第11話 奪う覚悟を決めて

やるべきことをやって、保健室を出てからしばらく。


廊下にて、魔物の強襲を受けてきた。


前方より接近する敵影、ゴブリンが10匹。


各々、思い思いの武器を持って俺を殺そうと殺意を高ぶらせている。


なので、殺意にはより大きな殺意で対抗してやるとしよう。



「【礫牙】」



呟いた俺の周囲に生成される岩石の牙弾。


その数はゴブリンと同数の10。



「いけ」



端的な命令に、忠実なる牙弾は飛び出す。


高速で迫るそれらに、ゴブリンどもは一切反応できない。


驚き、足を止めた瞬間に、1匹に付き1発の牙弾が突き刺さる。


狙いすましたように急所を外し、死にはしないが行動不能になる程度の傷を負わす。


魔法の精度が上がっていることに、仄かな笑みを浮かべた。技術が向上するってのはやっぱり気分がいい。


上がる悲鳴が廊下中に響き渡る。ゴロゴロと痛みあえぐゴブリンたちに、俺は【細石】で生み出した小石をポイポイと投げ捨てた。


小石が当たったゴブリンたちの身体に細かな岩石が纏わりつき、その動きを止める。牙弾が抉った傷にも石が食い込んだようで、悲鳴がより一層大きくなる。


悲痛な叫びをまるっと無視して、俺はくるりと背後を振り返った。



「よし、やっていいぞ。蒼咲」



そう告げた俺に、一部始終を見ていた蒼咲は。



「えぇ…………」



あからさまにドン引きした様子で、そろりと俺から距離を取っていた。


解せぬ。



「いやいや、それはわたしのセリフですよ! なんですか今の!?」



ビシッ! と俺に対してツッコミを入れてくる蒼咲。


しかし、なにが疑問なんだ? 俺はただ……。



「なにって……お前のレベル上げのために、魔物を弱らせただけだが?」


「それはそうですけど、絵面がひどすぎますよ!? えげつなすぎて、わたし一瞬、魔物に同情しかけましたからね!? あと、その言い方イラっとするのでやめてください」


「はい」



最後はガチトーンだった。そ、そんなにムカつくこと言ったかな……?



