第4話: 聖女の片鱗(蛮族仕様)

※ちょっと暴力的な描写あり


ようやく、聖女の片鱗が見え隠れします



―――――――――――――――




「お客様……ええ、お客様の御事情はお伺いしておりますので、こちらとしても出来うる限りは配慮したいとは考えております」


「はい」


「一線を越えるような事ではない限り、一度は多めにみようと思っております。知る機会がなかったのですし、お支払はちゃんと行ってくださいますので」


「はい」


「ですので、しっかり覚えてください」


「はい」


「如何なる理由であろうとも、血で汚れた身体で当宿への立ち入りは禁止します。まず、どこかで血を落としてから来店くださいませ」


「はい、ごめんなさい」


「いえいえ、間違いは誰にでもあります。ですが、くれぐれも二度目は無いようにお願いしますよ」


「はい、ありがとう、ございます……」




 ……。



 ……。



 …………とまあ、そんな感じで宿の人から激烈に叱られてから……2日後。



(う~ん、未だに夢に出て来るぐらいに怖い……いや、俺が悪かったのだから仕方がないんだけれども)



 それは、そう。


 ぶっちゃけ、悪いのは10割ぐらい彼女の方。


 宿屋に限らず、全身血まみれで臓物の臭いを漂わせている人物なんて、普通は町にすら入れて貰えないのが当たり前である。



 他の冒険者や、猟師や獣等の解体業? 



 そういう人たちであっても限度というものがあるし、彼女のような有様になることなんてまず起こらない。


 仕事柄、獣の臭いや血肉の臭いが付きやすい猟師や解体業の人でも、人前に出る時は水浴びなり何なりをしておくのがマナーだ。


 もちろん、状況的に出来ない場合(急な呼び出しなどで)はあるので、場合によるが……彼女の場合は、ただのマナー違反でしかないので、怒られるだけで済んだからマシである。


 そうして、100点満点の結果に終わらないまま、たっぷり1日休んで疲労を身体から抜いた彼女は……ふと、思い至る。



(──イカン、考えてみると、この宿での生活は心地良いが、何か起こると途端に破綻する崖っぷち生活じゃないか)



 それは、宿暮らしって続けるとマジで金が貯まらんよな……という、切実な話であった。



 なにせ、彼女が止まっている宿は『星屑の宿』。


 現代で言えば一泊何万もする高級ホテルであり、宿代だけで月○○○万円は掛かっているという計算になる。


 いくらこの世界の金銭の価値に疎いとはいえ、そういった感覚は前世の記憶があるので嫌でも分かり……そして、察してしまう。



 たとえるなら、今の暮らしは得ている給料を毎月全部使い切っているような状況だ。



 幸いにも彼女自身は健康体であり、怪我も病気も無縁な生活を送っているが……今後もそれが続く保証は何一つない。


 オーガを討伐した事で追加報酬を得てはいるが、そう何度も美味しい仕事にありつけるかと言えば、そんなわけがない。


 いくら理屈ファンタジー世界とはいえ、毎日のように高額報酬の依頼が出ているわけではないし……かといって、そう易々と宿を変えられない理由もある。



 それは、この町の何もかもが、彼女にとって小さいせいだ。



 そもそも、彼女が『星屑の宿』を選ぶことになったのは、はっきり言うと風呂だ。彼女の体格でも入れる風呂が、ここにしかないからだ。


 あとは、彼女のような駆け出し冒険者が利用するような安宿には、彼女の巨体に合う風呂はおろか、ベッドもない。


 いや、というか、下手すると部屋が狭すぎて、非常に窮屈な暮らしになる可能性さえある。


 前に、建物の外から何度か確認したが、『どれも狭くて小さそうだな……』と思ったぐらいなのだから、中の広さもお察しだろう。



(外で寝る……う~ん、そういうのは止めてくれってギルドから言われているしなあ……それに、砂埃だらけでは、また怒られそうだし……)



 かといって、『星屑の宿』はなあ……サービスその他諸々は間違いなく満足満点なのだが……なんといっても、金が掛かりすぎるのが……なあ。



(街の外に……う~ん、ある意味それが楽なんだろうけど、襲われない環境で寝られるってのは失い難いし……)



