第11話: 後に王子は語る、己はこのために生まれてきたのだと

 聖女要素、減る

 脳筋要素、増える

 王子、悟る

 いつものアレ、暴力描写あり、注意要



――――――――――――――



 ──王子アーマー(イシュギン製)の効果は絶大であった。




 なんと言っても、攻撃されない点に尽きる。


 背負っていたなら多少なり攻撃されただろうが、前面に抱えている以上、正面からの攻撃はリスクが高すぎる。


 かといって、背後から攻撃を仕掛けるのもリスクが高い。


 下手に倒れたらイシュギンが下敷きになるし、彼女自身がデカいのだ。


 倒れ方が悪く、万が一大怪我をさせてしまうような事態になれば……死刑とまではいかなくとも、降格処分は不可避である。


 それに、最悪は道連れにされても不思議ではない。


 背負っているなら肉体の構造的に攻撃し難いので対処しやすいが、両手が自由にイシュギンの首に届く現状では……とてもではないが、そんなリスクを誰も取れなかった。


 と、いうか、それ以前に、だ


 イシュギン自身が望んで命令を下しあとはいえ、結果的には自分たちが護らなければならない王家の一人を人質に取られている時点で、なにかしらの罰則は免れないが……で、だ。



「静か、なにもしない」



 そう、彼女が周囲に命令すれば、構えていた騎士たちは何も出来ず……黙って、彼女を通すしかなかった。



 ……王子を人質に取られているとはいえ、国王が居る場所まで素通りさせるのは危険ではないだろうか? 



 この光景を見た者の幾らかがそう思うだろうが、そんなのは、集まっている騎士たちも分かっている。


 しかし、排除する為には王子よりも権限の高い存在……国王より『王子ごとヤツを仕留めろ』という正式な勅命でも下されない限り、どうしようもない。



 なにせ、人質に取られているのは王子だ。



 優先順位が国王の方が高いとはいえ、だからといって、王子の立場もまた自分たちより高いのも事実。


 如何な理由とて、身分的にもはるかに高位の者を独断で……合理的に考えれば間違いなく正しい事だとしても、それを選び取るわけにはいかないのだ。


 毒蛇に噛まれたので、応急処置の為に傷口を少し広げて表面の血を絞り出した……とかならまだしも、こんな状況ではどうしようもないというのが騎士たちの判断であった。



「……けっこう、広い、長い、大きい」



 なので、我が物顔(当人にそんなつもりはなくとも)でズンズンと教会本部へと向かう彼女の背後に、騎士たちがゾロゾロと付いて行くという……非常に奇妙な光景が城下町にて繰り広げられることになった。


 もちろん、城下町に住まう者たちとて馬鹿ではない。


 何処にでもいるような女が1人ならまだしも、城下町ですら見かけた事がないような巨女(しかも、露出が多い変な恰好)の姿は嫌でも目に留まる。


 そのうえ、どういうわけか子供(?)を……僅かに見える艶のある髪や肌色からして、貴族階級なのが分かる子供が……谷間にスッポリと挟まれている。



 そう、スッポリと、だ。



 その様は、まるで乳房が三つ並んだかのように見える。つまり、抜け出せない程度には身動き出来ないのが一目で分かる有様だ。


 実際、固定されている子供は身動き一つせず、ときおり位置がズレてしまうのか、巨女の手がグイッと押し上げて……抵抗の素振りは見えない。



 怪しいを通り越して、異様としか表しようがない。



 騎士まで連れているとなれば、街に住まう上流階級の者であっても思わず道を譲るぐらいには……凄まじく目立っていた。


 加えて、その巨女の頭上には……どう見ても天使としか思えない風貌の少女が、頭痛を堪えるかのように頭を抱えて追従している。




 はたして、そんな者にちょっかいを掛けようとする者がいるだろうか? 




