第六十四話 これからもあなたと共に


「全く、フウアの奴にも呆れるわ」


「あはは……」


 朝食を終え、掃除、洗濯、昼食の用意と様々な家事を終わらせたノエルはおゆはんの用意をするために風坂市にあるデパート、木枯らしへと買い物に来ていたのだが、朝のこともありフウアとは一緒にいたくないのか、今回はベルも同行していた。


「確かにおふざけとはいえ、フウア様がやりすぎたのは分かります。ですが、ベル様を起こそうとしていたことも事実なので……えと、フウア様をあまり怒りすぎないようにしてもらえると嬉しいです」


 自分が起こせなかったという罪悪感もあるのか、ほんの少し苦い笑顔でベルにお願いをすると、ため息をつきながら「仕方ないわね」とノエルのお願いを聞き入れた。


 そんな主にホッとしながらも、買い物を着々と進めていると「おや? そこにいるのは」という聞き覚えのある男の声が耳に入る。


 右目が青。左目が緑の虹彩異色オッドアイに眼鏡という他にはあまり見ないであろう天空教会の神父ライブラであった。


「おや、こんばんわですね。お二方」


「ライブラさん」


「げっ、出たわね。エセ神父」


 ベルからエセ神父と呼ばれたのが気に食わなかったのか、温厚な彼にしては珍しく「似非ではありません。正真正銘の神父です」とほんの少しだけ、ムッとした表情でベルに反撃をするように言う。


「まったく……どうして、ベルさんは私の事をそのように言うのですか?」


「いや、確かにあんたもエルシアやその同業と同じようにアリア教所属の者だというのは分かるんだけど……なんか嘘くさいのよね。その虹彩異色オッドアイのせいかしら」


「瞳の色で差別しないでもらえますかー?」


 ベルの言動で少しずつではあるが、再び怒りを見せてくるライブラ。そんなライブラの怒りを爆発させる前にノエルは「ラ、ライブラさんはどうしてこんな所に?」と焦りながら質問をする。


「シスターエルシアと頑張っている理亜君に選別をと思いまして、ドーナツをいくつか買って帰ろうかと」


 微笑みながら、ライブラが見せてきたのはドーナツ店として有名なBLUEブルーASTRALアストラルのブランドのロゴのある袋であった。


「理亜くん……あの、ライブラさん」


「水瀬さんなら、今はシスターエルシアの教えを受けている所ですが」


 ノエルの問いかけに対して、先回りをするように答えるライブラ。


 だが、ノエルが聞きたいことは他にもあった。


「あの、ライブラさん。今更ではありますが理亜くんはどうして天空教会に?」


 彼が幸せに暮らしていたことを知れて、安心したのは事実だが、どうして彼が天空教会に訪れていたのか。その部分について謎のままであったことを思い出した問いかけるノエル。


 だが、その問いかけに対して、ライブラはどのように答えようか悩むようなそぶりを見せる。


「彼がどうして天空教会に訪れたのか……それについて、答えるのは申し訳ないですが私からは出来ません」


「そうですか……」


「ですが、彼は彼の目的があって我々の所に来ました。そして、望みを叶えるために」


「望み……ですか?」


 その望みとはいったいどのようなものなのかと聞こうとしたノエルだが、それを阻害するように「BLUEブルーASTRALアストラルの……ドーナツ……」とじゅるりと口から溢れ出た唾液を垂らすベルが言葉を紡ぐ。


 先程は似非神父などと言われたが、流石に知り合いのそのような姿を見て、このままさよならというわけにはいかないと思ったライブラは袋の中から、一つだけドーナツを取り出す。


「はい、もしよければどうぞ」


「いいの!?」


「ええ、ただし。もう私の事を似非神父なんて言わないでくださいね」


「うん!! 分かった!!」


 ベルが肯定したことで、契約が受理されたと認識したライブラはベルにドーナツを渡す。


「ライブラ、ありがと。BLUEブルーASTRALアストラルのドーナツってどれもおいしいのよね」


 ライブラから渡されたドーナツを早速口にしたベルはとても私服に満ちているものであった。


「ん~!! やっぱり、おいしい~!!」


 まるで、ドーナツの甘さに酔いしれているように甘美な表情へと変化していく。


「ベル様、本当に幸せそうですね」


「もしよければ、ノエルさんもどうですか?」


「そ、そんな悪いですよ」


 申し訳ないと思ったのか、ノエルは両手をパタパタと振りながら否定の意思を見せるが「いえ、ドーナツはまだありますから」とライブラも引く様子が無かったため、ノエルは申し訳ないと思いながらも受け取ることにした。