 と、なれば、やはり。



(とりあえず、ギルドに相談しよう)



 困った時のギルド……何か有れば相談してほしいと言われていたことを思い出した彼女は、よいしょと大きなお尻を起こすのであった。






 ──そうして。


 ギルドにて挨拶もそこそこに、お金が貯まらない云々の話を、受付にいたメアリー(独身19歳)へと話した彼女だが。



「あ、それならいちおう広い物件はありますよ。ウロロさんでも十分寛げる広さの家付きで」

「──なん、だと」



 まさか、あっさり解決策が提示されるとは、さすがの彼女も想定していなかった。



 とはいえ、だ。彼女は、内心にて警戒した。



 前世でもそうだったが、このファンタジー世界でもそう。うまい話には裏がある、本当にうまい話はわざわざ外には漏れない。


 外に漏れるうまい話なんてのは9割9分9厘、それを成功させたとしても、それで得られる利益の何倍もの利益が大本に流れるようになっているという前提があってのうまい話に過ぎない。


 言い換えれば、外に漏れてきたうまい話なんてのは仮初のうまい話なのだ。


 大本は寝て待っているだけで勝手に利益が転がり込んでくる話であって、その際に発生するリスクを全て相手に背負わせる……仮初のうまい話というのは、そういうモノなのである。



