第12話: そう、彼女は聖女なのだ(目逸らし)
※暴力的描写あり
聖女ったら聖女なので、聖女です
―――――――――――――――
──『大聖堂』と呼ぶだけあって、中は……前世の記憶がある彼女の目から見ても、とても荘厳な内装をしていた。
なんというか、豪奢だ。
キンキラキンに輝く、黄金(たぶん?)があしらわれた調度品。置かれている椅子もそうだが、床に敷かれたカーペット一つとっても、前世の世界に引けを取らないぐらいに質が良い。
等間隔で設置された女神像も、一つ一つポーズが違う。
そのどれもが今にも動き出しそうなぐらいに精密で、これ一つだけで金貨の山が動き出しそうだと率直に思った。
この世界において1,2を争うくらいにメジャーかつ、宗教的な意味を持つ場所だから、なのだろう。
けして、威圧的な内装をしているわけではない。
むしろ、厳かではあるものの、誰もを迎え入れるかのような、見えない心遣いを感じさせるのは、彼女の気のせいか。
前世の記憶があったとしても、そういう美的感覚は素人の域を出ない彼女の目から見て……長い年月を掛けて作られたモノだろうと率直に思った。
──しかし、荘厳な内装とは裏腹に、『大聖堂』内部に居たモノは、怪物としか表現しようがない存在であった。
強いて、その姿を例えるならば……人とタコが入り混じったウニみたいな姿、だろうか。
タコの頭部(?)の部分に、うっすらと人の顔の名残が見え隠れしているが、それだけだ。
身体(?)のいたるところから吸盤が付いた大小様々な触手が伸びており、一部の先端は人間の腕のような形になっている。
口は……口なのかは不明だが、蠢く触手の塊みたいなのが見える。
ウジュルウジュルと気色悪くひしめき合っており、時々だが歯と思われる白いのが見えるから、口なのだろう。
……で、その触手蠢く口まわりには、夥しい量の鮮血と……千切れてこびり付いている肉片やら布の残骸やら……いや、ハッキリ言おう。
人間だった肉片が、口まわりにこびり付いている。そして、その下には、食べ物ではないと判断された衣服の残骸が、形容しがたい赤黒い粘液に塗れて放置されている。
そして、現在進行形で、バリバリと硬いモノが砕ける音が聞こえる
つまり、この怪物は食べているのだ。なにをって、それは……『大聖堂』の中にいた人間を、だ。
(……逃げようとしたけど、逃げられなかった?)
こんな時に『大聖堂』の中にいるのだから、教皇とは深いつながりのある関係者であるのは間違いない。
と、なれば、食われているのは教皇を始めとした、結界を張ると同時に、この場所に逃げ込んだ神官たちか。
あるいは、様々な要因によって化け物が入り込み(または、始めから居た)、逃げ込んだ教皇たちが異常に気付いた時にはもう、食われる直前だったか。
もしくは……この化け物が、教皇の成れの果て、か。
「──むん!!」
ギュッ、と。
全身に巻きついた腕を、力づくで振りほどく。
その際、ブチブチとタコ怪獣(そう、彼女には見えた)から伸びる腕が千切れたが……着地と同時に、千切れた腕があっという間に再生したのを見て、彼女は思考を巡らせる。
可能性としては、このタコ怪獣が教皇の成れの果てである可能性は高い……と、彼女は思う。
なにせ、ここで一番安全となる場所が、『大聖堂』だ。
仮にタコ怪獣が囮だとしても、その後の後始末を考えれば、普通は取らない判断である。
だって、信仰する者から見れば、総本山とも言える場所に、言葉では言い表せられないぐらいに醜悪な怪物が潜んでいたのだ。
普通に考えて、そんな怪物が潜んでいた場所の宗教なんぞ、誰が信じるだろうか。少しでも、そんな化け物が広めていた宗教だと広まれば……どうなるだろうか。
少なくとも、ファンタジー世界であるこの場所では、致命的な出来事である。
なにせ、このファンタジー世界は魔法とか悪霊とかモンスターとか、普通に存在している。なんならそれらは、当たり前な顔して人間を襲ってくる敵性の存在だと認知すらされている。
そんな世界で、怪物を秘密裏に飼っているとバレてしまえば……その可能性は薄いだろうと彼女は思った。
『──アレは教皇ですね、王子に……というより、王家に掛けられていた呪いが全て反転した結果でしょう』
「知っている? フラさん?」
『フラさん違います──見たところ、数十年以上にも渡って掛け続けられた呪いなので……まあ、当然の結果でしょうね』
「へえー」
『大本というか組織のトップが教皇なので、真っ先に反動が向かったのでしょう。そうして、先に異形化した結果、他の者たちが異形化する前に、どんどん食べていき……でしょかね』
「へえー、なるほど、敵だ」
『戦うのですか? どうやら結界は完全に壊れたわけではなく、騎士たちは入れなくなっておりますが?』
「かまわない、殺す」
まあ、そんな憶測とは別に、何時の間にか傍に来ていた天使より教えられたので……ていうか、この天使が凄い。
どうやら、天使なのは見た目だけではないらしい。
