第16話 影徒の情報、ばれちゃいましたか?
リオリエルたちは、小さな救護室に入った。彼女はすぐに袖をまくり、ラフェドに見せる。
「申し訳ありませんラフェド様、怪我はフリです。怪我をした方が怪しまれないので」
腕に、金属製の籠手がついている。これで銃弾を弾いたため、リオリエルは実際には無傷だ。『対神守護』の対象の急所を重点的に守るための装備だが、今回は自分に使うことになった。
ラフェドがホッとしつつも目を丸くする。
「軌道を読んで、構えたのか?」
「というか、あの位置で馬車を降りたらこの角度でしか撃てない、というのがあるので」
ここは影徒たちが連絡所に使う礼拝堂であり、周辺も含めて彼らの手が入っている。何かあった時、全てが影徒たちの想定内に収まるようになっていた。
(それに気づかず襲撃してきたのかしら。でも、銃の腕はいい)
ちなみに影徒も、銃の訓練は一通りしている。しかし反撃よりも守ることを最優先する必要上、銃は使い勝手が悪いので持ち歩いてはいない。たいして出回っていない銃を摂政の妻が持っている方が怪しい。
(少し気になるのは、ラフェド様ではなく私を狙った……?)
馬車を最初に降りた方をとっさに狙ったとも考えられるので、そのあたりははっきりしなかった。
リオリエルが考え込んでいると、案内してくれた中年女性の信徒が、呆れたようにため息をつく。
「厩番だった時も籠手を着けていれば、あんな大怪我しなくて済んだんですよ。銃撃犯は今、仲間が追っています」
「あんたも、影徒か」
ラフェドに聞かれて、彼女は両手を組み、頭を垂れた。
「はい。昨日、リオにカードを届けたのはわたくしでございます。お呼び立てして申し訳ありません。ゼタルより、緊急でお知らせせよ、と命じられました」
彼女は身体を起こすと、救護室の奥にあるベッドに近づいた。そこにはカーテンがかかっている。
カーテンを引くと、そこには一人の少女がいた。起き上がって足を下ろしたところだったが、顔を歪めており、どこか痛めているらしい。
「ああ、ラフェド様、姉様」
少女も急いで両手を組み合わせ、ラフェドに向かって祈りのポーズをとる。
「キア!」
驚いてリオリエルは駆け寄った。ラフェドもすぐに近づく。
「無理するな。姉、ってのは?」
「私たちは神に守られて生きる子ら、皆が兄弟姉妹と呼び合うのです」
リオリエルが説明する。
「この子は山の本部で、影徒として修業中だった子で……キア、何があったの?」
「キア、簡潔にお話しなさい」
影徒の女性に促され、キアと呼ばれた十代前半の少女は震える唇を開いた。
「一昨日、本部が襲撃されました」
「!」
「相手は十人以上いました。何者たちかはわかりませんが、明らかに皆殺しが目的でした。本部は人が少なくて、こちらも最初は手こずってしまって……」
エルセネスト信徒会は『内紛による解散』を装う準備をしているため、すでにかなりの人数の影徒が本部を出ているのだ。
「でも、すぐに立て直して反撃を始めると、今度はあっちが劣勢になって……そうしたら、あっという間に撤退していきました。その時、『金に見合わない』って声が聞こえて」
何者かに雇われての襲撃だったようだ。
「私の怪我が一番目立たなかったので、私がここに知らせに来ました」
「よく頑張ったね。ゼタル様や、皆さんは?」
「怪我人はいますが、無事です。でもゼタル様が『バレたかもしれない』とおっしゃって、すぐに本部を引き払われました。今はもう、あそこはもぬけの殻です」
リオリエルは考え込む。
(王制廃止派が、エルセネスト信徒会こそ『暗殺集団』である、と気づいて襲撃してきた……?)