「そ、それでは頂きますね」


 ドーナツを頂けるのは嬉しいが、ほんの少し申し訳ないという気持ちもあるからか、その表情には翳りが見受けられたが———


「お、おいしい……」


 BLUEブルーASTRALアストラルのドーナツを食べてからはその翳りも無くなり、ベル程ではないが、ノエルもドーナツのおいしさに酔いしれているように見えた。


 また、そのような感想を聞くことが出来て嬉しかったのかライブラは嬉しそうに笑っていた。


「それでは、そろそろ私は天空教会へと戻りますね」


「はい、ライブラさん。ドーナツ、ありがとうございました」


「いえいえ。それでは、ミス・ノエル」


 その言葉を最後にライブラは天空教会へと帰って行った。


「ベル様、私たちも帰りましょうか」


「ええ、そうね」


 ---


「それにしても、ベル様は吸血鬼なのですよね?」


「そうだけど、今更なによ」


 木枯らしにて買い物を終え、屋敷へと戻る最中にノエルはベルに対して、そんな問いかけをするが、その問いかけ事態が不服なのか、ベルは分かりやすく頬を膨らませる。


「いえ、何と言いますか。御伽噺の吸血鬼ってもっとこう……人の血を啜り、快楽を得るような恐ろしいイメージがありましたので……」


「ああ……」


 そのように思うのも仕方がないとベルは心中で呟く。


 事実として、人を襲い、人を喰らい、人の命で遊ぶ吸血鬼というのは存在する。そのような者たちがいたからこそ、世に生きる人々は吸血鬼は恐ろしいというイメージを抱いているのだろう。


「でも、ベル様って血を吸いませんよね? 確か王族吸血鬼でも血を吸わないといけないと聞いたのですが」


 ノエルの言う通り、王族吸血鬼も一定期間血を吸わないと弱体化は免れない。だというのに、ベルが血を吸ったのは舞踏会に乱入してきた貴族吸血鬼と戦ったあの一度だけだ。


「確かにね。けど、今のわたしは例外みたいなものね。今のわたしは常闇の悪魔に力を奪われているから、そのような行為をしなくていいのかも。実際、力の増減をあまり感じないし」


 手のひらの開閉を繰り返し、全力時の自分の力とは大きくかけ離れていることにベルは悲哀に満ちたため息をつく。


「けど、もし血を吸われたいっていうなら。いつでも受け付けてるわよ」


 舌をペロリと出し、魅惑な雰囲気で吸血鬼らしいことを言うベル。


 かつてと同じようにまた怖がるのだろう。そう思ったベルだが


「はい、私もいつでも構いませんよ」


 ニコリと。夕焼けでもはっきりとわかる笑顔で予想外の言葉を語るノエルに思わずベルはキョトンしてしまう。


「え……いいの? あんた、前は怖がってたじゃん……」


「それは、出会ったばかりの頃だからですよ。出会って間もない相手に血を吸わせてくれなんて言われたら怖いに決まってます」


 キョトンしているベルにノエルは呆れてしまうが、すぐにニコリとした笑顔に戻る。


「ですが、今は違います。確かにベル様は吸血鬼かもしれませんがカワイイ女の子でもあります」


「か……カワイイって……」


 吸血鬼とはいえ、そのように言われるのは慣れていないのか、その羞恥から逃れようと顔を俯かせるが、逃がさないとでも言うようにノエルはベルの正面にしゃがむように座る。


「私の血でよろしいというのであれば、いくらでも差し上げます。ですので」


 人差し指の一部を歯で齧り、流血させたノエルはベルの口へと入れ込んだ。


 舞踏会の乱以降に飲んだ久方ぶりのノエルの血。甘くて、蕩けそうで、体に熱を帯びてくるのが嫌というほど分かる。特別な血。


「ですので、これからもよろしくお願いします。ベル様」


 これからもメイドとしてあなたと共に生きていきたいというノエルなりの誓いの言葉。まるで結婚式の指輪の受け渡しのようで、柄にもなくドキリとしてしまったベルはノエルに聞こえないように小声で「そんなこと言わなくても、わたしこそ一緒にいたいわよ……」と本音を漏らす。


 けれど、メイドがこうして誓いの言葉を述べているのだら主である自分もそれに応えようと思った。


「うん、これからもよろしくね。ノエル」


 夕焼けの光に照らされながら、メイドの誓いに応えた吸血姫。


 後にこの光景を見たメイドは語る。僅かな瞬間ではあったものの、主の髪の色が美しい金と銀が折り重なったものであったと。


「それじゃあ、帰りましょうか。ノエル」


 金色の髪の主に声を掛けられ、我に返ったメイドは「はい、そうですね」といつものように返す。


「ところで、今日のおゆはんはなにかしら?」


「ベル様要望のすき焼きですよ」


「本当!? やったー!!」


 吸血鬼の主と人間のメイド。


 本来なら手を取り合うことが無かった者たちが手を取り合い、この世界を———いや、彼女たちの日常を生きていく。


 明日も。これからも。

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吸血鬼と夜桜な日々を シオリ @shioli-nanamiya

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