第五話 お姫様からの初仕事
「それじゃあ、ノエルさん。頑張ってくださいね」
「は、はい!!」
ひと悶着はあったものの、無事に住み込みで働ける許可を得たエルシアはノエルに笑顔でエール贈り、教会へと帰って行く。
「と……いうわけで、エルシアからあんたを引き取ったのだけど。あんた、何が出来るの?」
エルシアの『ノエルをこの屋敷で住み込みで働かせる』という要望を仕方なく、受け入れたベルの初めての質問に「い、一応家事なら一通りできます」と答える。
「そう。なら、ひとまずはコレに着替えて貰おうかしら」
そう言ってベルが持ってきた物は白のフリルが施された水色のミニスカートのメイド服であった。ご丁寧に白いヘッドドレスもあり、可愛いを全面的に出しているという印象を受ける。
「え……コレに着替えるのですか……?」
流石に二十三歳の自分がこんなメイド服を———それだけではなく、この歳になってミニスカートを着るのは厳しいと思うノエルではあったが
「これが嫌なら動きやすさを重視した水着型のメイド服があるけど、そっちにする?」
「いえ、これで結構です」
水着メイドという布面積がほぼほぼ無いに等しい服を着るくらいなら、大人しくこの制服を着た方がいいとノエルは判断した。
「あの、更衣室はどちらでしょうか?」
「ああ、それならあの部屋を使っていいから」
ベルが指を刺した部屋を確認したノエルはそそくさとその部屋へと入ると、先程ベルに渡された服を睨めっこをするように見るが、やはり羞恥心を完全に消すことは出来なかったが、背に腹は変えられないと決死の覚悟し、今着ている服から着替えるのであった。
「どこか、おかしなところはないかな……」
初めてこのような服を着たということもあり、きちんと着こなせているかと不安になるノエルは近くに全身鏡があることに気が付いたので、この鏡でおかしなところが無いか、確認して見ることにした。
するとそこに映っていたのはまるで不思議の国にありそうな可愛らしいメイド服に包まれた見たこともない自分であった。
「ウソ、これが私……?」
初めて見る自分の姿に思わず見とれてしまうノエルであったが———
「はい、自分の姿に惚れているのはいいけど。空想の世界に行くのは勘弁してよね」
何の前触れもなく、後ろに現れたベルのそんな言葉にドキリとしてしまい。ノエルの眼は点となってしまう。
「す……すみません……」
恥ずかしくも、メイド服を着た自分に見入ってしまったことにベルに謝罪をするノエル。
「けど、似合ってるじゃない。全く似合わなかったらどうしようかと思ったけど、似合う人間で本当によかった。よかった」
あははとあっけらかんに笑うベルに怒りを覚えたノエルは彼女に気が疲れないように心の中で「(そう思うのならもっと普通の服寄越せ!!)」と鋭い目付きで愚痴を零す。
「さぁ、それじゃあまずは初めての仕事をしてもらいましょうか」
初めての仕事。
その言葉を聞いてノエルは思わず必要以上に気合が入ってしまうが、ベルに案内される道すがら気合を入れ過ぎては変質者のようになってしまうという判断から、ノエルは身の内にある気合を抑えようとしたものの、出来なかったため諦めることにした。
「この部屋の掃除をしておいて。それじゃあ、よろ~」
そのように簡素に伝えた後、ベルはヒールでカツン、カツンと音を奏でながら、この場を後にした。
「部屋の掃除か、家事代行にはありがちな仕事だから。慣れている方ではあるのだけど……」
家事代行のバイトをしていた時にノエル個人的に思う一番大変だったのは成人DVDの整頓であった。
その時のノエルは既に成人していたため、そのような仕事を任されても問題はないと言えばないのだが、成人DVDに関して知識は皆無のノエルにとって、それは本当に大変な仕事であった。
「アレに比べたら、きっと大半の仕事は楽に思えるよね」
そのように思い、ノエルはガチャリと扉を開くが、その結果ノエルの目は分かりやすい程点になってしまう。
その部屋はゲームの箱やゴミ。布団。その他諸々で荒れに荒れまくっており。ゴミ部屋と称してもなんら問題ない程であった。
「な……なにこれ……なんでこんなに荒れているわけ……?」
ゴミ部屋を目にしたことに驚いたことは変わりはないが、それと同じくらいノエルは外観の童話のような屋敷にある部屋がこのように荒れまくっていることに絶望し、思わず膝をついてしまう。
---
「にひひ、あの部屋を見たら流石にあのノエルってガキも絶望して、この屋敷を去ること間違いないわ」
そう。ノエルがガクリと肩を落とした部屋の主は現状この屋敷の主となっているベルの部屋であった。
「エルシアもあたしの部屋を掃除する度に腸が煮えくり返ったような表情になるし。これであいつが去ってくれるのは間違いないでしょ」
これでまたひとりで過ごすことが出来る。
そう思うと楽しくて笑いが止まらないはずなのに、ベルはどこか悲しそうな表情となっていく。
「あっ……いけない。いけない。早くあいつを追っ払って。クロノス・ストーリーの続きをしなくちゃ」
クロノス・ストーリーとは、ベルが今ハマっている美少女ゲームである。
主人公が時の精霊であるクロノスと出会いをきっかけに同級生や幼馴染などを始めとするヒロインと恋を紡ぐという成人向けのノベルゲームである。
