第三話 風呂上がりの一杯

「ふー……やはり、お風呂上りにはコーヒー牛乳ですよね」


 天空教会にある銭湯とも称せるお風呂に入り、体にこびりついた汗も流し終え、無事に綺麗な身となったノエルとエルシアは礼拝堂にて、お風呂上りにコーヒー牛乳を飲んでいた。


 だが、エルシアと違い、ノエルの手に持っているコーヒー牛乳はあまり無くなっていなかった。


「ノエルさん、もしかしてコーヒー牛乳は苦手でしたか?」


「え? いえ、そんなことはないですけど……どうしてですか?」


「それならいいのですが、先程からあまり飲まれていないようでしたので……」


「ああ、それはその……別の理由といいますか……」


 頬を掻き、顔を赤らめながら、モジモジとそのように答えるノエルを見てエルシアの頭にはクエスチョンマークが躍る。


「私、シスター服なんて着たの初めてで……なんだか恥ずかしくて……」


 着たことのない服。それも、一般人であるノエルからしたら縁のないシスター服を着たことによって、頬だけではなく、彼女の顔は赤い木の実のように熟されていく。


 それを聞いて納得したのだろう。エルシアはポンと手を叩く。


「ですが、ノエルさんの服は今、洗濯中ですし……慣れない服なのは申し訳ないですが、これを着るしかないですよ」


 エルシアの言う通り、ノエルの着ていた服は当然のこと。リュックの中に入れていた着替えも汗で着ることは出来なくなっていたため、全て洗濯中しているため、着替えが無いのが現状である。


 そのため、服を着るためにはエルシアが用意した天空教会にあるシスター服を着るしかないのであった。


 ノエルも仕方がないと分かっているのだが、それでも自身の胸の内にある羞恥をそう簡単に消すことは出来なかった。


 ちなみに下着も全滅していたが、流石に履いていないのはいろいろと大変なことになるため。ノエルのサイズを聞いたエルシアが買って来た下着を着ているのだが、買いに行く時、エルシアが涙を流していたことはノエルの知らないことである。


 そんな会話をしている時、教会の扉が開き、右目が青。左目が緑の虹彩異色オッドアイが特徴的な眼鏡を掛けた男性が教会の敷居を跨ぐ。


「おや?」


 ノエルが男性を見ていたことで、男性もノエルの存在に気が付いたのだろう。


 男性はノエルが誰なのだろうと思い、ジッーと見始めるが、その姿はまるで女性を物色しているような姿だと思いエルシアは忠告をするように言う。


「そのままジッーと見ていると、ノエルさんに失礼だよ。らいちゃん」


「おっと、コレは失礼。見慣れないシスターがいたので……つい、誰なのかと」


 先程の行為を謝罪するように男性は綺麗に一礼し、ノエルも「あっいえいえ。大丈夫です」と返す。


「それと、らいちゃん。ノエルさんはシスターじゃないよ。今は服が無いから、着ているだけだよ」


 エルシアの言葉を肯定するようにノエルはコクコク頷く。


「ああ、なるほど」


 見慣れないシスター服を着ている女性がいることに納得をしたのか、らいちゃんと呼ばれた男性はポンと手を叩く。


「それよりも、らいちゃん。ノエルさんに自己紹介しないと」


「そうですね。初めまして、私はこの天空教会でシスターエルシアの手助けをしているライブラという者です。以後お見知りおきを」


「は、初めまして!! 私は夜桜ノエルといいます!! コチラこそよろしくお願いします!!」


 自己紹介をし、先程と同様に綺麗な一礼をした虹彩異色の男性ことライブラに返すようにノエルもまた自分の名を名乗る。


 そんなかしこまった二人を見て、思わずエルシアはクスリと笑ってしまう。


「それで、ミス・ノエルはどうしてこの教会に?」


「えーと……暑さで倒れている所をシスターエルシアに助けてもらいまして」


 あははと笑いながら、自身が天空教会に来ることになった経緯を簡易的に説明したノエルだが、その説明を聞いて思わずライブラはフッと笑いが零れる。


「また、シスターエルシアのお節介が発動したのですね」


「ムッ、お節介とは失礼な。シスターであるのなら、人助けをするのは当たり前でしょ」


 自分が年下であるとはいえ、ライブラの先の言葉は聞き捨てならなかったのだろう。


 頬を膨らませながら、そのようにエルシアは突っかかるが、その姿は誰がどう見ても幼い子供としか称せない姿であった。


「それで、ミス・ノエルはこれからどうするつもりなのですか?」


「え?」


 ライブラにそのように問われ、どうしたものかとノエルは考える。


 以前として、あの子を探すことは変わらない。だけど、このまま無策に探し続けたとしても、この暑さに負けて再び倒れてしまうのは目に見えている。


「ど……どうしましょうか……」


 何も考えていないという現状に思わず冷や汗がダラダラと流れてしまうノエルにエルシアは苦笑し、ライブラは呆気を取られてしまう。


 本当にどうしようと悩むノエルを見て、何か力になれないかと思ったエルシアは先程お風呂で聞いたある言葉を思い出す。


「ノエルさん、たしか先程『一番好きなバイトは家事代行のバイト』と言われていましたよね」


「え、あっはい。そうですけど……それがどうかしたのですか?」


 その会話を聞いて、エルシアが何を言おうとしているのか、ライブラには分かったのだろう。それに反射したかのように苦い表情を浮かべてしまう。


「シスターエルシア。本気ですか?」


「うん。だって、これ以上条件にあっている人。他にいないよ」


 グッと拳を作り。ガッツポーズをしながら、エルシアはライブラにそのように言うが、当のノエルは何を二人が何を話しているのか分からず。首を傾げるばかりであった。


 そんなノエルの方をエルシアは笑顔でクルリと振り向く。


「ノエルさん。住み込みで家事代行のバイトしませんか?」


「は、はにゃ……?」


 エルシアの予想外の提案に思わず、素っ頓狂を声を上げてしまうノエル。


 今のノエルは知らないことではあるが、エルシアがノエルを誘わなければ、ノエルがあの吸血鬼のお姫様に出会うことはなかったのは、まず間違いないことであった。

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