第一話 シスターとの出会い

 五月某日


 この日、夜桜よざくらノエルは暑さのあまり死にかけていた。


 厳密には暑さの他にもお財布事情から連日でまともな食事が出来ていないとか、この暑さの下で巨大なリュックを背負って移動して汗を流し過ぎたからとか、小さな要因もありはしたが、ノエルに決定的なトドメは刺したのは間違いなくこの暑さだろう。


「暑い……」


 自身の体にある毛穴から汗という体液が流れている気持ちの悪い感覚と太陽のギラギラとして光にノエルの気力はもうゼロに等しかった。


「さようなら世界……せめて死ぬ前にあの子に会いたかった……」


 その言葉を最後に道路にバタリと倒れ込むノエル。


 太陽の光を一身に受けているアスファルトの大地は予想以上に熱くて、熱せられたフライパンの上にいるのではと錯覚してしまう程であった。


「あの……大丈夫ですか?」


 そのように自分を心配する声が耳に入り、空を見上げるように声が聞こえた方へと視界を移すと、そこには黒いミニスカートが特徴的な修道服を身に纏った空のように青い美しい髪の女の子がこちらを伺っていた。


 見た目から推測する限り、歳は十四から十三くらい。華奢で幼い見た目とは相反して大きな袋を両手に持っているのを見るに、買い物帰りかなにかなのだろう。


「(スカートの中……丸見えだな……)」


 自分のことを心配してくれる彼女に対して、このようなことを考えていることは失礼だとは思いながらも、ノエルの倒れている位置からではシスター少女のスカートの中という神秘は簡単に暴かれてしまう。


 また、この暑さで思考回路がショートしていたノエルはシスター少女のスカートの奥にある神秘である青と白のストライプのショーツを見て「(本当に縞パンって存在するんだ……)」と秘かに思う。


「あの、もしかして死んでしまわれたのですか? こういう時って救急車よりも、霊柩車を呼んだ方がいいのでしょうか?」


 暑さで思考がやられているノエルだが、その言葉を聞いて、本当に霊柩車を呼ばれたらしゃれにならないとバケツいっぱいの冷や水を思いきりかけられたかのような気分に陥り、先程までのショートして働かなかった思考がウソのようにクリアになっていくが


「だ、大丈夫です……大丈夫ですが……もしよければ水をください……」


 思考がクリアになっても、暑さでやられた肉体についてはそう簡単に治るわけもなく。汗だくの左手でシスター少女の足首を握りながら、そのように懇願する。


 ノエルのそんな懇願を聞いたシスター少女はひとまず安心するが、ノエルがギリギリの致命的な状況にいることは変わらない。


「水、水ですか。あのお姉さんは歩ける状態……ではありませんよね。それではひとまずコレを」


 シスター少女がそう言って、両手に抱えている買い物袋から取り出したのは五百ミリリットルの水のペットボトルであった。


「あ……ありがとう……ございます……」


 立ち上がる気力もないため、寝たままの状態で蓋を開けると零れることなんてどうでもいいと言わんばかりに一気に水を口の中に注ぎ込む。


 この暑さの中でまともに水分を補給していなかったということもあり、余程喉が渇いていたのだろう。ノエルは五百ミリリットルの水が僅か数秒で飲み干してしまう。


「あらまぁ」


 ノエルの一気飲みに驚いたのか、シスター少女は自身の口からそんな言葉を零してしまう。


「ふう……よっ、と!!」


 水を飲んだことで回復したのだろう。先程まで地面に倒れてしまう程体力を喪失していたということが嘘のようにノエルは軽々に立ち上がるが、全身にある汗の不快感にあからさまに表情が暗くなっていく。


 このまま汗だくのままでいるのは女として、そして乙女として危ないと思ったノエルはこの汗を流そうと考える。


「ねぇ、シスター少女さん。この辺りに銭湯とかない?」


「銭湯ですか?」


「うん、流石に全身に滴るこの不快の汗をどうにかしたくてね」


 にこやかに語るノエルと彼女の肢体から湧き出るようにある汗を見て、なるほどとシスター少女は納得する。


 この町にも当然銭湯はある。その銭湯の場所を教えることは簡単だが、シスター少女はノエルにある提案をする。


「あの、それならわたしの教会に来ませんか?」


「教会……ですか?」


 予想外の言葉に目を丸くするノエルだが、シスター少女はとても可愛らしい笑顔で「はい」と肯定をする。


「わたしの教会に来てくださればお風呂をお貸しすることも、替えの服を用意することも出来ますよ」


「ふむ……」


 それはとても魅力的な提案だが、見ず知らずのシスター少女にそこまでお世話になっていいのだろうか? と思考しつつもノエル自身もお金に余裕があるわけではないので、そのような提案をして貰えるのはとてもありがたいことであった。