「他のヒロインを全て攻略したから、ようやくクロノス様のルートを見ることが出来るわ」
悲しくなんてないとでも自分に言い聞かせるようにベルはそのように言いながら、自室へと戻っていくが———
「あれ?」
「えーと……これは燃えるゴミ、燃えるゴミ、燃えるゴミ。それでこっちは燃えないゴミ、燃えないゴミ、これはプラ。ペットボトルと……」
そこには予想外にもテキパキと掃除を行うノエルの姿があった。
自身が想像していた以上に仕事を簡単にこなすノエルの姿とまだ、物が散乱してはいるが綺麗になっていく自分の部屋を前に今度はベルの目が点となる。
「で、これは———」
そう言って、ノエルが手に取ったのはベルがやろうとしていたクロノス・ストーリーの空箱であった。
正直、空箱であるため、不必要なゴミと言えばゴミには違いがないのだが、仮にもしベルがクロノス・ストーリーを売る時があった場合、その価格は大分下がってしまう。
なにより、大好きで思い出の詰まったゲームの箱を捨てようものならそれだけでコイツをクビにしてやろうとベルは心の中で決めるが
「コレはゲームの箱だから捨てられないと」
長年のバイトで得た経験からノエルはクロノス・ストーリーの箱を捨てられない物と判断し、ベルは思わずその場でこけそうになってしまうが、同時にベルはあることに気が付く。
ノエルはベルの好きなクロノス・ストーリーの他にもナイトメア、BLUE・VAMPIRE、
これまで、この部屋を掃除に来ていたエルシアですら、あの箱を捨てようとしていたのにそれをしないノエルに関心を持ったベルは早まるなと言いたげに頭を振るが
「よしっ、これで完璧です」
「え?」
ノエルのその掛け声がどのような意味なのか気になったベルは顔を上げると、先程までのゴミ部屋と称することが出来た自室が今ではきれいに整理整頓されている。
「ふう……あっベル様」
クルリと扉の方を振り向いたノエルはその場にベルがいたことに気が付きそのように呼ばれ、思わずドキリとしてしまう。
どうして、自分の名を知っているのだろうか? という疑問が頭の中に浮かぶが、それは先程のエルシアとの会話で知ったのだろうと己の中で結論が出る。しかし、その次に自分の事を様付けで呼ぶのは何故だろうとベルは首を傾げる。
「あっ、もしかして様付けは嫌でしたか?」
「嫌というわけではないし、むしろそう呼ばれているのは慣れているけど……まぁどうして様付けなのだろうとは思って」
「いえ、深い理由は無いのですが。家事代行の仕事をしている時はお客様の事を様付けで呼ぶ決まりがあったので。嫌でしたら違う呼び方にしますが、どのようにされますか?」
「いや、あんたがそう呼びたいのならそう呼べばいい……」
「はい♪」
ベルからの正式な許可も出たため、ノエルはこれまで通り様付けで呼ぶことにした。
「ところで、ベル様。聞きたいことがあるのですが……」
「聞きたいこと、なによ?」
改まった姿勢でこいつは何を聞くつもりだろうとベルは思わず固唾を飲む。
「流石にベル様にこのようなゲームは早いかと思われます。せめて後五年ほどは……」
真剣な表情と共にノエルがそう言って見せてきたのはベルが先程楽しみにプレイしようとしていた。クロノス・ストーリーのゲームの箱であった。
「は?」
予想すらできていなかったノエルの質問にベルは思わず間の抜けた声を出してしまう。
「ですから、この部屋に置かれているゲームの箱のほとんどは全て成人向けのゲームですし。ベル様はまだ少女なのですから。そのようなゲームは早いかと」
「誰が少女じゃああああああああああ!!」
どうしてそのようなことを言うのか、見当もつかなかったベルであったが、ノエルが自分の事を『まだ幼い少女』という言葉を聞いて合点がいき、殺意を抱き、ノエルを殴殺してしまいたいと思う程であった。
「なるほど……なるほどね……お前はあたしのことをなんでもない幼女としか見ていないと……!!」
「幼女とまでは言いませんが、ベル様の年齢は見た目から推察するに。恐らくは十四から五歳と思われますので、このようなゲームは早いと思いまして」
ノエルにとっては悪意のない純粋な指摘ではあったし、ベルの素性を知らない者からしたら、その指摘は真っ当なものだろう。
だが、当のベルはノエルからなんでもないただの少女としか見られていないことに腹が立ち。本当なら、自分からこの事を話すのは嫌だが、エルシアから渡された以上仕方がないと腹をくくり。ベルは自己紹介をすることにした。
「お前は勘違いをしているようだから!! この際きちんと自己紹介をしてやる!!」
未発達で幼く、だけども美しい流麗な線を描く己の胸に手を当てながらベルは高らかに宣言するように己の名を名乗る。
「あたしの名前はベル・アステル!!
アステルとは吸血鬼の第一王族の名であり、あたしはそのアステルの王位を正式に継承した!! 正真正銘!! 本物の吸血鬼の姫だ!!」
この日、ただの人間である夜桜ノエルは初めて吸血鬼のお姫様であるベル・アステルと出会った。
あらかじめ言っておくが、これは人間と吸血姫が世界を救うとか、そういう話ではない。
このお話は、人間と吸血姫が面倒な事柄にぶつかりつつも、日々を楽しく生きる。
このお話はあくまでもそういうお話だ。
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