 少なくとも、城下町にはいなかった。


 ただでさえ、貴族は理不尽の塊(個体差有り)だというのに、その子供ともなれば、一般市民からすれば厄の塊でしかない。


 そのうえ、その子供を連れている巨女が明らかに一般人とは言い難く、形容しがたい顔で後に続く騎士たちに……極めつけは、天使ときた。


 もう、それらを認識した時点で、一般市民は厄介事だと理解し……誰も彼もがとばっちりを恐れて遠巻きにすることを選んだ。



 ……まあ、それはそれとして、だ。



 厄介事であるのは誰の目から見ても明らかだが、関わらなければ厄介事ではないのもまた、明らかである。


 残念なことに、このファンタジー世界には娯楽というものが数少ない。現代社会の記憶がある巨女……彼女からすれば、『え、これが娯楽?』と首を傾げてしまうようなモノしかない。


 それ故に、誰も彼もが近寄りこそしなかったが、興味だけは抜群に引かれてしまい……自然と、野次馬みたいな感じな視線を向けられる割合が増えてゆき。


 気付けば、どう言い表せば良いのか分からない奇妙な集団をチラ見しつつ、市民たちはコソコソと囁き合っていた。





『お、おい、今の見たか?』


『あ、ああ、貴族の子供っぽいが……』


『しかし、アレは……』


『……羨ましい』


『気のせいかな、あのデカ女が通り過ぎた後……』


『わかるぞ、良い匂いしたよな……』


『ああ……』


『いいよな……』


『俺と変わって欲しい』


『馬鹿野郎、おまえだけに良い恰好させるかよ』


『上に圧し掛かられて窒息したい』


『腕立て伏せするあの女の下に寝そべりたい』


『おい、上級者がいるぞ』


『あの尻の下のクッションになりたい』


『は? 俺がクッションだぞ』


『見ろよ、あの太もも……柔らかそうだぞ』


『は? 柔らかいに決まっているだろ』


『やべえ、変態が多いぞ』


『あのムチムチ具合やべえ……』


『あの谷間の中、汗でヌルヌルしているんだろうなあ……』


『デカいけど、すげえ美人じゃねえか……』


『おれ、嫉妬で人を殺せたらって初めて思った』


『全財産あげるから、あの谷間に挟まれて命を終えたい』


『あんだけデカいと、肩が凝るよな……』


『俺がブラジャーさ』


『待て、さっきからチラチラ変態が増えてきているぞ』


『あれ、お姉さまがどうしてあそこに?』


『え? あんた一人っ子じゃ……ちょ、待って』


『おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ』


『ちょ、あの、いきなり赤ちゃんの真似……力強っ!!』


『放して、お乳を飲んでお休みしなきゃ……!!』


『あんたもう成人して……ちょ、助けて、この子ヤバいの!』


『おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!!』


『やべえ、変態が極まり始めたぞ!!』





 囁き合うにしては少々騒がし過ぎるが、とにかく、邪魔が入ることもなく、彼女は悠々と教会本部へと到着したのであった。



 ……。



 ……。



 …………とはいえ、だ。



 道中はそうだったとしても、さすがに教会本部ともなれば話は違う。


 本部と呼ばれる建物は目測4階建と思われるぐらいに高く広く、彼女がこれまで見てきたどの建物よりも大きかった。



 その、建物の正面出入り口には……大勢の騎士たちが待ち構えている。


 ただし、待ち構えているだけだ。



 あくまでも手出しできないのは変わらないようで、騎士たちの誰もが抜刀はおろか、通せんぼすることすら出来ないまま……彼女を睨みつけるだけであった。


 はたして、このまま彼女は中に入れるのだろうか? 



