えぴろーぐ
◇◇◇
数日後。
真理那は宣言どおりに、美希ちゃんと一緒に実家へと戻っていった。
「えー、あたしはもっとお兄ちゃんとこにいるよー」
「ダメよ、私が帰るんだから私を連れ戻しにきたあなたは残れないわ」
そしてそれから幾日が経過した。
真理那からは助けを求める連絡はなかったが、親父経由で汐凪家の話し合いの様子は少しだけオレにも届いた。
どうやら、中々どうして、真面目かつ派手にやりあったようである。
後から耳にしたのだが、真理那が家出した理由の根幹には汐凪家の長女としてどこぞの年上御曹司とのお見合い話があったらしい。ただでさえそれなりのお嬢様になるべしと厳しく教育されてきた真理那はソレで限界突破したようだ。
まあ誰だって現代の政略結婚みたいな目に遭うのは御免だろうから、気持ちはわかりすぎるほどにわかる。そりゃ親父も汐凪家から離れようとするわ。なんて面倒な本家様なのか……。
『その反応じゃ晴兎は知らなかったようだな。気持ちだけが先走りすぎて真理那ちゃんにフラれでもしたか~?』
電話越しの親父は軽いジョークのつもりだったのだろうが、大事な事を教えてくれなかったのは正直ショックだった。ただ、無言でいるオレに対して親父はこう続けたたのだ。
『勘違いするなよ晴兎。真理那ちゃんはお前に言わなかったんじゃない。お前だからこそ言わないようにしたんだからな。人ってのは大切な相手にこそ大事なことを隠す時もあるんだ』
人生の大先輩たる親父はそう言い残して電話を切ってしまったので、オレは悪態ひとつ返せなかった。
『……あー、ところで。お前、真理那ちゃんに手ぇだした?』
この問いに関しては遠慮なくスルーした。と、付け加えておこう。
――そんな話を聞きつつも、大きなトラブルにはならなかったようで。派手にやりあったのも叔母さんと真理那の二人の間だけ。あとは落ち着いて話し合えばどうとでもなるだろう。
一方オレはといえば。
従姉妹達が来る前の、だらしない遊び人のぐちゃっとした空間に戻った部屋で、エアコン効かせて猛暑にうだっているところだった。
あと十分もしない内にオレに相談があると言い寄ってきた同級生が来る予定だ。どんな相談かは知らないが、直接ウチでしたいということなので他人には聞かれたくないものなのだろう。
で、ゴロゴロ布団の上で転がっていたら。
呼び鈴も鳴らさずに玄関ドアが開いた。マジで、一体また誰か来たのかと振り返って非常にびっくりした。
そこには以前と同じような制服姿で――なんならもっと荷物の多いフル装備をしている真理那がにっこりと小憎たらしい笑顔で立っていたのだから。
「こんにちは、晴兎。あなたのアドバイスを聞いたおじさま達は、ショックで黙っちゃったわ…………って、ちょっとあなたね。どうしてこの短期間で部屋が前と同じ状態に戻ってるのよ」
何故ここに真理那がいるのか。さらに玄関ドアはなんで開いたんだ?
理解が追いつかないまま口をパクパクさせていると、真理那がずかずかと中まで入ってきた。
「そういえば、アパート近くであなたの名前を出しながら電話していた女の人がいたの。耳をすませてみたら、あなたに対して美人局を仕掛けようとしてたみたい。東京は怖いところよね」
衝撃の事実を口にしながら、真理那はドラム缶バッグをポイッと我が物顔で床に投げ捨てる。スカートを翻しながら、彼女はスカートの中が見えそうな真正面にしゃがみ込んで呆れた顔でオレを見下ろしてきた。
「安心していいわよ? 『ウチの人に何か御用ですか?』って110番をちらつかせながら追求したら、大いに焦ってどこかに行っちゃったから」
脳裏にいつかの言葉がよぎる。
『もし晴兎に変な虫がわいたら、私が追い払っちゃる』
うぉぉ……有言実行するにしても早すぎやしないか。大感謝しているが、真面目な従妹の行動力が凄まじい。この家に、また急に現われたのも含めて。
「……つまらんなら、また来てよかとよね?」
真理那が急に、少ししおらしげに尋ねてくる。
よくわからんが、何かがダメだったらしい。
とはいえ来ていいと言ったのは事実だし、用事が消えた今は断る理由もない。
なんだったら次はどんなところに真面目な真理那を軽率に連れ回してやろうかと、楽しくなってきているぐらいだった。
「ああ、もちろんだ」
「今度はどこに連れてってもらえると?」
「さしあたって、空がよく見える場所なんてどうだ」
――あるいは行き損ねた海もいいかもしれない。
それなら東京湾ではなく、もっと遠い別の海がいいか。
なんにせよ無理に縛られるのはごめんだ。
どこまでも自由に、真理那と共に行きたい場所など、幾らでもあるのだから。
本格的に始まった夏の空の下。オンボロアパートにて。
大した間も開けずに、再び家出した従姉妹との生活がまた始まる。
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