第10話:浅草観光・珍道中

 ◇◇◇


「ねえねえ、明日はどこから観光するのー?」

「するの~?」

「美希はいいとして、晴兎が同じように顔を傾けるとキモチ悪いわ」

「ひどくね」


 既に敷いた布団の上に雑誌類を並べている和気あいあいとした空気の中、真理那の言葉は冷たく刺さる刺さる。


「ともあれ、ルートはほぼ決まったようなものでしょ。この地図の左(西)側から右(東)へ順番に行けばいいわ」

「あのでっかい字が書いてあるところからスタートだね! たっのしみー♪」

「たっのしみー♪」


「……晴兎は何時まで美希の真似をしてるの? いい加減叩いて止めた方がいいかしら、頭がおかしくなる前に」

「はっはっはっ、微笑みながら分厚いハードカバー本で殴ろうとすると狂気じみててヤバさが倍増するぞ」


 じりじりと間合いを詰めてくる真理那と同じように間合いを取るオレ。観戦している美希ちゃんは止めることもなくキャッキャッしている。


「不毛だから止めましょう」

「異議なし」

「異議なーし♪」


「美希は夜更かししないですぐ寝るのよ? 寝不足なんかでこの夏の外に出たら熱中症になっちゃうわ」

「はーい。じゃあお兄ちゃん、一緒に寝よっ♪」


 オレと真理那達の領地境界線である布団の端をあっさり越えて、美希ちゃんがオレの布団へと潜りこもうとする。が、真理那がパジャマの後ろをひっつかんで止めた。


「何を言っているの、そんなのダメよ」

「エー、だってお姉ちゃんと寝るよりお兄ちゃんと寝た方が安眠できそうじゃーん」

「いーい美希。どうでもいいことで注意してるように感じてるのかもしれないけれど、コレはとても大事な話よ。有体に言えばあなたの貞操の危機を回避するために必要なの」

「何日もお兄ちゃんとひとつ屋根の下で寝泊まりしたお姉ちゃんに言われても説得力の欠片もなくない?」

「それはそれ、これはこれ」


 姉の権力という名のものすごい力技で美希ちゃんを押しとどめる真理那。そこに合理性と説得力はあんまりない。なんなら美希ちゃんが知らないだけで真理那はオレと同衾すらしていたわけで。


「それで美希ちゃんを止めるのはなにいってんだお前以上の何者でもない――」

「ロリコンは黙ってて」

「誰がロリか!?」

「中学生と大学生ほど離れてれば十分ロリ圏内でしょう」

「はぁ~わかった、わーかーりーまーしたー。お姉ちゃんが晴兎お兄ちゃんを独占したいのは理解したよぉ。じゃああたしが一人で寝るから、お姉ちゃんがあっちで――」


「三人一緒に寝るか?」

「グッドアイディア!」

「いや、どう考えてもバッドアイディアでしょう。むしろHENTAI? 従姉妹で両手に花欲求を満たそうとするなんて鬼畜野郎なのかしら。先に警察に通報した方がいいわ、ヘーイポリスー」


「お巡りさん聞いてください。そこの姉は夜な夜な人の布団に潜りこんでどうき――」

「ちょっと何トチ狂ったこと言ってるのよそれはさすがに無し!」


「どうき……なに?」

「なんでもないわよ。さあ、大人しくお姉ちゃんと仲良く寝ましょうね」


 けらけら笑いながら手をひらひらさせて見送ったら、めっちゃ睨まれた。やり返しには十分成功したようなので良しとしよう。貴重な真理那の恥ずかしがる顔も拝めたことだしな。


 ◇◇◇


 そんな修学旅行中みたいな夜が過ぎて――


「でっかーーーい! 人いっぱーーい!!」

「ここ……日本よね? 外国の人の方が多く見えるわ」

「さすが東京有数の観光名所って感じがするだろ?」

 