「けど、安全第一を考えるに越したことはないだろ? あの状態のゴブリンなら、蒼咲がよっぽどの運動音痴だろうと、一方的にボコせるぞ」


「うっ、まぁ……それはそうですけど……」



蒼咲は嫌そうな顔をして、苦しむゴブリンを見ている。


彼女の手は強く握り締められており、軽くうっ血しているほど。


……まぁ、仕方がないことではある。


昨日まで普通に女子高生をやっていた……というか、今でも十分普通のJKな蒼咲に、魔物とはいえ、いきなり生き物を殺せって言うのはな。


強くならないといけないのはわかっているが、感情がついていかないんだろう。



「蒼咲、無理なら俺が……」


「……いえ、大丈夫です」



皆まで言う前に、蒼咲がきっぱりと告げる。


声音は震えていたが、そこには確かな覚悟が籠っていた。



「こんなところで、立ち止まっている場合じゃありませんから」


「……そうか。じゃ、見てるよ」


「ふふ、心強いです」



くすり、と笑って、蒼咲は苦しんでいるゴブリンたちに近づいていく。



「すぅ……はぁ……よしっ」



深呼吸をして、バッと腕を横に突き出した。



「――――【アイテムボックス】」



蒼咲の声が廊下に響き、彼女の手には棒状の物――――バールが握られていた。


バールを手にした蒼咲は、それを振りかぶり――振り下ろす。



「やあああああああっ!!」



気合、一閃。


蒼咲が振るったバールが、拘束されたゴブリンに命中する。



「やぁ! そりゃ! とりゃああああああっ!!」



ただ、一発では足りなかったようで、蒼咲は何度も何度もバールを振るう。


ガッ! ゴッ! と鈍い音が響き、彼女の足元に転がるゴブリンの動きが、どんどん小さくなっていく。


血肉が飛び散り、拘束していた岩の破片がばらけても、蒼咲は手を止めなかった。


やがて。



「……あ」



小さく声を上げた蒼咲が、振り上げた手を止める。


いつの間にか、ゴブリンは動かなくなっていた。


血まみれで、ぐったりとしたゴブリンの死体を見下ろしながら、蒼咲は動かない。


俺はその背中になにか声をかけようとして……やめた。


きっと、彼女なら大丈夫だろう。


乗り越えられない壁だとは思わない。


俺の予想なんかよりもずっと、彼女は強いはずだから。



「………………よしっ! 次だ次!」



ほら、やっぱり。


蒼咲は、まだ九匹残っているゴブリンに向かっていく。


動けないやつらに対して、「おりゃー!」と元気よく声を上げながら、バールを振り下ろしていく。


さっきよりも腰の入った一撃が、次々とゴブリンの頭を砕いていく。


吹っ切れてしまえば、やることは簡単だ。一分もかからず、すべてのゴブリンが絶命した。


苦痛の声が聞こえなくなった廊下で、ゴブリンの死体に囲まれて佇む蒼咲は、ふぅ、と小さく息を吐くと、こちらを振り返る。


満面の笑みと、頬に飛び散ったが、妙に鮮やかだった。



「先輩! わたし、やりました!!」


「おう、やったな」



ぴょん、ぴょん、と死んだゴブリンをよけながら近づいてきた蒼咲に、俺は手を掲げてみせる。


きょとん、とした顔をした蒼咲はすぐに俺の意図に気付いたのか、笑みを固めて手を上げた。



「「いぇ~い!」」



パンッ、と手のひらを合わせてハイタッチ。


わざとらしいほどに明るく重ねた声に、蒼咲の表情が少し柔らかくなる。


まったく、無理をして。



「蒼咲」



名前を呼んで、彼女の頭をゆっくりと撫でる。


驚いたように目を見開いた蒼咲が口を開こうとするのをもう片方の手で塞ぎ、そのまま撫で続ける。


しばらくは恥ずかしそうにしていた彼女は、そのうち、くすぐったそうに目を細めて、グイグイと手のひらに頭を押し付けてくる。


蒼咲がゴブリンを殺せたのは、半分以上は勢いだ。実感もまだ湧いていないはず。


えいや、とハードルを飛び越えたまま、ふわふわと浮いている。


今の彼女は、そんな心情なのだろう。



「よく頑張ったな、すげぇよ、お前は」


「………………はい」



蒼咲はぽすん、と俺の肩に額を当ててくる。



「……気持ち悪かったです、こんなのを、ずっとやらなくちゃいけないんですか?」


「ああ、そうだな。やめとくか?」


「…………いいえ、やめません! 生きるためなんですから、なにくそです!」



顔を上げた蒼咲は、強い瞳をしていた。


もやもやしたものを呑み込んで、しっかりと前を見据えている。


……微かにその肩が震えていたのは、ご愛嬌ということで。



「そうか。辛かったら、俺に任せてもよかったんだがな。守るといった手前、違えるつもりはなかったのに」


「自分が嫌なことを、他人にやらせるな。これって、普通の事ですよね?」


「ははっ、そうだな。普通だ」


「はい、普通です」



くすり、と微笑む蒼咲に、俺も笑みを返す。


震えもいつの間にか収まっていた。これなら大丈夫そうだな。


よーし、それじゃあ、レベル上げを続けようか!



「蒼咲、今度は拘束なしでやってみるか? レベルも少しは上がっただろうし、一対一ならいけるんじゃないか?」


「うぇ!? わ、わかりました……わたしのバール神拳の錆にしてやりますよ!」


「拳要素皆無だな、その神拳」



次の経験……魔物を探して、廊下を進んでいく。


バールをブンブンと振り回しながら拳を握り締める蒼咲と、肩を並べながら。



「とりあえず、レベル20くらいまで上げるか?」


「えっと、せめて10くらいに加減してもらえませんか……?」

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