「──勅命が下りた!」



 答えは、無理、であった。



「これより、賊を討伐する! 賊を囲み、包囲して撃退せよ!」



 そう、この場にいる全ての騎士たちに聞こえるよう大声で告げたのは、ひと際立派な鎧を身に纏った騎士であった。



「だ、団長! しかし、それでは王子が……!」



 そして、その命令に思わず待ったを掛ける部下の騎士たち……まあ、そうなるのも当然である。


 なにせ、王子ごと殺せと言っているに等しい命令だ。


 王子を殺さぬよう隙を狙えというならまだしも、ここまであからさまな命令となれば、いったいどういう事なのかと疑問に思うのは当たり前であった。


 その証拠に、待ったを掛けた騎士だけでなく、他の騎士たちも動揺を隠せない。そりゃあ、そうだろう。


 なにせ、騎士たちが知る限り、王家の家族間の仲が悪かったという話は一度として聞いた事がないからだ。



 ……そう、騎士だけでなく、この国に住まう者たちなら大半は知っている事なのだが、王家の家族間の仲は、とても良いのだ。



 色々と理由はあるだろうが、一番の理由は、奇跡的にも子供たちの適性が被らなかったという……話を戻そう。


 だからこそ、団長と呼ばれた者以外の騎士たちは、本当にそんな命令が下されたのかと疑念を抱いた。


 そりゃあ、一国の主であるのだ。


 大勢を守るために時には非常な命令を下すだろうし、場合によっては実の子も犠牲にする決断を下すこともあるだろう。


 たとえば、今回の事態のように。


 理屈で考えれば、国王の判断は間違っていない。


 賊の目的が不明だが、王子を人質にとって教皇を狙いに教会に来ているのだから、長い目で見れば王家に対する攻撃なのは間違いない。



 しかし……理屈では分かっても、感情で納得出来ないのは王家とて変わらない。



 必要だとしても、命令を下すまでには心の準備がいるだろう。


 特に、王妃は末っ子であるイシュギン王子をことさら可愛がっているのは、騎士たちに限らず、城に勤めている者たちの間では有名な話。


 もちろん、国王も相応に可愛がっているし、教皇もその事は御存じのはず……それなのに、こうまで早く決断するだろうか? 



