第2話 ホブゴブリン
ダンボールがないのが不安材料だったけれど。
階段付近にはゴブリンがいなかったようで、コッソリと。それでいて急いで駆け下りれば、一階まではあっという間だった。
「ここまでは順調だけど……問題は、アレだよなぁ」
誰もいない男子トイレに身を隠し、すだれの隙間から廊下をうかがいながら、ぼやく。
俺の視線の先には、目的地である用務員室と、その入り口にたむろっているゴブリンの群れがあった。
その数、なんと二十近く。雨の日に廊下でトレーニングしている運動部みたいに、用務員室の前でなにをするでもなくたむろしている。
しかも、いるのはゴブリンだけじゃなかった。
男子小学生程度の身長しかないゴブリンの群れの中に一匹、男子高校生に匹敵する身長のヤツがいる。
ガリガリなゴブリンと違って、見るからにシェイプアップに成功しましたって体型で、肩に担いでいる武器も木製の棍棒なんてチャチなモノじゃなく、金属製の剣だ。
アレで斬られたら、痛いとかですまなさそうだなぁ。
顔はゴブリンをそのまま成長させた感じ。ようするに、夢に出てくるタイプのブサイクである。
ゴツくなった分、余計に顔の醜さがキツイというか……あと、身体が成長しても被服センスは原始人からランクアップできていないご様子。
ようするに、腰みのオンリーである。無駄に鍛えられた上半身を晒すんじゃないよ。
にしても、なんであのゴブリンどもはあそこに集まっているんだ?
見れば、時折用務員室の扉をガンガンと叩いている。鍵がかかっているのか? なら、扉を壊せばいいだろうに。
それとも、扉を壊せない理由があるとか? うーん、わからんなぁ。
しばらくゴブリンの行動を観察していると、気付くことがある。
ゴブリンどもが用務員室の扉を叩く行動は、扉をどうこうしようっていうよりも、デカい音を出すことを優先しているって感じだ。
まるで、用務員室の中に音を届けようとしている……そんな印象を受ける。
無意味にバンバンしているわけではない気がするのだ。まぁ、ゴブリンが扉をぶっ叩くことに快感を覚えるタイプの変態である可能性もあるが。
んなアホなことはさておき、もしかして用務員室の中に誰かいたりするのだろうか?
そうだと仮定して、その誰かさんの行動をトレースしてみる。
魔物に追われ、用務員室に逃げ込んで、何らかの手段で扉を塞いだ。
ブリンたちの脅威を逃れることは出来たが、用務員室から出る事ができなくなった。
けど、ゴブリンどもは諦めてくれず、大きな音で脅してくる。出てくるまで、いつまでもいつまでも……。
ただの妄想だけど、あっているとしたらかなりホラーだな。
まぁ、本当に人が入っているなら助けるか。どうせ、用務員室に用があるんだし、ゴブリンどもは排除する必要がある。
それにあのデカゴブリン。アイツに俺の力が通じるのか、確かめる必要がある。
魔物が溢れまくっているこの状況が、一日二日で終わるとも思えない。食料を求めて街に出れば、当然ながらゴブリン以外の魔物と戦うことになる。すでに、わんわんおとは絶対ぶつかるだろうし。
ゴブリンを一方的に嬲れても、それよりも強力な相手に勝てなければ生き残ることは不可能なのだ。
ここでデカゴブリンから逃げるっていうのはつまり、『普通』に生きる事を諦め、死に逃避するってことになる。
要するに、論外ってワケ。
「さて、どうやって殺すか……」
ニ十体以上のゴブリン&ゴブリンよりも強いであろうデカゴブリン。真正面から挑んで勝てるかと言われたら否だろう。
なにか、策を練る必要がある。
戦う場所は、この廊下と近くにある階段。それに、今身を潜めているトイレも使えるかもな。
こちらの手札は、Lv11の身体能力から繰り出される素人喧嘩の技と、八つの魔法。
