第6話

 あれから数日がたった。


 願望に任せて渚を…。


 いやこれは私の甘さだ。

渚は私が望めば口にしなくても応えてくれる。


 私はそれに甘える。


 もう頼らないと決意してるはずなのに。


 放課後。

私は6月の体育祭に向けた準備等の資料を纏めるために教室に向かった。


 渚とその友達たちに会ってしまった。


 …………。


 あぁ。私また望んでしまった。

渚が手伝うと言う。


 止めて。もう甘えたくないのに。


 結局、渚に圧されて私はお願いと頼んでしまった。


 渚、玲、雪、私はプリントを指定の順番に纏める作業をしていた。


 渚たちは談笑しながら楽しく作業していた。

これからどうするとか。

好きな本の話とか。

出たくない競技の話とか。


 私が望んでいた光景なのに何故か胸が痛い。

渚がせっかく笑顔でいるのに。


 「大丈夫?。」


 止めて。


 「私は大丈夫だから。」


 そう私は大丈夫。大丈夫なの。


 「本当に?。少し疲れてない?。」


 ズルい。ズルいよ。

私は大丈夫じゃなきゃいけないのに。


 どうしてあなたは私が望んでることを的確に叶えてくれるの?。


 「大丈夫だから。渚。」


 ようやく渚は諦めてくれた。


 ズルいなぁ…私。



 作業も終わって先生に書類を渡して帰路についている。


 渚と並んで。


 今日は手を繋いでない。


 これは渚から離れるための必要な儀式だから。

 

 何かが手に触れる。


 「止めて。」


 私を振り払ってしまった。


 「ごめん…楓。」


 あぁ…。わかっていたのに。


 私が望んだから。

渚はただそれに応えただけ。


 渚は悪くない。


 「楓…!。」


 私は渚を振り払って自分の部屋へ逃げた。

逃げなくてもよかったのに。




 (私は幼い渚の首を締め付けてる。)


 (泣きながら。)


 (渚は何も応えない。)


 (ノイズが消えた。)


 (消えたら聞こえてくる。)


 (「返してよ。」)


 (私と同じ髪で、同じ瞳で、同じ顔。)


 (「私の渚を返してよ。」)


 (幼い私だ。)

(弱くて泣き虫で、渚がいなきゃまともに外に出れない頃の弱虫な私。)


 (「返してってば。」)


 (うるさい。)

(渚がいなきゃ何もできないくせに。)


 (「ひぃっ。」)


 (そうあなたは何もできないの。)

(ただ見てるしかないの。)

(あなたが弱いから。)


 (「止め…て…。」)


 (弱いから渚を守れないの。)

(だからあっさり壊れるの。)

(私たちの大好きな玩具はこんなことで簡単に壊れるの。)


 (「は…な…し…て…。」)


 (壊れた玩具はもう二度と戻らないの。)

(気づいた頃にはもう壊れてるの。)


 (「…………………………。」)


 (いくら継ぎ接ぎにしてももう戻らないの。)

(…ほらね。)

(これでもう聞こえない。)

(うるさいノイズも。)

(目障りな声も。)

(こんな簡単に消えるの。)

(だから一。)


 『うるさいよ。』



 あぁ。またこの夢だ。

最近は見なくなったなったはずなのに。


 私が渚を壊して。


 昔の私を壊して。


 最後に私を渚が壊す夢。


 部屋の明かりをつける。


 はぁ…。

我ながらなかなかに変な部屋だ。


 壁や机。棚。ドア。窓。

まるでなにかを封印するように渚の写真を貼り付けている。


 まるで呪符だな。


 こんな部屋を見たら渚に嫌われるだろうか。


 ないだろうな。


 ドアのノックの音がする。


 「楓…。」

 

  やっぱり来てくれた。


 「ごめん。すぐに行くから部屋で待ってて。」


 「うん。」と去っていく。

渚はこの部屋に入らない。


 私がお願いしたから。


 私はズルい。


 渚に甘えて。


 隠し事して。


 あぁ。私はまだこんな私を渚が好きでいてくれると願っている。


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