第2話: 素材はガチで良い(なお、サイズ)

※ まだ聖女じゃない(片鱗は見え隠れ)

※ ほんの僅かだけ蛮族じゃなくなる


――――――――――――――――――



 ──金は大事である。正確には、信用が置かれた通貨は大事だ。




 それは、ファンタジー世界であっても変わらない。


 まあそれは、それだけ社会的、文明的な成長が遂げられている証であるので、本来であれば褒められる話ではある。


 しかし、それが文明の世界から切り離された環境で長く生きてきた彼女にとっては、中々に高いハードルとなる。



 まず、彼女は金の価値がよく分かっていない。



 なにせ、彼女はそういった教育を受けられる環境で生まれなかったし、育てられなかった。


 前世の記憶のおかげで、金銭というモノの価値と利便性を理解し、それがなければ人の社会では生きていけない……ということは、ちゃんと分かっている。



 しかし、それは使用されている通貨をちゃんと理解していないと意味が無い話でもある。



 例えるなら、現代社会において紙幣がお金であると分かっていても、100万円がどれほどの価値なのかを理解していない状態だ。


 そして、この価値を理解するということは、見方を変えれば物価の相場を理解するのと表裏一体でもある。


 だからこそ、相場を理解していない彼女は、金の価値が分かっていないも同じなのであった。



「通行料、足りる?」

「う~ん、すまねえが、もうちょっと必要だな」

「わかった、もう一回、狩りに行く」

「いや、待て待て、冗談だ。十分に足りているから行こうとするな」

「足りている?」

「見りゃあ分か……あ~、そういや、お前さんには分からんか。すまん、意地が悪かったな」



 実際、通行料を払いに来た際、誰が見ても一目でわかる悪戯を理解出来ず、素直に追加の仕事をこなそうとしたあたりがソレだ。


 幸いにも相手が真面目で騙すつもりはなく、からかう程度の感覚でいたからそこで済んでいたが……それは、彼女の運が良かっただけだ。


 知らないというのは罪ではない。だが、無知である事はけして褒められることではない。


 絶対的に、騙すのは悪である。


 だが、悪が必ず捌かれるわけではなく、騙されないために知識を付けるのは当たり前の事であり、そういった知識を持っていない彼女は悪ではないが、愚か者でしかなかった。



「──では、詫びの替わり、教えてもらう」

「ん? なんだ、知りたい事があるなら、ギルドに聞いた方が早いぞ」

「ギルド、聞く。それ以外、貴方に聞く」

「ん~、デカいとはいえ女に頼って貰えるのは嬉しいが……俺が答えられる範囲なんて、そう広くはないぞ」

「それでも、いい。教えて、ほしい」



 そして、愚か者ではあるが、愚か者のままでいる事を良しとしない気概がある彼女は、素直に門番長のリーゲルに尋ねた。



「……え~っと、つまりは、だな」



 その内容を簡潔にまとめると。



「町の中でも目立たないようにするには、どうしたらいいか……ってことを俺に聞きたいんだな?」

「うん」

「なんでまた?」

「周りと違う、寄って来る、弾かれる。これは、外も、中も、同じ」

「はあ、なるほど。確かに、お前さんの恰好は些か目立ち過ぎる。何をするにしても、その恰好はいらぬ誤解を招くだろうな」



 ──つまりは、まずは人の中に溶け込む方法を教えてくれと頼んだわけである。



 これはまあ、話が逸れているようでけっこう理に叶った考え方である。


 というのも、何を学ぶにしろ、何かを得るにしろ、まずは対人関係……すなわち、警戒されずに受け入れられるというのが大前提な事だからだ。



 分かり易い言葉に言い換えるならば、『信用』だ。



 どんな取引であれ、『信用』の無い相手は誰も取引に応じてくれない。ギルドという最後の砦があるにせよ、それだけでは信用してくれない者は多いだろう。