「ならば、このまま教皇を手に掛けられ、王家を苦しみ続ける道を選ぶか?」

「し、しかし、国王様が、そのようなことを……」

「くどい! 命令に従わないのであれば、それでも構わん。しかし、事が済んだ後は……分かっておるだろうな?」

「そ、それは……」



 しかし、上官である団長より、そこまで強く断言されてしまえば、それ以上の異論を挟めるわけもなく……誰も彼もが、複雑そうな顔で剣を抜いた。



 ──致命的な隙でしかなかった。



 その瞬間、騎士たちは……団長すら、動揺する部下たちを落ち着かせるために、僅かに意識を賊から……彼女から逸らしてしまった。


 その──僅かな隙を見逃すほど、彼女は心優しくはなかった。



「──え?」



 団長や、騎士たちからすれば、何が起こったのかすら理解出来ないぐらいの一瞬だっただろう。



 気付けば、少しばかり離れた場所にいた彼女が、手を振り抜いた体勢で、団長の眼前にいて。


 団長の首から上が歪に変形し、折れ曲がって……一目で、絶命しているのが分かる有様で。



 気付けば……いや、誰もが遅れて、理解する。


 この女がやったのだということに。



 瞬間、騎士たちは反射的に剣を向けようと──したのだが、出来なかった。



 それをする前に、女はそのまま崩れ落ちようとしていた団長の亡骸の腕を掴むと……それを、無造作に振り回し始めたのだ。


 まるで、子供が無邪気に玩具を振り回すかのように……その亡骸が、地面に叩きつけられる。


 何度も、何度も、何度も、何度も。


 誰もが呆気に取られ、無意識の内に総身を震わせるしかない中で……瞬く間に、肉塊へと成り果てた団長だったモノをポイッと投げ捨てた彼女は。



「こうなりたい、来い」



 そう、無表情のままに告げたのであった。



 ……。



 ……。



 …………その問いに、答えられる者はいなかった。



 いや、まあ、居るには、居たのだ。


 義憤に駆られたのか、騎士としての誇りがそうさせたのか、それは他人には分からない。


 分かるのは、剣を手に彼女を仕留めようと動いた者は……1人の例外もなく、彼女の手で殺されたということだけである。



 ちなみに、殺されたのは3人。



 1人は、上から真下に押し潰されるように背骨やら何やらを砕かれて絶命。死体は、破裂したトマトのようになった。


 1人は、団長と同じく何度も地面に叩きつけられて肉塊となって絶命し、誰の死体だったのかすら分からなくなった。


 最後の1人は、パニックを起こしてしまったのだろうが……雑に肉塊を投げつけられ、そのまま即死してしまった。



 これらを、騎士たちの誰もが反応できない程の速さでやってのけたのだ。



 騎士たちからすれば、ハッと気づいた瞬間にはもう、同僚の一人が惨たらしい死体になっているか、肉塊にされようとしているかの二つに一つ。


 果たして、そんな怪物を相手に、勇敢に挑もうとする者が……この場にはいるだろうか? 



「もう、王子、危ない」



 加えて、だ。



「動く、熱い。王子、揺れる。具合、悪くなる」



 そう、王子の状態を指差されてしまえば、もう……騎士たちには何も出来なかった。



 考えてみれば、簡単な事だ。



 攻撃が当たる当たらない以前に、彼女が激しく動けば、その分だけ王子にも負担が掛かる。


 当然ながら、動けば身体が熱くなる。そして、熱くなれば汗も出る……と、なれば、身体の中心にて拘束されている王子は、相当な熱気の中で耐えている可能性が極めて高い。


 実際、顔こそ見えないけど、ぐったりしているように見える王子は、外の状況に反応出来ていないのが分かり……それが、騎士たちの判断を決める要因となった。




『……いや、ぐったりというか、壊された性癖が固まっていっているだけだから、心配する必要は……むしろ、放そうとすると抵抗するのでは……いえ、止めましょう、成るように成った、ただそれだけのこと……』




 そんな緊迫した空気の中で、ポツリと零された天使の呟き……誰の耳にも届かなかったソレは、空しく消える。


 そう、この場において、天使だけが気付いていた。


 王子は、苦しんでいるのでは……いや、苦しいのは苦しいのだけれども、本来の意味で苦しんでいるわけではない。


 ただ、全身を包み込み彼女の体温と汗のぬめり、それらによって発散される匂いによって、もはや取り返しのつかないレベルで性癖が歪んでいっているだけなのだ。


 もちろん、気付いた天使はなんとか留めようとはした。



 いくらなんでも、その歳でそんなマニアックなフェチはレベルが高過ぎる……と。



 しかし、運が悪かった、タイミングが悪かった。


 なんとか上空より正気に戻る聖なる光を降ろそうにも、その度に邪魔が入って、失敗に終わってしまう。


 おかげで、ようやく動きが止まった時にはもう……駄目だった。


 取り返しのつかないレベルで染まっている事に手応えで気付いてしまった、その時の天使の内心を思えば……色々と諦めて受け入れてしまうのも、致し方ないことであった。




『あの人も大概鈍いというか……何だかんだ言いつつも王子に怪我をさせなように気を張っているから気付けないのですね……お思いっきり、力いっぱい深呼吸されていることに……』




