第12話:最も空に近い場所であなたに甘える

 ◇◇◇


 真理那の生まれたて小鹿ショーもどきを堪能したあと。オレ達は一旦ひとりひとりに分かれて、各々の見たいものへ足を向けていた。

 

 真理那は天望デッキをぐるりと一回りしていたようで、反対方向に回っていたオレとは中間地点でご対面となった。


「なんか気になるものはあったか?」

「少しはね」

「床ガラスリベンジは成功したか? 今度は助けてやれるとも限らんぞ」

「お生憎様。そもそもあんな場所に乗る事は早々無いわよ」


「それもそうだな。美希ちゃんはどこらへんにいるか知ってるか?」

「あの子ならお土産を物色したあとに併設されているカフェに行ってくるって。どうやら限定のスイーツに惹かれたみたい」


 ならばとカフェの方へ足を運んでみると、そこには激混みで列が出来ていた。

 

「おお、いつの間にこんな混んでたんだ」

「美希は……あ、あそこにいるわ」


 真理那が指差したところは、列の前の方だった。

 ケータイを使ってメッセージを送ってみると「めっちゃ混んでるワン」とデフォルメされた犬のスタンプが返ってくる。さらに「あたしはもう少しハマってそうだから、私に構わず逃避行しちゃっていいワン」と返事が続く。


