第四十二話 夜桜の過去 その さん
「バイトって……ノエル。ひとえにバイトと言ってもそう簡単な事ではないんだぞ?」
「父さんの言う通りよ。中学生だからー、とかではなく……バイトって大変なんだからね? それに金庫のお金が半分消えたからって一応、ノエルが学生として生きていくのに必要なお金はきちんとあるんだから」
両親がそのように心配してくれる言葉に対してノエルは「だとしてもね」と返す。
「私もお父さんやお母さんの力になりたいんだ。姉さんのやったことは許せないけど、それでも家族だから追い詰めるような真似はしたくない。あと、仮に姉さんを追い詰めようとしたとしてもすぐに逃げると思う。あの人きっと蛇のように狡猾に逃げ回るよ」
「「ああ、それは確かに……」」
両親が揃って納得をする姿を見て、本当に姉=蛇というイメージが定着しそうになってしまうなと思いながらも話を終えることはなかった。
「それだったら、私もバイトして金庫にお金を入れるよ。失った分をお金を使って取り戻すよりはそっちの方が何倍もいい気がする」
「確かにそれはそうだが……それで成績が疎かになったら意味が無いぞ?」
「うっ……が、がんばるよ……」
これから始まる中学の勉強という未知の学業に対する不安からか、ノエルは目を逸らしてしまう。そんな弱気のノエルに追い打ちをかけるように夜桜母から「頑張るなんて、口だけではどうとでも言える言葉を言われてもね……」と本気で困ったような表情で言われてしまいグサリと胸に槍が刺さったような気分になる。
そんなノエルに助け舟を出すように夜桜父はある提案をする。
「それじゃあ、試しにバイトしてみるか?」
「え!? いいの」
娘であるノエルから星のようにキラキラとした期待に満ちた眼差しを向けられ、嬉しく思ってしまうが「あなた、ノエルを甘やかさないで」という夜桜母の言葉と太陽さえも一瞬で凍りついてしまいそうな冷たい瞳を向けられ、夜桜父の背筋に悪寒が走る。だが、夜桜父は別に甘やかしでノエルのバイトを許可をしているワケではなかった。
「と言っても、バイトというよりは手伝いだがな。父さんの知り合いが経営している孤児院があるんだ。そこで一ヵ月ほど働いて大丈夫なら本格的にバイトを斡旋しても構わない。というのはどうだろうか?」
希望が見えたことからか、ノエルの表情は夜に輝く星のように明るくなっていき対して夜桜母はあまり納得していない様子ではあったが「まぁ、体験をするというのなら……」という感じで半分程は納得しているようであった。
「それじゃあ、明日から一ヵ月ということでいいか? ノエル」
「うん、私は大丈夫だよ!!」
---
父の紹介という経緯でノエルのバイト生活(正確には手伝い)が始まったわけである。
「あの子……また、ひとりぼっちでいるのかな?」
ノエルは黒澄園という孤児院でバイトをしていたのだが、バイトが始まった際に心配事が一つあった。
それはいつもひとりぼっちでいる金髪の男の子についてであった。
初めは海外の子か、あるいはハーフやクオーターといったモノを想像したノエルだが他の職員の人に聞いた所、その子は海外に血縁者がいない真っ当な日本国の人間らしい。
つまる所、その金髪の男の子は真っ当な日本国の人間ということになる。そこはまだいいのだが———
「どうして、毎度ひとりでいるのかな……」
どうしてひとりでいるのか。それについてはなんとなく想像することは出来るが、どうして死者のような生気のない青い瞳で窓の外を見ているのかが気になっていた。
「職員さんに聞いても、あまり答えてくれないし……いったいなにがなんだか……」
悶々と考えながらも、バイト先である黒澄園に着いたノエルはすぐに着替えようと思い、更衣室へと向かうと見たことのない夜の闇のように黒い髪に朱い月のように赤い瞳のシスター服を身に纏った女性が竹箒で掃除をしていた。
向こうもノエルの存在に気が付いたのだろう「あら、あなたは……?」と困った様子でコチラを見ている。
「えと……少し前にコチラでバイトをさせて頂いております。夜桜ノエルといいます」
名前を聞いて納得をしたのか、ポンと手の平を叩くと「ああー」と声を洩らす。
「夜桜さんの娘さんですね。お父さんとは懇意にさせて貰ってますが、元気にされていますか?」
「父の知り合いなのですか?」
「ええ、少し前にいろいろと……」
うふふと不敵な笑みを浮かべるが、どういうわけかノエルはこの女性に対して警戒心を抱かずにはいられなかった。
「ああ、そういえば私はノエルさんのコトを知っていますが、ノエルさんはまだ私の事を知りませんでしたね」
肝心な事を思い出した女性はすみませんと謝罪をしながらスカートの裾を摘まみ優雅に自己紹介を始めた。
「初めまして、夜桜ノエルさん。
私の名前はシスタークロア。西にある国でイヴという神様を広めている活動をしています。そのこともあってか、みなさんからは聖女様なんて呼ばれていたりもするんですよ?」
「はぁ……」
西の国の事なんて詳しく知らないノエルはそのように間の抜けた声を出すしかなかったが、ひとつだけ気になることがあった。
「あの……西にある国で活動をしているのなら、どうしてこの日本国にいるのですか?」
ノエルの疑問は当然であった。
西にある国で布教活動をしているのなら、どうしてこの極東にある島国。日本国にいるのは不思議でしかない。
「イヴ様からの啓示なんです」
「はい……?」
「信じられないかもしれませんが、私は神様であるイヴ様の声が聞くことが出来るんです。もちろん気軽に会話することや私から語りかけることは難しいですが、イヴ様は私にこのような啓示をされたのです。『日本国に困っている子供たちがいる。だから助けなさい』そんな声が聞こえたので、私はこの極東国に訪れ黒澄園という孤児院を設立したのです」
素敵な笑顔でフフフと笑いながら、そのように説明をするシスタークロア。
動機は神の声という不可思議なモノではあるが、子供たちを助けたいから孤児院を設立したというのは立派ものだ。
「ものすごく立派ですね」
そう———立派なことだ。普通の人間には出来ないことだ。なのに、どういうワケかノエルはこのシスターのことを信じることが出来なかった。先程話したことの他に何かあると猜疑心が叫んでいた。
「フフフ、ありがとうございます。では、私は別の場所を掃除しますのでこれで」
「あ、あの。その前に一ついいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「あの、この孤児院に金髪の子がいますよね? あの子の名前とかクロアさんは知ってますか?」
ピクンと。シスタークロアは反応をしたかと思えば、先程と同じようにフフフと笑う。
「残念ながら私は忙しくて、どのような子がいるのかきちんと把握していない節があるのです。他の職員の方に聞けばいいかと……では、今度こそ」
「はい、分かりました」
その会話を最後にシスタークロアは今度こそ、別の場所へと移動した。
シスタークロアがこの孤児院の設立者ということは彼女が一番この施設の院長と見て、ほぼ間違いないだろう。
それなのに施設の子のことを把握していないなんてことがあるのだろうか?
そんな疑問を抱くと同時にノエルの身の内にある猜疑心がより強くなっていく。
「早く準備しなきゃ」
そう言って切り替えようとしながらも、夜桜ノエルは覚えている。
彼女———シスタークロアの後ろ姿がまるで全てを闇へと包み込む黒い太陽のように見えたことを。
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