明らかに、タコ怪獣の触手が、天使を避けるように直前にて止まっている。それはもう、ビクン、といきなり停止するか、方向転換する。
彼女の方へは隙あらばと言わんばかりに触手の腕が伸ばされるのに、ちょっとでも天使が近づこうものなら、それはもう怯えているかのように……いや、ように、ではない。
実際に、怯えているのだ。
ウジュウジュと触手の塊を蠢かせているだけで表情なんて読めないが、野生の中で厳しい生存競争を生き抜いてきた彼女には、それがよく分かる。
そう、怯えという感情は、見方を変えれば『死』からの逃避の過程で生まれるモノなのだ。
恐怖を理解出来るような知性を失ったとしても、知性を獲得出来る頭脳を持っていなくとも、『死』から逃れようとする行動の全ては、無自覚な怯えから生じる
「──ふむ、アレだ」
それを言葉にされずとも、経験則で知っていた彼女は──冷静に、傍にあった女神像を掴むと。
「──おらぁああああ!!!!」
渾身の力を込めて、それを力いっぱいぶん投げた。
──ズブリ、と。
幸運なことに、彼女がぶん投げた女神像は……まるで天へと祈りを捧げるかのようる両手を頭上へ掲げるような造形であったため……まあ、アレだ。
言い方は悪いが、全体的なフォルムは、フォークに近いからだ。
おかげで、上手いこと突き刺さってくれた。「ぐぎゃー!!」形容しがたい悲鳴と共に、タコ怪獣からは青黒い体液を噴き出して……こう、正気を失ってしまいそうな冒涜的な光景が生まれた。
まあ、うん。
見た目だけでもヤベーぐらいおぞましい姿をしているというのに、青黒い体液を噴き出してぬちゃぬちゃ蠢く触手だらけのタコ怪獣とか……想像するだけで嫌気が差してくる光景だろう。
『あの、その、いちおうあの女神像は、この世界の人達にとっては心の拠り所な面もあるので、そう手荒に扱うのは……』
けれども、そんな光景よりも、一切の躊躇なく女神像を投擲武器として使用した彼女に対して、天使はドン引きしていた。
これもまあ、うん。
この世界の常識で考えて、女神像を武器に使うなんて冒涜者は、彼女以外にはいない。信心が無い者でも、わざわざ女神像を武器に……いや、常人には不可能だから、この例えは違うか。
「神、力、貸して」
『それを言えばなんでも誤魔化せるとか思っていませんか?』
「……か、神、力、プリーズ」
『誤魔化しましたね、こやつは……』
とにかく、邪神もビックリな攻撃を行った彼女は……心の中にて
……。
……。
…………それからの戦いは、もはや一方的な虐殺であった。
どっちがって、それは彼女→タコ怪獣である。
まず、タコ怪獣の触手攻撃なのだが、それは一度として彼女に対して有効的な攻撃にはならなかった。
どうしてかって、それは彼女の全身よりうっすら放たれる浄化の光である。
どのような原理でそうなっているかは彼女自身にも分からないが、とにかくタコ怪獣の触手が彼女に届かないのだ。
だって、触手が彼女に触れる前に、まるでナニカに触れて燃え尽きてしまったかのように灰になってしまうから。
最初に彼女の身体を掴んだ時は、そうならなかった。
理由はおそらく、祈りを捧げながらではなく無心で殴っていたので、そういう浄化的なアレが働いていなかったのかもしれない。
なので……もはや、タコ怪獣の触手が彼女を傷付けるのは不可能に近かった。
まあ、仮に浄化の力を発動させていなくとも、彼女自身がちょいと力を込めて抵抗すればいくらでも振り払えたので、結果は変わらないのだが。
次に、『天使』の存在である。
戦っている最中は常にソレが現れていたが、どうやらタコ怪獣になった元教皇は、よほど天使を恐れているようで。
天使が少しでも動けば、その度にビクッと触手を震わせて動きを止めてしまう。
並の相手ならば隙と言えるような隙ではないが、彼女を相手にするには致命的な隙であった。
おかげで──タコ怪獣は、あっという間に全身に女神像が突き刺さり、おびただしい量の体液が噴出し……荘厳だった『大聖堂』はもはや、形容しがたい悪臭漂う地獄のような空間になっていた。
そして、最後。正確には、戦闘が始まって2分11秒後。
「……シテ……コロシテ……」
大聖堂内にある全ての女神像が突き刺さったタコ怪獣は、ゴポゴポと全身より体液を垂れ流しながら、もはや僅かに身体を動かすことすら出来ない有様になっていた。
「終わりの時、来た」
それを見た彼女は、止めを差すために……ババッと衣服を全て脱ぎ捨てる──もちろん、意味はちゃんとある。
いったいどうしてかって、それはこの後、確実に身体が汚れると分かっているからで……なんとなく察した天使は、放り投げられた衣服をそっと抱えると、彼女より距離を取った。
──直後、爆発したかのような勢いで、彼女の総身が一気に膨張した。
太った──違う。
その証拠に、彼女の身体は一回り以上大きくなった。
ただでさえデカかった彼女の身長は、3メートルに達するかどうか……もはや、人間とは思えないぐらいに……そう、そうなのだ。
