第4話 決着、VSホブゴブリン

砂煙の中から現れたデカゴブリンは、傷だらけだった。


石の破片が身体中にめり込み、血が流れている。


特に酷いのは左腕。きっと、【石爆】から身体を庇うのに使ったのだろう。完全に折れていて、肩からぶら下がっているだけな状態だ。


まさしく満身創痍。だが、油断はできない。


無事な片腕で剣を握りしめ、俺の姿を見つけるや否や、傷を感じさせない動きで踏み込んでくる。


俺を睨みつける目には、これでもかという殺意が籠っていた。


怨嗟の咆哮を上げながら、全身に怒りを迸らせて、俺に向かって剣を振るう。


大きく後ろに飛び退いてその一撃を回避する。ブオン、と鋭い風切り音が響いて、俺の腹があった場所を刃が通り過ぎていった。


剣圧によって生まれた風が、俺の前髪を揺らす。アレだけ弱らせても、一撃でも喰らったらマズそうなのは変わらないか!


デカゴブリンはすでに死にかけ。今の剣の一撃の後も僅かに体勢を崩している。今も身体中から血が流れているのもあり、そう長くは持たないだろう。


だが、手負いの獣こそが恐ろしい。今のデカゴブリンからはなにがなんでも俺を殺してやろうという気概を感じる。


自分に後がないことを悟っているのだろう。だからこそ、なりふり構わず俺の命を狙ってきている。


たとえ、手足が千切れても。たとえ、首だけになっても。お前だけは殺してやるぞ、と。デカゴブリンが俺を睨む目からは、そんな言葉が聞こえてくるようだった。


それに、俺の方も余裕があるわけじゃない。


二十三匹ものゴブリンを一方的に殺し尽くし、デカゴブリンにも深手を与えた魔法の連打。あんなものが、なんの代償もなしに使えるわけもなく。


残存魔力は、すでに二割を切っている。レベルアップ時の上昇分があれど、雀の涙だ。特に【石爆】がなぁ。上位の魔法なだけあって消費魔力も高かった。


俺の手札の中では最も火力のある魔法だが、今の魔力量じゃ使えそうにない。


最も消費魔力の少ない【礫牙】でさえ、残りは三回ほどだろう。


振り下ろされる剣を横っ飛びで回避しながらも、思考は止めない。どうすればデカゴブリンを殺せるかを考えていく。


攻撃はドンドン激しくなる。今は避ける事が出来ているが、デカゴブリンが死ぬまで回避し続けるのは至難と言う他ないだろう。


場所が場所だ。学校の廊下はそこまで広くない。左右に避けるのも、後ろに下がるのも、いずれ限界が訪れる。



「ガアアアァッ!!」


「チッ、アブねぇな!」



掬い上げるような剣撃をスウェーバックで回避し、連撃で放たれる袈裟斬りは後ろに倒れ込むようにしながら対処する。


後転する要領でデカゴブリンから距離を取りつつ、魔法を叩き込むタイミングを計ろうとして――背中が、なにかにぶつかった。


慌てて後ろを見れば、そこには壁があった。げっ、もうすみっこまで追いやられたのかよ!?


デカゴブリンは壁に背をぶつけた俺を見て、ニヤリと口元を歪ませた。


クソ、回避できるのは左右のみ。だが、んなことはデカゴブリンもわかっているだろう。左右への回避じゃ意味がない攻撃をしてくるだろう。


避けられない。逃げられない。なら、どうするか?



「グガアアアアアアアアアアアアッ!!!」



デカゴブリンが、デカい声で叫びながら剣を振り上げる。


それを見た俺は咄嗟に――――前に、踏み出した。



「こんなリスキーな真似、したくねぇんだけどな!」



結局、活路なんてもんはいつも前にしかねぇってワケか。ふざけてるぜ!


どの魔法をどう使うとか、いろいろ考えてたんだがな。それも全部無駄になったってわけだ。まったく、泣けてくる。


だが、前に出たなら使うべき魔法は必然的に決まってくる。魔力量的にこの一回ですっからかんになっちまうだろうが……なら、この魔法だけで殺せばいいだけの話だ。


デカゴブリンが振り下ろしてくる剣へと、俺は握りしめた拳を突き出す。


剣と拳じゃ、どちらが勝つか明白だ。デカゴブリンもそれがわかっているのだろう。俺を見て、バカにするように鼻を鳴らした。


けどなぁ、バカはお前だぜ? 



斬撃チョキグーに勝てるわけねぇだろ――【石鎧】!」



俺の拳とデカゴブリンの剣がぶつかり合い――――カァンッ!



