最終話 怪物
あの後俺はぶっ倒れて、病院から連絡が届いたお袋が親父の赴任先から飛んで帰って来た。
俺は今までまともに病院に掛からなかったものだから、酷く心配させてしまった。
まともに人と話すのも怖くなって、しばらく入院する羽目になって。
どうしようも無くなって高校を辞める事になった時、お袋はそれでも良いと言ってくれたが、そんな気苦労を掛けた事が辛くて。俺はまた自分の殻に籠るようになった。
そんな俺に対して親身になってくれたのが彩美だ。
バイトと学校の合間の時間に必ずやって来てくれて、話し相手になってくれた。どっとも休みの日は一日中相手してくれて。
その内、心が楽になった俺に退院許可が下りた。
それでも家から出ることは出来無かったが。
よく俺に会いに来るから、彩美はお袋や赴任先から戻ってきた親父と仲良くなって、いつの間にか俺たちの仲も深まって行った。
その頃はまだお互い十代。先の事なんて確定していたわけじゃなかったが、それも彩美が学校を卒業して、バイト先のアパレル店の正社員になってからは本格的に付き合うことになった。
その頃もまだ俺は引きこもりで、外にへの恐怖心が残っていた。それでも彩美の献身的な看病により少しずつ外に居られるようになって行ったんだ。
そのことに両親も彩美も大喜びして、その事に気恥ずかしさを覚えたのも今や懐かしい。
彩美が自分の両親にも俺の事について話をしていて、あれよあれよといつの間にか外堀が埋まっていた。
つまり、正式な婚約。
その時、お互いに二十歳。さすがにプロポーズは俺の方からだった。
あの時の彩美の号泣っぷりはすごかったな。
ただ当然、金のなかった俺には指輪を買うことは出来ない。だから数年待ってくれと頼んだんだが、彩美が俺の左手を取り、強引に指のサイズを測って、家から飛び出して行った。
数時間後、ホクホク顔で戻って来たその顔を見て流石に悟った。そして謝った、指輪代を出させてすまないと。
なのに彩美ときたら……。
「どっちがお金を出すとか問題じゃないじゃんそんなの。二人が繋がってるって証が大事なワケなんです! ……ま、デザインは完全にウチ好みだけど。にしし♪」
イタズラなその笑顔、思わずグッときて抱きしめてしまった。
結婚式は身内だけの手作り結婚式だったけど、あの日の彩美は誰よりも輝いていて本当にやってよかったと思える。
あれが俺のファーストキスだった。というのを恥ずかしくて言えなかったが、後年、式の思い出を二人で語った時に彩美が、あれが自分のファーストキスだと言ってきたので俺も同じように打ち明けた。お互い顔を見合わせて笑ったっけ?
それからも続いた楽しい毎日。娘が生まれ、俺の恐怖症も収まって行った。
俺達親子は実家暮らし。彩美がお袋と本当に仲が良くて、娘の千里も両親に懐いてる。
彩美は自分の店を持つという夢をよく娘に語ってるし、本当に素晴らしい日常だ。
小林良介、現在二十四歳。専業主夫だが、今日からリハビリも含めてバイトを始めることになった。その間娘と離れるのは心苦しいが、お袋がしっかり面倒を見てくれると言ってくれたので安心して任せられる。
「じゃあ、お父さん行ってくるから。おばあちゃんの言うことをよく聞くんだぞ?」
こくりと頷く我が娘。
千里は表情に乏しく、自発的に言葉を発することは少ないが。その仕草が本当に可愛くて、外に出る気が無くなるがそこは抑える。
玄関を開けると今日は晴天、どこまでも晴れ渡る空だ。
風はさわやかで、いつかの屋上を思い出す。
今はもう、あいつを思い出すことも少なくなったな……。
あの頃からは考えられなかった。だが間違いなく今の人生は幸せだと、心からそう思える。
「さあ、張り切って行くか! 良い子にしてるんだぞ千里」
そんな今の俺だから、胸を張って家を出た。
「ん、いってらっしゃい」
HAPPY END.
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