第4話(ラフェド視点)今さら聞けない○○の超基本

 初めて、二人で一つの寝台で眠る夜。


 隣にリオリエルの存在を感じながら、ラフェドは目を閉じ、寝たふりをしていた。

 まだ少し、胸が高鳴っている。

(全く、『「リオ」を妻にする』なんて軽率に言ったのは誰だよ! ……俺だよ)

 妻にする──そう宣言をした時のことを、思い出す。


 摂政になってしばらくは、各界の有力者からの表敬訪問が引きも切らなかった。そんな中に、エルセネスト信徒会の長・ゼタルがいた。

 ゼタルは五十代後半、癖のある黒髪、もみあげから顎をぐるりと一周回る黒髭が特徴的な男だ。

(この男が、信徒、そして影徒たちの長か)

 人払いをして二人きりになった謁見室で、ラフェドはまっすぐに彼に向かい合う。

「このたびは、摂政ご就任、おめでとうございます」

 深みのある落ち着いた声で、ゼタルは祝いの言葉を述べた。

「我々については、ご記憶でしょうか?」


 この言葉は『覚えているか』という意味にも聞こえるが、実際は『記憶を受け継いでいるか』という意味だと、ラフェドはすぐに理解した。


「ああ。記憶にある」

 そう応えれば、もはや隠すことはお互いにない。

「我々の存在をお知りになって、驚かれましたか?」

「まあな。でも合点がいった。俺の命を救ったあいつが、影徒ってやつだったのか、ってな。厩番見習いだったリオはどうしてる、無事なのか?」

「ええ、おかげさまで元気にしておりますよ。元々有能な子ですし、いずれは幹部にと推す者もいるくらいです」

 ゼタルが笑みを見せたので、ラフェドはホッと息をついた。

「ならよかった。正直、気になってたんだ。……で、今は別の影徒が、俺の近くのどっかにいるんだな?」

「もちろんです。誰とは申せませんが」

「うん、それはいい。別の話をしよう」

「と、おっしゃいますと」

 ラフェドは机の上で指を組み、じっくり話したいのだと態度で示す。

「ずっと王族を見てきて詳しいあんたらから、色々と聞きたかったんだ」


「聞きたい……と言われましても、私たちは王族のどなたかの秘密を他の方にお話しする、というようなことは、戒律で固く禁じられております」

 王族同士が争った時、影徒を介入させないようにするためである。

「ああ、そういうんじゃない。誰かの弱みを握って俺がのし上がりたいとかじゃないんだ。あんたらは王族を守ってるんだろ? なら、このままルドゥクが王としてやっていけるよう、力を貸してほしい」

 ざっくばらんに、ラフェドは頼んだ。

「知っての通り、俺は町で生まれ育ったから、王族に詳しくない。兄貴から……イスファル王から少しずつ学んでいたが、死なれちまった。ほら、市井の本にあるじゃねぇか、『今さら聞けない○○の超基本』みたいなやつ。あんたらに、そういう基本的な教えを乞いたいんだ」

「……!」

 ゼタルは目を見開く。

「いや、その、私どもが神々に教えるなどと恐れ多い」

「神、ね。まあそうなんだろうが」

 ラフェドは肩をすくめた。

「神だって、生まれたては赤ん坊だろ。あんよは上手、って感じで教えてくれよ」


「なるほど。いや、報告で聞いていたとおりのお方だ」

 ゼタルは笑い出す。

 ラフェドは軽く身を乗り出した。

「特に聞きたいのは、『俺がやってはいけない行動』だ。俺がルドゥクの弱みになっちまったらまずい」

「弱み」

 すると、ゼタルは笑みを消して、声を低めた。

「そのことについて、さっそくで申し訳ないのですが、ご相談がございます」

「何だ」


「貴族たちの間で、王制を廃しようという動きがございます」


「何?」

 思わず声を上げたものの、すぐにラフェドは思い当たる。

「もしかして、ネグス侯爵か?」


 有力貴族の一人であるネガシ・ネグス侯爵は、髪をきれいに剃り上げた恰幅のいい男だ。イスファル王が身罷った後、ラフェドに悔やみの言葉を述べた後で、こう言ってきた。

『ウレディ王朝が始まった直後の、この不幸。何が起こるかわかりません。そこで衷心から提案させていただくのですが、「王の精神」の内容を筆頭貴族にも話していただき、共有するというのはいかがでしょうか』


「ネグス侯爵には心を許すな、と、兄貴に言われていたんだ。だからその場で共有も断ったんだが、正解だったみたいだな」

「賢明なご判断でした。彼らは、王族から王位を奪う理由を探しているのです。秘密の公開をさせたいのも、そのためでしょう」

 ゼタルは、視線を逸らさない。

「そして彼らは、どうやら薄々、私たちの存在に気づき始めているようです。ご丁寧に歴史をさかのぼり、かつて王族が暗殺者集団を抱えていたのではないか、と予想している」

「なるほどな。もし証拠を握られれば、神だからって残虐なことをやる王族より、人間が慈愛の政治をするべきだとか何とか、まあそういうふうに騒いで、貴族たちに有利な方に持って行こうってわけか」

 ラフェドは皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「貴族だって、殺し合ってた時代があるくせにな。自分たちのことは棚上げらしい」

 ゼタルは謎めいた微笑で答え、そして続けた。

「もちろん、信徒会は証拠を残さないように細心の注意を払ってここまできました。しかし、今のように血眼になって証拠を探してる者がいる時は、何がきっかけになって発覚するかわかりません」

「うん。証拠が見つからなかったとしても、小さなことからこじつけるかもしれねぇしな」

「はい。そこで、ご相談というのは……」

 ゼタルは、まるで祈るように指を組み合わせた。


「エルセネスト信徒会を、シェンハーザから消すべきかと」

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