 オレ達ご一行の姿は、浅草にある――浅草寺の総門・雷門前にあった。


「写真とろーよ写真!」

「私は別にい――」

「ほい、チーズ」


 パシャリ。

 自撮りの容量でオレは三人と雷門がしっかり入るように一枚撮った。

 半袖ミニスカート姿の美希ちゃんはバッチリダブルピースサインをキメているが、空色のワンピースを着ている真理那は「あっ」と口を開けた絶妙に微妙なポーズで写っている。


「ちょ」

「どうどう? ……ぷぷっ、お姉ちゃんマヌケ面~♪」

「撮られ慣れてないとあからさまにわかる瞬間だな」

「誰だっていきなり写真撮られたらこうなるわよ。……もう、どうせ撮るならもっと綺麗に写りたいわ。晴兎、今のは無かったことして撮り直してちょうだい」

「了解だ。えーっ、あ、そこの方! ちょっと写真撮ってもらいってもいいっすかー!」


 近くにいた人にお願いして、今度は集合写真のようにシャッターを押してもらう。お礼を言ってからデータを確認すると、雷門をバックにした、さっきの一枚よりも真理那が満足できる写真が出来上がっていた。


「これぐらいなら及第点ね」

「あたしはさっきのわちゃわちゃしてるのも好きー♪」

「…………」


「晴兎? どうしたのよ口をつぐんで」

「いや、なんかこの三人だけで写ってる写真も久しぶりだなーってのと、この構図に見覚えのようなものがあってな」


 だが、雷門前に真理那達と来たのは今日が初めてだ。


「……もしかしなくてもアルバムに入ってる写真が引っかかったんじゃない?」

「ん? アルバムってどのアルバ――――ああー、アレか」


 オレ達の写真が納まった実家のアルバム。

 そこには事あるごとに撮った従姉妹達とのメモリーが無数に保存されていた。


「思い出した? ほら、この写真の写り具合といいポーズといい、あのアルバムに入ってる中でも一番よくあるパターンのじゃない」

「懐かしいな~。つうか、うん年越しの写真であっても変わらないのか」


 オレ達のポーズは。


「成長してないってことね」

「そうか? 少なからず身体も心も変わってるだろ」


 とりあえず真理那と美希ちゃんは、以前よりぐっと女の子らしくなった。

 オレが男らしくなかったかはわからん。


「そうでもないんだなー、これが。お兄ちゃんは変わってるっていうけど、とりあえずお姉ちゃんの心の一部はあの頃のまムグ!?」

「美希のそういうデリカシーの無さ、お姉ちゃんは早く変わって欲しいわ~?」


 おぉぅ、なんて素早い口塞ぎだ。

 手馴れてんなー。


「ままっ、門をくぐって仲見世を見て回ろうぜ。美味いものも面白い物も色々あるからな。お祭りみたいで楽しいぞ」

「……ぷはぁ、行く行く♪」

「その後はお参りもしましょうね」


 なんだかんだで真理那もウキウキしているようで、その足取りは軽い。

 約三百メートルある仲見世の商店街はそれなりに人でごった返しているのだが、まったく苦にした様子はない。真夏の日差しもなんのその、涼しい顔でお店を見て回っていく。

 

「あ」

「おっと、大丈夫か」


 土産物屋に入ろうとした時に退転する客とぶつからないよう避けたら、運悪く石畳の溝につまづいた真理那を支える。「ありがと」と礼を言いながら、彼女は少しばかり辟易とした声をあげた。


「人、多すぎないかしら。今日は何かのお祭り?」

「だとすればこんなもんじゃ済まないな」


 夏休みに入る月とはいえ、今日は祝日でも祭日でもない。

 至って普通の平日。真理那はうんざりしそうだが、コレが浅草の平常運転だ。


「迷子にならないようおてて繋いで歩こうか?」

「あら素敵ね。ついでにあそこで売っている人形焼や苺のお団子を買ってもらえるかしら、パーパ?」


 子ども扱いに半分ムッとした真理那が破壊力のある幼子ムーブで反撃してくる。無意識に財布に手がのびて「好きなだけ食え!」と言いそうになったぜ、危ない危ない。


 が。

 既に余計な火種は生まれていた。


「ぱ、パパ……? ……晴兎お兄ちゃんと真理那お姉ちゃんってあたしが来るまでの間にそういう関係になってたんだね。ごめん、お姉ちゃん、気付かなくて……いつもよりいっぱい食べるなーとは思ってたけど、二人分必要だったなら……納得だよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい、美希。あなたは誤解をしてるわ」

