第六話 一日目の朝 そのいち
風坂市にある森の奥には童話に出てきそうな白いお屋敷がある。
そのお屋敷は天空教会のシスターであるエルシアの祖母が立ち上げた屋敷ではあるのだが、現在はベル・アステルという吸血鬼のお姫様が住んでいる。
これまで、そのお屋敷にはベル・アステルの一人だけが住んでいたのだが
「よしっ、今日も頑張ろうかな」
昨日より、シスターエルシアの紹介で夜桜ノエルという女性が住み込みで働くことになった。
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「さて……とりあえずベル様を起す所から始めますか……」
制服である水色のメイド服に着替え終えたノエルはポツポツと呟くようにベルの部屋へと向かうノエル。
初めは家事代行という話でこの屋敷で働いていたが、昨日屋敷の掃除をしている時にベルから「家事代行とかよりも普通にメイドと名乗ってくれた方が個人的に気持ちがいいから、そうしなさい」と言われたので、ノエルは現在メイドとして働いている。
「って……まだこの住み込みの仕事が始まって、二十四時間も経過してないのに、この制服のミニスカに慣れつつある自分がなんか怖い……」
ガクリと項垂れながらも、環境の変化に慣れつつある自分にため息をつきながらもノエルはベルの部屋の前に辿り着いた。
まずは、コンコンと。軽くをノックをするが反応はない。
試しにもう一度。先程と同様にコンコンと、ノックをしてみるが反応はない。
どうしたものかと困惑するノエルはひとまず、駄目元で扉に手を掛けると鍵の類はなく。すんなりと扉が開いた。
「あっ……」
主であるベルの部屋に断りもなく、勝手に入ってもいいのかとノエルは思うものの「まぁ、仕方ないよね」と、このようにとてもあっけらかんな感じでベルの部屋へと入っていった。
「失礼しまーす。ベル様ー、朝ですよー」
ベルの部屋には昨日、掃除の命を与えられたこともあり。どのような部屋であるかは既に把握しているが、それよりもノエルは気になることがあった。
「吸血鬼のお姫様なのに……こんなに日光を思いきり浴びて大丈夫なのかな……」
昨日、ベルはノエルに自身の事を『吸血鬼のお姫様』と言った。
別に吸血鬼だからと言って、ノエルが彼女を毛嫌いする理由は無いし。この屋敷から去るということはしないし。その日暮らしのノエルがこの屋敷から去ったところでメリットもない。
そのため、吸血鬼である彼女がどのような存在なのか理解するところから始めようとノエルは決めたのだ。
「ベル様ー。朝ですよー。起きてくださーい」
部屋の隅にあるベッドでぐっすりと眠りについているベルをゆさゆさと揺らすが、起きる気配が一向にない。
「どうしたら起きてもらえるでしょうか?」
頬に手を当て、首を傾げながら。自分自身に問いかけるようにノエルは言うが、答えが出ることはなかった。
「あへ……」
「あ……おはようございます。ベル様」
朧気ではありながらも、目を覚ましてくれたベルにノエルは朝の挨拶を交わす。
それを聞いて、ノエルが起こしに来てくれたと分かったのか、ふああと欠伸をし、眠くはありながらもゆっくりと体を起こす。
「おはよう……」
「ベル様。お着替えの手伝いをしてほしければ手伝いますが、どうなさいますか?」
「いい……着替えたらリビングに来るから、朝ご飯の用意しておいて……」
「かしこまりました」
ペコリと。一礼をした後にノエルはベルの部屋を後にしようとするが、微かにベルが二度寝てしまわないか不安があった。
そんなノエルの不安を他所に朧な瞳ではありながらもベルは着替えを始めたので、ひとまず大丈夫だろうと結論付ける。
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「さて、一重に朝ご飯と言っても何を作ればいいのか」
ガチャリと冷蔵庫を開けると、オレンジやぶどうを始めとするいくつかのフルーツを見つける。
「いや、流石にフルーツをこのまま出すだけってのはね」
