第11話:東京で一番高い木

 堂々とそびえ立つスカイツリー。

 橋を渡ったその先にある日本で一番高い、いや世界で一番高いと認定されたタワーに向かってテクテク歩く。徒歩で行けるくらい浅草とスカイツリーは近いのだ。


 そしてスカイツリーの下には大きな商業施設「ソラマチ」がある。たとえスカイツリーに大した興味がなくとも様々な人達が集まる遊び場である。

 女の子は年代に関係なくショッピングがお好きなので、ソラマチて退屈することはあるまい。この機会に存分に見て回ってほしいものだ。


 ――なーんて思ったりはしていたものの。


「おにいちゃん、次はあっちあっち!」

「あいよ」

「お姉ちゃん、アレ見て見て。東京のお店って色んなのあってすごいねー」

「ちょ、ちょっと待ちなさい美希。少しは落ち着いて――」


 まさか美希ちゃんがココまではしゃぎ回るとは、良い意味で予想外だった。

 スカイツリーというメインを前にして、商業施設の見たい店すべてを回る気なのかと思わされる程、ガンガン移動する! 物色する! 買おうとする!


 オレも大概遊び慣れてるはずなのだが、この時の美希ちゃんに至っては疲れ知らずで目を輝かせながら動き回る動き回る。どんどん増えていきそうな手荷物が限界突破しそうだった時は、さすがに真理那がストップをかけていた。


「あなたそんなに買物して大丈夫なの?」

「こんなこともあろうかとお小遣いや溜めたお年玉があるもーん」

「すごいなあ美希ちゃんは。使う時は建設的にパーッと使う派だ」

「ああいうのはね、無計画っていうのよ」


 やれやれと溜息を吐く真理那ではあるが、その手には紙袋を提げている。

 どうしても欲しい物がある時は手を出さずにはいられなかったのだろう。そこは似ている姉妹だ。


「買える時に買うのもいいもんだ。さておき、そろそろ荷物を預けて高い高いツリー様に行くとしようぜ」

「はーい♪」

「晴兎は昇ったことがあるのよね?」

「ああ、何回か別のヤツとな」


「どんな感じなの?」


 興味本位で尋ねてくる真理那だったが、オレはニッと意味深な笑顔を装ってこう答えてやった。


「自分の目で確かめてみるのが一番だ」


 ◇◇◇

 

 スカイツリーの天望デッキへは、4Fでチケットを購入することで足を踏み入れることができる。中々お値段の張るチケットはQRコード付きで発行され、天望シャトルと呼称される大きなエレベーターに搭乗するわけなのだが――この天望シャトルもまたひとつの見所だ。


 350メートルの高さに到達するまでの間に、今どの程度の高さにいるかが表示されながら静かに高速で上昇するエレベーターは中々味わえるものではない。四つあるエレベーター内部にはそれぞれ四季のデザインがされており、乗ったエレベーターごとに楽しめるし、モニターに映った映像を眺めている内にあっという間に天望デッキへ到着する。

 閉じていた扉が開けば、眩しい光と共にスタッフがお出迎え。ドーナッツ状のデッキを少しだけ前に進んで大型ガラスの向こうへ目を向ければ――、


 どこまでも広がっている青い青い夏の空と、まるでレゴブロックで作られたようなサイズになった東京の景色が広がっていた。


「わぁ~~~~~!!」

「これは……良い眺めね」

「それだけ感動してくれれば作った人達も喜んでるさ」


 普通に暮らしている最中で、これほどの高さから都市部を見下ろせる機会は早々ない。山登りの頂上から見れる自然の景色とはまた違う、人間の住む街並みを三百六十度眺める体験はスケールがでかい。オレも最初は「おおー!」と謎に感嘆の声をあげたんだっけな。


 しかも、この驚きにはもう一段階上が存在するのだが……従姉妹達にはどのタイミングで伝えるのがよいだろうか。


「これって全方位がこんな風にガラスになってるの?」

「ああ、そうだ。どっちの方角にどんな建物があるかがわかれば、有名な場所のひとつやふたつも見つかるかもな」


 この辺、設置された案内板を確認すれば何も知らなくてもどっちに何があるかは大体わかる親切設計といえよう。


「こんな高いところにカフェやお土産屋さんも併設されてるのね。それにアレは……ポストかしら」

「ポスト? なんでポスト?」

「スカイツリーポストつってな。日本の建物内にある郵便ポストで、ちゃんと投函もできるんだ」


 馴染み深い赤色のポストではあるが、形がスカイツリーになってるのが特徴である。オリジナルポストカードがショップで売っており、記念スタンプを押して家族や友人に送ったりできるのだ。


「どこかにある海中のポストのスカイツリー版みたいな?」

「あったなそんなの」


 すごい場所に設置されるのに投函できる辺りは同じ物だ。


「記念に買おうよ。ほら、お姉ちゃんも!」

「別に私はポストカードなんて――」


「いいじゃん、好きなの買ってこいよ。いいお土産になるし、ほら柴犬のイラストが入ってるのもあるぞ。好きだろ、柴犬」

「お土産って……」


 ――誰への?


