第3話:大変だった時は皆で好きに飯を喰おう

「最低。ケータイはどこだったかしら、おまわりさーん」

「待て、そこは『仕方ないから今回は許してあげる』って言うとこじゃないのか」

「そんな甘い展開がこの次元に存在するとでも?」

「落ち着け、今お前は冷静じゃない。ココでお巡りさんを呼んで困るのは家出中のお前も同じはずだ。違うか?」


 オレの真摯な説得が功を奏したようで、真理那は「それは……そうね」とやや納得しづらそうな感じを醸し出しながらもケータイから手を離した。


「はぁ~……なんか外で待ってる間にかいてた汗をまたかいちゃったわ」

「オレもかいたわ」


 主に冷や汗だが。


「もうちょっとで掃除もキリがいいから、それで終わりにしましょう。あとは晴兎が自分でなんとかしてね。私がシャワーで汗を流してる間に終わらせておくように。いい、わかった?」

「お、おうよ」


「よろしい。あ、今更だけどお風呂借りるわね」

「……ほんと今更だな。ま、好きに使ってくれよ」

「ありがとう晴兎。でも、覗いたら潰すわよ?」

「安心しろ真理那。それはない」


 自信満々なのには理由がある。

 決してナニが潰されるのかが怖いわけではない。


「どうせやるなら覗くのではなく、胸を張って一緒に入ろうと提案する」

「こん、ばかちん」


 ◇◇◇


 風呂上りのほかほか真理那(制服装備のまま)を前にして、そこそこ話を聞きだせたオレの第一声はこうだった。


「……半ば予想通りというべきか、やっぱり叔母さん絡みの家出だったか」


 オレの呆れた声に対して、リビングソファーに座っている真理那が「フン」とむくれた顔でそっぽを向いてしまう。


 掃除もお風呂も済んで、この家出少女――もとい二個下の高校三年生の従姉妹様は少しは落ち着つけたらしい。

 水泳部として日差しの下でバリバリ泳いでいるようで、身じろぎした際にチラリと覗くお腹やスカートや襟の内側の白い肌とのコントラストがなんともセクシーだ。

 

 元々お母さん似の美少女だが、少し見ない内にさらに成長したらしい。正直さっき胸を触った時、意外とボリュームがあってビックリした。オレの理性くんが本能をパイルドライバーしてなかったら危ういところだったかもしれん。


 そんな思考を読んだのか。


「……いやらしい目」


 真理那が責めるように呟く。


「紳士に向かって失礼な」

「その嬉しそうにわきわき動いてる手がキモイって言ってるのよ」

「はっはっは、こらこらミギー。少し落ち着けって、真理那がキモがってるぞ」

「あらそう、そのミギーって右手は晴兎とは別個体なのね。じゃあミギーさんには責任とって台所の包丁で刺されてもらえるかしら?」

「やめて死ぬ」


 本体もろとも刺しにくる予感しかないし。


「そんなことより晴兎。あなたはもう少し常日頃から部屋をどうにかした方がいいと思うわ」

「男の一人暮らしなんてこんなもんだろ」


 決してオレは生活能力が人より著しく欠けているわけじゃない。単に掃除をするのがめんどくさくなりがちで、物や服なんかがその辺にほっぽってあっただけだ。いつかまとめてどうにかするつもりはあるが、行動に移せていなかっただけである。


「……まだ部屋中から匂う気がする」

「そうかぁ? オレはまったく感じないが」

「嗅覚がイカれてるのねご愁傷様。こんなにあちこちから晴兎の匂いがするのに……特にモザイク必須の本の山からはすごいわよ早く何とかして」

「へいへい。……って、待て何がどう凄いか詳しく――じゃねえ! 話すべきはそこじゃなくて家出うんぬんだよこの家出娘が」


 とりあえずヤバそうなものを一時的に押入れへポイポイしながら、オレは改めて本題に斬りこんだ。


「……もう、どうだっていいじゃない」

「ま、それはそ――おい、そんななんでもなさそうに我が物顔でお布団ゴロゴロするなよ」


 いやらしくなっちゃうだろ。

 制服JKが自分の部屋の布団でゴロゴロするとか何の企画だよ。

 