ないないと。
自問自答をしながらノエルはガサガサと物色をしていると未開封でまだ日付が新しいホットケーキミックスを見つけた。
「おっ、コレいいね。よし、それじゃあ今日の朝ご飯はホットケーキに決定っと」
そうと決まればノエルの行動は早かった。
ボールに卵と牛乳を入れ、かき混ぜると。次にミックスを加え、軽く混ぜる。
そうして、生地を完成させるとフライパンを少し温めると。少し高い位置から落とすように生地を熱せられたフライパンへと入れ込み。ホットケーキを作り上げていく。
「ひとまず完成したけど、一枚だけでは足りないかもしれないし。生地もまだあるし。作れる限り作るとしましょう」
にひひと笑みを浮かべながら、次々とホットケーキを作り上げていった。
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「おは———」
寝間着から、昨日も着ていた赤いドレスへと着替え終えたベルはリビングに来たのだが、思わず。絶句してしまう。
「あっ、おはようございます。ベル様」
その理由はとても単純なモノで、ノエルが朝から大量のホットケーキを作り上げていたからである。
「あんた……そんなにホットケーキを作ってどうするの?」
「ああ。これは、ベル様がどれくらいホットケーキを食べるか分からなかったので、作れるだけ作ろうと思いまして」
そのように話している間も新たに一枚作り終えたのか、皿の上に新たにホットケーキが追加される。
「そ、そう……」
少なくとも、自分に対する嫌がらせではないことが分かったベルは引きつりながらも笑みを浮かべるが———
「(朝からこんなに食べられるかしら……)」
と不安で、不安で仕方なかったがノエルはベルがそのようなことを思っているなど微塵も察することが出来ず。また一枚新たなホットケーキが出来上がる。
「とにかく、今日はそれだけでいいから。早く朝ご飯にしましょう」
「ベル様がそのように言われるのであれば、すぐに用意しますね」
先程の一枚で、ちょうど生地も使い終えたノエルはそう言うと何枚も重ねられた皿をテーブルへと運ぶ。
遠目からでもたくさん重ねられていることが分かっていたが、近場で見るとさらに圧巻してしまう。
「それと冷蔵庫にぶどうやオレンジ。あとはリンゴがありましたので、そちらも一緒にどうぞ」
ホットケーキに続くようにぶどう、オレンジ。そして、丁寧に切られたリンゴをテーブルへと運ぶ。
「ありがとう」
「いえいえ。それでは」
「ちょっと待ちなさいよ」
この場から離れようとするノエルはベルから呼び止められてしまい。どうしたのだろうと首を傾げてしまう。
「どうかされたのですか?」
「いや、あんたも食べるから。これだけのホットケーキを用意したんじゃないの?」
「いえ。それは、全てベル様の朝ご飯ですよ。それに従者が主と共に食事をするのはあまりよくないと見たことがありますので」
ニコリとした笑みで、さも当然とでも言うように説明をするノエル。
その説明を聞いてベルは納得をしたのか、なるほど言わんばかりの表情を浮かべるが
「いいから、いいから。そんなの。早くあんたも席に座りなさい。そして、このホットケーキを食べなさい」
流石にこの数のホットケーキをひとりで食べるのは無理だと思い、ノエルも朝食に誘う。
「よろしいのですか?」
「いいって言ってるでしょ。あんたも早く席に座りなさい」
ベルからそのような提案が提示されたことが、とてつもなく嬉しかったのだろう。ノエルは身の内だけに抑えることが出来ず。表情に出てしまっている。
「それでは失礼します」
あくまでもメイドであるため、一応。一声かけた後にノエルは席に座る。
「では、いただきましょうか」
「ええ、そうしましょう」
二人はそう言って、手を合わせ「「いただきます」」と合唱をし、大量にあるホットケーキを食べ始める。
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