「ふむ」

「逃避行って……あの子ったら何を言ってるのかしら」

「していいって言うなら、やってみるか?」

「何を?」


「逃避行」


 美希ちゃんに行き先を告げた後、天望デッキを大体見尽くした真理那を連れて向かったのは、フロア中央に設置されたエレベーターホール。

 だが、乗るのは下りではなくさらに上へ行くエレベーターだ。


 スカイツリーには天望デッキのさらに上に別途フロアがある。そこは一般客が入れる最高地点であると同時に建物内で最も見晴らしが良い場所。


 その名は天望回廊。


『うわぁ!? このエレベーターあちこちがスケスケだ! このまま昇ってくとかスリルあるね』

「なんの真似かしら。突然中身が子供にでも戻ったの?」

「真似は真似でも美希ちゃんの真似だが、出来栄えはどうだった?」

「……そうね、まあ少しは似てるんじゃない」


「なあ真理那よ。どうせならその目を覆った両手をとって、外を眺めてみたらどうだ。大丈夫だぞ、別に落ちたりしないから」


 オレの説得が少しは効いたのか。

 真理那は手を下げて外の景色へと顔を向けた。ただ、やっぱりちょっと怖いようでわざとか無意識かは知らんがオレの背中に隠れようとする。


『わー、あたしもコレは怖いなー』

「何の真似だ。恐怖で子供帰りでもしたか?」

「失礼ね、美希の真似よ」


「美希ちゃんはそんなこと言っても、足を震わせはしないだろ」

「……わからないわよ。恐怖は突然来るものだもの」


 突発性真似っこコントをしている内に、さほど時間もかからずエレベーターは約百メートルを上昇して、目的地に到達した。


 先に足を踏み入れたのは真理那が、不意に心の動いた声をあげる。それだけ感情の起伏が多かったのだろう。


「わぁ……ッッッッ!」


 前面一杯に広がる壮大な街並み。

 先程までいたデッキよりも高く、空もより近い、太陽に照らされた回廊。

 これほどの景色は早々見られたものじゃない。

 だからこそ、


「すごい…………さっきよりも街が小さく見える。ここまで来ると作り物みたい」


 心情を表に出す事の少ない真理那であっても、素直にその感動を口に出来ていたのは喜ばしい。


「さあ、こっからは最高到達点まで歩いて登るぞ」

「エレベーターやエスカレーターは設置されていないのね」

「天望回廊はスロープ状になってて空中散歩気分を楽しめるのがウリなんだ」


 本来なら暑さに苦しむのだろうが完全に空調が整った回廊フロアはノンストレス。散歩にはもってこいの空間といえる。


「誰かさんは一番乗りだーって走り出さないの?」

「さすがにしねえよ、何歳だと思ってんだよオレを」


 尚、初めて来たときはダチがいたのもあって一番乗りは譲らなかったが。


「今はのんびり散歩したい気分なんだ。誰かさんと一緒にな」

「……まあ、一人よりはマシよね」

「そこは『一緒じゃなきゃイヤ』って言って欲しかったな」

「絶対言わなそうな言葉をあえてチョイスしないで欲しいわ」


「なら、どんなのなら言ってくれるんだ?」

「そうねぇ……こういうのはどう。『寂しそうね。なんなら今だけ彼女のフリでもする?』」


 煽り挑発するような言葉を選ぶ真理那だが、その口調は決して人を小馬鹿にしたものではなかった。むしろ「どうどう? こういうの嬉しいよね」と飼い主の為に芸を披露する子犬や子猫のようだ。


 口だけではなくしっかり腕も組んできたので、カップルっぽさは急上昇中。美希ちゃんがいたら姉の面子にかけてこんな事はしなかっただろうなーコイツ。


「どうせならもっとググッと」

「この変態。お金とるわよ」

「幾らだ。オプションがあるなら先に言ってくれ」

「……その迷いの無さすぎる眼(まなこ)に免じてロハでいいわよ」


「そりゃありがたい。で、オプションは?」

「……ばーかちん」


 どうやら甘ったるい罵倒オプションもロハだったようだ。

 であれば何も問題はない。よりかかる真理那の柔らかい重みを味わいながら、デートっぽい空気を醸し出しつつ、オレ達はゆっくり歩を進めていく。


 たまたま人の少ない時間にかちあったのか、他のお客は立派なカメラを構える人がまばらにいる程度。

 ほとんど二人っきりといっても過言ではない。賑やかにしてくれる美希ちゃんと合流するまでの余暇みたいなもの。


 だから、なのだろうか。

 彼女のフリをしてくれている真理那は外面を気にすることなく、気楽に話しかけてきてくれるし、話に付き合ってくれた。


「気分はどうだ?」

「言っておきますけどね。私は最初から怖がってなんていないし高いところが苦手なんてことはないわよ」

「誰もそんなこと聞いてないぞ」

「目が語ってたわ」


 目と目で深まる絆もあれば、誤解もまたあり。


「じゃなくて。ちったあ雨模様な心も晴れたかって話だよ」

「そうならそうと早く言いなさい。……うん、正直少し前に比べてずっといい感じ。――でも」


「まだまだ足りない、か」

「さすがは私の一番の理解者。以心伝心? それとも心を読む超能力かしら」


 そんな能力を持っていたのなら、オレはもっと上手に立ち回るだろう。

 少なくとも「まだまだ足りない」なんて真理那には言わせないようにする。


「そもそも人生において遊び足りるなんて早々ねえよ。真面目に生きてるヤツなら尚更だ」

「別に真面目じゃないわよ」

「真面目だろ。頑張って頑張って、それで限界がきてオレのとこになんて家出してきたんだから」


 これを真面目といわずなんとする。


「そうなのかしら」

「そうなんだよ」

「…………そうかもね」


 真理那の頭がこつんと肩に当たる。


「おかげで大分楽になったわ」

「そりゃあ連れ回した甲斐があるってもんだ」

「ねえ……晴兎はたくさん遊んでるでしょ。その後は、遊び終わった後はどんな気持ちになるの?」


 その不思議で難しい問いに対して、オレの答えは深みもなくシンプルだ。

 端的に言ってしまえば、


「寂しくて残念な時が多いぞ。『ああ、もう楽しい時間は終わっちまうんだなー』ってな。少し経つと今度は次が待ち遠しくて仕方なくなる」

「長いお休みが終わってしまう時の寂寥感みたいな感じかしら」

「きっと、大したもんじゃねえよ」


 もっと簡単なのだ。

 ただただ、残念なのだ。

 楽しい時間が終わってしまうのが。


 今この時も、少なからずそう感じてしまっている。


「……晴兎、相談があるのだけど」

「ん」



「――私は、どうすればいいのかしら」


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