 真理那の口がそう言おうとしたようだったが、彼女はきゅっと引き結んでしまった。その後、美希ちゃんに引っ張られつつもポストカード売り場で一緒に物色を始める。


 どうせなら、選んだカードを投函してもいいと個人的には思う。

 少しはキッカケになるかもしれないからな。


 ◇◇◇


「……ねえお姉ちゃん」

「なに?」

「いつまで地上が見下ろせる床ガラススポットにいるつもりなの?」


 やや呆れ気味に尋ねる美希ちゃんに対して、真理那は姉の尊厳を保つクールな面持ちのまま淡々と答えた。


「いい景色というものはね、いつまでも見ていたくなるものなのよ」


 なお、そのしなやかな脚は小刻みに震えており、大分恰好がついてない。

 素直に「怖い」と言えばいいものを。だが、強情に認めない真理那も大変可愛いぞ。足がすくんで動けないなんて言えない辺りが最高だ。


「晴兎、あとで話があるから逃げちゃダメよ」

「おうおう。オレはココにいるから、さあおいでー」


 おどけた調子で煽ったら真理那はにっこり微笑んだ。何も知らん周囲からは「ほぅ」と息を吐く極上の笑みに見えるかもしれんが、オレからすれば「後で覚えてなさいよ」以外の何者でもない。

 しかし、それでも真理那は動けない。正確には動かない。

 高所恐怖症ではないはずだが、地上が透けてみえる名物:ガラスの床初体験は中々の衝撃をあいつに与えたようだ。


「美希ちゃんは怖くなかったのか?」

「少しは怖かったけど、あそこまではなんなかったよ。お姉ちゃんも全然平気だと思ってからビックリしてる」

「うむ、リアクション女王の座は完全に勝ち取ったな」


「おねえちゃーん、こっち向いて―笑って笑ってー。そうそう、はいチーズ♪」

「と、撮らないでほしいのだけれど!」

「NG出したいなら早く戻ってきな~」

「くっ……人の足元を見てぇ……」

「足元が見れないヤツの足元を見る、か。上手いな」

「なにひとつとして上手うなかばいバカなんやなかとッ」


「お嬢さん。そんなことを言われては手助けをする気もなくなろうというものだぞ。いいのか? オレはまだまだ見守っててもいいんだぞ?」

「…………」


 無言の真理那の中では、相当な意識と感情の葛藤が繰り広げられてるに違いない。とはいえこれ以上意地を張ってもデメリットばかりだろう。

 そんな判断がようやく下されたのか。


 とんでもなく恥ずかしい目にあわされているかのように羞恥色に頬を染めながら、おずおずと真理那の腕がコッチに伸びた。


「他の人の迷惑になる前に、手を貸してもらえるかしら」

「あいよ」


 ちったあ素直になれた真理那様のご命令が出たので、オレはスタスタとガラス床の真ん中にいる真理那に近づき、抱っこの要領で持ち上げた。


「誰が抱っこしろと?」

「この方が速いんだ」


 もちろんからかってるだけだが、オレにはわかる。真理那の手を引っ張ってももたつくだけだということが。

 なので持ち上げた方が速いのは嘘ではない。


「わぁお♪ こんなところで情熱的!」


 などと美希ちゃんが歓声をあげてる間に、オレ達はガラス床の外へ移動していた。


「あたしもやってほしいな~」

「はっはっは、後でなー」

「朗らかに会話する前に、とっとと下ろして欲しいんだけど?」


 すぐ近くから発せられるひんやり冷たい声色は、とても涼しい。


「あ、あたしちょっと飲み物買ってくるねー」

「待ちなさい美希。飲み物の前にさっき撮った写真を見せなさい? こら、逃げるな」


 微笑ましい姉妹のやり取りにほわほわするオレ。

 直後、さっさと下ろせと通告するかのように、


「いつまで人ん体ば抱っこにかこつけて撫でまわしとー、と!」


 真理那がばたついた際に、肘がオレにめり込んだ。

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