第4話:誰にも咎められることのない自由すぎる一日

 ◇◇◇


 翌々日。


「ふわ~~ぁ~~」

「おはようお寝坊さん」


 オレが目覚めると、貸した服を寝巻代わりにした真理那がアイスコーヒーを飲んでいた。ソファーに座った従姉妹の健康的なおみ足がぶかぶかのシャツの裾から覗いてるのは、男として中々良い眺めといっていい。


 昨日の真理那は一日中泥のように眠ったりぼんやりしながらウチに引きこもっていたのだが、今日は顔色も良くなってるようなので少しは身体の疲れもとれたみたいだ。


「まだ八時だから寝坊というには早いだろ。ああ、真理那な? 一応言っとくけど見えてるぞ。色々」

「あら、朝から女子高生に欲情した?」

「寝ぼけてたら襲い掛かるところだったかもな」

「安心して、その時は容赦なく蹴るから」

「へいへい。とりあえずその辺にあるズボンか、制服のスカートでも履いとけよ。それから、朝飯食べ終わって少ししたら出かけるぞ」


「出かけるって、何か予定があるの? バイト? それとも友達と遊ぶとか」

「そうではなく、誰かさんが着る物を買いに行くんだよ」

 

 昨夜、予備の布団を押入れから引っ張り出していた時にちょろっと話しただけだが、真理那は「家出」を実行した割には大した荷物も持ってきてなかった。ボストンバッグの中身は水着・ゴーグル・タオルなどの水泳部の道具、勉強の参考書と筆記用具、洗面用具が少々。コレでは旅行の一泊をするにも物足りない。


 それだけにその中身は、真理那がどれだけ衝動的に動いたのかを想像させた。だがオレは特につっこんだ事は言わなかった。サイフにいくら入ってるかは聞いたが、バイトもロクにしてない従姉妹が良い感じに持ち合わせているはずもない。


 なので、まずは一緒に近所のショッピングモールへ買物に行くのだ。

 さすがにぶかぶかな従兄(オレ)の服を毎回着るのは真理那も困るだろうし。


「随分気遣ってくれるのね」

「オレは小さな頃から気遣い屋さんだったぞ。だから適当に放置せずに、押入れの奥にしまってある引っ張り出すのが面倒な客用布団を提供したろ」


 コレが真理那でなければソファーか床に転がしておくところだ。


「それは感謝してる。でも、正直に言ってしまえば隣で寝てる晴兎が気になって眠れなかったわ」

「寝室の狭さはあきらめてくれ。それに、オレが見た限りじゃすまし顔に似合わず可愛い面で寝てるみたいだったけどな」


「……ちょっと、寝ている間に顔を覗き込んだの? まさかとは思うけど、何かしら悪さをしようとしたんじゃ……」

「単に心配しただけだよ。ちゃんと寝れてるかどうかってな」

「……そんなの、気にしないでいいのに。鬱陶しがられても知らないわよ」

「ああ、ご存じのとおりな」


 オレは中々に鬱陶しいヤツなのだ。


 ◇◇◇


「ほい、ヘルメット」

「バイクの二人乗りで行くの?」

「電車は最寄駅が遠い。バスで行けなくもないが、こっちの方が速いんだ」


 ボロアパートの下に停めてあった愛機たる赤いバイクをポンポン叩きながら、後ろに乗るように促す。


「乗り方はわかるか」

「久しぶりだけど、前にも乗せてもらったことあるし」

「ああ、高校にバイク乗りがいたんだな」

「何言ってるのよ。晴兎以外の後ろに乗った経験はないわ」


 他に外で着れるものがなかったため、再び制服姿でお目見えした真理那がひらりとバイクの後ろにまたがり、前に乗っているオレの背中へと遠慮がちにしがみつく。愛い奴めと思わなくもないが、それじゃあ足りないな。


「もっとガッチリしがみついた方がいいな。両手を前まで回してな」

「こうね?」

「そうそう」


 別に狙ったつもりはないんだが、背中の一部にポヨンとふくよかなものが当たった。こいつ、パッと見ではわかりにくいがいいもん持ってやがるぜ。仮想運賃としては十分すぎる程だ。


「日差しがきついわ……。ねえ、バイクで走ったら涼しくなるかしら」


 スカートがめくれないよう身体の位置を調節しながら真理那が尋ねてくるが、この夏の暑さは中々に強烈だ。バイクで走れば風で涼しくなりはするだろうが、涼みたいなら冷房の効いた屋内の方がよほどいい。


 そんなわけで、さっさと行くに越したことはねえってわけよ。


「真理那も乗ればわかるさ」

「爽快感と涼しさが?」

「ああ。それと風の気持ちよさやライダーの気持ちとかな!」

 

