第14話

 私はその日、女神ミューズに出会ってしまった。


 渚と楓が帰ってからというものの、私(=赤嶺さき)は相変わらず絵を描いている。

特に目的もなく。お題もなく。

ただただ、思いついたものをひたすら。

 そんなおり、弟子である蒼唯優芽が楓の昔話を聞いてきた。

あんまり深く関わんない方がいいのに。

それでも彼女は知りたがってた。

スランプ状態だったというのもあるのだろう。

私は楓たちのアトリエがある美術館のチケットを渡した。


―――


 アトリエから帰ってから優芽は何かに囚われた……いや、女神ミューズの加護を受けてからというもの、彼女はひたすらに絵を描く。まるでノイズをかき消すように。

 まあこうなるのはわかってた。

あの場所に行ったのなら。

寄らない選択肢もあったはずなのに。

きっと、彼女の才能がそれを許さなかった。

先に進みたい望みが出会わせた。

思えば私もあの時からミューズの加護に魅了されている。




―――――――――――――――――――――


 渚と楓に出会ったのは……そう。

私が一時期スランプ状態になって、腐れ縁の友人に「絵心教室を開いていみたら。」と提案されて始めてみたもの。

幼い子供たちが好き勝手に絵を描く姿はとても嬉しかった。

私にもこんなことがあったのだと思い起こさせてくれた。

その時までは。


 私はある少女の絵が目に止まった。

なぜかは分からない。

魂が、才能が、その子の絵にくぎ付けになっていた。

たかが子供の絵。されど子供の絵。

私の求めていた子供の絵がたしかにそこにあった。

別に皆に言ったわけでも、小言で言ったわけでもなく、私の要求の、さらにその先へとその絵は答えていた。


 後日、私は2人をアトリエに招き入れた。

私の絵をもっとよくするためというどうしようもない目的のために。

 それから私はひたすらに渚と楓の才能を、技術を磨き上げた。

同時に私も高まっていった。

月日が経つにつれて、私の絵は世間に認められるようになった。

これを機に2人をコンテストに応募させることにした。

私のプレイバリューと彼女たちの才能があれば入賞も容易いだろうとその時は天狗になっていた。


 ある事件がおきた。

事件と言っていいのかわからない。

だけれど、この時から渚と楓の関係が狂い始めた。

 きっかけはある老人画家が人生の最後にと若い画家を対象にしたコンテストを開催したのだ。

当然私も2人をそのコンテストに出場させた。

結果は楓が金賞。渚が特別金賞だった。

特別金賞とは主催者である老人が特に絶賛する作品に付けられる賞であった。

この結果を聞いて私は2人を褒めたたえた。

これからも3人でやっていくのだろうと思っていた。


 それから数週間後。

コンテストを開催した老人画家が一枚の絵を残して亡くなった。

突然の出来事で業界だけでなく、世間を賑わせた。

それだけならまだよかった。

けれど本題はここから。

業界内ではある絵がきっかけで老人が描けなくなった絵描き、燃え尽きたという噂……この時はまだ冷やかし程度噂でしかなかった。


 けれど時が経つにつれて、噂は浸透し、都市伝説として広がってしまった。

ここからだろうか。

渚がどんなコンテストに出しても入賞できなくなったのは。


 私はある日。とあるコンテストのバックヤードで妙な噂……都市伝説を聞いた。

『七瀬渚の作品があまたの作家たちを狂わせた。』と。

思えば、あれから渚の作品が返ってくることはなかった。

極秘裏に処理していたのだろう。

私はある程度のコネを使って回収出来るものは回収した。


 そして渚はついにアトリエにくることはなくなった。

充分考えられることだった。

私のせいだ。

私が自分の力に溺れていたから。

女神からの加護をただただひけらかしていたから。


 それから私は楓にアトリエに来るように呼び出された。

あんなことがあったのだから、最悪の可能性も充分に考慮して私はアトリエに向かった。


 そこにあったのは楓たち書き上げた、絵、楽譜、小説、漫画。

それらは全部共通のテーマの元にできていた。

『人魚姫と国一の歌姫』と。

 そして私はその時悟った。

ミューズの死をもって、その申し子たる市ノ瀬楓は完成されたと。


――――――――――――――――――――


 ふとそんなことを思い出していた。

もう過ぎたことだし、渚も既に立ち直っている。

だから気に病む必要も無いのだが……。


 それともう1つ思い出したことがある。

『人魚姫と国一の歌姫』のエピローグ。

〔歌姫は歌い続けた。もういない人魚姫と一緒に歌った歌を。

 けれど、歌えば歌うほど思い出の歌は歌姫の歌として塗り変わっていく。思い出は彼女の功績となり、彼女の歌として広がっていく。

 皆は知らないのだ。その歌がずっと前から片隅で歌われ続けていたことを。〕

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