貴のスペアに過ぎなかった俺が、こんな想像をするようになるなんて)
ルドゥクが成人して、摂政を下りたら、自分は用なし。ラフェドの中にあった『未来』など、その程度に過ぎなかったのだ。
しかし、ラフェドは妻に尋ねる。
「子どもは好きか?」
「はい。本部にいた頃、何人か子どもの面倒を見ていましたが、とても楽しい日々でした」
彼女はにっこりした。おそらく、影徒の育成で子どもとかかわっていたのだろう。
「そうか。じゃあ、悪いことを言っちまったかな」
「え? 悪いこと、ですか?」
「後継者はいらない、と言ったことだ。別に俺は、子を持つこと自体は嫌なわけじゃないからどっちでもいい。王位の継承権を放棄したりとか面倒はあるだろうが、お前が望むなら」
「ちょちょちょ、ちょっとお待ちを」
あわててリオリエルが両手をブンブン振る。
「私が望むとか望まないとか、そんな、私が決めるなんておこがましいことです!『ラフェド様の』お子ですよ!?」
「『俺とお前の』子を持つかどうかって話だ」
「えぇ……?」
「ま、考えとけ」
「『考えとけ』!?」
リオリエルはほとんどパニックといった様子だ。
(少し、可哀想だったかな。……ええい、悩め悩め。そして、俺の妻としての自覚を持て!)
影徒としての自覚しかないと、彼女は自分を使い捨てにしてしまうような気がする。
(リオが、俺と二人の未来を考えてくれれば、自分のことも大事にしてくれるだろうか)
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