 ブルンブルルン! とエンジンをふかしながら、オレ達は一筋の風になって、ショッピングモールへと向かう。

 どこまでも青く澄み渡るかのような空には「これぞ夏!」と言わんばかりの入道雲がモクモクと生まれ、同時に、熱さに弱い人類を殲滅せんとばかりにギラギラに輝く太陽が我こそはと主張しまくっている。


 まさしくTHE・夏だ。

 BGMはスピード感あふれるロックなナンバーにも負けない大音量のミンミン、シャワシャワといった蝉の声。今日も今日とて絶賛婚活中である。


 そんな中で東西へのびる片側二車線の大通りに出てしまえば、あとは直進あるのみ。とはいえ真理那がいるのだから安全運転は欠かせない。ぎゅっとしがみつく感触が変わらず傍にあることを確認しながら、同じ方向へ走る車達と共にびゅんびゅんと走る―走る―走らせる。


「この辺りって大きな建物はほとんどないのね!!」

「ああ! 東京都の一角とはいえ都心部からはかなり離れてるからな。テレビに映るようなでかいビルや建物なんかねえよ!」


 風の音がうるさいため、会話するためには自然と大声を出さなければならない。オレたちは互いに声を張り上げながら道沿いの景色について話した。

 全国的に有名な店もそこそこあるが、東京都心部に住んでいる人からすれば二十三区外は田舎のように感じるだろう。高層ビルやタワーマンション、見栄えのいい一軒家にごった返す人の波とは無縁で、自然の緑や古い作りの建物はまだまだ多い。


 上京してまだ何年も経っていないオレからしても、どこか新しい街並みになっている途中で、一昔前の環境が残ったままのような印象だ。近くにモノレールが走ってたり、大きな駅の前は都会並に立派だけどな。

 イメージ的にはト●ロより狸合戦●んぽこというか、裏山が存在するド●えもんみたいな?(さすがに空き地はあまりないが)。


 それでも東京は東京。地元から離れる機会の少ない真理那からすれば目新しいものも多いだろうか。


「せっかくだ、今度観光でもしてみるか? 東京タワーやスカイツリー、浅草の雷門もまだ行ったことないだろ」

「興味がないわけじゃないけど、暑いのは嫌」

「夏が暑いのは当然だろうが! その上で何をして楽しむかってのが重要なんだよ、っと。ほら、目的地の看板が見えてきたぞ」


 向かう先のショッピングモールはかなりの大型なため、行く先々で「あと●●メートル」「信号を左折」と書かれた案内板が設置されている。近隣住民にとっては様々な店舗が内包されているため、かなり便利に使われている場所のひとつだ。


「ほい、到着っと」


 開店して間もない時間帯に来たので、特に順番待ちをすることなく駐車場へと入れたのでぶはぁと盛大に息吐きだしながら真理那がヘルメットを脱ぐ。


「あっつい!!」

「ヘルメットの苦しさを知ったお前は、一歩ライダーに近づいたな」


「はいはい。それより……入口がいくつもあるわね。どこから入ればいいの? 早く中に入りましょう」

「真理那の家の周りには、まだ大きなショッピングモールは無いから物珍しいだろー。オレも初めて見た時はびっくりしたもんだ」

「生憎だけど、ウチの近所にもココより小さいけど同じようなのが出来たわよ。だから何もないと揶揄される田舎の称号は返上したわ」

「なに!? 知らなかった……。あ、入るのはすぐそこの入口でいいぞ」


 わざわざ外から回って服屋のすぐ傍にある入口まで行く必要はないのだ。この猛暑なら尚更だ。現在人たるもの、冷房がガンガンに効いた屋内で気持ちよく楽してショッピングを楽しむべきなのである。


「ねえ、今更ではあるけど買うお金は――」

「気にすんな。家出祝いってことにしとくさ」


「どんなお祝いよ。出所祝いみたいに聞こえて複雑だわ……」

「なら誕生日プレゼントでもいいさ」

「誕生日はもうとっくに過ぎてるじゃない。……いいわ、返す方法は後でどうにかするから貸しにしておいてちょうだい」

「利息はトイチな。足りない分は身体で払う方式で」

「なら先に女の寝顔を盗み見た罰金を払ってもらわないとね……?」


 なんて、互いに不穏な会話をしているように聞こえるかもしれないが、こんなのただの冗談だ。会話を楽しむためのスパイスみたいなもんである。

 直接話すのもそれなりに久しぶりだが、やっぱりコイツとやり取りするのはなんとも愉快だ。そんじょそこらにいるヤツでは、こうも気持ちよく言葉のキャッチボールなんて成立しない。濃ゆい付き合いが成せる技だな。


