第6話 僕(しもべ)仲間もいます
こうして、いよいよリオリエルの、王都での暮らしが始まった。
ラフェドは王都内の一等地で暮らしている。広い前庭、曲線のスロープ、クリーム色の大理石も艶やかな豪邸だ。摂政公邸と呼ばれている。
(今までとは色々違うのでしょうね。ラフェド様に合わせなくては)
食事は、食堂で二人きりだ。ラフェドには、リオリエル以外に家族がいない。イスファルとラフェドの父はすでに亡くなり、ラフェドの母は地方の親戚の元で暮らしている。
リオリエルが黙って食べていると、ラフェドがちら、ちらと彼女を見た。やがて、口を開く。
「信徒会の食事とは違うんだろ、口に合わないか」
「えっ、そんなことありません! 美味しいし、香りがよくて何だかうっとりします」
自給自足だった信徒会でも、新鮮で美味しいものを食べることはできたが、香辛料や高級な紅茶は初めて経験する。
「そうか。黙ってなくていいんだからな」
「あ、申し訳ありません。戒律で、食事中は話をしないことになっていたので」
信徒会では、大勢で長いテーブルにつき、祈りを捧げた後は黙って食べていた。
(そうか、会話を楽しみながら食べるのね。合わせようと思っても、そもそも知らないことがたくさん……! 色々と聞かないと)
役目を果たすため、がっつり食事を取りながら思っていると、食堂に一人の男性が入ってきた。
栗色の髪、青い瞳。三十歳前後の使用人だ。ラフェドの従者、アマディである。
「おはようございます。ラフェド様、お手紙でございます」
手紙の束が載ったトレイを差し出す。
「ああ……まあ、どれも結婚祝いの手紙だろう」
手に取ったラフェドが一通ずつ確認し始めた。
アマディは一礼すると、踵を返す。一瞬だけ、リオリエルと視線が合ったが、彼はそのまま食堂を出て行った。
リオリエルは、素早く立ち上がる。
「あの、ごちそうさまでした! 私、お先に失礼します」
「んなこと、いちいち断らなくていい。好きにしろ」
リオリエルはスカートの裾を摘んでちょこんとお辞儀をすると、急ぎ足で食堂を出た。
実は、アマディと話したいことがあったのだ。
急いで後を追うと、アマディは階段の陰にある扉を開け、使用人用通路に入って行こうとしている。
「アマディ!」
「! リオ……」
彼は話し出しかけて、「あっ」と自分の口をふさぎ、さっと周りを見回してから笑顔を見せた。
「失礼、奥様でした。お久しぶりです」
「リオでいいですよ。お元気そうで嬉しいです」
親しみを込めた口調で、リオリエルは話しかける。
アマディは、リオリエルが厩番見習いだったころからラフェドの元で働いており、当時は食事の給仕や荷物運びなどの雑用をする従僕だった。
使用人たちですら庶子のラフェドを侮る中、リオリエル以外にはアマディだけが、「ラフェド様は神様のご意志で、人々と神を繋ぐためにお生まれになった御子!」と主人を崇拝しており、リオリエルとは気が合った。
いわゆる『推し仲間』なのである。
「あの時はごめんなさい、急にいなくなって」
「全くです。血塗れの君を見たのが最後でしたから」
アマディはさすがに丁寧語は崩さなかったけれど、それでも遠慮のない口調で話し、ちょっと皮肉っぽい笑みを見せた。
ラフェドが厩舎の前で暗殺者に襲われ、リオリエルが庇って怪我をしたその現場に、最初に駆けつけたのはアマディだ。
『医者を呼べ! こいつ、俺を庇って刺された!』
指示するラフェドの胸に、ぐったりともたれかかるリオリエルは真っ青で、アマディは泡を食って医者を呼びに走ったものだ。
今も彼はリオリエルの表の顔しか知らないが、『ラフェド推し』は変わらないようだ。そんな彼に、リオリエルは祝いの言葉を言う。
「ラフェド様の従者に昇格したんですね、おめでとうございます!」
「何をおっしゃいますか、リオこそ、ご結婚おめでとうございます。というか当時、僕はあなたが女だと……女性だとすらわかってなかった。てっきり少年だと」
「ふふ、厩番見習いですものね」
リオリエルは笑ってそう答えるにとどめた。
要するに、「今日の馬の様子が気になる」とか何とか理由を付けて主人の外出先までついていけるという、隠密的に特な理由で厩番をやっていたのである。メイドではそうはいかない。
「で、リオ、何でいきなりいなくなったんです?」
「家族に連れ戻されたの。危ないから帰って来なさい、と」
家族というのは要するに信徒会のこと、危ないのはリオリエルではなく、護衛を失ったラフェドの方だ。
「なるほど。じゃあその後、信徒になったんですね? やっぱり死にかけると、人生観変わるんだろうなぁ」
「そんなところです。それがまさか、こんな形で戻ってくるとは思いませんでした」
「ですよね。礼拝堂で見初められたって本当ですか?」
二人が和気藹々と話していると、視線を感じた。
振り向くと、食堂の入り口からラフェドがジトッとした目つきでこちらを見ている。彼は、ゆっくりと歩いてきた。
「仲がいいんだな。そうだよな、元々、仕事仲間だったんだもんな」
「あっ……その……」
アマディは一瞬うろたえたが、リオリエルはにっこりと笑った。
「仕事だけの仲ではないのですよ?」
「何?」
ラフェドの視線が険しくなったが、リオリエルが「ね」とアマディを見ると、「あぁ」とアマディは目を瞬かせる。
そして、二人は揃ってラフェドに向き直り、両手を組んだ。
「私たちはラフェド様の忠実な僕です!」
「…………お前ら、やりづれえんだわ」
ラフェドは一気に脱力する。
しかしリオリエルにとってみれば、今朝のメイドの一件もあり、アマディのような者がラフェドのそばにいるのはとても喜ばしいことだった。
朝食後すぐ、『教師』が摂政公邸を訪れた。ラフェドは毎日のように、王族として必要な教養を身につけるため、勉強している。
それは、リオリエルが使用人だった頃からずっと続いていた。
(あのころ、先生方が『芸術方面は向いておられない』『しかし数字や言語にはお強くていらっしゃる』と言っているのを小耳に挟んだっけ。きっとラフェド様は市井の人々を守る神様だから、そのために必要な力をお持ちなんだわ)
自室でできる訓練として、仮想敵との攻防である『型』をこなしながら、リオは思う。
(そして私の使命は、そのラフェド様を守ること。なまらないように、しっかり身体を動かしておかなくちゃ)
そんなラフェドと、昼食を一緒に取った。彼は言う。
「午後は城で執務だから、出かけてくる」
「私もお連れください」
すかさず、リオリエルは申し出た。
「せっかくおそばにいられることになったんですから、一時も離れたくないです。外では」
「外“では”」
ラフェドに突っ込まれたが、リオリエル的には彼の言った『使命感があるんだろうが、屋敷の中でくらい忘れろ』という言葉はイコール『その分、外ではよろしくな』なのである。
「ずっとラフェド様のご無事を確認できないなんて、耐えられません。いつ、どこに行かれるときも、私をおそばに。従者に変装してでもついていきます」
決意の固い彼女に、ラフェドも折れざるを得ない。
「ま、いいだろ。どうせ俺自身が異色の摂政なんだし、妻同伴で登城したところで今さらだ。摂政の妻としての勉強を、本宮でやりたいってことにしよう。当たり前みたいな顔してついてこい」
「はい!」
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