第31話 知りたくも無かった

「勝手ばかり言うのもその辺にしてもらおうじゃないか、俺にはお前を黙らせる手立てがあるんだぜ。この意味がわかるか」


「ん、分からない」


 バッサリ言いやがって。だが、その涼しい顔もここまでだ。


 懐から取り出すは、俺のスマホ。データファイルを起動して、ちかりが浮気した証拠の写真を確認する。その数三枚。

 うん! この仲睦まじそう、に……? 見え、なくもないこの証拠。これさえ見せればいかにマイペースなこいつでもただじゃ済まない。


「こいつを見ろ! こんな事をするお前の言う事をどうして今更俺が聞かなきゃならない? その貧しい胸に問いかけて見るんだな、自分の行いの愚かさってやつをよ!」


「それがどうしたの?」


「な、何!?」


 こいつ今なんて言いやがった? それがどうしただと!?

 俺という男が居ながら浮気をしていたという動かぬ証拠を突き付けて、どうして平然としているんだ?

 いや待て。もしかしたら直前に別の画像に入れ替わったかもしれない。きっとそうだ。

 いかんいかん俺としたことが、焦って指先が狂ってしまった。仕切り直しをしなければ。


 ちかりに突き付けたスマホの画面を確認するため、手首をひっくり返して顔に近づける。


 あ、あれ? そのままじゃないか。さっき見たのと同じ、つまり入れ替わってなんかいなかった。

 どういうことだ? じゃあなんでちかりは平然として……。


 そう思った矢先の事だ。


「っな!!?」


 おおよそ自分の喉から出たとは思えない甲高い悲鳴を上げて、思わずスマホを落としてしまう。


(なんだ今のは!?)


 恐る恐るスマホを拾い上げると、やはり――画像が変化している!

 自分の目で確認した途端、相手の男の顔を見ていたはず写真のちかりが、少しずつ動いて行って写真を見ている俺と視線があった。

 そんな馬鹿な!! 俺は写真データとして撮ったはずだ。動画を起動させた覚えなんかない!?


 まさかと思い、他のデータも確認。すると別の浮気相手と居るちかりの目がこちらを見ていた。

 額から油汗が滲み出て、それでいて首筋がゾクリと冷えて行くのを感じる。


 それでも俺は指の動きを止められない、確認するのを止められなかった。

 浮気相手の写真だけではない、それ以前に撮ったまだ恋人だった頃のちかりの写真も全て、今の俺と視線が合うように目線が動いていた。


 体中の力が抜けていく。まるで意味がわからない。


「なっ……どう、いう……」


 気を取り戻せ! 一体どういうカラクリかは知らないが、たかだか画像データが変化しただけだ。目の前で涼しい顔をしているこの女が浮気をしていたことは間違いないんだ! だったらそこを責めればいいんだ!!


「へ、へへ。どうやらスマホが不具合を起こしてるようだな。だがこんなものはもうどうでもいい! とにかくだ! お前が俺以外の男とキスしたり何股も掛けてた事はとっくにご存知なんだよ!! そんなお前の言うことを聞いてッ、これから先もお前の為に生きていけるような間抜けじゃねえんだよ俺は!!!」


 そうだ! 俺はこれが言いたかった!

 俺はちかりが好きで、裏切られても忘れられなくて。

 それでもこんなに苦しい思いをするぐらいだったら、こっちから捨ててやらないと吹っ切れたもんじゃない!!


 それでも、俺の胸にあるのは爽快感と程遠いものだった。

 俺はこいつの前でこれほど感情的になったことは無い。ちかりの為だったら、どんなに辛いことがあったって楽しませようと思えば何も辛い事なんて無かったからだ。


 あの頃のちかりは俺の馬鹿話を聞いて、面白いと一言そう言ってくれた。俺にしかわからないような、楽しい雰囲気を出して。

 なのに今のこいつはッ! ――あの頃と変わらない表情で俺のことを見ていやがる。

 どうしてだ? 俺はこんなに……、こんなに……っ!。


「あなたはきっと勘違いをしている」


「はあ?」


 何を、言って。


「あの子達は私を見つけてくれたから……、だからあの子達の前の私は私。でも、今あなたの前の私は此処に居る”私”だから」


「何を訳の分からねぇ事をッ! ……っ!?」


 意味のわからない事をほざくちかりを、一瞬見失ったかと思ったら俺の胸元に居た。


 何だ? 一体何が何なんだ!!?


 ◇◇◇


 崇吾はちかりのクラスの担任に、怪しまれないように世間話程度の感覚で尋ねた。


「晴空ちかりについて?」


「ええ、普段の晴空さんの様子を。優秀な生徒さんらしいので、僕も見習わせて貰おうかと思いまして」


 ただ、尋ねただけなのに……。


 ◇◇◇


「あの子達の私と遭ったみたいだけど。”私”はずっとあなたと」


 冷たい手の平が頬に張り付く。やさしく、幼い子供でも触るかのように。

 だがその顔は、小さく笑みを浮かべていた。初めて見た、はっきりとわかる笑顔。


「……っ……ぁ」


 今やっとわかった。

 勝てる訳がない、こいつは――!





「そんな奴うちに居ないぞ」


「…………え?」





 知りたくも無かったじゃあ、もう済まされ無いんだよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る