第10話

 渚と【恋人契約】してから数週間が経った。


 【恋人】という免罪符を手に入れた私は渚の許す範囲でとにかく一緒にいた。


 それからというものの。

玲からは。


 「あんたってそういう人だったのね……。」


 と呆れられ。

雪からは。


 「冬コミに合わせた設定ですか!。」


 と別角度から迫られた。


 けれど、私はこれが充実している。

周りを気にせずに一緒にいられる。

渚がいつも一緒にいてくれる。

側にいてくれる。

私はたったそれだけ良かった。


 良かったのに。



―――――――――



 久しぶりの我が家。


 溜まりに溜まったポスト箱。


 見てるだけで鬱陶しくなる。


 内容は決まっている。


 美術館。出版社。ゲーム会社。レコード会社。アニメ製作委員会。他いろいろ。


 目的は私の作品。


 けれどそこに渚の席は無い。


 あったところで私に接触するための踏み台。


 それが心底どうでもよかった。


 あんな場所に二度と戻りたくない。


 渚を傷つけるあんな場所に。


……。


 《市ノ瀬楓様へ》と書かれた単純ななんの取り繕ってない封筒。

差出人は……。

あぁ……。先生か……。


 先生は私に。

私と渚に絵を。

絵を描く楽しさを教えてくれた先生で。

渚の作品のほんのひと握りの理解者。


 私はこの封筒を残して、他全部を細切れに破いて捨てた。

……。

こんな作業はもうやだ。


 そして先生からの封筒を開ける。

破いて。


 『私の弟子1号ちゃんが私と共催の展覧会をやるから良かったら渚とおいでよ。』


 相変わらず軽い言葉。

でもそれが心地いい。


 中に入っているのは関係者用のチケット。

これで入れと。

おそらくバックドアで見せたい作品でもあるのか。

もしくはただただお話したいだけなのか……。

まあどうでもいいけど。


 「行かないの?。」

 「!?……。」


 不意打ちで後ろから渚が声をかけた。


 「私は別に……。」

 「そっかー……。」


 正直なところ行きたくはなかった。

でも私の数少ない上に好きな先生のお誘いを断るのはそれはそれで……。


 「なら……。私とデートってことでどう?。」

 「デート……?。」

 「そうデート。」


 渚とのデート。

それなら先生は関係ないね。

私はただ渚とデートに行くだけ。

その場所がたまたま先生の画家展だっただけで。

私はそこに行くだけ。問題ない。


 「じゃあ決まりかな……。」


 そうそれで行こう。

それなら……。

えっ……。


 「開催期間は……おっ、ちょうど来週からだ。その日に一緒に行こう楓。」

 「う……うん。そうだね。いこうね……。」


 ……。

私は何を願ったの……。


 「来週かぁ……。私はどの衣装でいこうか……?。ねえ楓。」


 私は渚のかっこいい衣装が見たい。


 「それもいいね。楓。」


 「……ん?。楓?。」

 「……う…うん。大丈夫だよ。衣装ね。私も後で連絡するから……。」

 「そっか。」


 そう後で連絡する……。

するの……。


 私は何を望んだの……?。


 私は何を期待しているの……?。


 私は何を……。


 渚は私の[何]に応えたの……?。

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