「……なにか、ある?」



 だからこそ、彼女は率直に尋ねた。


 ここで下手に誤魔化されるならば、今後は如何なる理由であっても、ギルドはそういう相手だと扱う必要がある。


 最悪、ギルドから距離を取るか、この町を離れて別の……それを視野に入れる必要もあるだろうなと、彼女は思った。



「はっきり言いますと、悪霊ゴーストが居付いておりまして……」

「え?」

「この悪霊、相当に厄介なやつらしくて……今まで神官の皆様方が何度か除霊を試みているのですが、未だに退治出来ず……」

「……え?」



 しかし……ここで、またもや想定外の話を出されて、彼女は困惑した。


 だって、悪霊である。


 いや、ファンタジー世界なのだから、そういうのが居ても不思議ではないとは思える。


 ただ、実際に居ると言われて、ああそうなのかと納得出来るほどに彼女はそういう存在を見た覚えが……というより、だ。



「……悪霊?」



 思わず、彼女は聞き返した。


 だって、彼女は今まで悪霊の類を見た覚えが一度としてない。それらしいモノすら、ない。


 己がこれまで生きてきた場所では、そういう見えも触れもしない存在を気にして動いていたら、あっという間にモンスターの胃袋の中だ。



 考えるよりも前に、殴る。


 考えるよりも前に、走る。


 考えるよりも前に、逃げる。



 それが全てであり、それが出来ないやつから食われていく。


 もちろん、まったく考えないのは駄目だが、知恵というのはだいたいフィジカルを前提としている以上は、そうなってしまうのだ。



「もしかして、ウロロさん……悪霊を見たことが?」

「ない、どうすればいい?」



 だからこそ……培ったフィジカルでは太刀打ちできないかもしれない相手を前に、彼女は素直に対処法を尋ねた。


 ここは、人の領域。全て己でどうにかしなければならない、大自然の掟の中ではない。


 己よりも頭の良い者たちがゴロゴロ居ると分かっているのに、それを活用しない手はない。


 変に意地を張って自分一人で解決しようとするようなプライドを持ち合わせていない彼女は、頭を下げる事に躊躇などしなかった。




 ……で、悪霊に関する説明を要約すると、だ。




 悪霊というのは、いちおうはモンスターの一種とされている。


 どうして断言出来ないのかと言えば、そこらへんは宗教的な理由が絡んでいるらしい。


 あとは、単純に『悪霊』という存在そのもののメカニズムがほとんど解明されていないから。


 分かっているのは、悪霊を倒す方法と、よほどの例外を除いて一定の範囲にのみ出現し、そこから動くことがないということ。


 言い換えれば、出現する場所さえ分かっていれば、そこに近寄らなければ安全であるために、誰も調査をしようとしないのだという。


 なにせ、悪霊が出現する場所は、人の手が離れて久しい廃墟や、大勢の死者が出てしまった場所、あるいは、何かしらの原因が存在する場所だ。


 悪霊そのものは倒したところで糧となるモノは何も得られないし、倒すにも通常とは異なる手段や道具を用いる必要がある。


 なので、悪霊が出現しても基本的には放置され、専門家が来るまで封鎖しておくのが……悪霊を見付けた時の対処法であった。



「もし、悪霊が居ても構わないのであれば、この値段で御引渡し致します。もちろん、建物付きで、引き渡した後で建物が破損しても構いません」

「……安い?」

「相場を考えると、誇張抜きで激安ですよ。元値と比較すれば、ほとんどタダ同然のお値段です」



 差し出された用紙に記された数字を見やった彼女が首を傾げれば、メアリーはキッパリと言い切った。



「ただし、悪霊により如何なる不測の事態に陥っても、ギルドは関与致しません。それこそ、命が脅かされる事態になってもです」

「おお……」

「場所は町の端。このまま放置しても土地の税金を取られるだけですし、最初の手付金だけでも入れば……とまあ、そんな感じの物件です」



 そこで、メアリーはため息を零した。



「正直なところ、いくらウロロさんでも危険だと思います。ただ、ウロロさんの所持金で条件を満たす物件となると、ここぐらいしか……」

「じゅうぶん、だ」



 構わず、彼女は満面の笑みで頷いた。






 そうして……善は急げと言わんばかりに案内してもらった物件……その屋敷は、なるほど、悪霊が出てもおかしくない雰囲気が漂っていた。


 パッと見た感じ、建物の雰囲気は良い。豪邸と呼んでも差し支えないぐらいに大きい……というか、建物が若干古ぼけているところを除けば、普通に豪邸である。


 それまで寝泊まりしていた『星屑の宿』にも匹敵する大きな建物で、なんと庭が付いているだけでなく、噴水まで庭の中央に設置されている。


 まあ、その庭は、長年人の手が入っていないせいで雑草だらけ。特に目立つのは、彼女の胸元まで伸びた、長いあし


 言い換えれば、彼女以外からすれば背の高さ(男性レベルで)まで伸びているというわけで……まあ、一目で入るのが嫌になる光景だ。


 ただ、見える範囲……内装は分からないが、状態は良いように見える。少なくとも、全ての部屋が使えなくなっているようには見えず、雨風を凌ぐには十分だろう。



(えーっと……雑草だし、気にせず処理していいか)



 ギルドから借りた鉈を片手に、スパンスパンと雑草を刈り取りながら、中へ……面倒になったので、素手でブチブチと根っこから引き抜きながら、中へ。


 ……出来るならば、ギルド職員であるメアリーの案内が欲しかったが……残念ながら、拒否されてしまった。



 曰く、『悪霊が怖いんで、同行しません』とのこと。ちょっと、寂しい。



 とりあえず、他の人達からすれば、鉈でも使わないと通るのに億劫するほどの雑草の群れだが、彼女からすれば程よく引き抜きやすい雑草でしかないのは……運が良かったのだろう。



「……玄関、大きい。中も、綺麗」



 そうして、室内に入った彼女は……思いの外、綺麗なままである内装に、思わず笑顔を浮かべた。


 中は……いわゆる、ファンタジー的な豪邸というやつだろうか。


 いまいち、どう表現して良いのか分からなかった彼女だが、とにかく、想定していたよりもはるかに住み心地が良さそうで、安心……ん? 



 ──ばたん、と。



 唐突に、音がした。


 振り返れば、先ほど開けっ放しだった玄関の扉が閉まっている。どこかしらの隙間風によって閉まったのだろうか? 



(ちょっと、風通しをしといた方がいいよね)



 首を傾げながらも、彼女は玄関の扉を開けようと……ん? 



(あれ? 鍵も閉まった?)



 かちっ、と手ごたえが途中で止まった事に、彼女は再び首を傾げた。


 壊れているようには見えなかったが、どうやら、見た目だけのようだ。まあ、長く放置されているし、そこかしこにガタがきてもなんらおかしくは──あっ。




 べきん、と。



 とりあえず、何とかして鍵を開けようかと思ったら、力を入れ過ぎてしまったようだ。


 ドアノブがぐにゃりと変形してしまい、引っ張った拍子に構造ごとメキメキっと取れてしまった。見やれば、空いた穴から外が見え──おう? 



