第25話 後学の為に敵を知る勇気

 若干不満が残る俺の昼休みの始まり。

 今日はどうしても気になる事があるので、ちかり周辺の調査を開始する事にする。


 未練ではない。これは純粋な興味からくる探求心の満腹が目的なのだ。未練ではない。


 あの女がこれから先どうなろうと、トラブルに巻き込まれようと知った事じゃない。ただ、どうしてそういう行動を取るのかという心理について知っておくのも悪くないと思ったまでの事だ。

 後学の為、もしまたそういう女と関わりかねない時の対処法を身に着けておく為に、敢えて敵を知る勇気も必要だ。

 知らないとは罪であり、知る事で一つ上のステージに立つ事が出来るのは常識であり、その為のやむを得ない行動なのだ。


 それを崇吾の奴、ストーキングだなんだと誤解を招くような言い方をして。

 まあいいさ、所詮あいつは恋を知らぬ男。俺の境地を理解するには人生の経験が足りない。親友として暖かく見守ろうじゃないか。これが不貞の女を振り切った男の余裕なのだ。男は心の傷を癒す事で大きく成長する。


 それよりも今はちかりだ。あいつの行動からして、今頃昼飯を食べ終えたことだろう。

 その時の心境や状況にもよるが、大体昼休み開始の三分以内に飯を食べ始め、それが弁当なら約十二分程で食べ終わる。ちかりは食が太い方じゃないから、弁当の量も多くは無い。それでもそれくらいの時間は掛かるのだ。

 そしてその後、あいつは教室を離れる。行先は様々だが、まずはトイレに行く事が多いはずだ。


 そう思い、ちかりの教室の近くの女子トイレを物陰から観察する。そういう言い方をするとまるで変態と思われるかもしれないが、これは調査の為の致し方無い行動だ。変態などと心外以外の何ものでもない。

 それに物陰に隠れているので誰かに怪しまれる心配も無い。誰にもどうも思われないなら、それは異常な行動ではない。つまり変態ではない俺は女子トイレの入り口を注視する。


(来た……!)


 俺の予想通り、ターゲットは手をハンカチで拭きながら出てきた。

 さて、問題はここからだ。この後何処へ行くのか? いくつかの心当たりはあるが、やはり本人の後ろをついていくのが確実だろう。


 つかず離れず、相手に気づかれないように。

 ちかりは周囲を気にすることもなく、トコトコと我が道を行く。良くも悪くもマイペース故に、長く付き合わないと行動が読みづらい女だ。


 そうしてしばらく、ちかりが辿り着いた先は……図書室か。本でも読むのか?

 確かにそういう一面があるのは知っている。だが、今知りたいのは静かに一人本を読む姿じゃなくて、もっとこう、あいつの本性を確認出来るようなところだ。例えば、今カレと思わしき沢木とのデートの後に昨日見た男と会ってる姿――俺の知らない魔性の女としての一面だ。


 それを知る事で、俺が振った女はやはりロクなもんじゃなかったと再認識して、心の平穏を取り戻すのだ。未練は無いが心の安定の為には必要な行為だ。

 だからこそ知りたい、ちかりの本性を!

 そしていつか後悔させたい、浮気した事を!


 ちかりの後から少し時間をおいて、バレないようにこっそり図書室の扉を開ける。周囲をチラッと見渡して、ちかりの位置を確認。……よし、奴は本を読んでこちらに気づく様子もない。


 俺はちかりの近くの本棚の影に隠れて、息をひそめる。……ここまでやっておいてなんだが、このまま昼休みが終わったらどうしよう? いや、捜査は根比べだ。辛抱強く待てば、今は無理でもいずれ活路が開ける! はず。何事も簡単に投げ出すことがよくない。


 そう思ってじっと待つこと五分、誰かがちかりに近づいてくる。

 誰だ? 沢木、もしくは昨日の男か? いや、あの男がこの学校の生徒なのか知らないが……。

 その時は訪れる。そこに現れたのは、俺の知る二人の男の片割れ――。


「ち、ちかりたん……ま、待ったでござるか?」


 ――ではなく、そばかすが特徴の全く知らない第三の男だった。


 な、なんだとォ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る