「皆殺しなんて……王制廃止派は、証人が必要なはずでは?」
信徒の女性が言い、リオリエルもうなずく。
「そうですよね。影徒を捕まえて吐かせるのは難しいから、いっそ皆殺しにしてから証拠を探そうと判断したのかもしれませんが……。どう思われますが、ラフェド様」
リオリエルは振り向く。
ラフェドは、片手で口元を隠すようにして、何か考え込んでいた。
「ラフェド様?」
「お、おう」
彼はハッと顔を上げる。
「どうか、なさいましたか?」
「いや……少し、考えたい。とにかく、キアっつったか、重要な情報をよく知らせてくれた」
「は、はいっ」
キアは再び祈りのポーズをとってから、肩の荷が下りたのか、ためらいがちながらもホッとしたような笑顔を見せた。えくぼの可愛らしい子だ。
ラフェドは信徒の女性を振り向く。
「ゼタル殿に連絡を取れるようなら、できることがあったら何でも言ってくれと伝えてほしい」
「ありがとうございます。わたくしたちは王族の方々のお役に立てれば、それだけで光栄でございます」
女性はもう一度、「ゼラーレン」と両手を組み合わせた。
帰りの馬車の中、二人は無口だった。
互いに知らなかったが、二人とも、同じ思考の道を辿っている。
本部を襲撃したのが王制反対派――その場合はネグス侯爵――に雇われた者たちだと考えるのは、やはり少しおかしい。暗殺者集団がいるとわかったなら、公表して糾弾すればいいのだから。
とにかく、世間的には無害なはずのエルセネスト信徒会本部が襲われた以上、影徒の情報が洩れているのは確かだろう。
王族ではラフェドだけが秘密を受け継いでいるが、彼は漏らしてはいない。本人が一番よくわかっているし、リオリエルも彼を崇拝しているのでありえないと思っている(こればかりは理屈ではない)。
では、なぜ情報が洩れたのか。
信徒会の正体については『スラフ』の深部に情報があるが、支配者のしるしを持つ者しか鍵を開くことはできない。
そこで思い当たるのは、ルドゥクの存在だ。彼は、先王イスファルが身罷ってからラフェドが摂政になる儀式をするまでの間だけ、支配者のしるしを手に宿していた。
彼本人は、鍵を開けていないと言っている。嘘をついている様子はなかった。
だが彼は、しるしを宿している状態で、『スラフ』のすぐそばにいたことがある。
執務室だ。
執務室をどうしても見たいと言ってやってきたにもかかわらず、ルドゥクはそこで眠ってしまったらしい。
その時、側にいた人物なら、ルドゥクの手のしるしを使って鍵を開き、中を見ることができるのではないか?
側にいたのは――
「……リオ」
ラフェドの低い声に、リオリエルは一瞬ビクッと肩を揺らしてしまった。
「はい」
「大丈夫か。顔色が悪い」
「大丈夫です……すみません」
リオリエルはうつむき、口元を抑える。
ラフェドは淡々と続けた。
「お前は鋭いから、もう気づいただろうな。信徒会本部を襲わせたのが、誰なのか」
「……はい」
リオリエルは息を整え、言った。
「ガネット様ですね」
ガネットなら、例えば執務室で出された茶に薬を混ぜるなどして、ルドゥクを眠らせることができる。エフレンに席を外させ、執務室に保管されている『スラフ』をルドゥクの手を使って開き、情報を得ることができただろう。
ガネットは王族だ。王族が信徒会を「消そう」としたのであれば、まず思いつく動機は「王制廃止派に弱みを握られないよう口封じするため」だ。先ほどリオリエルが狙われたのも、同じ動機で説明がつく。
(ガネット様がここまで過激な行動に出られたのは、どうしてなんだろう。ルドゥク様が無事に王位にお就きになれるよう、今のうちに不安要素を排除なさりたかった?)
そんなことをしなくとも、信徒会の方は自主的に『消えよう』としていたのだが、ガネットはそのことを知らなかっただろう。
いや、もしかしたら知っていても、まとめて消せる機会に消しておこうと考えたのかもしれない。
(ガネット様は、お一人で決めて行動なさったんだろうか。もし影徒の秘密を他の王族の方々にもお話しになり、皆様がガネット様のお考えに賛同なさったら?)
フッ、と、背筋が寒くなる。
王族に、神に、必要とされなくなる――その想像は、リオリエルを激しく動揺させた。
(王族全体が、影徒を「要らない」と判断なさったら……)
今、隣にいるラフェドも、もしかしたら同じように考えているかもしれない。
彼の顔を見ることができず、リオリエルは膝の上でぎゅっと手を握りしめた。
しばらくの間、馬車のガタガタいう音だけが響く。
「……なあ、リオ」
ラフェドの声は、やはり淡々としている。
「はい……」
何を言い渡されるのかと緊張していると、彼は言った。
「ガネット殿に、一緒に話を聞いてみないか?」
「えっ?」
リオリエルは思わず顔を上げた。いつも通りのラフェドの瞳が、彼女を見つめている。
「そうだな、創世祭の時がいい。国民の前に出ている間は大勢の目があるし、義姉もめったなことはしないだろ」
「私も、一緒に……?」
「もちろんそうだ。お前も国民の前に出んだぞ、俺の妻なんだから」
返事ができないでいるリオリエルに、ラフェドはニヤリと笑いかけた。
(そう……私はラフェド様の妻、神の花嫁)
一瞬ためらったものの、彼女は、こくりとうなずく。
(これからどうなるとしても、全身全霊の愛を。必要とされる最後の瞬間まで、ラフェド様のおそばにいよう)
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