恋人契約

第9話

 煤汚れた銀色の空。

しとしと…というほど優しくもなく。

かといってザーザー…という程も激しくもない雨模様。


 今日も雨が降る。

まあ梅雨だからおかしくはないのだけれど。


 6月の終わり頃。

今日も私は教室で楓を待っている。


 玲と雪は電車通学で今後大雨が予想されてるのを気象アプリで確認したこともあって、先に帰ってもらった。


 つん。つん。つん。


 雨が外壁沿いに滴っている。

あの日の空もこんな空だったと私はつい思い出した。

だから私は心配なのだ。

こういう日の空の時は……。


 「渚……。」


 音もなく扉を開けた楓は表面上は普通の優しい顔をしている。

そうしているだけ。

手足の動作。目の動き。

些細な動作が動揺していると私に解釈させる。


 ガラン。


 私は立ち上がって楓に近づいた。


 ギュ……。


 楓は私の存在を確認するように……。

いや、確認しないと落ち着かないのだ。

私と違って楓は……あの日のことを引きづっているのだから。


――――


 ぼと……。ぼと……。ぼと……。


 次第に黒く染まっていく空をよそに私たちは家に帰っている。

案の定、傘を忘れて……いや、この場合はわざとか。

忘れた楓とひとつ傘の下、私たちは歩いている。


 学校の時に比べて暗さが増している。

もうすぐ家だというのに。

あの日のことを繰り返し再生でもしているのだろう。

だからこそ私は楓に強くなって欲しいの。



――――



 いつもの私の部屋。

だけれど今日は少し違う。

あの頃のように弱々しくなった楓。

いつもなら異常なまでの求愛行動をするのに今日はそれがない。


 よって私は決断させる。

甘いと言われるかもしれない。

けれど今はこの方法しかない。


 「楓。お願いがあるの?。」

 「えっ……。何……?。」


 少し怯えた楓。

あの弱々しく部屋に引きこもっていた頃の楓。

別に嫌いという訳では無いが、気に食わなくあった。


 「私たち。恋人になりましょう。」

 「えっ……。え。何。どうして……?……。」


 予定通り困惑している。

それもそのはず。

楓は意図して私を避けてた。

けれどもう限界だろう。


 私を避ければ避けるほど楓は自分を壊していく。

そんなのは私が許さない。

そういうエンディングは望んでない。


 「恋人契約。してくれる?。」

 「恋人契約…?。」


 これが今の私に出来る最善。

私に依存することなく一緒にいられる大義名分。


 「どうしてなの渚……?。」

 「どうしてって何がどうしてなの……?。」


 君が望んだことだろう……。


 「私が渚を忘れられないから……?。」

 「他には?。」


 またそうやって誤魔化す。


 「私がいつまでも弱虫だから……?。」

 「それで?。」


 またそうやって逃げる。


 「私が―。」

 「もういいよ。」


 ドン。

私は特に力も入れずに片手で楓の肩を押した……。


 押しただけなのに楓は無抵抗に床に倒れた。

意気地無し。


 「楓。」


 私は討ち取った首を持ち上げるように重々しく楓の頭を持ち上げた。


 「これは君のためなんだよ。」


 そう私に言い聞かせる。


 「君がいつまでもいつまでも私に甘えて。依存して。側いるから。」


 だから願わないで。


 「だからこうして大義名分を与えたたんだよ。いつまでも私と一緒にいられるように。」


 やめて。


 「それなのに君は中途半端に私にいようとする。私から離れない。離れたいのに今日も一緒にいる。いつもいつもいつも。」


 望まないで。


 「だからもう終わりにしよう。中途半端な友達じゃなくて偽りの恋人で。いつまでも一緒に。」


 そんな顔で、笑顔で。


 「ねえ。楓。」


 あぁ。私はどうしようもなく君と一緒にいたいよ。楓。






―――――――――――――――――――――

        恋人契約書



1,楓は渚の言うこと聞く


2,楓は好きな時に好きな場所で渚の側にいる


3,デートの決定権は渚に一任する


4,辞める時は楓の自由に決められる


5,追加したい時は楓が決めて良い



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