第10話(ラフェド視点)思ってたのと違う

 帰りの馬車の中で、ラフェドはため息混じりに説明した。

「見ての通り、ガネット義姉上にも、俺はよく思われてねぇんだ」

「やはり、他の人と同じ理由で……ですか?」

 リオリエルの質問に、ラフェドはうなずく。

「無理もないがな。我が子の代わりに庶民出の男が王権を握ってんだ。兄貴は病気で亡くなる直前、重鎮たちの前で俺に『ラフェド、摂政としてルドゥクを支えてやってくれ』とはっきりと言い残したから、義姉上にはどうしようもなかっただろうがな」

「でも、ラフェド様が摂政におなりにならなかったら、他にウレディ王家には適任のお方がいらっしゃらないのに……あ」

 貴族の家系を頭に描いたのか、リオリエルが軽く目を見開いた。

「ガネット様は、ゾス王家のご出身でしたね」

 前王朝のナダ、現王朝のウレディに続く力を持つ王家が、ゾスである。つまり、『ウレディに何かあった時』の隙を窺う位置にいるのだ。

「そういうことだ。もし兄貴が、『ラフェドは庶子だから摂政にはできない』とでも言ってりゃ、俺じゃなくてゾス王家の当主……つまりガネット殿の父親が摂政になってた可能性が高い」

「ルドゥク様のおじい様ですものね。なるほど」

 幼い王の周囲では、大人たちの様々な思惑が蠢いている。

「……ガネット様、あまり顔色がよくないようにお見受けしました」

 少し心配そうに、リオリエルが言う。

「親しくさせて頂けたらと思いますが、イスファル様を失われて、まだまだお心が落ち着かれていないのでしょうね……ルドゥク様のためにも、せめて叔母にあたる私は、ガネット様を煩わせないようにしなくては」

「俺もそうしてぇところだが、兄貴に託されたから摂政なんて似合わない仕事をやってるわけでな」

 ラフェドは頭をかいた。

 王族の成人は、十二歳。摂政としてのラフェドが要らなくなるまで、そう長くない。

「生粋の王族のルドゥクに、庶民感覚くらいは教えといてやらないと」

「とても誠実そうで賢そうなお子でしたね、陛下」

「ああ。まっすぐな子だ。無事に育ってほしい」

 心からそう思っている彼の声には、実感がこもっている。リオリエルが力強く言った。

「御身は、影徒が必ずお守りします」

「やっぱり、そばにいるのか?」

「はい。見かけましたよ」

「マジか、どいつだったんだ……全然わからなかった」

 ラフェドがため息混じりに言い、リオリエルはクスクスと笑う。

「わかってしまったら困ります」


 さて。

 再び、夜が巡ってきた。

「仕事があるから」とリオリエルには先に休むように言い、ラフェドはかなり時間を開けてから寝室に行った。最近はいつもこうしている。

 ランプの火は小さく絞ってあった。静かに寝台に近づくと、リオリエルがそっと身体を起こした。

「……起きていたのか」

「はい」

 寝間着姿の彼女が、小さくうなずく。

「あーやれやれ、今日も疲れた!」

 わざとらしく言って『もう寝る』アピールをしながら寝台に上がったが、リオリエルはそんな彼に向き直ってきっちりと座った。

「あの、ラフェド様」

「な、何だよ」

「その……」

 リオリエルは、思い切ったように言う。

「私、考えました。『普通の妻』になるには、どうしたらいいか」

(どぅわあああ)

 たちまち、ラフェドはうろたえた。

「ほ、ほう。それで?」

 微妙に声が裏返っている。

 リオリエルはためらいがちに続けた。

「普通の夫婦がすることを、私とラフェド様ですればいいのかな、と。もちろん、ラフェド様が、お嫌でなければ」

「そそそそりゃあ俺だって? シたくないわけでは?」

「じゃあ……」

 何か言いかけた彼女は、逡巡し、結局言わずに目を伏せた。

 その瞳が、涙で潤んで光っていることに、ラフェドは気づく。

(自分から俺に何かを要求することができなくて、苦しいのか? ……だよな。今もリオは、俺を崇拝対象だと思ってる)

 彼女は軽くうつむき、両手を組み合わせている。金のふわふわした前髪の間から、賢そうな額が覗いていた。

(可哀想にな。…………うぐぐ。もう全て俺の言うなりにさせた方がリオリエルも幸せなのかもしれない、ここは思い切って……いやしかし……あああ、何だか俺もちょっと可哀想)

 ラフェドは、小さくため息をつく。

 リオリエルはうつむいたまま、ビクッと身体を竦めた。

「も、申し訳ありま」

(!)

 彼女は悪くなどないのに、謝らせてはいけない。

 そう思ったラフェドはとっさに、目の前の可愛らしい額に口づけた。

 ちゅ、と微かな音。

 ゆっくり顔を離すと、リオリエルは静かにラフェドを見上げ──

 ──ぱあっ、と頬を上気させて顔を明るくした。

「ありがとうございます!」

「お、おう?」

「嬉しい。おやすみのキス、普通の夫婦らしいと思っていたので!」

「お、おう」

「それじゃ、ランプを消しますね」

「おう……」

 寝室は、闇に沈む。

「おやすみなさい!」

 弾んだ声がして、リオリエルが静かに横になる気配がした。

 ぼすっ、と、ラフェドも大きな枕に顔を埋める。

(…………思ってたのと違う…………)

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