「じゃあお言葉に甘えてもいいですか?」


「はい、ではコチラです」


 そう言って案内するシスター少女について行くノエルだが、結論から言ってしまえば、そこまで時間がかかることはなく、僅か数十分程でシスター少女の教会に辿り着いた。


「ココがその、あなたの教会なのですか?」


「はい、ココがわたしの教会。天空教会です」


 この教会が誇らしいのだろう。シスター少女は自信満々にこの教会について、つらつらと説明をしていたが、人生初めて教会を見て圧巻しているノエルの耳にはなにも入ってこなかった。


「あの、お姉さん。大丈夫ですか?」


「あっはい、大丈夫です」


 初めて見た教会に圧巻し、呆然としていたノエルの汗まみれの腕を触り、シスター少女は声を掛けるが、その声でノエルは我に返る。


「それでは教会の中に案内しますね」


 教会の扉を開き、シスター少女について行くようにノエルは足を進めて行く。


 このような教会に入ったのが初めてということもあり、らまるで美術館にでも入ったかのようにノエルは礼拝堂のあちこちを見ながらゆっくりと足を動かしていく。


 その中でも一番見入ってしまったのは教会の講壇の近くに飾られている背中に大きな白翼を持つ少女に祈りを捧げている金髪の少女の絵画であった。


「あの飾られている絵はいったいなんなのでしょうか?」


「ああ、あの絵はアリア教開祖であるアリア様が最高神ウラヌス様に祈りを捧げている絵ですね」


「アリア教?」


 聞き慣れない初めて聞く言葉に目をパチクリとさせるノエルを見て、「(そこからですか……)」とシスター少女は肩をガクリとさせるが、この国ではあまり広まっていない宗教であることを思い出す。


「えーと……アリア教というのはですね。わたしの祖国であるカリュスという国で有名な宗教なんですよ。ちなみにわたしはその宗派のシスターなんです」


 えへんという効果音が似合うようにシスター少女は胸を張るが、失礼ながら彼女の胸はお世辞にも女性らしい胸とは程遠いモノであるため、シスター少女が胸を張っていることにノエルが理解をするのに数分要したことは口に出さないことにした。


「ひとまずアリア教のことは置いて、約束通りお風呂の方に案内しますね」


「あっ、はい」


 飾られている絵が気になりつつも、ノエルはこの教会に訪れた目的を果たすためにシスター少女の後をついて行く。


 教会の礼拝堂の横にある扉をくぐり、三階分ぐらい階段を歩くと教会に似つかわしくない『湯』と書かれた赤い暖簾が目に入る。


 その暖簾が目に入った時から、その場所がどのような場所であるのか説明をされる前にノエルはなんとなく予想が出来てしまっていた。


「はい、コチラがお風呂です」


「(ああ、やっぱりここがお風呂なんだ)」


 銭湯で見慣れた景色をまさか教会で見ることになるなんてと、内心クスリと笑いながらもノエルの表情はお風呂に入れることが出来る喜びからか、一気に明るくなっていく。


「本当に誘っていただき、ありがとうございます」


 嬉しさから何度もペコリと頭を下げるノエルに「いえいえ、困っている人を助けるのも仕事なので大丈夫ですよ」とシスター少女は手を振りながら返す。


「それでは早速失礼しますね」


 暖簾をくぐり、少し歩くと銭湯のような広さはないものの簡易的な脱衣所があった。


 そこでノエルは衣服や下着を脱いでから、脱衣所に置いてある籠の中に入れる。


 そうして裸身となったノエルは自身の汗によってビチャビチャとなった服や下着を見て自分の身体からここまでの汗が出るのかとほんの少し驚き、苦笑いとなる。


 だが、そんな苦笑いを浮かべてから数秒後に自分が一糸纏わぬ裸身の状態であることを思い出したノエルは脱衣所に置かれていたバスタオルを自身に巻くように使い、待望の浴場へと足を進める。

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