第5話: 当人はいたって大真面目
※ 聖女フラグが立ちました(蛮族)
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思いのほか、雑草の撤去作業はすんなり進んだ。
どうしてかって、背丈のある雑草ばかりが繁茂していたせいで、背の低い雑草が軒並み枯れていたからだ。
どうやら、それらが太陽光を遮った(あと、地中の栄養を奪い取った)ために、その下の雑草はほとんど生き残れなかったようだ。
まあ、その分だけ背丈のある雑草は深く根を張っており、普通に抜き取ろうと思ったら、中々に腰にダメージを負いそうなぐらいの食い込みだったが……とはいえ、だ。
彼女からすれば、程よくあっさり抜けてくれる、なんとも抜きやすい雑草だな……という程度でしかなかった。
むしろ、この町の人々にとっては処理しやすい、小さな雑草が隙間なくビッシリ生えているような感じの方が、彼女にとっては辛い作業だろう。
だって、デカいし。
椅子に座ってチマチマと作業するならともかく、その場にしゃがんでから小さな雑草を一つ一つ手で摘んでいくのはまあ、相応の重労働なのである。
……で、だ。
庭の雑草を全て抜き終えた彼女は次いで、屋敷(要は、豪邸)の中へ。
悪霊のおかげか、それとも元が良いおかげなのかは不明だが、どの部屋も雨漏りの形跡はなく、また、ネズミなどが入って汚した形跡もない。
多少なり埃が積もってはいたが、放置されている家具のどれもが大きい。これは体格の大きい人に合わせたというより、豪華さを出す為に大きめになっているようだ。
これは、アレだ。3人ぐらいが座れそうなソファーなのに、1人用として設定されている、ブルジョワジー的なアレである。
ブルジョワジー的なアレのおかげで、とにかく質は良い。掃除の必要こそあるが、どれもこれも十分に使用が可能であった。
特にベッドにいたっては、『星屑の宿』のそれよりも大きく、己が寝ても壊れないぐらいに十全にスプリングが利かせてあった。
もう、これだけで嬉しい限りなのだが、そこに加えて浴槽も風呂も大きく、窮屈な思いをせず、のびのびと手足を伸ばして入れるぐらいであった。
……と、いうわけで、掃除開始。
幸いにも、屋敷の中には掃除道具も放置されていたようで、新たに道具を買い揃える必要はなかった。
問題なのは洗剤関係だが、これに関しても屋敷の裏手がその手の植物が自生してあるようで、適当に千切って水に入れてモミモミすれば、自然由来の洗剤替わりとなった。
あとは……パワーだけではどうにもならない、人手パワー。
さすがの彼女も、二人に分身出来るわけではないので、広い屋敷を掃除するといっても、純粋に人手が足りないわけだが。
「それじゃあ、よろしく、フラさん」
『は、はい、ヨロコンデー!!』
どうしたものかと困っていたところに現れた、心優しい助っ人……『謎のフランス人形(と、彼女が命名)』である。
このフラ人形(長いので省略)、屋敷の中にある、おそらくは応接間と思わしき部屋に飾られていた人形……なのだが。
驚くことに、会話が出来て、ちゃんと意思を持っているのだ。
なにそれ頭の中ファンタジーかよと言われてしまいそうな話だが、実際に受け応えが出来て、指示を出せばその通りに動いてくれるのだ。
己のような、前世の記憶持ちという存在そのものがファンタジーなやつがいるぐらいだ。
ファンタジー世界だし、自立行動が出来る魔法的なファンタジー人形があっても……そういうファンタジーがあるのだろうと、彼女はありのままを受け入れた。
まあ、そこに、人形の見た目があまりに綺麗で、モンスターの類に見えなかったから……という俗物的な理由があることは否定しない。
なにせ、その見た目は生きているのかと見間違ってしまうほどに精巧に作られており、着ている服も非常に手が込められている。
実際、最初にその姿を見た時、彼女は率直にどこからか入り込んだ子かなと驚いたぐらいなのだから、いかに人形に見えないかが窺い知れるだろう。
……。
……。
…………で、そんな人形がどうして彼女に協力しているのか?
