第8話:遊園地のプールはまだ始まってなかったから
「で、なんで私達はココにいるのかしら?」
「おいおいもう忘れたのかよ真理那タン」
「東京のプールだあああああ!!」
三者三様の反応と水着姿で、オレ達は都心部にある大型屋内プールにきていた。
二十五メートルプールの他に、流れるプールや波のプール、ウォータースライダーなんかもある割と豪勢なところなので気軽に遊ぶにはもってこい。遊園地併設と違ってそこまで混まないのもグッドだ。
「プールというか、コレって健康センターじゃないの? スパもあるし」
「ちっちっちっ、プールがあればそこはプール。だろ?」
「そうだよお姉ちゃん。まごうことなきプールなんだから細かいことは気にしなくていいじゃない。あんまり気にし過ぎると老けるよ」
「一言余計」
真理那がぺちっと美希ちゃんの頭をはたくと「なにすんだよー♪」と軽い蹴りの反撃が始まった。ぺちぺちベシベシとちょっかいを出しあう姉妹はなんて仲睦まじいののか。
「ま、どうせなら晴れてる方が観光も楽しいだろ。お楽しみは明日以降にとっておこうぜ」
「天気が怪しいのは仕方ないけど。にしても……まさか東京に来てまでプールで泳ぐなんて思わなかったわ」
「発想が既に硬いんだよなぁ。部活の練習と遊びじゃ全然違うもんだろ、せっかくなんだから好きに自由に泳いでみりゃいいだろ?」
「…………それなら、学校の水着じゃない方がよかったわ」
わずかに溜息を吐く真理那が着用している水着は、ぴっちり身体を覆う紺色の競泳用水着。それはそれでオレ的には見応えと味わいがあると思うのだが、お年頃の真理那としてはもっと可愛い水着が良かったのかもしれない。
「まあ、単なるお荷物が役に立って良かったじゃん♪」
一方。
慰めてるようでディスってるように聴こえなくもない発言をした美希ちゃんはフリフリのついたフレア・ビキニ姿だ。鮮やかなピンク色はより彼女のあどけない魅力を引き上げており、大変似合っている。
この二人が並ぶと美少女姉妹ここに降臨って感じで人目を引きやすそうだ。なんかの撮影と間違えるヤツまで湧いて来るかもしれん。
「ある意味良かったかもな」
「なにが?」
「真理那の水着の話だよ。お前まで気合入った格好できてたら、めんどくさいのが寄りつきまくって大変だったぞきっと」
そもそも例え地味目の競泳水着だろうと真理那の美人さは隠せない。日焼けした肌と引き締まりつつもしなやかな肢体は健康的な南国少女感満載だ。くっそ可愛いのは当然として、一部の連中には遊び慣れてる女の子と勘違いされてもおかしくない。
胸もケツもあるし。なんともけしからん。
「ねえ、晴兎。私で淫らな想像してないでしょうね。してたら●●するわよ?」
「しない方が無理だ。だから●●しないでくれ」
お前の手でこの屋内プールの男性客が何割葬られるかわからんし。
「ま、繰り返しになるけどある意味良かったろ。お前がもしそのボディを見せびらかすような水着なんて着てきたら目立ってしょうがない」
「あら、どうしてかしら?」
「だってお前、身体に描かれた自然な白と黒のコントラストをお披露目することになるんだぞ? そりゃ下手なもんよりヤバイだろ」
「布地が多い物を選ぶとか上に羽織るとか色々あるでしょ! なんで肌を全開で晒すこと前提なのよいやらしい」
「え~、晴兎お兄ちゃんとひとつ屋根の下で夜を明かしたお姉ちゃんがそれ言うー?」
「美希ー、ちょっと黙りなさいねー?」
「大丈夫だ美希ちゃん。お姉ちゃんはまだシンデレラだから」
「またよくわからない事を。……ねえ、それより晴兎はなんでその水着をチョイスしたの?」
「これか?」
真理那が突っ込んだオレの水着は、真っ赤なトランクス型にデカ文字で『やればできる!』とプリントされた一点もので、ポジティブな文言が気に入ったヤツだ。
「絶妙にイケてるだろ」
「イケてないし、絶妙どころか地獄のダサさを感じるわ」
「な、なに!? 美希ちゃんはどうだ?」
「うん、晴兎お兄ちゃんじゃなかったらめっっっちゃダサいね☆」
「そんな姉妹シンクロは聞きとうなかった!!」
崩れ落ちながら濡れた床を両手で叩くオレをスルーして、彼女らはマイペースにプールサイドを歩いていく。
「ダサ水着の晴兎は置いといて、そろそろ泳ぎましょうか」
