吸血鬼と夜桜な日々を

シオリ

第一部 出会い篇

プロローグ 吸血姫ベルとメイド夜桜ノエルの朝


 吸血鬼キュウケツキ


 それは人の血を啜り、吸うことで永遠の時を生きているという伝説の存在。

その存在は御伽噺や伝説でしか、聞くこともないため、多くの人は架空の存在と認識しているがそれは誤りである。


 何故なら———吸血鬼は本当に存在するのだから。


 しかし、そんな吸血鬼が伝説や御伽噺に書かれている通りの存在とは限らない。


                 ---


 極東の国。日本国にほんこく


 その国にある風坂市という町の外れの森の奥にはまるで童話から飛び出して来たかのような大きな白い屋敷がある。


 しかし、その大きさに相反するようにこの屋敷に住んでいるのは二人だけ。


「ん~……もう朝か……」


 眠い目を擦りながら、そのように言ったのはこの屋敷に住んでいる夜桜よざくらノエルであった。


 ノエルは寝ぼけ眼を擦りながらパジャマのボタンを外し、自身の白い肌と黒い下着を太陽の光に晒しながら、徐々に意識を覚醒させながら着替えを始める。


 ミニスカートを履くのを始めに。服に袖を通し、最後にヘッドドレスをカチャリと付けて、パジャマから白いフリルの付いた水色のメイド服へと着替え終える。


 大丈夫とは思いながらも、自室にある全身鏡で一応確認し、どこもおかしな場所がないことを確認すると彼女はニコリと笑みを浮かべる。


「それじゃあ、ベル様を起しに行こうかな」


 自室を出た彼女はカツン、カツンと軽やかに靴音を奏でながらこの屋敷の主人である。ベル・アステルを起すために彼女の部屋の前で足を止める。


「ベル様。朝です。起きてくださーい」


 部屋の中にいる主人に呼びかけながら、コンコンと扉をノックし続けるが、特に反応はなかった。


 その様にノエルはため息をつくが、これはいつも通りの事であり、彼女にとって想定の範囲内のことである。


「起きないようなので、今日も失礼しますよ」


 ガチャリと扉を開け、ノエルはベットの元へと足を動かすとそこには黒いナイトドレスに身を包み、気持ちよさそうに寝ている幼い黄色の髪のお姫様———ベルの姿があった。


 幼く、可愛らしい主人の姿を見て、もう少し寝させてあげたいと思ってしまうが、言われた通りの時刻に起こさなければ怒られてしまうため、ノエルはベルを揺らしながら声を掛ける。


「ベル様。起きてください」


「んー……」


 揺さぶりを何度もかけながら、声を掛けても返って来るのは寝ぼけた返事のみ。そんな主人に呆れたノエルは心の中ですみませんと謝りながらも、いつも使っているベルが絶対に目を覚ます奥の手を使うことにした。


「もう、起きてくださいよ」


 そのように声を掛けると、ノエルはベルの未発達という言葉がよく似合う彼女の胸を思いきり触り、揉み始めた。


 いや、揉むと表現するよりも彼女の未発達の胸をマッサージしていると表現した方が正しいのかもしれない。


「うにゃ……?」


 自身の胸部が触られ、いつもはない違和感を感じたからだろうか、ベルは眠りから解き放たれ。その瞳がゆっくりと開かれる。


「あっ、ベル様。おはようございます」


「ん……おは……よう……?」


 まだ朧な意識と視界ではあるが、ノエルの元気のいい挨拶を聞いてひとまず今が朝であることは理解したのだろう。ベルはそのままベットの上でむくりと上半身だけ、起き上がる。


 しばらくして自身の胸に感じる違和感は何なのかと思い、胸部へと視界を移したベルであったが、ノエルからどのようなことをされているのか朧な視界でもはっきりと分かったのだろう。


 瞬間的に彼女の顔全体には熱を帯びていき、頭の上には湯気が立ちあがり、心臓の鼓動は三倍くらい早くなる。


「な……なにやってんのよ!! あんたは!!」


 羞恥心を覆い隠すようにベルはその見た目からは測りきれない脚力を力いっぱい振るい、ノエルを自室から強制的に追い出すことに成功した。


「いたい……」


 目が覚めたら胸を揉まれていた。


 そのようなことをされていたら、炎のように熱を帯びるくらい恥ずかしいことはノエルも女性であるためよく分かっていたのだが、そう思うのなら早く目を覚ましてほしいとも思う。