はっきり言って、よく分からないうちにそうなった……というのが、彼女の主観である。
まず、情報を整理しよう。
その人形を見付けたのは、応接間と思わしき部屋だ。
応接間に入った理由は、なんか呼ばれた気がしたから。
子供の声(女の子の声?)が聞こえた気がしたので部屋に入り……そのフラ人形の美しさに、『あらやだ可愛い人形さん』としばし眺めていると、だ。
どこからともなく、刃物を持った3体の人形(こっちは醜悪な外見だった)が、物陰から、暗がりから、音も無く飛び出して来たのだ。
これには、彼女もビックリした。
ビックリしたあまり反射的に身構えてしまい、身体に力を入れてしまった。
そのせいで、人形の持っていた刃物は何一つ彼女の素肌を傷付けることは叶わず、逆に人形の手首などを破損させてしまったのだ。
そう、見た目は傷一つ無い滑らか(実際、スベスベ)な肌をしている彼女だが、モンスターが跋扈する自然の中を生きぬいたボディをナメてはいけない。
力を抜いて脱力している時は、まるで赤ちゃんのように柔らかくプニプニとしたもち肌だが……僅かでも危機が迫れば、その肌はチタン合金よりも強くなる。
古来の格闘家などは肌に塩等を擦り込んで切れにくい肌を作ったとされているが、彼女の肌は見た目とは裏腹に、それ以上に頑強なのだ。
──そして。
『──はっ?』
と、呆気に取られている醜悪人形たちを他所に、攻撃を受けた彼女はほとんど反射的に、人形たちへと手を伸ばし……ぐしゃりと、頭を握りつぶしてしまったのだ!
「ああ、しまった、うっかり、間違いだ」
本当に、うっかり握りつぶしてしまった彼女は……とりあえず、刃物を持ったまま突っ立っている、最後の1体を抱き上げると。
「懐かしい……こういうの、あったな」
前世の子供時代を思い出す……まるで、怪人人形のようなソレを懐かしげに見やってから……ぎゅ~っと、感激のあまり力いっぱい抱き締めてしまった!
べきべきべきべきべき──ぼきり!
そんな、木材がショベルカーにてへし折られているかのような音と共に、子供の頭より大きい胸の谷間にて、憐れみを覚えるほど圧潰(あっかい)された人形の手から……ポロリと、刃物が零れ落ちた。
……。
……。
…………もったいない気持ちはあったが、襲って来たのは事実。
悪霊なのか、それともそういうモンスターだったのかはさておき、挑まれた以上は、生きる為に確実に息の根を止める。
しっかり、完全に沈黙しているのを確認した彼女は、バラバラの木材となったソレを、そっと傍のテーブルの上に置くと。
ちらり、と。
この場にて唯一残っている、フラ人形へと視線を向ける。
──ビクン!!
瞬間、目に見えてフラ人形の身体が震えた。
それを見て、「取りこぼし、駄目、絶対」彼女はもったいないとは思いつつも、フラ人形の頭を砕こうと腕を──。
『──あ、ありがとうございますぅぅぅ!! 貴女様は命の恩人でございますぅぅぅ!!!!』
──伸ばしたのだが、その手がフラ人形の頭を砕くことはなかった。
それは、フラ人形は彼女と戦う意思がないどころか、先ほどの3体の人形に虐げられていた被害者人形だったからだ。
……で、それから数十分後。
(人形の世界にも、虐げる者と虐げられる者がいるのか……ファンタジー世界でも、そこは変わらないのか……)
人形の世界も世知辛いものなのだなと独り悲しい気持ちに浸る彼女を他所に、フラ人形は実に手際よく掃除を行っていた。
勝手知ったるというやつか、何処に何があって、何処をどのように掃除をすれば良いのか分かっているようで、傍目にも分かるぐらいに、その動きに無駄がない。
擬音にするなら、テキパキ、テキパキ、である。
身体が小さい(人形なので、1mも無い)ことなんてモノともせず、部屋の中がどんどん綺麗になってゆく。
加えて、なにやら魔法的な手段を用いているようで、同じようにモップで床を擦っても、明らかに汚れの落ち具合に違いが出た。
