第5話 生存者
「こ、こここ来ないでくださいぃ!」
用務員室の中にいた女子生徒は、俺の姿を見て滅茶苦茶怯えている。相手の顔は、暗くてよく確認できない。
見ていると可哀想になってくるが、どう考えても怖がられている俺の方が可哀想じゃないか?
別に恩を着せようってわけじゃないけど、一応は助けたんだぜ? それなのにこの反応……うーん、やっぱり恐怖で錯乱しているのだろうか。
いつからこの部屋で耐えていたのかわからないけど、ゴブリンどもに脅され続けていたんだ。精神的に疲弊して、混乱していてもおかしくはない。
とりあえず、誤解だと言うことを説明しようと、用務員室に一歩踏み込む。
女子生徒の顔が、さらに青くなった。
「ぴいぃぃ! 何なんですかぁ!? せっかくゴブリンとホブゴブリンがいなくなったと思ったら、今度は鎧の魔物が出てくるなんてぇ! ううううぅ! 死にたくないですー! やめてぇ! こーろーさーなーいーでー!!」
ガタガタと震えながら、女子生徒はヤケクソのように叫ぶ。……おい、ちょっと待て。コイツ今、俺のことをなんていった?
鎧の魔物? なにを馬鹿な事を。どこからどう見ても、俺はどこにでもいる普通の男子高校生だろうに。
俺、そんなに怖いかなぁ? と思いながら、ちらりと自分の手を見て……Oh。
そこには、デカゴブリンの血で汚れたガントレットに包まれた俺の手が。
ぺたぺたと身体を触ってみると、硬質な感触が返ってくる。
あ……やっべ、【石鎧】を解除するの忘れてたわ。しかも、デカゴブリンの返り血がいっぱい付いている。
今の俺の客観的に見れば、血まみれの全身鎧ってワケか。うーん、マジでホラゲーみたいになってんなぁ。
とりあえず、怖がられている原因の九割である鎧を解除する。フッ、と全身を覆っていたものが無くなり、身体に軽さと解放感がドッと押し寄せた。
なんとなしに深呼吸。デカゴブリンとの戦闘に集中していたから気にしていなかったけど、けっこう圧迫感がすごかったな。
鎧の魔物から普通の男子高校生にジョブチェンジしたところで、改めて女子生徒に向き直る。
こちらを突っぱねるように両手を突き出し、全力でそっぽを向いている彼女の警戒を解くため、できるかぎり穏やかに声をかけた。
「あーっと、落ち着いてくれ。俺は魔物じゃない。普通に人間だ」
「………………ふえぇ?」
しばらくの間があり、女子生徒が恐る恐ると言った様子で俺のほうをチラ見する。
俺の姿を目の当たりにし、小さく首を傾げた。
――――その刹那、さっと用務員室の窓から、月の光が差し込む。
暗かった室内が、僅かに照らされる。よく見えなかった女子生徒の容姿が、はっきりと確認できた。
ふわりと広がったショートボブは、月光を受けて怪しく輝く青みがかった黒。
目鼻立ちは十分以上に整っているが、派手さや華美なイメージはない。素朴で純粋な
可愛らしさ、と言ったところか。
クラスメイトに『アイツの良さを分かっているのは俺だけだよな……』と思っているヤツが複数人いそうな感じである。
へたり込んでいるので正確なところまではわからないが、体格は小柄だ。さっきまでの慌ただしい反応も相まって、どこか小動物じみた雰囲気がある。
そして……ド失礼なのは百も承知なのだが、嫌でも注目してしまう制服の胸元を押し上げる二つの巨大質量。
容姿や雰囲気はどこか控えめな感じだったが、そこだけはそりゃもうバカみたいに主張が激しかった。彼女がちょっと身体を動かしただけで、ゆっさゆっさと揺れているのである。そりゃもう、目を引く目を引く。
これがかつて友人の一人が言っていた『万乳引力』なるものか……とアホなことを考えながら、努めて冷静に女子生徒の目をまっすぐ見つめる。いや、普通に胸をガン見するとか失礼極まりないだろ。
後は……胸元のリボンの色的に、一年生か。後輩だったのね。
…………いや、違うぞ? 別に胸に視線が吸い寄せられたわけじゃないからな?