「悪いな美希ちゃん。言い出せなかったけどそういうことだから、お姉ちゃんにはそれとなく優しくしてやってくれ」

「うん! あーあ、こんなに早く叔母さんになるとは思ってみなかったな~」


「ち、ちがっ!?」

「そんなに慌てるなよマーマ。あ、それともハニー呼びの方がいいか?」

「どちらであっても……怒るわよ?」


 ぎゅうううううっと、頬の柔らかい部分を引っ張りねじられた。

 なお美希ちゃんには口頭注意だけ。


 前々から思っていたが。

 真理那のオレと美希ちゃんに対する態度、違い過ぎんか?


 ◇◇◇


 赤提灯が飾られた昔ながらの雰囲気たっぷりな仲見世通りをまっすぐ進むと、雷門と同じような朱塗りの宝蔵門。さらに進めば浅草寺の本堂に到着する。

 三階建てのビルくらいありそうな本堂の下では、これまで以上にあっちこっちでその立派さを写真に収めたり、願いを持ってお参りにきたであろう観光客でごった返していた。日向に比べて日陰は若干涼しさを感じられるのだが、人の多さが清涼感を打ち消してプラスマイナスゼロになってる気がしないでもない。


 ただそれでも、厳かで神聖な空気だけは変わらずそこら中に漂っている気がするのは有名な寺ゆえか。


「二人は何をお願いするんだ? 浅草寺は所願成就のご利益があるから、要するになんでもありだぞ」

「太っ腹だね! んー、あたしを甘やかしまくってくれるステキな人と出会いますよーにってお願いしようかな」


 うむ、よいぞよいぞ。その欲望塗れなところは嫌いじゃない。

 一方で真理那はといえば。

 何やら待ち時間の間に浅草寺の情報を調べようとして以降、ケータイ画面とにらめっこしていたはずなのだが大分憤慨したご様子で、


「私の前に立ちふさがる邪魔な物をすべて取っ払ってもらおうかしら」

「おおー、お姉ちゃんはでっかいねぇ」


 なんか規模がでかい邪悪なお願いをしようとしていた。

 美希ちゃんはそんな姉をしきりに感心しているようだが、オレからすると「よっぽど溜まってんの?」と心配になってしまう。

 実際溜まってるんだよな、うん。フォース的な暗黒面に落ちないか不安だ。


「そういう晴兎は何をお願いするのよ」


 巨大な賽銭箱前の待ち行列に並びながら、真理那の質問に対して少しだけ考えたポーズをとりながら答える。


「どこまでも気楽に生きやすくなりますよーに、だな」

「なんてあなたらしすぎる願いなのかしら……」

「ザ・お兄ちゃんって感じだね♪」

「はっはっは、そうだろそうだろ」


 順番が回ってきたので、看板に書いてある手順通りに三人揃ってお参りをする。投げた小銭は小気味よい音をたてながら賽銭箱に吸い込まれていった。


「したら、道中を冷やかしつつも日本で一番高いツリーに登ってみるとすっか」

「あのツリーだね!」


 次の目的地は浅草からとても近いため、建物で塞がれてなければここら辺りからでも東の方に見える。なので、既にその姿を捉えていた美希ちゃんは「ビシィ!」と斜め上を指差したのである。


「ツリーの前に、先にソラマチを散策してもよろしくて?」

「もちろんだぜお嬢様」


 上流階級のように確認してきた真理那に執事っぽい相槌を打ちつつ、オレ達は次の目的地に向かって身体を向けた。

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