第15話 夫と一緒に里帰り(?)します!

 本宮では様々な会議が開かれ、ラフェドは毎日のように、本宮に詰めていた。もちろん、リオリエルもだ。

 摂政の妻がべったりそばにいる、とか何とか裏では言われているだろう。しかし、それが当然という雰囲気になってきたので、ますます守りやすかった。


(それにしても……)

 リオリエルには、少し気になることがあった。

(ここ数日、誰かに見られている)

 廊下でさりげなく足を止めるなどしてみると、気配はスッと消える。

(影徒ほどには気配を消すのはうまくないみたいだけれど、正体は掴めない……何者だろう?)


 夕暮れ時の光が、摂政公邸の外壁を色濃く染めている。

 馬車から降り、玄関ホールに入ると、アマディが出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ。久しぶりに早くお戻りになれましたね」

「ああ。ったくあいつら、想像で話をしやがって。調査してないならしてないと言えっつーの。創世祭もあるのに煩わせやがって」

 国の予算のことで貴族たちと揉めに揉めた後なので、ラフェドはカリカリしている。

「湯だ、湯!」

「用意できております。あ、リオ……リエル様」

 アマディが、トレイにのせた手紙を差し出した。

「実は今日、中年の女性が訪ねてきまして……侍女にと紹介され、面接に来たと言っていたんですが、ご存知ですか?」

「え、いいえ」

「ですよね。執事も家政婦長も聞いていなかったので、何かあって事前の知らせが届かなかったのか……その方も不思議そうにはしていたんですが、とにかく、これが紹介状だと。今日のところは帰られました」

 トレイの手紙を手に取ると、封筒にはエルセネスト信徒会の紋章が入っている。ラフェドがチラリと手紙を見やった。

「信徒会からか」

「はい。もしかしたら、ゼタル様が侍女を紹介して下さったのかも。アマディありがとう、ちょっと見てみます」

 リオリエルはにこりとアマディに微笑み、いったんラフェドと別れて自室に引き上げた。


 一人になってから、封筒を開ける。

 中には、絵が描かれた一枚のカードが入っていた。黒く太い線にカラフルな色が塗られた、ステンドグラス風のタッチで、神の前で男女二人の信徒が祈っている。

(神話画……)

 こういった神話画のカードは、敬虔な信徒が神を身近に感じようと、よく持ち歩く。

 その一方で、絵柄は影徒たちの間ではサインになっていた。


 夕食時、アマディに給仕してもらいながら、リオリエルはラフェドに話しかけた。

「ラフェド様、さっきの手紙ですが、やはりゼタル様が私に侍女を紹介して下さるみたいです」

「そうか。ゼタル殿の紹介なら安心だな」

「それで思ったんですけれど、いっそ私の方からその女性に会いに、礼拝堂に行こうかと」

「礼拝堂……前に働いていた場所か?」

「はい。生活も落ち着きましたし、信徒仲間が心配していると思うので、顔を見せたいのもあって。ラフェド様も一緒においでになりませんか? 私と一緒に侍女面接をしていただけたら嬉しいです」

 じっ、と彼を見つめると、どうやら察したらしい。

「わかった。明日、さっそく行くか」

「申し訳ありません、せっかく少しゆっくりできる日でしたのに」

「構わねぇよ。護衛に連絡をしておく」

「ありがとうございます!」

 リオリエルが嬉しそうにするのを、何も知らないアマディもにこやかに見守っていた。


「で?」

 夜、寝室で二人きりになると、ベッドに腰かけたラフェドが短く尋ねてきた。

 リオリエルもすぐに表情を引き締め、カードを取り出して見せる。

「昼間、ここに来たという女性は、おそらくゼタル様の使いの信徒か影徒です。封筒の中にあったこの絵は、神様の前に男女がいるもの。私宛なので女は私、つまり、『ラフェド様と一緒に礼拝堂に来なさい』という指示です」

 ラフェドは「ふーん」と腕を組んだ。

「あのゼタル殿が、俺をわざわざ呼びつけるか。不穏だな」

「実はこのところ、本宮でも誰かの視線を感じることがあって……もしかしたら、何かあったのかも」

「こういうカードなんかじゃ伝えられない何か……か。わかった、じっくり話を聞いて来よう。むしろ本宮より落ち着いて話せるかもしれねぇな」

 彼は言い、そしてリオリエルの手を引いて隣に座らせる。

「リオ。今度は護衛たちがいるんだから、お前いきなり身体を張るなよ」

「私は、いつもと同じようにするだけです」

 リオリエルはただそう答えた。

 怪しい人物がいたとしても、追いかけるような目立った動きをしていては、今後の任務に差し支える。それは護衛の役目だ。

 彼女にできるのは、ラフェドのそばから離れず守ることだけである。

「…………」

 ラフェドは微妙な表情だったが、ただ黙って、いつものように額に『おやすみのキス』をした。


 翌日の朝食後、すぐに二人は馬車に乗り、護衛に守られながら公邸を出た。

 まず差し掛かった城門前広場は、創世祭など国の重要な行事が行われる。この周囲に、役所や貴族の屋敷が立ち並んでいた。

 城を背にして進むと、やがて大きな市場が姿を現す。ここから先には、店や庶民の家々が立ち並んでいる。

 公園が整備されて緑も多く、そんな場所の一角に礼拝堂があった。馬車はその前に横付けされる。

「ラフェド様、私、先に降りますね」

 リオリエルは有無を言わさず、先に降りた。ラフェドが降りる前に、周囲の様子を見たかったのだ。

 しかし、足が地面に着いた瞬間。

 パン、という破裂音がした。

「!」

 サッ、と彼女は左腕を上げ、自分の頭をかばった。

 チュイン、という音がして、左腕に衝撃が走る。

(銃!)

 リオリエルは左腕を抑えた。

 いわゆるフリントロック式のピストルは、最近シェンハーザでも徐々に使われるようになっている。しかし、威力はそれほど強くなく連射もできないので、不意打ちが当たらなければどうということはない。

 すぐ護衛が反応し、盾をかざすのと同時に、ラフェドが飛び出してくる。

「リオっ」

 がっしりした腕が、ふわっ、と彼女を横抱きにした。

(きゃっ!?)

 ラフェドはそのまま護衛に守られつつ、礼拝堂に飛び込んだ。この中は先行の護衛によって確認済なので、引き返すよりも安全だ。

一部の護衛が、銃撃犯を探しに飛び出していく。

「腕を怪我したのか」

 固い表情で確認するラフェドに、リオリエルは早口に答えた。

「少しかすめました。中で診てもらいます」

 そこへ、中年女性が駆け寄ってくる。顔見知りの信徒で、礼拝堂の世話係だ。

「何かあったのですか!? まあ、リオ……リオリエル様」

「すみません、ちょっと診てもらえますか?」

「ええ、救護室へ」

 リオリエルは腕を抑え、ラフェドに支えられて脇の廊下へと抜けた。

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