 ──ぎょろり、と。



 穴の向こうから、見知らぬ誰かの顔……というより、目が覗いた。血走った瞳で、見覚えはない。



「誰だ?」



 知らなかった彼女は、ちゃんと尋ねた。目だけの相手でも、ちゃんと聞く、これ大事。



 ──あはははははは!!!!! 



 すると、何故か笑われた。血走った目が、もはや血が滲んでいるのかと思えるぐらいに真っ赤に──ふむ。



「敵だな、敵だろ」



 ──大自然においては、笑顔に限った話ではないが……視線を向けるという行為は敵対の証である


 理由など、関係ない。


 いや、前世の記憶から考えても、初対面の相手からいきなり笑われるという行為は、侮辱や侮蔑の意味合いが強い……なるほど、敵だ。



 とりあえず、邪魔な扉を拳でぶち抜いて、その先に居るやつを掴もうと腕を伸ばした。



 ビスケットのようにベキベキと扉がへし折れ、腕の動きに合わせて風通しが良くなる──が、しかし。


 不思議なことに、彼女の腕が相手を掴むことはなかった。


 完全に、不意を突いたつもりだったが……どうやら、相手は己が考えている以上の強敵なようだ。


 そう、ちょっとワクワクし始めた彼女は、残った扉も拳で薙ぎ払って外に出て、さあやるかと身構えた。




『えぇ……(絶句)』




 すると、少しばかり離れた場所にいた……なんだろうか、黒いもやっぽい身体をした男(の、ように見えた)は、まるで信じ難いナニカを見たかのような言葉を発した後……スーッと、音も無く消えてしまった。



 ……。



 ……。



 …………あ、まさか。



「今の、悪霊?」



 初めて見る悪霊の姿に、彼女は思わず目を見開き──ふと、ナニカに足を掴まれた感触を覚え、視線を下に……うん? 


 そこには、腕が有った。


 だが、腕だけだ。何時の間にそこに潜んでいたのかは分からないが、地面から腕だけがにゅいっと伸びて──今が、好機!!! 



「──チェストぉぉぉぉ!!!!」



 渾身の、真下に突き下ろす必殺の右拳。


 かつて、地中より飛び出して来た、亀と蜥蜴の中間みたいなやつの甲羅を砕いた時と、まったく同じ。


 地面にヒビが入り、砕け、砂埃が舞い上がり、右腕の半ばまで地面に食い込んだ……そんな彼女の姿を。




『えぇ……(絶句)』




 少しばかり離れたところで、地面からにゅうっと首から上だけを覗かせている、半透明のモヤが……ナニカ、信じ難いモノをみてしまったかのような呟きを残した後、スーッと……その場から姿を消してしまった。



「……逃げた、速いな」



 しかし、そんなモヤに気付いていなかった彼女は、想定外の強敵(2号)の出現に、ごくりと喉を鳴らし……うん? 


 きゅ、きゅ、きゅ、と。


 なにか、首回りがくすぐったい。虫でも引っ付いたかと思って摩ってみるが、くすぐったさが取れ……取れ、ふぇ、ふぇ、ふぇ……! 



「ふぇっくしょん!!」



 堪らず、くしゃみが零れた。


 瞬間、フワッと……彼女の視界には映らなかったが、彼女の首回りに纏わりついていた大量の腕が、大量のモヤが、弾かれたように四方八方に飛び散った。




『えぇ……(絶句)』




 飛び散った大量のモヤ……それら全てが、自らに起こった現象を、何一つ信じられないまま……まるで、化け物を見るかのように彼女を見つめた後……スーッと、その場から消えた。



「……虫多い、駄目、うるさい、夜、うっとうしい」



 けれども、肝心の彼女はやはり何一つ気付かないまま。



「悪霊、後。まず、雑草……掃除、大事」



 とりあえず、周囲の気配を探り……敵意の有無を確認し、安全を確認してから……目の前の問題を片づけることに意識を向けていた。




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