「いいでしょう少しぐらい。掃除もしたし、誰かさんが帰ってくるのが遅くて待ち疲れちゃったのよ」

「それは済まなかったな。……と言ってもいいが、連絡してくれればすぐ中に入れてやることもできたんだぞ」

「鍵がないでしょうが」

「ほんとに疲れてるんだな。オレの鍵の隠し場所なんて、普段の真理那ならすぐにわかるだろうに」


「……もしかして、玄関前に置いてある植木の下?」

「当たり」

「不用心過ぎよ。昔からあなたの隠し場所がそういうトコだって知ってる私じゃなくたって見つけそうじゃない」

「こんなオンボロアパートに盗まれて困るようなもんは早々ねえよ」


 なんて会話をしていると。

 ブルブルブルブル! とオレのケータイが着信に設定したリズムに震えた。

 こんな時間に電話してくるとかどこの誰だと考えつつ、画面に表示された相手を確認すると。


「うわッ」


 滅多にかけてこない相手の名前に、声が漏れる。

 同時に布団の上でゴロゴロしていた真理那がオレの声を聴いて、緊張しながら起き上った。


「……お母さんから?」


 その問いには答えず、手で「静かにな」と合図を送りながら電話に出た。


「もしもし。ええ、どうもお久しぶりっす、どーしたんですかこんな時間に叔母さんからオレに電話かけてくるなんて――――え、真理那がなんですって!? ふんふん、ええー? オレんとこに来てるんだろと言われてもなんのことやら、シラナイッスヨー」


 案の定というべきか。

 いなくなった娘の行方を追うこわーい母親からのお電話だった。以前からオレと相性はかなり悪いし毛嫌いされているはずだが、さすがに家出となれば心配にもなろう。


 実は、この手の電話は今回に限った話じゃない。

 だからオレは以前と同じように適当にスルーしながら「オレの方でも動いてみますよ」と告げて通話を切った。何度もかけなおされるとめんどくさいので、電源もしっかり落とす。


 一息ついて渦中の少女を見やればさっきまでのすまし顔は鳴りを潜め、罰が悪そうに枕を抱きかかえながら幼子のようにしょんぼり小さくなっている。


「事情は把握した。なんか弁解はあるか?」

「…………帰りたくない、あんなとこ。…………だから一晩だけ泊めて」


「ほ~」

「……そん悪うなかビジュアルば台無しにするゲス顔に吐きそう」


「態度のデカイ家出娘だなぁおい。なんでもするから、お願いしますぐらい可愛く言えないのかよ」

「うら若き乙女を押し倒しておっ●いをモミモミしたり、JK部屋掃除の代金だと思えば安いんじゃないかしら。偶然撮れてたムービーでも確認する? よく撮れてるわよ」

「無駄に脅すな」


 あの状況でどうやって撮ったんだよんなもん。 


「……だって……他にどうすりゃよかかわからん」


 時々飛び出す方言は、真理那が本音を漏らすときの癖みたいなものだ。

 普段は標準語で慣らしている従姉妹は、感情が大きく上下したり情緒不安定になるとなんとも可愛い方言少女と化す。


 ……そんな涙目の上目遣いなんてどこで覚えたんだか、まったく。


「……これでも帰れって言うと? こん薄情もん」

「お前はオレを誰だと思ってるんだ」

「大学進学で上京してイケナイ都会ライフをエンジョイしてるバリムカ従兄たい」

「よくわかってるじゃねえか」


 当たりすぎててグゥの音もでないぞ。


「正解者には、好きなだけウチに居ていい権利をやるよ」

「……えっ」


「バリムカ従兄はステキな従兄様なんでな。昔からよく知ってる可愛い従姉妹を無下に追い出す気なんてこれっぽちもねえ。むしろその逆だ」

「……逆?」



「イヤなことはパーッと遊んで楽しく忘れるに限るんだよ」


 

 そうすれば陰鬱な空気とはおさらばとなる。

 当然の話だ。


「うっし! そうとなれば、寝床をどうするか考えつつ――」

「なんで? 晴兎が床で寝ればいいじゃない」

「オレ家主なんだが? なんなら折衷案で同じ布団で寝るか?」

「何をどう折衷してるのバカなの?」

「バカバカうっせえわ! ほら、いつまでもくよくよしてないでまずはあったかい飯を食いに行くぞ! それとも何もいらないか!?」

「……行く。お腹空いてる」


 どこか「けっ」と反抗期の子供みたいな態度をとる真理那を強引に近所のファミレスと連れていくオレ。

 席についてすぐに何を食べるか訊いてみたが。


「なんでもいいわよ別に。晴兎のおすすめがあるならそれでいいわ、任せる」


 これまたそっけないお返事だ。

 どうやら未だテンションが平常値を下回りすぎてご機嫌斜めのご様子である。


 なので、


「よーし、じゃあオレのおすすめでいいんだな?」


 オレは言われた通りに自分のおすすめを頼むことにした。

 ピンポーンとチャイムを鳴らし、すぐ来てくれた若い男性店員さんにこう注文したのだ。






「メニューのココから――――ココまで全部ください」






「はい?」


 聞き間違えかな? といったニュアンスで聞きかえされたが、決して間違いじゃない。向かいに座る真理那もむくれっつらから一転、とんでもないものを見た時のように驚いている。