状況を、手段を、これまで戦ってきたゴブリンの行動を、デカゴブリンの能力の推察を。頭の中でこねくり回し、少しずつ形にしていく。
「………………よし」
とりあえず、大枠は決めた。敵が俺の思い通りに動いてくれるなんて保障はないので、あまり細部を詰める必要はないだろう。
臨機応変にって奴だ。……途端に不安になってくる言葉だなぁ。
さて、それじゃあ動こうか。
まずは、無駄にうじゃうじゃいるゴブリンを減らそう。数の有利を極力減らすのは戦術の基本。それに、デカゴブリンの実力を確認したいから、できるだけ一対一で戦いたい。
故にまずは……ここ、男子トイレにゴブリンを招待するとしよう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――――コツン。
ゴブリンの群れの中で一匹だけ、身体が大きな魔物――ホブゴブリン。
ゴブリンの上位種であるホブゴブリンは、耳に届いた小さな音に反応した。
きょろきょろと周囲を見渡しながら、用務員室の前で騒いでいるゴブリンたちを黙らせると、尖った耳を澄ませた。
――――コツン、コツン。
今度は、よりはっきりと音が聞こえてきた。新たなエモノが現れたのかと、音がした方に視線をやれば、そこには男子トイレがある。
すだれで中の様子はわからないが、ホブゴブリンはそこにナニカがいると察した。
「ガアァ」
「グギャ!」
手下のゴブリンに短く指示を出し、確認させにいく。
三匹のゴブリンが武器を持って男子トイレに近づいていった。
ゴブリンはすだれを乱暴に振り払い、トイレの中に消えていく。
ホブゴブリンはその光景を見て、小さく鼻を鳴らした。
きっと、エモノがあそこにいて、恐怖に震えて音を出してしまったのだろう。すぐにでもゴブリンに見つかり、絶望しながら引き摺り出されてくるはずだ。
エモノがオスなら憂さ晴らしに殺して食えばいい。メスなら、いろいろと楽しみが増える。
「ゲゲッ」
醜悪な笑みを浮かべながら、ホブゴブリンは腰布に隠された下半身を大きくした。
次の瞬間。
「ゲギャアッ!?」
「ギイイィ!?」
「ガ、ガアアアァ!?」
突如として、ゴブリンの悲鳴が三つ、トイレから聞こえてきた。
酷く焦っており、ドタバタと暴れる音が聞こえる。それと同時に、なにか硬質なモノがぶつかり合っているような音が、やけに響いてきた。
ホブゴブリンが何事かとトイレに視線を向けたその瞬間――――ズドン!
「「「ゲギャアアアアアアアアアッ!!?」」」
重苦しい音と共に、トイレから三匹のゴブリンが吹き飛んでくる。
そのまま廊下の壁に激突し、ぐったりと動かなくなる。
「………………ガァ?」
唐突すぎる出来事に、ホブゴブリンは反応が追い付かなかった。
なぜ、ゴブリンが吹き飛んできたのか。
あのトイレには、なにが潜んでいるのか。
そして――――死んだ三匹の身体に纏わりついている、硬質なモノは、一体?
そんな疑問で頭を埋め付くされたホブゴブリンの耳に、誰かの声が届く。
「――――【土蛇】」
にゅるり――と。
倒れている三匹の死骸の傍に、茶色い蛇のような物体が現れた。
それは紐状の身体をくねらせ死骸に絡み付き、持ち上げる。
茶色の蛇は唖然とするホブゴブリンに構わず、吊り上げた死骸を振り回し、ホブゴブリンたちがいる方へと投げ捨てた。
死んだ部下を雑に扱われ、ホブゴブリンの頭が怒りで熱くなる。
飛んでくる死骸に咄嗟に手を伸ばした――――その刹那。
また、あの声。
今度はより、はっきりと。
「――――――――【石爆】!」
――――――――――ホブゴブリンの眼前が、爆ぜた。
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