第3話: そうだ、お土産を持って帰ろう(善意)


※聖女から遠ざかった

※やっぱり頭蛮族だった



※グロ描写あり、注意要


――――――――――――――――――




「──お仕事、貰う」



 その言葉と共にギルドへやってきた女を見た時……失礼な話だが、室内にいた誰もが言葉を失った。


 色々と理由はあるのだが、何よりも……ギルド内に居た誰もが、その女性を見た事が無かったからだ。



 ……だが、誰もが、その女性に対して『どちらさま?』とは尋ねなかった。



 理由は、言うまでもない。とはいえ、あえて語るならば……デカかったからだ。


 そして、誰しもがデカい彼女を見てウロロだと気付いていたが、声を掛けられなかった……その理由は、他でもない。



 ──純粋に、姿を見せた彼女がエロかったからだ。



 具体的には、彼女の恰好が前回とは異なっていた。


 蛮族スタイルから、町娘が着るような簡素なワンピース。その上から、小さなコルセットで腰回りをキュッと締め付ける……酒場の娘などが良くやる恰好である。


 それだけを見ればまあ、この町に馴染む格好になったなと思うだけだが……問題は服ではなく、彼女のスタイルにあった。


 これまで幾度となくデカいと評価されていた彼女のお胸。


 以前の、動かないようキツク締め付けていただけの蛮族スタイルの時ですら、傍目からも分かるぐらいに外見からして大きかった。


 それが、どうだ。


 酒場娘スタイル……すなわち、胸周りがゆったり(その分、腰回りを締め付けることで強調する)な格好になったことで、さらにその大きさが強調されているのだ。


 その迫力、もはや富士山のごとし。


 歩くどころか、呼吸するだけでゆったりパイが緩やかに上下するぐらいなのだ。つまりは、そんな状態で受付まで歩き出せば……そりゃあもう、たゆんたゆんである。


 加えて、尻もヤバい。


 見た目からしてゆったりとした作りなので、よほど強調するようなポーズを取らない限りは目立たないのだが……どうやら、彼女のボディに対して些かサイズが小さかったようだ。


 膝が少しばかり隠れるソレでは、デンと張り出した尻の形が薄らと確認出来る。長いコンパスの動きにつられて、フリフリと尻も動いて……もうコレ、アレだ。


 むちっ、むちっ、だ。


 まるで、男向けのウス=異本に登場するような、ありえないぐらいに長身胸デカケツデカな美女がそのまま現実に現れたかのような……で、だ。



「受付さん、お仕事、ください」

「は、はい、よ、ヨロコンデー!!」



 己を見下ろす……思わず気恥ずかしさすら覚えてしまう美貌を受けて、受付のメアリー(独身19歳)は声色が裏返ってしまった。



 いったい、どうして? 



