第11話 王にとって代わろうなんて不敬です

 数日後、ルドゥクがガネットに付き添われて、さっそく本宮にやってきた。ラフェドとともに行動し、王族としての仕事を視察するためだ。


 ルドゥクの影徒も近くにいるようだったので、リオリエルは安心して席を外すことにした。


 シェンハーザ王国は季節によっては強い日差しが降り注ぐため、どの宮にも暑さをしのぐための中庭がある。その中庭を巡る回廊からなら、執務室に通じる廊下を見張ることができる。

 リオリエルが回廊を歩いていると、声をかけられた。

「これはこれは、リオリエル様」

「はい」

 気配は察していたので、特に驚くこともない。

 振り向くと、恰幅がよく髪をきれいに剃り上げた中年の男性が、数人の従者を連れて立っていた。

「ネグス侯爵閣下、初めまして」

「おや、私の名前をご存知とは光栄です」

 ネガシ・ネグス侯爵は、王制反対派の筆頭だ。リオリエルは当然、彼の名前と顔を頭にたたき込んでいるが、普通の王侯貴族でも上着の家紋や年齢であたりはつけられるので、わかっても不自然ではない。

「もちろん、存じ上げております。侯爵閣下を始め貴族の皆様方は、直接的に神々を支え、この国を守る助けになっておられる尊いお方たちですから」

「ははは、神の国シェンハーザの繁栄を祈る気持ちは、信徒の皆さんと同じですとも」

 肩を揺らして笑い、侯爵は続ける。

「今日も、ラフェド様に付き添ってこられたんですかな? こちらで学ばれてもおいでとか」

「はい」

「本宮は気後れ・・・なさって疲れるでしょうに」

 摂政妃にこう言い放つあたり、完全に舐めているのか、相手を試しているのか。

「ご心配、ありがとうございます」

 リオリエルはニコリと微笑んだ。

「私としては、公邸でラフェド様を想い続けているよりも、朝から晩までずーっとおそばで見守らせていただける方が幸せなのです」

「そ、そうですか」

 ネグス侯爵は少々引いたようだったが、咳払いをして話を続けた。

「ラフェド様があなた様をお連れになった時は驚きましたが、あなたは元々、信徒の家にお生まれだそうですな。ご両親は教えを広めるため、布教の旅に出たとか」

 そういうことになっている。

 実際は、彼女は貧しい農村から人買いに売られた娘だ。官吏によって救出されたのだが、官吏の中にいた影徒に素質を見いだされ、エルセネスト信徒会につれてこられた。今のルドゥクよりも少し小さい頃のことである。

 そんな過去はおくびにも出さず、彼女はただニコニコと答えた。

「両親の消息はわかりませんが、きっとどこかで元気にしていると思います」

 侯爵は「そうですねぇ」とうなずく。

「ずっと会っていないのなら、あなたの兄弟姉妹が生まれているかもしれませんな」

「……? かもですね。はい。わかりませんが」

「いや、そこだけが確かめられなくてね。多産の家系かどうか。まあ、ラフェド様の方がわきまえておいでかと思いますがな」

 彼が何をいいたいのか、リオリエルはわからなかった。

(跡継ぎのことなら、ラフェド様は必要ないとおっしゃってたけど)

 そういったことを人に話すのも、と思い、リオリエルはただ静かに両手を組み合わせ、祈りのポーズをとった。

「すべては、ラフェド様のお望みのままに」

「そうですか。……それでは」

 急に興味を失ったように、ネグス侯爵の口調がおざなりになる。

「これからラフェド様と会議でしてね。そろそろ失礼しますよ」

「はい。ゼラーレン」

 祈りの言葉を唱えるリオリエルに背を向け、彼は従者たちを連れて、執務室の方へと立ち去っていった。


(ネグス侯爵、か。どんな方なのか、もう少しお話しして知りたかったわ。まあ、そのうちに)

 リオリエルがそう思っていると、また違う人の気配がする。

 振り向くと、スッと背筋の伸びた美しい姿が近づいてきた。まるで空気までもが清涼になるような雰囲気だ。

 ガネットである。ルドゥクの付き添いで来ているのだろう。

「ガネット様、ごきげんよう!」

「ごきげんよう」

 彼女はリオリエルのそばまでくると、執務室の方に視線をやった。

「今のは、ネグス侯爵ですね」

「はい」

「何を話していたのですか?」

 なぜか質問され、リオリエルは不思議に思いつつも嬉しくなった。

(ガネット様から話しかけて下さった!)

 つまり、女神からお言葉を賜っているわけで、自然と両手を組み合わせてしまう。

「話といっても、初めてお会いしたので、ほとんど自己紹介みたいな感じでした。あ、でも、なぜか私の両親のことを気にされていて。多産かどうか確かめたかった、とか……」

 すると、ガネットは細い目をさらに細め、クスッと笑った。

「まあ、侯爵ったらそんなことを? 失礼な方。王族の人数が増えるのが嫌なのでしょう」

「ああ!」

 思わず、リオリエルはぽんと手をたたく。

「それであんな、牽制みたいなことを!」

「真に受けないでいいのですよ。だってそうでしょう。王族の子の人数など、決めるのは侯爵ではない」

 そういって、ガネットは再び、ネグスが姿を消した方をちらりと見る。

「本当に、よけいな真似をする男。まさか、自分たちに国を動かす才があるなどと思っているのではないでしょうね」

 ガネットももちろん、ネグス侯爵が王制反対派だと知っている。

(ラフェド様と、同じ気持ちでいらっしゃるのね。今の貴族の方々に、王の仕事を任せられる人物はいない、と)

 ラフェドは「義姉に嫌われている」と言っていたが、同じ王族であることには変わりない。その上、今、リオリエルを励ましてくれたように思えた。

「理解できました、ありがとうございます。気にしないようにします」

「ええ。あんな男のこと、つけあがらせないでちょうだいね。困るのは私たちです」

「神々を困らせるわけには参りませんね、かしこまりました!」

 頭を下げて答えながら、リオリエルは少し、ガネットのことを身近に感じたのだった。

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