「ガァ……!?」


「ほらな?」



硬質な音を響かせながら、剣が弾かれた。


目を丸くし、驚愕の声を上げたデカゴブリンに、俺はニヤリを笑みを向ける。


剣を弾いた拳には、いつの間にか硬質なガントレットが嵌まっている。


そこから、腕、肩、胴体、腰、脚と。全身を巌のような重厚な鎧が覆っていく。


やがて、顔にもフルフェイスの兜が被せられ――――魔法が完成した。


俺は、驚き戸惑っているデカゴブリンのどてっぱらに、剣を弾いたのと逆の拳を叩き込む。全身の体重を乗せた、抉り込むような一撃。



「ガァ……ッ!?」



隙を晒していたデカゴブリンはその一撃を避ける事ができず、苦し気なうめき声を上げてよろめく。


俺はすかさず一歩踏み込み、拳を振るう。狙うは剣を持っている方の肩。


拳は狙い通りに命中し、デカゴブリンの体勢をさらに崩すとともに、その手から剣を奪うことに成功した。


廊下に落ちた剣が甲高い音を鳴らす。デカゴブリンが咄嗟に武器を拾おうとした瞬間を狙って、俺は腰を捻り、ガントレットに包まれた拳を突き出す。


その一撃はデカゴブリンの顔面を捉え、その身体を吹き飛ばした。



「グガアアアァ……ッ!」



床で強かに背中を打ち付けたデカゴブリンが、苦し気なうめき声を上げる。


俺はガチャン、ガチャン、と全身を覆う鎧から音を鳴らしながら、ゆっくりとデカゴブリンに近づいていく。


俺を見つめるヤツの視線に、もはや殺意は映っていなかった。代わりに浮かんでいるのは――――恐怖。


どうやら、心が折れちまったようだ。だからと言って、手を緩める事はしないが。


無言で震えるデカゴブリンに近づいていき、這いずるように後退していくヤツを捕まえ、馬乗りになる。


ガン、ガン、と両手のガントレットを打ち合わせ、デカゴブリンを見下ろした俺は、兜の下でニヤリと笑みを浮かべた。


見えていないはずなのに、デカゴブリンの震えが大きくなる。人を化け物かなんかみたいに見やがって、失礼なヤツだ。


まぁ、そんな顔をされても……手を止める気はさらさらねぇけど。



「そんじゃ、俺の勝ち。なんで負けたか、死ぬまでに考えとけ」



軽口に混ぜた死刑宣告と同時に、俺はデカゴブリンの顔面に拳を叩き込む。


ゴシャ、と肉が潰れる音が廊下に響く。が、どうやら一発じゃ死ななかったらしい。


ま、それなら何度もぶん殴ればいいだけなんだけど。


ゴシャ。


グシャ。


バキィ!


悲鳴を上げる暇も、断末魔を響かせる余裕も与えず。


淡々と拳を振り続けること、十数発。ついに……。



《綾部玲士は[ホブゴブリンLv17]を倒した!》

《綾部玲士のレベルが上がった!》

《綾部玲士はLv20になった!》

《綾部玲士はSPを8獲得!》

《称号:幸運の効果で獲得SPが倍になった!》

《綾部玲士は特殊行動:『孤軍奮闘』を達成!》

《報酬としてスキル:【魔素吸収】を獲得!》



「戦闘、終了……って、おん?」



アナウンスさんがデカゴブリン……ホブゴブリンの死を知らせてくれたことで殴るのを辞めた俺は、近くで聞こえた『ガタンッ!』という音に首をひねる。


そういえば、用務員室の中に誰かいたんだっけ? 戦いに集中していて、忘れてた。


死体となったホブゴブリンの上から立ち上がった俺が用務員室のほうを見ると、硬く閉ざされていた扉が、僅かに開いており……。



「ひ、ひいぃ……!!」



隙間から覗く誰かが、引き攣った声を上げていた。兜越しに視線が合うと、その誰かはガタガタと音を立てて引っ込んでしまった。なんか滅茶苦茶怖がってない?


おかしい。ゴブリンもホブゴブリンも全滅して、安全になったというのに、一体なにに怯えているんだろうか。


とりあえず、用務員室の扉に近づき、がらりと全開にした。


すると、部屋の奥でガタガタと震えていた誰かさん……ウチの高校の制服を着た女子が、青ざめた顔で俺を見た。


ううむ、すっかり怯え切っているな。ここは一つ、明るい挨拶でも……。



「やぁ! こんにちは」


「ぎゃ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!」



…………あれ、逆効果だった?








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