なので、これは下手に自分がやるよりも……そう思ってフラ人形に任せてみたら……部屋どころじゃなくなった。
その勢いは室内に留まらず、廊下に広がり、他の部屋に広がり……日が暮れようとしている頃には、屋敷の中は見違えてしまうぐらいにピカピカになっていた。
これには、さすがの彼女もビックリである。そして、そこまで綺麗にしてくれたことに、彼女は申しわけなさを覚えた。
だって、掃除の最中彼女が何をしていたかと思えば……まあ、言えるほどナニカをしていたわけではないからだ。
せいぜい、箪笥の中から飛び出した腕を引き千切ったり、廊下の向こうからドタバタと近付いてきた四つん這いの女を踏み潰したり。
あとは、なにやら変な気配が漂っていた本を燃やしたり、『悪霊』そのまんまな半透明集団が現れたので、適当に腕で振り払っていたらそのまま消えてしまったり……それぐらいだろうか。
正直、自分の家なのに何もしていないなあ……と、思ったぐらいで。
そこまでしてくれなくても……そう声は掛けたのだが、『はい、ヨロコンデー!!』その度に、笑みで掃除が続行されたので……ひとまずそのままにした結果がコレである。
思わず、身体の調子は大丈夫なのかと声を掛けた彼女の心配は、ごもっともだろう。
けれども、心配する必要はない……というのが、フラ人形の返答であった。
どうやらフラ人形は、人形であるがゆえに疲労という感覚は無いらしく、『魔力』が尽きない限りは常にフルスロットルで動き回れるらしい。
ついでに、人形だから食事(水も不要)などの補給も必要ではないとのことで、本当に『魔力』さえあれば、手足が壊れても自己修復するのだとか。
「……おお、美味い」
『まあ、伊達に長生き(?)はしておりませんから』
そうして、夜も更けて……なんと、料理まで出来るというフラ人形より晩御飯を作ってもらった彼女は……ご満悦の表情で、出されたモノを平らげたのであった。
……。
……。
…………で、だ。
豪邸なだけあって、風呂も魔法的なアレで何時でもお湯が使えるらしく、事前に動作を確認済みなので、何時でも使えるよと言われた彼女は。
「──うむ!」
疲れたわけではないが、草むしりやら何やらやって汗は掻いていたし……というわけで、意気揚々と風呂へ向かうのであった。
……。
……。
…………ゆえに、フラ人形以外誰もいなくなったことで……当たり前だが、彼女は知らなかった。
『よしなよ、あのお姉さん頭おかしいぐらいに強いから』
『マジで止めなって、刃物通らないんだよ?』
『呪いの類が一切効かないどころか、除霊されたんだよ?』
『睡眠薬だって、まるで効いている様子もないんだよ?』
『あんたも見たでしょ、あの呪本……堪えてないんだよ?』
『アレで駄目なら、もうどうやっても無理でしょ』
『正直、勝てる気がしないんだけど』
『やるなら独りでヤッテよね、私は巻き込まないで』
『おとなしく、あの人がどっか行くまで隠れた方がいいって』
『やめなって、下手な事すると本体の居場所バレるって』
『……いや、いやいや、馬鹿でしょ』
『あの人だよ? 気配がするとかで、普通に居場所特定しそうじゃん』
『生み出したやつ、束になってもくしゃみ一つで負けちゃったじゃん』
『やめなって、相手が悪いんだってば』
『……マジ? マジで行くつもり?』
『そりゃあ、夜の方があたしらの力は増すけど……でもさあ……』
『……わかった』
『もう、好きにしなよ。でも、念押しするよ』
『私だけは、巻き込まないでね、ていうか、道連れだけど』
『ちょっと?』
『聞いているの?』
『……うわ、言うだけ言って勝手に行きやがった』
『……まあ、いいけど』
残されたフラ人形が、誰も居ない虚空へ向かってブツブツと語りかけている……ナニカと会話をしているのを。
そして、会話が途切れて……しばし後。
ドタドタドタ……っと、上品さの欠片もない足音が近づいて来るのを耳にしたフラ人形は。
……まさか、ね?