 答えは、己を見下ろすウロロの顔が……前回よりもはるかに美しく、それでいて優しく微笑んでいたからだ。



 ……彼女が『星屑の宿』にて身綺麗になったというのは、人伝に聞いていた。



 だが、ここまで様変わりしているとは、メアリーもそうだが、この場に居る誰もが耳にしていなかった。


 くすんだ茶色をしていた髪は、まるで黄金を溶かして束ねたかのような美しい金髪に。そして、無頓着だった顔も、生まれ変わったかのように整えられている。


 薄汚れていた身体は陶磁器のようになめらかで、ボロボロだった衣服(布きれ? 葉っぱ?)は、職人の手で作られた衣服に変わっている。


 メアリーに限らず、誰も彼もが驚くのは当たり前だろう。


 なにせ、彼女が一般的な体格であったならば、誰もが別人と思う程に様変わりしていたのだから。


 しかも、なんか超良い匂いがするのだ。


 香水かとも思ったが、違う。


 同性であっても、思わず目を向けてしまうような、そんな甘い香りを漂わせていて……思わず、メアリーの声が上擦るのも仕方がない事であった。



「え、えっと、今日は色々と依頼が来ておりますが、何かご希望はあるでしょうか?」



 でも、そんなメアリーだったが。



「拳で」

「え?」

「拳で、出来るやつ」

「……ああ、はい、わかりました」

「あと、肉」

「え?」

「大きいやつ、肉、いっぱい」

「……え、えっと、いちおう信用問題もありますので、ご期待の仕事が必ずしも受けられるとは限りません」

「それじゃあ、拳で」

「と、とりあえず、少々お待ちくださいませ」

「わかった」



 見た目が変わっても、機嫌良さそう微笑んでいても、中身は全く変わっていないんだな……と思った瞬間、ちょっと冷静になれたのであった。








 ──なんだろう、村を離れてから初めて、人らしい生活に浸れている気がする。



 ギルドを出て、その勢いで町の外に出て……受けた仕事をこなしながら、彼女は何とも言い表し難い満足感を覚えていた。


 熱い風呂に浸かるなど、何時振りだっただろうか。


 良い匂いのする石鹸なんて、前世以来だ。


 ましてや、前世の食事にも匹敵するような美味しい晩御飯なんて……何度思い出しても、思わずうっとりしてしまうぐらいだ。



『そこらへん、どう思うかな、ゴブリンくん』



 なので、そんな内心の感動を抑えきれなかった彼女は、たまたま己と戦っている眼前の……ゴブリンに話しかけた。



 今回、彼女が受けた仕事は二つ。



 一つは、現在進行形で進めている、『ゴブリンの討伐』である。


 彼女にとって、ゴブリンなんて、『臭いしすばしっこいし気付いたら増えているし、獲物を横取りしようとするゴミカス』程度の認識である。


 もっと具体的に注釈を入れるなら、『食べる所が少ないうえに、肉が臭いだけでなく、そもそも身体全てが不潔過ぎてヤバい』という、捨てる所しかない相手でしかない。


 だが、そう思っているのは彼女ぐらいであり、この町……というか、一般的には異なった扱いが成されているようだ。


 簡潔にまとめると、人間にとってのゴブリンは、全長約6,70cm程度の『害獣』らしい。


 人間ほどではないが知恵が働き、集団で行動する。単体ではそこまで恐れる相手ではないが、ゴブリンはとにかく繁殖力に優れているのが厄介らしい。



 つまり、放っておくとドンドン増える。



 そして、ゴブリンは何でも食う。畑に入り、村を襲い、街道を行き来する人たちに集団で襲い掛かるなんて話は古今東西掃いて捨てても足りないぐらいにある。


 そのうえ、その旺盛な食欲のあまり、同族すら腹を空かせれば食べてしまうこともあり……それが、随一と言われる繁殖力を支えているのだとか。



 ゆえに、世間一般的には、だ。



 食える食えないは別にしても、見つけ次第駆除するのが常識であり、数が増えれば増えるほどに厄介な存在……それが、ゴブリンなのであった。


 ……ちなみに、『 』の言葉はあくまでも翻訳したモノであり、実際は『グギャグギャ!』とか、『ウロロ!』とかだったり……話を戻そう。



『──た、助けっ』

『あ、駄目、お前の死が私のご飯になるのだから』



 恐れ戦いて逃げようとするゴブリンの頭に、振り下ろされるメイス──の、ようなナニカ。


 そう、それは、あまりに巨大であった。


 メイスには付き物とも言える、皮膚を裂いて肉を潰して骨を砕く鉄球も、重しも、なにも付いていない。


 ただの、野太い鉄の棒。ただし、常人ならば振り回すことすら難しい重さの……鉄塊が如き冷たい凶器であった。



(……これ、いいな! 汚れても洗えるし、けっこう頑丈だし、細いけど硬いから振り回し易い!)



 そして、そんな重量級の装備を、まるでタオルの皺を取るかのような気軽さで振り回している彼女は……思いのほか使いやすい手応えに、にんまりと笑みを浮かべていた。


 どこでそんなものを手にしたのか……それは、ギルドにて『餞別だから、次からはコレ使ってね』とお願いされ、渡されたからである。



 何故かって? 