察しの良い人は既に気付いていたかもしれないが、この世界はファンタジー世界。
当たり前だが、ファンタジー理論は彼女に対しても成立する。
そして、彼女は……前世の記憶を持つ異世界転生者である。もう、その時点でどうなるか……鋭い感覚の人なら察せられるだろう。
そう、すなわち、彼女は持っていたのだ。
お約束とも言える、『スキル』というやつを。
だが、残念なことに……彼女自身はそれが『スキル』であることを認識出来ておらず、力を込めたら身体がデカくなるファンタジー筋肉だと思っている。
そんな馬鹿な話があるかと疑いたくなる気持ちは分かるが、まあ、彼女がそう思い込んでしまうのも無理はないのだ。
というのも、実はこのファンタジー世界において、『スキル』を知る術はあまり多くはなく、彼女が生まれ育った辺境では調べる方法すら知らない者が多い。
なにせ、『スキル』を持っている者が全体として見ればあまりに少ないうえに、『スキル』自体がその者固有の特殊能力である場合が非常に多い。
つまり、前提として情報が少なすぎるのだ。それこそ、一生気付かないままの人もいるぐらいに。
前世の記憶を持っているとはいえ、当時の彼女はまだ子供……誰もそんなモノがあるだなんて教えてはくれない環境に加え、弱肉強食の世界にて生きるしかなかった。
そして、ようやく色々と考える余裕が出てきた頃にはもう、『スキル』なんて言葉すら忘れ去ってしまっており……まあ、つまりは、だ。
(この拳に……全てのパワーを込める!)
結局のところ、どんなスキルであろうと最終的にはパワーに絡めて解決しようとするのだから、考えるだけ無駄であった。
『……いや、まあ、らしいといえば、らしいんですけどね』
そんな感じで、天使より不思議そうに首を傾げられているのを尻目に……なんか聖なる力とか魔力とか神パワーだとかを、色々と腕に凝縮させた彼女は……大きく、振り被った。
──その瞬間、彼女は全く気付いていなかった。
露わになったその背には、光り輝く純白の翼がふわりと広がり……そして、頭上には光輪が輝いているのが。
──そう、彼女は全く気付いていなかった。
彼女は、比喩的な意味での聖女ではないのだ。
本当の意味での聖女……
ゆえに、彼女は他とは一線を凌駕する浄化の能力を有し、その浄化によって昇天した天使より見守られるという、正しく聖女そのものな存在なのである。
しかし、彼女の生い立ちが、それを彼女に気付かせなかった。
代わりに彼女が気付いた事は、モンスターが地上を跋扈するこのファンタジー世界が、弱肉強食の厳しい世界であるということ。
その厳しい世界を生きるためには、パワーが必要であること。
そのパワーを支える土台のために、より強固なパワーが必要であること。
そして、パワーさえあればだいたい物事が押し通せるのだということが……これまでの生活で何よりも強く学んだことでもあった。
「──ふんぬぅ!!」
「……アリガトウ」
ゆえに、この時も彼女がやることは変わらない。
己を害した相手を、倒す。生きる為に培ったパワーで、黙らせる。
ただ、それだけの考えで放たれた拳は……間違いなく常人を超えた強大な力が込められていて。
それをまともに食らったタコ怪獣は……ポツリと断末魔の替わりに何事かを呟いた直後、その身を爆散させたのであった。
……。
……。
…………そうして、後に残ったのは。
タコ怪獣の身体ではとうてい消化しきれなかったエネルギーが、大聖堂の壁を結界ごとぶち壊して風穴が空いてしまった、酷い光景。
ソレによって結界が完全に崩壊し、直後になだれ込んだ騎士たちは……瞬間、あまりにも尊い光景を前にして、反射的に膝を突いた。
「……おお、聖女様が」
「悪魔を、祓ってくださった……」
背中に翼を生やし、頭上に光輪を浮かび上がらせているその姿を見て感涙しつつも、肉片となっているタコ怪獣におぞましさを覚え。
「……せ、聖女様」
『あ、立てなくなりました? うん、仕方ないですよ、あれは目に毒ですから』
「ど、毒なんかではありません!」
『いや、毒だと思いますよ。あれ見て感涙する騎士たちの方がヤバいですから、あなたはまだ健全な方ですから』
「そ、そんなことは……」
『いやいや、背中から胸の大きさが分かるって相当ですよ。あなたぐらいの歳なら、反応して普通じゃないですかね』
そんな騎士たちの後ろから、こそっと彼女の後姿を見て前かがみになってしまう王子と、同情するようにその肩を叩く天使がいて。
(……さすがに、あんな変な血を出しているタコは……食えんよな)
久しぶりに全力全開で殴りつけたことに加え、パワーの反動で元の慎重に戻ったが、要所が細くて要所がむちっと柔らか肉が乗った、より女性らしいメリハリボディになったうえで。
ちょっとスッキリした気持ちになりながらも……ぐう、と食糧を催促する腹を摩る……頭蛮族の彼女だけが、その場にいるわけであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます