第0話 はじまりのじゅんび

 わたしがうまれて、どれだけのじかんがたったかはわからない。

 きづいたら『わたし』はいた。


 しろいわんぴーすをきて。


 でも、わたしのすがたはだれにもみえない。らしい。


 だれもわたしにきづかない。


 きっとそういうものなんだとおもう。

 わたしはだれかにきにされなくても、なにもおもううことはなかった。


 そんなあるひ。いつもわたしがいるこうえん。


 すなばでどろだらけになってあそんでいたおとこのこ。

 せのちいさいわたしよりもずっとちいさいおとこのこ。


 とてとてあるきながらこっちにむかってきた。


 なにかみつけたのかな?


 あたりをみるわたし。

 でも、おとこのこがほしがりそうなものがみつからない。そもそもわからない。


 かんがえるのをやめて、またいつものようにぼーっとしようとしたとき、


「おねえちゃん! ここでなにしてるの?」


 おおきなこえで、そのこがなにかにはなしかけていた。


 なにか? わたしだ。


「わたし? わたし、おねえちゃん?」


「うん! だっておねえちゃんはおねえちゃんでしょ? へんなの」


 きゃはは。わらうおとこのこ。

 なにがそんなにおもしろいんだろう?


「おもしろい? わたしが?」


「だって……。きゃはは!」


 なにがおもしろいのかはおしえてもらえなかった。


 はじめて、わたしがみえるひととであえた。そのちいさなおとこのこ。


 そのこはいう。


「ぼくたち、おともだち!」


「おともだち? なにそれ?」


「いっしょにあそぶの! あそぶとたのしいから、おともだち!」


 おともだち、とはいっしょにあそぶとたのしいらしい。



 その日からわたしたちはおともだちになった。


 その子は、ゆうがたになるとこのこうえんに来て、『ごはんのじかん』になるとおんなの人に手をひかれてかえって行く。


 そんなまいにち。

 おんなの人はわたしに手をふるおとこの子を見てふしぎそうなかおをいつもしていた。


 かくれんぼ、おにごっこ。その子といつもあそんで。

 それがたのしいらしいと教えてもらった。


 わたしはいつもその子が来るのをぼーっと待っていた。


 ある日その子がおんなの子をつれてきた。


『ようちえん』のおともだちらしい。


「はじめまして、りょうちんがおせわになってます」


 その子もわたしが見えていた。


 わたしのおともだちがふえた日だった。



 それからは三人。かくれんぼ、おにごっこ。そしておままごと。


 いろんなあそびを教えてもらいながら過ごした。


 あそぶはたのしい。


「みんなであそぶとたのしいね!」


「わたしたのしいのだいすき! ふたりもすき!」


 たのしいはすき。これも教えてもらった。


 すきは好き。ぽかぽかするから。


 たのしいを教えてくれた二人も好き。いっしょにぼーっとするだけでぽかぽかするから。


 好き。これはとてもだいじだと一人で気づいた。


 でも……。



 そんなある日。


 おんなの子がいつもとちがう顔をしながら公園にやって来た。


 おんなの子の手を引くおとこの子は気づいていなかったけど。


 その日もしばらく三人であそんで。でもおんなの子は暗いまま。どうしたのかな?


「わたしのおうちね……こんどおひっこしするんだって。もうあえなくなるんだよ?」


 暗いお顔のまま、泣きそうにおんなの子は言う。


 おひっこし。これはわからなかった。

 でも、あえなくなる。これはわかる。


 もうその子とあそぶが出来なくなる。たのしいが無くなる。

 おとこの子はきょとん。わたしにわかったことがその子にはわからないらしい。


 あえなくなる、は止められない。


 でも……。



 それはとてもいけない事。これもわたしは気づいた。



 わたしは誰にも見えなかったけど、一度見えたら誰かの中に残る事が出来る。


 これも気づいた。いえ、知っていた。頭の中に入っていた。


 だから……わたしはおとこの子の頭の中でおしゃべりをした。


 おとこの子はわたしと同じ事をおしゃべりしてくれた。


「だいじょうぶ。きっとあえるよ――」


 ――十年後に、必ず。


 止められない。でも会わせる事は出来る。確信だった。これも知っていた。


 わたしなら出来る。


「やくそくだよ。あやみちゃん!」


「うん、やくそく! ねえしってる? やくそくってちかいっていいかたもするんだって」


「ちかり?」


「ちかい!」


 少し元気になった彼女は、バイバイと手を振りながら迎えに来た母親と共に去って行った。


 そして彼にも迎えは来る。だからその前に……。


「あなたもバイバイ。わたしは暫くあなたに会えない。用事が出来たから」


「しばらくっていつ? あしたあえる?」


「会えない。でも寂しくないから」


 頭を傾げる彼の元に母親がやって来た。

 彼は母親の元へと行くと――振り返りもせず去って行った。



 彼も彼女も大丈夫。

 きっと寂しくない、思い出せないから。



 一人残ったわたし。今日は一日晴れだった。新しい事を始めるには気分の良い空。


『ちかり?』


『ちかい!』


 そう誓いだ。それが二人の約束。わたしが叶えたい願い。そして――。


「ん、それが『私』。私のやる事、やりたい事。……仕事、使命――願望」


 その為の誓いで約束だから。


 だから私は眠りにつく。数年の眠り。その後で最初に会うのは彼だ。


 彼はもうこの街を出れないから。


「じゃあねバイバイ」


 初めて公園から外に出れた。



 あの二人を巡り会わせて……。


 『私』もいつか、あの子達のように。











 『人間』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

庇護欲をそそられる物静かな彼女には秘密があった~浮気を見て見ぬ振りをするようなマヌケで終わりたくない俺の奮戦記または新たな恋への追走記~ こまの ととと @nanashio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