第6話 保健室にて
俺と女子生徒は前の廊下にゴブリンの死体が散乱している用務員室から移動し、同じ西校舎の一階にある保健室へと移動した。
戦闘音を聞きつけた別の魔物が来ていないかと警戒をしたが、襲われることはなかった。
「はぁ~……なんだかホッとしますぅ~」
女子生徒は保健室に入るや否や、真っ先にベッドに寝転がる。シーツに背中を預け、二つの存在感満載な胸を揺らしながら、気の抜けた声を上げている。
その無防備さに少し眉を顰めたくなるが、安心しきった顔をした彼女を見ると口を挟むのも野暮に思えてきた。
俺は用務員室から移動する際に拾ってきたホブゴブリンの剣を壁に立てかけて、制服のブレザーを脱ぐ。
戦闘の時の砂埃や動き回って書いた汗なんかが気になるからな。保健室なら着替えのジャージくらいあるだろう。
シャツのボタンを外していると、女子生徒がゴロゴロしているベッドの方から「ぴやっ!」と変な声が聞こえてきた。
見ると、女子生徒はスーツを自分の身体に巻いて、顔を真っ赤にしている。両手で顔を覆っているが、指の隙間からばっちり見てるの分かってるぞ?
「どうした? 変な声出して」
「ど、ど、どどどどうしたはこっちのセリフですよ! な、なんで服脱いでるんですかぁ!? もしかしてえっ……えっちなことするんですか!? 保健室で! エロ漫画みたいに!!」
「しないが?????」
なにを言っているんだコイツ……。
いやまぁ、シチュエーション的にはね? 夜の学校、保健室、男女一人ずつ。いかにもアレな漫画に出てくる感じになっちゃってるけど。
「アホか、こんな状況でおっぱじめるとか、死亡フラグ以外の何でもねぇだろ。ヤってる最中に死ぬとか間抜けすぎるだろ」
「…………確かに、海外のパニック映画だと真っ先に死にますね」
「だろ?」
「それじゃあ、なんで服脱いだんです? そういう趣味?」
「違うわ。着替えだ着替え」
女子生徒に投げやりに言葉を返しつつ、棚を漁る。ええと、前来た時に確かこの辺で見かけたような……あったあった。
シャツも脱いでTシャツだけになり、まだ包装されている新品のジャージを羽織った。うん、こっちのほうがいいな。動きやすい。
もう一つのジャージも取り出し、女子生徒のほうに放り投げる。
何故かジャージを羽織る俺の姿をじっと見つめていた彼女は、飛んできたそれに反応できず、顔面でキャッチした。
「ふぎゃ!? な、なにするんですか! 別に見惚れてないですけど!?」
「別に聞いてねぇぞ。こんな状況なんだ、お前も着替えは持っといたほうがいいだろ。とっとけ」
「あ、ありがとうございます……?」
「まぁ、俺のじゃねぇけどな」
「めちゃくちゃ学校の備品でしたもんね!? か、火事場泥棒……いいのかなぁ?」
「緊急事態緊急事態。それに、咎める奴もいないし大丈夫だろ」
俺が肩を竦めると、女子生徒は恐る恐るといったようにベッドに転がったジャージを拾い上げて――それを、空間の中に放り込んだ。
「は?」
なんだ今の。なにもない空間に穴が開いて、そこにジャージが吸い込まれていった?
女子生徒の持っているスキルなんだろうけど……どんなスキルだ?
「……あ」
女子生徒は露骨に「しまった」という顔をした。そして、青い顔で俺のほうを見る。
「み、見ました……?」
「ああ、見たぞ。スキルか」
「……………………え、えっちです!」
「いや、えっちではなくない?」
スキルを見ただけでセクハラ判定になるのか。
価値観まで世紀末になってしまったのか……生きにくい世の中になっちまって。
魔物がいる時点で生きにくい? それはそう。
「別に隠すようなモンでもないだろ。見たところ、物を収納できるのか?」
「ううぅ……迂闊でした。掲示板でも、スキルの開示は慎重にって書かれていたのに……やってしまったぁ」
「……掲示板?」
……なんか、この女子生徒は俺の知らないことをいろいろと知っていそうだな。
俺は保健の先生が使っていたキャスター付きの椅子に座り、女子生徒の乗っているベッドに近づく。
ビクッと肩を震わせる彼女に、俺はなにもしないと示すように両手を上げた。
「そう警戒するな。別に取って食おうってわけじゃない」
「あ、はい。それは。あなたが悪い人じゃないっていうのは、わかります」
「それはそれで無警戒がすぎないか……?」
女子生徒はどこか締まりのない顔で笑い、俺を見つめる。
なんだか、その視線が無性に気恥ずかしくて、目を逸らす。
「別にわたしのことなんて放って置いてもよかったのに、こうして一緒に連れてきてくれましたし。酷いことも、えっちなことも……しませんし?」
「アホ、それが普通だろ。世界が変わったとて、人間性がそんなにすぐ変わってたまるか。それに、こんな状況だ。頭数は多いほうがいいって考えるのが普通だ」
「…………ふふ、そうですね」
「……お前、バカにしてんだろ」
「いいえー、なんだかすごい人だなーって、感心しています」
女子生徒はベッドの上から足を投げ出すと、俺と向かい合うように腰掛ける。
そして、俺の方へとそっと小さな手を差し伸べてきた。
「初めまして、先輩。わたし、蒼咲小猫っていいます。よろしくです」
「……俺は、綾部玲士だ。よろしく、後輩」
俺は女子生徒――蒼咲が伸ばした手を取って、握った。
なんだか少し、ほっとする。
壊れてしまった世界で、魔物ばかりになった世界で、こうしてまた誰かと手を繋げた。触れ合えた。
その事実が、なんだかすごくうれしかった。
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