なんなら、目を見ながら少し視野を広げただけなので、目線は一切動いていない。だから、相手には気付かれていない……いや、これはこれで盗み見しているみたいにならない?
「あれ? え? あの、さっきまでいた魔物は……」
「あー、あの鎧のヤツは俺だ。怖がらせちまったみたいだな。悪い」
困惑気味に呟く女子生徒に、俺は素直に頭を下げる。魔法を解除し忘れた俺がいっちゃん悪いからな……デカゴブリンどもに追い詰められて、ただでさえ怖い思いをしただろうに、そこに追い打ちをかけるとか、鬼畜かな?
「ど、どういうことですか? ホブゴブリンが鎧の魔物に殺されて、鎧の魔物は実は人で……え? ……もしかして、魔物に変身するスキルを持っているとか?」
「うん? その口ぶりからして、君もスキルを持ってんのか。へー、やるじゃん」
パッと見、虫一匹殺すのにも躊躇しそうなんだけど、人は見かけによらないな。
それに、魔物に変身するスキルねぇ。変身中は魔物と認識されて、他の魔物んに襲われなくなるとかだったら最強だな。そんなスキルがあるかどうかもわからんが。
「魔物に変わるスキルなんて持ってないぞ。俺はただちょっと、地味目な魔法が使えるだけだ」
「………………魔法!?」
「うお、びっくりした」
女子生徒が突然大きな声を上げた。なんだか興奮しているご様子……俺、変なこと言ったか?
【土魔法】とかいう、普通な俺に相応しい地味魔法のことをちょいと匂わせただけなんだけど……。
「嘘……スキルガチャで神引きしてる人だ……。それも、掲示板でもはや都市伝説扱いされている魔法スキル持ちとか……しかもLv17の魔物を倒せるって、どんだけ強力なスキルなの? こ、これが格差社会……」
「うん? なんか言ったか?」
「ふぇ!? あ、いえ! なんでもありましぇん! …………あうぅ」
ブツブツと呟いていた女子生徒に声をかけると、滅茶苦茶慌てた返事が返ってきた。アワアワしすぎて発言を噛んでいる始末。
顔を真っ赤にして噛んだことを恥じている姿に、少々グッと来ないかと言われれば嘘になる。だが、悠長に萌えてる余裕はない。
デカゴブリン&ゴブリンの群れとの戦闘は、かなり大きな音を立てていた。【石爆】の爆発とかクッソうるさかったし。戦闘音を聞いて、別の魔物が集まってこないとも限らないのだ。
魔力は殆どすっからかんだし、レベルアップで得たSPの使い道を考えたい。
要するに、魔物に見つかりにくいかつ、落ち着ける場所に一度身を隠したいのだ。
ここで時間を浪費するのは賢い選択じゃない……仕方ない、少し強引にいこうか。
俺は女子生徒に近づき、へたり込んでいる彼女に手を伸ばした。
「ちょっとごめんよ」
「へ? ……ひゃあっ!」
女子生徒の手を取って、引っ張り上げる。勢いよく持ち上がった彼女が転びそうになるのを受け止めつつ――極力、いろんなところに触らないように注意して――床に立たせた。
こうして直立すると、やっぱり背丈もあんまりないな。俺よりも頭一つ分以上は小さい。身体の一部を除けば、高校生とはとても思えない。
そんな小さな子が、魔物に追い詰められて今まで耐えていたかと考えると、同情心がむくむくと湧き上がってくる。
「怪我は? すぐにでも動けそうか?」
「え、えっと……はい、大丈夫……です」
「そうか。なら、まずはここを離れよう。近くにゴブリンの死体が転がってちゃ、落ち着いて話も出来ないだろう?」
「そ、そうですね。えっと……その、わたしも連れてってくれるんですか?」
女子生徒は、どこか不安そうに聞いてくる。
俺はその言葉に、少し間の抜けた顔をしていただろう。そして、くすり、と笑みを零す。
揺れる瞳で見詰めてくる彼女の頭に手を置いて、軽く撫でた。ひゃっ、と女子生徒は小さく声を上げた。
「当たり前だ。この状況でせっかく会えた生存者をほっとくなんて、普通じゃないからな」
「…………………………ひゃ、ひゃい」
……なんか、対応を間違ったか?
更に身体を固めて、縮こまってしまった女子生徒を見つつ、俺は首を傾げた。
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