嫌な予感を覚えつつも、もしかしたらの期待を込めて、澄ました顔で、足音の到着を待ち……そして、力強く扉が開かれた。
「フラさん、聞いて」
姿を見せたのは、やはり彼女だった。
いや、そこはいい。
ちょっと期待していたけど、やはりそうなったかという方が強かったので、そこは驚かなかった。
『……その恰好、どうしたの?』
それよりもフラ人形を驚かせたのは、彼女の恰好が裸であった事だ。
少し動くたびにタプンと揺れる乳房も、水を吸ってまっすぐ垂れている陰毛も、全てがフラ人形の目に晒されている。
普通なら、羞恥で動けなくなっても不思議では……実に堂々とした様子で……見やれば、ポタポタとしずくがしたたり落ちていた。
おそらく……入浴中に襲われた……というか、襲ったのだろう。
理屈としては、まあ分かる。
そして、裸のままなのは……裸のまま、襲ってきた相手を追いかけようとしたのだろう。
これも、理屈としては、まあ分かる。
なんとなくだが、状況を察したフラ人形は……ふと、彼女が持っているブツを見て、『ひぇ……』思わず絶句した。
どうしてかって、それは、この屋敷が悪霊の巣窟として怖れられ、今もなお浄化に失敗し続けている原因……それを、手に持っていたからだ。
……それの名称は、
非常に凶悪な呪物であり、制作方法は邪悪極まりない。
効果は、負のエネルギーを周囲より集めて『悪霊』を生み出すという……言ってしまえば、霊的な大量破壊兵器みたいなものである。
なにせ、禍玉は一度効果を発揮すれば、禍玉そのものが壊れない限り半永久的に稼働し続ける。
つまりは、禍玉を破壊しない限り、半永久的に悪霊をその場所に生み出し続けるのだ。
実は、これこそが、この屋敷の悪霊を浄化しようとしても一向に浄化しきれない原因であり、神官たちが頑張ってもどうにもならなかった理由である。
どうして、そんなものが?
実は『禍玉』によって生み出されたフラ人形(の、中身)は知っているが、それを置いたのは他所の国の諜報……要は、スパイ的な攻撃or実験である。
現時点では規模こそ小さいが、上手く使う事が出来れば敵国の軍事中枢を麻痺させることが出来る……といった感じの……話が逸れたので、戻そう。
──その禍玉を、彼女は無造作に手に持っている。
見た目は、禍々しい気配を放っている赤黒い塊。パッと見た限り、脈立っている心臓にも見えるばかりか、うっすらと血が表面を覆っている。
そんなものを素手で掴んでいるばかりか、ケイレンして逃げようとする(実は、禍玉には自我がある)のを、うるさいと言わんばかりに指を食い込ませて……いや、呆けている場合ではない。
──それ、破壊されたら私も消えるじゃん!!!
そう、言い掛けたフラ人形は、ギリギリのところで唇を閉じた。
握力が強まるに合わせて、己の空洞の胸部もギリギリと締め付けられる痛みが……や、ヤバい!!
『ど、どうしたの、それ?』
なんとか、平静を装ったまま、たった今気付きましたよと言わんばかりに尋ねた。
「気配追った、地下、これ、あった」
『え、地下? この屋敷に地下なんて(すっとぼけ)』
「無かった、ので、床を殴った」
『え?』
「空洞、ある、気付いていた。だから、穴を開けた」
『え?』
「奥に、これ、あった。これ、悪い気配」
『えぇ……(絶句)』
すると、想定の斜め上な返答というか、あまりに力技過ぎる内容を返された。
これには、フラ人形さん絶句である。
捕まった禍玉さんも、まさか無理やり押し入ってくるとまでは想定しておらず、なんとか彼女の手から逃れようと……しているのだろうが。
(ぎぃえええええ!!!! 痛い痛い痛い、マジでいてぇってばよ!! この糞オーガ女ぁぁあああ!!!!!)
その度に、万力のように食い込みを増してゆく(つまり、その分だけ痛みが増す)のを、すました顔の下で我慢しつつ……フラ人形は、小首を傾げた。
『え~っと、とりあえず、それはどうするの? (ヤメテ、力入れないで、めたくそに胸が痛い痛い痛いって!!!!)』
「悪い気配、良くない、焼く」
『や、焼いちゃうんだぁ(ひぃぃええええ!! 止めて、それは止めて、マジでヤメテ!!!!)』
「でも、火種、無い。台所、これ、嫌。外は、怒られる」
『じゃ、じゃあ、どうするの? (戻して! お願いだから戻して! その方が良いよ!!!)』
「……浄化、やる」
『ふ~ん、浄化するんだ……えっ!?』
──御冗談でしょう?