「あたし流れるプールに行ったら、今度はウォータースライダーやりたーい♪」
海にいるわけでもないのに、口の中がしょっぱい――。
◇◇◇
「あはははは♪ きっもちいいーーーーー♪」
「夏場のプールは最高だな~」
バシャバシャと水を蹴りながら爽快感あふれる声をあげる美希ちゃんは、イルカプリントの浮き輪装備で流れるプールを満喫している。オレはその様子を並走して見守っている形になるが、まあなんとも気持ちの良いはしゃぎっぷりで、見てるこっちもほっこりしてくる。
「お兄ちゃんも浮き輪使うー?」
「使う使う」
手を伸ばして浮き輪の端に捕まらせてもらい、オレ自身もぷかぷかとプールの流れに沿ってどんぶらこっこどんぶらこ。ゆっくりプール内の景色が流れていく。
プールサイドを駆けていく元気な子供達と追いかけていく親御さん。
監視台に座ってトラブルがないか見張っている監視員。
今正にウォータースライダーのゴールに着水して水飛沫と歓声を上げる若者。
そして――二十五メートルプールでスイスイ泳ぐ真理那。
「さすが水泳部」
同じプールでは何人もの人が泳いでいるが、その中でも真理那のスピードは抜きんでている。なんといえばいいか素人目に見てもフォームが美しく洗練されていた。基本自由に泳いでいるようだが、どの泳ぎ方であっても音が静かだ。そのくせグングン進んでいく姿はイルカを連想させた。
「はいはい、ちょっとそこなお兄さん? ウチのお姉ちゃんを凝視しないでくれますー? 写真もお触りも禁止してないけど、出すもんださないと怒っちゃいますよー」
にまにましながらイルカさんの妹様がオレをつんつんしてくる。
「つまり出すもん(お金)出せば許されると」
「えへへー、そりゃもうね。お兄ちゃんにはいつもお世話になってますからサービスしておきますよー」
「はっはっはー、上手な客引きだなー」
「っていうかお兄ちゃんさ。お姉ちゃんと一緒にいなくていいの?」
「今のオレは美希ちゃんの保護者だからな」
「子ども扱いはやめて~。あたしだってもう中学生なんだから、一人でプールにいたって迷子にならないから大丈夫だよ」
「その辺はまったく心配してない。小学生の頃から美希ちゃんは割としっかりしてるなって知ってるんでね」
なんなら真理那よりもしっかり者だろう。
あいつは一見しっかりしてそうに見えて、実は案外ポカがあったりする。だからその度にフォローしてたものだ。
「やだもう。もしかしてあたし今、お兄ちゃんに口説かれてる?」
「いやいや、こんなの口説いてる内に入んないぞ。本気でやるならもっとあの手この手があるからな」
「へえー、たとえばどんな?」
「『ああ、なんということでしょう。僕は生まれて初めて狂おしい恋に落ちてしまったかもしれません。どうかお願いします、このあとお時間が許す限りでかまいませんので、この胸の渇きを潤してはいただけませんか?』」
リクエストに応えて、光り輝くエフェクトが発生せんばかりのキメ顔で色男のポーズをかます。美希ちゃんには大ウケだ。
「あは、あははははは♪ 何言ってんのお兄ちゃんってば、そんなの今までに絶対使った事ないでしょもーウケるわ~」
「コミュニケーションの初手としては案外成功するんだぞ? まずは相手を楽しくさせて警戒心とガードを緩められるんだ」
「ええーほんとぅー?」
「マジもマジ。笑いをとるのはどこの世界でも大切な要素なんだ」
「ふふっ、それじゃああたしも何かの機会があったら使ってみようかな。失敗したらお兄ちゃんを怒る」
「理不尽な話だ。まあ美希ちゃんがやるなら、もっとこう可愛さを前面に押し出したのがいいかもな。熟練度を高めないと失敗するだろうけど」
そもそも美希ちゃんが異性を誘っている光景はあまり想像できないが。
だって、その必要ないもんよ。なんもしなくてもその魅力で近づいてくる野郎は多くなるだろうし。
「じゃあ、お兄ちゃんは熟練度が高いってわけ?」
「そうなるわな」
「へー、じゃあさー……」
くすくすと妖しく微笑みながら、オレの後ろに回り込んだ美希ちゃんが両手を回しながら背中にしがみついてくる。
「さっきのでいいから、お姉ちゃんを誘ってあげなよ」
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