「えー、お客様。メニューのココ(端)から……ココ(端)までですか?」

「ああ」

「すべてを、一品ずつ?」

「一品ずつで。あ、出来たら近くのテーブルをくっつけてもいいか? 1テーブルだけじゃ乗せきれないからさ」

「しょ、少々お待ちください。すぐに確認してまいりましたので」


「ちょ、ちょっと晴兎。あなた何を――」

「いいからいいから」


 その確認とやらは存外早く終わって、すぐに料理が続々と運ばれてくる。

 あっという間にテーブルの上は皿でいっぱいになっていき、置場がないために近くのテーブルまで侵食していった。その光景に夜中のファミレスにいた少ないお客さん達から大注目されてどよめきが広がる広がる。


「おおー、さすがに壮観だな。ほら写真撮ろうぜ写真。こいつぁ映えるぞ~」

「…………」

「なんだよ真理那。いつまでもぽかーんとしてないで食べようぜ。どーせロクに食べてないんだろ、遠慮なんてするな。ほらデザートだっていっぱいあるぞ?」


 図星だと体が認めたのか。

 真理那のお腹から可愛らしいおねだりが響く。

 身体をぷるぷる震わせながら、けれど今度は不機嫌さをすっ飛ばして呆れすら置き去りにして、真理那が笑った。


 呆れや嘲笑ではない。こんなのもう笑うしかないといった感じの、大人びても真面目でもない、年相応の素直な笑いだった。


「ふふっ、あははは! 晴兎はほんとにアホなんだから。こげん量、食べきるーわけなかやなか」

「あれか、女子としては深夜のハーゲンダッツ食い放題パーティの方がよかったか」

「そんなの太っちょまっしぐらじゃない」


「不真面目素人め、だからこそ美味く感じるんだろうが! ……ま、好きなもんから手をつければいいさ。お残しは気にするな、ちゃんと援軍は呼んであるからな」

「援軍って」


 真理那が食べ始めたタイミング。そこを狙いすましたかのように、店内にどやどやと騒がしい連中が入ってきた。全員オレの知り合いで「タダメシ」のワードに反応する飢えた猛者たちである。


「こんばん晴兎!」

「おおー、こっちだこっち。ここにある分はオレが出すから、適当に喰え。ただしオレと真理那(コイツ)の分は手をつけるなよー?」


「バカだ! バカがいるぞ!」

「メニューの端から端まで頼むとかユーチューバーかテメェは!」

「あの制服っ子は晴兎の知り合いかしら? やだ、犯罪臭がするわ」

「大変だなぁ、こいつのアホさに付き合わされて」


 口々勝手なことを言うダチ共はオレと真理那の周りを囲んだり、ちょっかりだしたりしながらタダメシにありつき始めてしまった。割と閑散だった店内が、あっという間に明るく賑やかなパーティ会場のようだ。


 そんな場で、真理那もネガティブを維持するのは困難だったようで。


「ふふふっ、もう……ほんとに晴兎ってばアホねぇ。何よコレ、周りがびっくりするくらい賑やかになっちゃったわ、おっかしいのぉ」

「これがオレ流のオススメなんだよ」


 一人より二人。二人より三人。気の良い奴らが多ければ多い程、陰鬱さとは無縁になっていく。それは真理那だって例外ではない。


「晴兎くんさー、その美人さんはどこの学校で引っかけてきたのよ。あんまりバカなことやってると捕まるわよ~?」

「人聞きが悪いな。コイツはオレの従姉妹で、制服を着てるのはJKのコスプレをしてるだけだ。決して本場JKなんかじゃないから、そこは間違えないように。いいか、間違えるなよ?」


「はっはーん、そういうわけか。じゃあ制服コスプレちゃんと俺も仲良くなっちゃおっかなー」

「仲良くなるためのハードルは高いぞ? こいつ生半可なことじゃくすりともしない堅物だからな。ま、それでもいいっつうんなら話し相手になってくれ」

 

 次々に絡んでくる男女入り混じった顔馴染み達に応えていると、じっとこっちを見つめる真理那の視線に気づく。


「どうかしたか」

「……友達が多いのね」

「くっくっく、お前も今日からその一員になるのだよ。そして真面目から不真面目にクラスチェンジするのだ」


「人を危険な沼に引きずり込もうとしないでよ」

「だいじょぶだいじょーぶ。全然怖くないから、ほんのさきっちょ、さきっちょだけだから」

「そういう怪しいセールストークはお断りよ、このばかちん」


 字面だけ見れば辛辣で、表情は子供の時から知っているすまし顔。

 だが、その根っこの中にある飾らない素直な真理那が、この場所だけでも少なからず表へと出てきてくれているようなので。


 オレは真理那にバレないところで、こっそり安堵していた。



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一区切りまでお読みいただきありがとうございます!

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少しでも「頑張れ~」「ファイト!」「いいぞもっとやれ!!」等を感じたのであれば★をお願いいたします。★1でも超ありがたいのです。


次回もまた読んでくださいね~(サザ●さん風ジャンケンの構え)


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