パワーの化身のような女が、神官などが行う浄化をする……あまりに似合わない展開を前に、そう言い掛けたフラ人形だが……それもまた、寸でのところで言葉を呑み込んだ。
それは、彼女の目が間違いなく本気であるという事と……万が一、禍玉との関係を勘付かれたら最後と思ったからだった。
「ここ、来る前、浄化、教えてもらった、ギルドから、こっそり」
『へえ……(余計な事を!)』
「紙に、もらった。とりあえず、がんばる」
そう言うと、彼女は地下で拾ったらしい石を片手に、よいしょっと床のカーペットを剥がすと、それで床へガリガリと悪霊浄化のための陣を書き始め──うん。
(なんだろう、仕方がないことだって分かっているけど、掃除した場所を即座に汚されるのは……)
半日掛けて掃除したところが目の前で汚されてゆく。それも、濡れた身体がそのままな、すっぽんぽんのデカ女の手で。
というか、応接間の床に書くなよと……第三者が居たら、ツッコミを入れていたところだろう。
文字にすると意味不明な状況だし、諸行無常と言われてしまえばそれまでだが、なんだか悲しいなあとフラ人形は……ん?
(……これ、上手くいくの? 線がズレているというか、下手くそで……こんなの、浄化が発動する以前の話じゃない?)
己の立場は別として、フラ人形がそう思うのも無理はない。
──何故なら、浄化魔法は他の魔法とは根本から異なる魔法……具体的には、『神』の助力を得て発動する魔法だとされている。
この『神』が、どのような存在であるのかは、悪霊として生まれたフラ人形も知らない。
分かっているのは、自分たち『
それは、悪霊の根幹とも言うべき部分に刻まれた印のようなもの。
生物が命を食らわねば生きていけないように、ソレは悪霊にとって抗えない不変の法則である。
「えっと……書いた。次は、神様、祈る……姿を、思い出して……」
しかし、不恰好な陣を書き終えた彼女には知る由もないことではあったが……見ているフラ人形は、早くもコレは失敗するだろうなあと思っていた。
(そんな簡単に神様の姿を思い浮かべられたら、誰だって苦労しないんだけどなあ……)
そう、そうなのだ。
易々と使えるような御業であるならば、悪霊というカテゴリーが生まれるわけがない。そんなカテゴリーが生まれる前に、さっさと退治されているからだ。
そうなっていないのは、神官の道は長く険しいから。
というのも、悪霊を浄化する類の力は、神の助力が必要とされているが……この、助力を得るのが非常に難しいからだ。
ある者は、清貧な日常を送る事で、その力を開眼させた。
ある者は、生死の境をさ迷ったことがキッカケで、目覚めた。
しかし、明確な方法は今もなお見つかっていない。
手がかりは、歴史を積み重ねることで得られた、『神へ語りかけること』という、なんとも抽象的な事だけ。
これがまあ、とんでもなく難しい。
当てずっぽうに思い浮かべるだけでは駄目なのだ。明確に存在を思い浮かべ、その神へ直接願わなければ助力は得られない。
しかし、実際に神の姿を見た者はいない。
全ては想像するしかない。だが、想像はしょせん、想像でしかない。
現代でたとえるなら、駅のホームで行き交う人々へ『○○さん?』と大勢に聞こえるよう尋ねるようなもの。
いくらかは振り向くなり少しばかり足を止めてはくれるだろうが、すぐに『ああ、自分を呼んだわけではないのか』と離れていく光景を想像すれば、分かり易いだろう。
「できた、やる」
……っと、簡単に説明している間に準備を終えた彼女は、陣の中央に禍玉を置くと、手順が書かれた紙を見やり……一つ、頷くと。
「神様、なんとかして。あとで、お供え、肉やる」
神様の姿を思い浮かべながら、言葉によるお願いをした。
……ぶっちゃけ、神官の人達が聞けば、不敬にも程があるとブチ切れるところだろう。
実際、様子を見守っていたフラ人形も、陣の中央に置かれた禍玉も、『えぇ……(絶句)』といった感じで、内心にて完全に言葉を失っていた。
──だからこそ、フラ人形も、禍玉も、気付けなかったし、反応が遅れたし……夢にも思わなかっただろう。
まさか、常識どころか女としての羞恥心をどこかへ置き忘れた頭蛮族が……実際に、神の御姿をその目にし、会話まで行った、前世の記憶を持つ転生者だなんて。
──元々、素質はあったのだろう。
そこに加えて、正確に神の御姿を思い浮かべてお願いしたことで……件の
『 肉はいらないんで、適当に祈ってくださるだけで十分です 』
そんな、神託なのか何なのかよく分からない声が淡く室内に響いた──瞬間。
陣を中心にして放たれた膨大な光が、室内はおろか、屋敷を内側から照らさんばかりに広がり──当然ながら、その光は室内にいた全ての者たちを包み込み。
『 』
悲鳴一つ上げる間もなく、禍玉とフラ人形を呑み込んだ。
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