 それは、それまで使っていた武器の替わりだ。



 彼女は今まで知らなかったのだが、どうやらかなり貴重な物だったらしく、価値に気付いたギルドから『是非とも引き取らせてくれ!』と懇願されたからである。


 彼女としては使い古した武器だし、使っていたらそのうち壊れてしまう程度のモノである。


 ぶっちゃけ、アレのせいで周囲に誤解を与えていたのでは……とすら、ちょっと考えていたぐらいだ。


 色々と使い道があるらしいが、あいにく、彼女がアレを使いこなせることは出来ない。


 むしろ、交渉術なんて欠片も覚えのない己が持ち続けたら、それはそれで欲にかられた者たちから追い回されそうな気さえしてくる。


 それに、ギルドもそうだが、色々と世話になっているのだ。


 そこまで欲しいのならばとタダで譲ろうと思ったが……それはマズイと言われた結果、替わりに渡されたのが、この鉄棒であった。


 これがまあ、かなり使い勝手が良い。


 特に、ゴブリンのような雑魚を相手にする時は、本当に楽だ。


 細くて軽いけど、それでも仕留めるには十分な強度だから、適当にぶん回しているだけで勝手に死体が積み上がってくれる。



(う~ん、しかし、討伐の証として耳を持って行くのは面倒だな)



 あとは、討伐の証も何か楽な手段が見つかれば良いのだが……まあ、それはワガママだろう。


 とりあえず、無いモノ強請りは良くないと思った彼女は、ブチブチとゴブリンの耳を引き千切りつつ、次のゴブリンを探しに森の奥へと進んだ。



 いったいどうして……それは、彼女が受けた二つ目の仕事。



 最近、商人などから目撃されるようになった、『オーガの調査』である。


 オーガとは、ゴブリンやオークに並ぶ、特に人類との生存圏がぶつかり合う敵対生物(つまり、モンスター)だが、他の二つとは明らかに異なっている部分がある。


 それは、オーガは他の二つに比べて、圧倒的に危険性が高いということだ。



 まず、見た目は、オークとそう変わらない。



 せいぜい牙と角が生えていて、より凶悪そうに見えるぐらいだが……実際に戦ってみると、その違いは嫌でも理解させられる。



 次に、力が強い。



 特殊な筋肉で構成されているのか、ファンタジー理論特有のガバガバさが理由なのかは不明だが、発揮されるパワーが明らかに強い。


 似たような体格、似たような太さであっても、オーガと組み合ってしまったオークが、そのまま絞られた雑巾のような姿にされてしまったという逸話があるぐらいだ。


 子供のオーガですら、大人のオークに匹敵するという俗説が広まるのも、当然の話だろう。



 加えて、けっこうオーガは賢い。



 基本的に本能に忠実であるゴブリンやオークとは違い、オーガは必要に応じて道具(まあ、丸太とか岩石とかだが)を使う事がある。


 また、分が悪い、あるいは、損得を判断する知能を有しており、時には一斉に退却するといった事例も報告されている。



 つまり、オーガは良い意味(人類にとっては悪い意味だが)で臆病なのだ。



 なので、これまた基本的にオーガは人前に姿を見せないし、見せる時は相手を逃さないような状況にしてから出て来る。


 そう、オーガは他の2体とは違い、観察する。


 観察し、相手の情報を集め、勝てる可能性が高いと確信を得てから前に出て来るのだ。



 これが、どういうことか? 


 それは、人前に出てきた時にはもう遅いということだ。



 なにかしらの罠を張るのは稀らしいが、それでもなお、勝てると確信を得たうえで動いている。


 なので、だいたいの場合オーガと遭遇した時点で、人間側が後手に回っている可能性が高く……最悪、不意打ちを食らって全滅してしまうことも起こりえるわけだ。




 ──ゆえに、対オーガ戦では先に動きを抑えておくのが重要である。




 単純なフィジカルではどう足掻いても勝てない以上、人間は頭を使って戦う。


 そして、オーガも大なり小なり、『人間は思いもよらない事をする』といった感じで、その頭を警戒している。


 なにかしらの理由から生存圏を追われてきた個体ならばともかく、だ。


 たまたま縄張りを広げようとしていた個体であれば、『ああ、ここは人間の縄張りか』と、だいたい諦めてくれるわけで。


 人間からすれば、オーガを放置するとヤバいことになるので、情報を仕入れておきたい。場合によっては、追い払いたい。


 オーガからすれば、下手にちょっかいを掛けると面倒な事になるし、どうしようもない状況ならともかく……あるいは、だ。


 互いが相当に接近してしまい、武器を向けて攻撃してしまった場合を除けば……リスクはあるものの、よほどのミスさえしなければ戦闘も起こらない……それが、オーガの調査なのであった。