「せっかくだもの。晴兎の懐が涼しくなるような高い服を選びましょうか」

「遠慮が無さすぎて惚れ惚れするぜ」

「あなたが買ってくれるんだから、少しはどんなのがいいかリクエストしてもいいのよ?」

「じゃあ、その小麦色の肌がちらちら拝めるエロカワイイのがいいな。いや待て、それよりも日焼跡がのぞくひらひらした服の方がいいか……? くっ、悩ましい!」

「永遠に悩んでなさい」


 じと目でキモいものを見るような視線を味わいつつ、てくてくとショッピングモール内にIN。三階建ての建物は横に長く全体的に楕円を描くような形になっており、あっちにこっちに階段・エスカレーター・エレベーターが設置されている。

 キョロキョロと初めてのお店をチェックしている真理那を放っておくと時間がかかりそうなので、引っ張るように目当ての女性服ショップへ向かった。目的地に到着すると、顔馴染みの目ざといおねぇ店員がオレに気づいて、営業スマイルを浮かべながら近づいてくる。


「ハァイ、晴兎。今日はアタシに会いに来たの?」

「悪いな、碧(みどり)ちゃん。今日お前に用があるのはコ・イ・ツ♪」


 後ろに控えていた真理那をずずいと前に出すと、碧(店員)がすっとんきょうな声をあげた。


「ええ!? この子って、先日のタダメシパーティにいた子じゃない」


 真理那が「あの時はおせわになりました」と礼儀正しく頭を下げる。

 碧ちゃんはインパクト抜群なおねぇキャラのため、バッチリ覚えていたんだな。忘れる方が難しいだろうけど。


「さすがにどーなのよ晴兎。いくら若くて可愛い子が好きだからって制服姿の女の子を連れ歩くなんて変態犯罪者に間違えられるみたいな? きゃー、おまわりさーんっ的な」

「おいおい、警備員がすっとんでくるような冗談はやめてくれよ。確かに真理那は若くて可愛いが、別にそういうプレイ相手じゃないんだ」


「へぇ……? 晴兎はそういうプレイをするような相手がいるの? ふーん?」

「もうやだァ、じと目で名前を呼び合うなんて随分仲の良い意味深カップルぅ☆」

「下世話な詮索は止してくれ、真理那はオレの大事な従姉妹なんだ。イイ感じに似合う服が欲しがってるんで、碧ちゃんに見たててもらおうって思ったわけよ」


「ほほー、プレゼントって感じ? おっけい、それじゃあこっちに来てどんなのがいいか聞かせてちょうだぃ」

「わ、わかりました」


 おねえ店員様がニコニコしながらおっかなびっくり気味の真理那を店の奥へと連れていく。

 あとは二人に任せておけば話は早い。


 近くの喫茶店で買ったコーヒーを飲みながら店前の休憩用ふかふかイスで待つことしばし。店の方から「晴兎~、ちょっときてー」と呼ぶ声がした方へと向かってみると。


「これ、どうかしら?」


 試着室でイイ感じにチョイスされた服に身を包む真理那が、それとなくモデルっぽいポーズをとっていた。

 全体的にボーイッシュな印象があるのは、そのTシャツ&ハーフパンツ姿が身軽なダンサーをイメージさせるからか。キャップを被ってるのもそれっぽい感じだ。

 清楚で知的な雰囲気だった従姉妹。彼女がどういった思惑でこの恰好を選んだのかは、気になるところではある……が、まずはこう伝えたい。


「クールでかっこいいぞ。割と意外なチョイスではあるが」

「夏場だし、ヒラヒラした薄地の白いワンピースの方が良かったって?」

「ハッハッハ!」


 それはそれで見てみたいぞ。


「着てみたいのがあるなら何着か選んでいいぞ。碧ちゃんも着せ替えしたくてうずうずしてるようだし」

「わかってるじゃなーい。こんな可愛い子がいるのに着飾らずにはいられないアパレル店員の性(さが)ってやつなわけ」

「晴兎がいいなら選ぶけど、ここの服はそんなに安いわけじゃないわよ?」


 ――お財布は大丈夫?

 暗にそう尋ねてくる真理那に、オレは手をひらひらさせて応えた。


「お友達価格とツケでどうにかするさ」

「そんな馴染みの居酒屋対応に期待されても困るわぁ」


 やれやれと苦笑する碧ちゃんがベシッとオレの肩にツッコミを入れる。

 コントのような掛け合いは真理那にあまりウケなかったらしく、「ふーん」とドライな反応が返ってきた。


「ならいいわ。碧さん、何かオススメなのがあれば教えてもらえますか?」

「もっちのろん! リクエストがあったら言ってねー。あっまいふわふわ系からエロ可愛いのまで当店はまあまあ取り揃えてるし。あ、晴兎が好きそうなのもあ――」

「最後のは別にいいです」


 オレを置いてけぼりにして女子力の上がりそうなトークが展開されていく。あまり顔には出ていないが真理那が楽しそうでなによりだ。

 実家にいる時はあまりできない会話だろうからなぁ。


「……あの堅物叔母さんがJKトレンドの話しなんてするわけもないだろし」


 だったらココで存分にすればいいさ。

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