 しかし、彼女なりに朝起こしてくれることに感謝をしているのは間違いないのだろう。ベルに蹴られてもノエルがのがその証拠である。


 そのことが分かっているノエルはクスリと笑いながら立ち上がると、朝食の支度をするために台所へと向かった。


                 ---


 朝食の準備も恙無く終了し、現在の時刻は九時半。


 朝食のホットケーキ五段重ねも無事に焼き上がったので、そろそろベルも支度を終えて、やってくるだろうと考えていたら、ノエルの予想通り、黒いナイトドレスからの黄髪が似合う赤いドレスに着替えたベルがやってきた。


「おっ、今日もおいしそうなホットケーキが出来あがっているじゃない」


 星のようにキラキラと目を輝かせながら、ホットケーキを見るベル。


 そんな容姿相応の幼い反応が可愛らしく、思わずクスリと笑いそうになるノエルだが、ここで笑うとベルから小言を言われてしまう可能性があるので心の中で秘かに笑う。


「あんたをエルシアから預かった時は世界を恨むほど後悔したけど、家事スキルだけは別格ね。あたしにはないスキルだから、重宝してるわ」


 この屋敷に来た当時のことを思い出したのか、「あはは……」とノエルは何とも言えない表情でその場をごまかすように笑いを零す。


「何はともあれ、ありがたいお言葉ありがとうございます。それじゃあ、いただきましょうか」


「ええ、そうね」


 ワクワクと楽しそうな表情で蜂蜜をホットケーキに覆うようにかけるとベルはナイフとフォークを使い、ホットケーキを口の中へと誘う。


「うん、今日のホットケーキもおいしいわ」


「ふふっ、そう言って貰えて光栄です」


 次々にホットケーキを食べながら、ベルはノエルに問いかけるように話題を投げる。


「それにしても、あんたも不思議な奴よね」


「不思議……といいますと?」


「だって、そうでしょ? エルシアからの紹介とはいえ、まさかこんな屋敷で吸血姫であるあたしのメイドとして働くなんて。最初はすぐに投げ出すかと思ったけど、いろいろと卒なくこなすし、もしかしてどこかの屋敷で働いたことでもあるの?」


「いえ、そんなことないですよ。ですが、前に孤児院でバイトをしたことがあるので、その経験が役に立っているのかもしれません」


「ふーん……孤児院か……」


 これまで止まることなかったベルの手が孤児院と聞いて、ピタリと止まる。


「もしかして、ベル様も孤児院になにか縁があるのですか?」


「ううん、そういうのじゃないけど。何年か前に嫌な奴らが孤児院を開設していたことがあったなと思って」


「嫌な奴ら……ですか……」


 嫌な奴ら。


 ベルはそういう風に軽く言ってはいるが、まるで忌々しく。嫌悪しているかのように聞こえた。


 どうしてそのように嫌悪しているのか気になるノエルだが、そのことについて聞いてもベルが答えてくれるとは限らない。そう思い、ノエルはホットケーキを口へと運びながら、話題を変えようと考える。


「ところでベル様。今日の昼頃に買い物に行こうと考えておりますが、どうですか? 一緒に行かれますか?」


「そうね。太陽の光は少し辛いけど、買いたいライトノベルもあるから行くわ」


「それじゃあ、後でドレスからラフな格好に着替えてくださいね。その格好だと目だって仕方ないですから。本当はわたしも着替えたいのですが———」


「ダメよ。あんたはあたしのメイドなんだから、メイドだってわかりやすい恰好でいないと」


 ベルと同様に自分もメイド服から動きやすいショートパンツスタイルに着替えたかったのだが、それを主人から否定されてノエルはガクリと項垂れてしまう。


「で、ですが、ベル様。このメイド服はカワイイので気に入っているのですが、どうにもスカートが短くて落ちつかないんですよ。下手したら中が見えてしまいますよ」


 あまりスカートに慣れていないのか、ノエルはスカートの裾をモジモジと握りながら恥ずかしそうに顔を俯かせる。


「あんたのズボンもショートじゃない。それと同じでしょ」


「そもそもパンツとスカートではジャンルが違いますよ。異種格闘ですよ」


 そのように抗議するも、やはりベルはノエルの要望を受け入れず。ホットケーキを黙々と食べながら、無視を決め込む。


 その姿を見て、やはりノエルはガクリと項垂れてしまう。


 そもそものお話として、どうして夜桜ノエルはこの屋敷の主人であるベルの元で住み込みで働いているのか。


 それを語るためには七月の現在から時を二ヵ月程戻す必要がある。

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