 ──だが、しかし。



『あ、いたいた』

『え?』



 この日、この時……たまたま森の中で人間と遭遇したオーガは、突如現れた人間の女……女(?)を前に、思わず足を止めた。


 それは、驚いたから……だけではない。


 足を止めた最大の理由は、理解する事を脳が拒んだからだ。


 いきなり目の前に現れたドラゴンを前に、現実を拒んで思わず呆けてしまう人間と同じく。


 オーガもまた、理解を、己の身に降りかかった現実を拒んでしまった……だが、それを責めるのは些か酷というものだ。



(え、ちょ、え? 何コイツ、人間の女? なんかデカくね?)



 なにせ、女はデカかった。


 人間の中には自分たちに匹敵するデカいやつもいる(あくまで、噂話程度だが)が、女で己と同じくらい……加えて、それよりもヤバい事実が三つ。



(なんでコイツ、血まみれ? どうして? 殺してきた? いっぱい?)



 一つは、女の全身が血に塗れているということ。



 その手に持った武器もそうだが、まるで頭から血を被ったかのように酷い。そして、たった今浴びて来たかのように、全身がホカホカと湯気が立っているように見える。


 いったい、どれほどに殺しまわって来たのか……思わず目を向けてしまうぐらいの血の臭いに、オーガは無意識のうちにギュンと心臓の鼓動を跳ねあげさせた。



 二つ目は、女がなんの武装もしていないということ。



 持っている武器は別として、だ。


 オーガが知る『人間』というのは、様々な物で身体を守り、脆い身体を補う……そういう器用で小賢しい事をする生き物だったはずだ。


 なのに、この女は身を守っていない。


 血まみれのソレは、オーガが見る限り……肌を隠すだけの、ただそれだけのためのモノ……にしか見えない。



 ……それはつまり、だ。



 この女は、そんな軽装でこんな場所まで来られるだけ強いということ。


 それも、隠れ潜みながら来るのではなく、目に付いた相手を片っ端からぶちのめしてくるような人間だということだ。



 そして、最後の三つ目は……女から感じ取れる気配だ。



 奪い奪われる相手から感じ取れる類ではない。もっと大きく、もっと凶悪で、もっと無慈悲で……その瞬間、ようやくオーガは理解した。




 この気配は──アレだ、竜だ。




 それは、はるか昔……オーガの遺伝子に刻まれた、オーガという種族が大地の覇者だった時の記憶。オーガたちの間で密かに伝えられている、古の戒め。



 ……遭遇した竜の機嫌が悪かったのだろうが……言い伝えられているその話は、むごたらしい内容であった。



 逃げようにも、空を飛びまわる竜を前には逃げ切れない。


 かといって、なんとか落として攻撃に移ろうにも、その度に吐かれる炎の吐息によって、戦士たちは次々に燃えカスへと変えられていった。


 炎を掻い潜って近づいても、炎と共に吐かれる『不思議な臭いのする毒』によって、素早い身のこなしの戦士たちがもがき苦しんで死んでいく。


 それでもなお耐えて、降りてきた竜に飛びかかったが……自分たちの爪や牙や拳では、固い鱗にヒビを入れることすら出来なかった。


 逆に戦士たちが噛み砕かれ、薙ぎ払われ、踏み潰され、次々に命を落としていった。腹が膨れたことで満足した竜がその場を後にしなかったら、オーガは全滅していただろう。



 ──それが、オーガに伝わる戒め。



 『竜には手を出すな』、今もなお受け継がれている、根源的な恐怖。今では実際に戦った者すらほとんどいないのに、なおも残っている……遺伝子の記憶。



『あ~、なんだ若いオーガか。オーガは年老いたやつの方が柔らかくて美味いんだよなあ……』

(な、なんだ、この女、いったい……人間、には見えない……だが、姿形は間違いなく人間の女だ……)

『若いやつはなあ、味は悪くないんだけど、とにかく硬いからなあ……叩いて叩いて、柔らかくしないとなあ……』

(もしや、竜!? い、いや、人間だ……しかし、ど、どうして俺たちの言葉を話せて……っ!?)



