第4話

 私は卑怯者だ。


 林間レクリエーションが終わってはや数日。

私の周りには相変わらず打算的な取り巻きしかいない。


 ふと渚の方を見る。

あれ以来渚の周りに雪と玲がよくくるようになった。

今も仲良く談笑している。


 安心した。


 時がたって帰り道。

いつものように渚と一緒に帰る。


 私はこの時間が好きだ。


 誰にも邪魔されない2人だけの時間。


 渚の家に着いた。


 「少し待っててね。」


 鞄を置いて階段を駆け上がる。


 渚の鞄を持って部屋の前に行く。


 「おまたせ。」


 白いベビードールを着た渚。


 これは私に甘えたい時の渚。


 そして私が甘えられる渚。


 ベッドに側面を背にして座り、私の脚の間に渚が座る。


 「大丈夫だよ。」


 渚は強い。


 そして私は弱い。


 あんなことがあっても強く私の側にいてくれる。寄り添ってくれる。


 渚の。


 実績も。


 名誉も。


 想いも。


 何もかも奪った。奪ってしまった私に。


 「大丈夫だよ。」


 怯えていたのだろうか。

渚が私の両手をそれぞれに手を添えている。

優しく握っている。


 心が落ち着く。


 あぁ。

私はやっぱり卑怯者だ。


 渚と最初にであったのはまだ幼い頃。


 渚はよく私をいろいろな場所に連れ出してくれた。

いろいろな体験をさせてもらった。


 やって初めてわかること。


 挫折してどうしようもないこと。


 そして、何者にも勝つ喜びを。


 私たちはお互いに競い合った。


 最初は渚がよく入賞していた。


 そして私は渚によく手作りの賞状を渡していた。

私が挫けないように。


 時の流れと才能は本当に残酷だった。


 時が経つにつれて、次第に私が入賞していき。

優勝することも増えていった。


 けど渚は次第に入賞すらできなくなり。

私との差は残酷なまでに広がっていった。


 そして私が渚を殺したピアノコンクールの日。

私たちはいつものように一緒に参加していた。


 (「なんであの子が…。」)


 (「楓はなんであんな子と一緒にいるの。」)


 わざとらしく聞こえる小声が既に会場にあった。


 そして結果は当然のように私は優勝して、渚は特に何も無かった。


 優勝した感想を聞かれて答えたけれど。

何を言ったか忘れてしまった。


 そんなことよりも渚が今どうしているか気になって仕方なかった。


 コンクールも終わって帰ろうとしている時に渚のお母さんから電話がかかってきた。

 

  嫌な予感がした。


 急いで向かった。


 渚の家に着いて一目散に部屋へ向かった。


 渚の部屋は明るく、いろいろなトロフィーや賞状も飾ってあって、活気があって、この部屋が好きだった。


 だったの。


 私が扉を開いた時には、あの空間が壊れていた。

トロフィーは砕け散って。

賞状は紙屑になり。

渚は破れたカーテンを頭に被っていた。


 燃え尽きていた。


 けど無事なものもあった。


 それは私が渚に渡した最初で最後の手作りの賞状とメダル。


 それだけは無事だった。

 

  渚に寄り添うとした。


 けどダメだった。


 差し伸べたては弾かれ、ただただ拒絶される言葉が渚の言霊として私に降りかかった。


 「ごめん…。」


 それでも渚は謝る。

そんな必要もないのに。


 なんで。


 視界が暗転する。


 見知った天井を私は気がついたら見ていた。

どうやら渚が抱きついてきたらしい。


 「本当にごめん。ごめんね。」


 私は理解できなかった。


 謝る理由も必要も感じなかったから。

むしろ謝るべきなのは私だ。


 「だから最後にお願い。」


 「みんなに愛される楓でいて。」


 あぁ。本当にズルい。

ズルいよ渚。

そんなこと言われたら私は。


 「うん。みんなに愛される私でいるね。」


 心にもないことをよく言えた。

けど私じゃ渚を救えない。

私ではダメだ。


 渚をなだめて私の家の部屋へ戻る。


 私の部屋は渚との思い出の写真でいっぱいだ。

ここにいると心地よくなる。


 だから。


 私は何を。


 何をしようとしたの?。


 慌てて視界の情報を整理する。


 なんで。


 なんで私は渚の。

渚からもらった手作りの賞状をやぶこうとしたの?。


 もう半分くらいは破けていた。


 自分が怖くなった。

渚に縋りながら、見下し、邪険にしてた。

この私が。


 頭がおかしくなる。


 自己矛盾で精神が壊れそうだった。


 (「みんなに愛される楓でいて。」)


 あぁ。そうだ。

光を壊したのは私だ。


 だからならなくてはいけない。


 みんなに愛される私に。


 だから私が渚にならなくちゃ。


 私の。

私の知ってる。希望と光に満ち溢れた渚に。


 私が壊してしまう前の渚に。


 私は幼い頃から長かった髪を切った。


 渚のように短い髪にした。


 性格もよくしなくちゃ。


 常に周りに目を向けてすぐに手を差し伸べられるように。

そう。私の憧れた渚のように。


 私は渚になることで渚の願いを果たそう。


 これは私の贖罪だ。


 私が壊れる前に。


 もう渚を悲しませないように。


 もう渚に頼らなくていいように。


 そう誓ったはずなのに。

林間レクリエーションでは渚が先に行動していた。


 やっぱり叶わないなぁ。


 私じゃ渚になれない。


 わかってる。


 でも私はならなくちゃいけない。


 【みんなに愛される市ノ瀬楓】に。

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