 非常にかわいそうなモノを見る目で地上を見やる天使を尻目に、騎士たちが出した答えは……誰もが無言のままに道を開ける、であった。



「──ど、どうして教皇を狙うのですか!?」



 とはいえ、それでも意地があったのだろう。


 騎士たちの中でも、特に年若い男が……相当の勇気を振り絞ったのか、震えながらも声を荒げて尋ねてきた。



「……? 狙う、違う」

「え?」

「聖女、違う。それ、言いたいだけ」

「……えぇ?」



 けれども、その震えはすぐさま治まった。


 どうしてかって、此処にきてようやく……彼女の目的が、国家反逆とか、そういう大それたものではない事が分かったからだ。


 まあ、それでも、教皇を真正面から殴りに来る──という時点で、普通に捕らえられて厳罰に処されるのが当たり前の凶行ではあるのだけれども。



「あ、でも、軽く殴る」

「なに!?」

「王子、呪った、そいつだから」

「……なん、だと?」



 自称とはいえ、聖女と呼ばれる彼女から、そんな発言が飛び出せば……ザワッと騎士たちの間に動揺が広がるのも、当然のことであった。






 そうして、改めてポツポツと情報交換を行い、ひとまずは敵対の意思がない事が分かった辺りで、騎士たちから向けられる敵意は和らいだ。


 それは、何時の間にか城より戻って来た騎士より、『王子ごと賊を討伐せよ』等という勅命は一切下されていないことが分かったのも、大きい。


 おかげで、現場は大混乱。


 いったいどういう事なのだと声を荒げる騎士が1人や2人ではなかった。


 とはいえ、そうなっても当たり前だろう。


 この世界の常識に疎い彼女は首を傾げるばかりだったが、この世界では王の勅命を偽装するのは、ほとんどの場合は問答無用で死罪となるぐらいに罪が重い。


 なにせ、国王の決定はその国を動かすも同じ。


 それを偽装するという行為は、国王はおろか、国そのものを騙しているに等しく……ある意味、王族殺しよりもよほど重罪な行為なのだ。



 ……さて、そうなると、だ。



 いったい誰がそんな命令を受けて、この場に伝えに来たのか? 


 その答えを知るには、最初に勅命云々を受けた団長に聞くのが一番だが……残念なことに、その団長は彼女の手で肉団子になってしまっていた。


 だが、分からないので後で考えよう……なんて事にはならない。



 ……ちらり、と。



 騎士たちの視線が、パタパタと彼女に扇がれている……長時間の拘束によって熱中症に似たような状態になってしまい、鼻血まで噴いてしまっている王子へと向けられる。


 命に別状はないとのことだが、王子はまだ子供だ。


 グッタリと力無く横たわっている様は憐れみを誘い……自然と、怒りのメーターが上がっていくのを騎士たちは抑えられなかった。



 ──そうだ、なにせ、一歩間違えたら賊ごと王子を死なせていた可能性があったのだ。



 そこにはこれまた当然ながら、騎士たちの犠牲も含まれる。


 それが本当の勅命であったならばまだしも、偽装された可能性が極めて高い勅命ともなれば、根本から事情が変わってしまう。


 おかげで、副団長と名乗った男が自ら案内するという異例の事態になり……ものの5分と経たないうちに、本来であれば堅牢に守られているはずの最奥へと彼女は到着したのであった。