 しかし──不幸な事に、女と遭遇したオーガは……いや、彼は若かった。


 彼に、もう少し経験があったのならば。竜との戦いでなくとも、時には逃げべきなのだという経験があったのならば。


 この世界には自分たちなど足元にも及べない化け物がいるのだと、受け入れられるだけの歳を重ねていたならば。



『そろそろ、昼食の時間だな』



 彼は暢気に観察などせず、脇目もふらず、全速力で逃げていたはずだった──だが、全ては仮定の話でしかなかった。



『──ぐぁ!? があぁああ!?!?』



 気など、欠片も抜いたつもりはなかった。


 少しも、目を逸らしてなどいなかった。


 なのに、気付けば女が眼前にまで接近していて──振り下ろされた鉄棒を受け止めた腕が、ボキボキと折れる音を彼は聞いた。



 ──それでも、彼はオーガである。



 腕が折れた程度で、心が折れる生き物ではない。瞬時に全身を駆け巡る脳内麻薬によって痛みを消した彼は、女の腕を掴んだ。



(──え?)



 瞬間──彼は、想起した。


 それは……大木であった。


 太い幹は己が両腕を伸ばしても、2割も回らないぐらいに分厚い。それでいて、四方八方へと張り巡らされた根は、まるで大地と一体化しているかのようにビクともしない。



 ──あ、これ無理だ。



 触れた瞬間、彼は理解した。


 見た目こそ己の腕よりも細いが、詰まったパワーが違い過ぎる。


 一目で相手の力を見切るように、一目で格の差を察するように、彼はその腕に触れることで、秘められた圧倒的な力の差を理解させられてしまった。



 ……それでも、だ。



 彼は、オーガであった。


 不幸にも、彼はオーガであった。


 残念な事に、彼は若いオーガであった。


 ここで引いてはならないと、若さ特有の無鉄砲さのままに、彼は女の腕をへし折らんばかりに渾身の力を込めた。



『──え?』



 だが、そうした直後──彼は、眼前に迫る壁にギョッと目を見開いた──瞬間、どちゅん、と視界が激しく暗転した。



 ──激痛、熱い、激痛、熱い、冷たい、熱い、激痛、熱い──これは、地面? 



 いったい、何が起こったのか──それを理解するよりも前に、フッと視界が動いて──眼前にて、満面の笑みで立っている女を見て──悟った。



 ああ、俺は地面に叩きつけられ──



 そこまでが、彼の最後であった。


 振り下ろされた、鮮血で濡れた鉄の棒。それが、べきん、とオーガの頭蓋骨を砕き……彼の命は、そこで途絶えたのであった。






 ……。



 ……。



 …………その日の夕方、たまたま門番の当番となっていた、とある男は……その時の事を、こう語った。




 ──正直言いますとね、その時……俺、小便漏らしちゃったんすよね。


 ──いや、こればかりは俺は悪くないと思うっすよ。ていうか、俺以外にも腰抜かしたやついっぱいいましたから。


 ──そりゃあ、そうでしょう。


 ──夕陽を背に受けたあの姿……正直、どこぞの地獄から這い出てきた悪魔か何かだと思いましたもの。


 ──全身血だらけで、臓物やら何やらがこびり付いた鉄棒を片手に、もう片方の手は……アレですよ。


 ──そう、おそらくはオーガ……だったらしいっす。


 ──あの人曰く、『若いオーガはよく叩いて柔らかくすると美味く食える』らしい……そう、食べるためらしいっす。


 ──そうなんすよ、それを片手で引きずっていたんすよ。


 ──叩かれ過ぎて原形が分からなくなっていた肉塊を。


 ──なのに、肝心のあの人は、鼻歌混じりに両腕を掲げて帰って来たアピールしていたんすよ。


 ──その、ね。


 ──あの人は気にしていないっぽいんで、俺もあえて口には出さないんすけど。


 ──思わず、蛮族が攻めて来たって同僚に呟いた俺は……悪くないっすよね? 




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