「……おかしい、結界が張られている?」



 だが、順調だったのはそこまでで……怒りを隠しきれない様子で先頭を進んでいた副団長は、訝しげに最奥の『大聖堂』へと続く扉を睨んだ。


 どういう事かと尋ねれば、『有事の際にのみ使用を許されている、強力な防壁結界が作動している』とのこと。



 この結界は、言うなれば最終防壁ライン。



 万が一城下町が戦火に見舞われた際、ここを突破されてしまえばもう後がないという時に使われる、シェルターみたいな役割を果たす結界らしい。


 しかし、副団長曰く『不完全に発動している』とのこと。


 というのも、本来この結界は神官が数十名~数百名ぐらい集まったうえで、事前に魔力を十分に練り込んだうえで発動する必要がある大出力の魔法らしい。


 手応えからして、おそらくは急いで……それも、強引に結界を発動させた可能性が極めて高い。


 なので、おそらくは結界の強度も弱く、小一時間と経たずに自然に魔法が切れるだろう……というのが、副団長の見解であった。



「ありえない……国王の許しなく、この魔法の使用は固く禁じられているはずなのに」



 同時に、副団長は……その理由が分からず、困惑した。



「そうなの?」



 事態を理解出来ていない彼女が素直に尋ねれば、「そうだと、思っていたんだが……」副団長は結界を見つめたまま……静かに、頷いた。



「ああ、間違いないし、変更されたという話を俺は知らない。なにせ、この結界は、その分だけ代償も大きいからな」

「ふ~ん……」



 首を傾げる彼女に、副団長は説明を続ける。



「それだけ強力な結界を張るとなれば、注ぎ込まれる魔力も半端ではない。そして、裏を返せば……それだけの魔力を持つ者が守りに徹しなければならない状況というわけだ」

「つまり?」

「そう易々と使って、いざという時に魔力切れで発動しません……というのが一番困るのだ。なので、使用する際は国王からの許可がいるのだが……ん、おい?」

「話、長い」



 説明を聞くのが面倒になったのだろう。


 どうしたものかと頭を悩ませている騎士たちを尻目に、彼女は『大聖堂』の扉の前に立つと……ズドン、と扉を殴り始めた。


 瞬間──扉よりイナズマが迸ったかと思えば、彼女の総身にビリビリと広がり……ぼわっと発火した。



「──や、止めなさい! 不完全とはいえ結界は結界だ! 不用意に触れれば、反動で総身が燃え、灰になるぞ!」



 それを見て、顔色を変える副団長たち。



「大丈夫、殴る」



 けれども、彼女は欠片も気にした様子もなく、扉を殴り続ける。


 すると、バチバチとイナズマは絶えず彼女の総身へと伝わり、瞬く間に彼女は炎に包まれ、火だるまとなった。


 そうなればもう、副団長たちにはどうすることも出来ない。


 これは、魔法的な炎。単純に水を掛ければ消えるモノではなく、迂闊に触れば炎はあっという間に騎士団全員に広がってしまう。


 なので、戦々恐々となった副団長たちは、彼女から距離を取って呆然とするしかなかった。



 ……で、だ。



 普通ならば、扉を殴り続ける者はすぐに炎によって動けなくなり、そのまま灰となる定めなのだろうが……彼女は、違った。


 まるで、己の身体を包み込む炎などそよ風の如く、拳の回転サイクルを加速させ始めている。


 めき、めき、と。


 扉が軋んでいるのか、結界が軋んでいるのかは不明だが、なにかしらの悲鳴が上がっているのは誰の目にも明らかで──っと。



『……あのですね、恥じらいというものをもう少し意識した方がよろしいかと思いますよ』

「あ、フラさん、服、ありがと」

『フラさん違います──っていうか、素っ裸で殴り続けようとしないでください……後ろの騎士さんたち、目のやり場に困っていましたよ』



 ナイス・アシスト。


 身体が無事とはいえ、衣服はそうではない。


 頑丈だとはいえ、さすがに魔法的な炎の前では手も足も出せず、あっという間に素っ裸になった彼女だが……それを見て、マズイと思った天使が服を戻してくれた。



 つまり、結界を前にひたすら殴り続ける巨女。


 反動で発火し、素っ裸になる巨女の裸体を守る天使。


 そして、どうして良いか分からず目のやり場にも困る騎士たち。



 あまりにシュール過ぎて、傍から見れば混乱待った無しな状況……そんな中で。



「おっ、開いた」



 べきり、と。


 ひと際大きな打突音と共に、ついに結界と扉が限界を迎え、穴が空いた。


 絶句する騎士と苦笑いをする天使を尻目に、彼女はそのまま扉を完全に粉砕しようと大きく腕を振り被った──瞬間。


 扉が──いきなり、内側に開かれた。



「ん?」



 思わず、攻撃を止めた彼女──の、身体を、中より飛び出した幾つもの腕が、ガシリと掴むと。



「え?」



 目を見開く騎士たちや天使を他所に、呆気に取られた彼女は──ひゅん、と『大聖堂』の中へと引っ張り込まれたのであった。



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