 そして、『信用』というのは武器にも防具にもなり、時には命を助ける事にもなる。


 いざという時、この『信用』の有無で結果が分かれるなんていうのは前世の歴史が証明しているし、この世界では例外だなんて、彼女は微塵も思っていない。


 だからこそ、彼女は知ろうと思ったし、早急に済ませておかなければならない問題と捉え、リーゲルに尋ねたわけであった。



「……そうだな、まずは身嗜み……身体を綺麗にすることだな」



 そして、ジロジロと遠慮なく全身を見回した後で、率直に教えてくれたリーゲルを、彼女は良い人だと思った。



「汚い、か?」

「人の世界で生きようと思ったら、身綺麗にしておくに越したことない……が、お前さんのその図体だと、断られるかもな」

「……余所者、駄目か?」



 可能性として有りえそうな話に思わず肩を落とせば、「いや、単純にお前がデカすぎるんだよ」リーゲルはそう言って苦笑した。


 どういう事かと言えば、それは大衆浴場のサイズ。


 この町は幾つかの大衆浴場があるのだが、それらは全て蒸し風呂であり、基本的にあまり広い作りをしていない、個室が幾つも用意されているタイプだ。


 はっきり言えば、少しでも熱が逃げないような設計のために出入り口が狭く、中も相応に小さく作られているため、だいたい身を寄せ合う形になってしまう。


 そこに、巨人と見間違う背丈の彼女が入るとなれば、貸切も同然となり……間違いなく、正規の値段では入れてくれないだろうし、時間帯によってはほぼ入店を断られてしまうだろう。



「それに、おまえさんの髪……油か何かを塗っているな?」



 指差された彼女は、少しばかり首を傾げた後、ああっと思い出して頷いた。



「いちおう聞いておくが、なんの油だ?」

「名前、知らない。樹木の液。塗る、固くなる、爪、牙、邪魔する。水、濡れる、大丈夫」

「……野生の中には蒸し風呂なんてないだろ? そんな樹液が蒸し風呂の中で溶け出してみろ……下手すると、掃除の為に丸一日使い物にならなくなるかもしれないだろ?」

「え?」

「掃除で済むだけならいいけど、下手すると風呂を使えなくしたとして賠償問題……そのまま、今度はお尋ね者として捕まりかねない……まあ、可能性の話だけどな」



 ──が~ん! 



 文字にすれば、正しくそんな感じでショックを受ける(まあ、理解したわけだけれども)彼女に、リーゲルは受け取った袋(金貨入り)から通行料だけを取ると、それを返した。



「いちおう、風呂付きの宿もあるにはあるが、おまえさんほどの図体を想定した風呂なんてないだろう」

「風呂、小さい?」

「貴族の屋敷ならともかく、一般的な宿屋の風呂って大きなタライにお湯って程度だからな……とりあえず、おまえさんの身体が入れるタライはないだろう」



 これは、意地悪でも何でもなく事実であった。


 男性用の大きなタライを用意していたとしても、彼女の体格は男性よりも一回り……どころか、3回り以上はある巨体だ。


 最悪、タライが壊れかねない。


 ましてや、使うお湯も相当に増えるだろうし、それだけの量のお湯を一度に用意出来る宿屋など、この町にもはほとんどなかった。



「だから、この金を持って……『星屑の宿』へ行って、とりあえず綺麗になってこい」



 ゆえに、リーゲルはこの町において最も有名で、最も金を取るが最高級のサービスを提供してくれる高級宿・『星屑の宿』を勧めた。



 ……『星屑の宿』。



 その宿の目玉は、なんと言っても貴族ぐらいしか使わない大きな浴槽があるだけでなく、一泊すれば5歳は若返るという噂の徹底的なエステ(が、近しい)だ。


 そこであれば、言葉が拙くとも十二分に察してくれるし、横柄な態度にさえ出なければ、出来うる限り希望に沿ったサービスを提供してくれる。


 幸いにも、彼女は世間知らずではあるが暴力的ではなく、自分の為に必要とあれば素直に言う事を聞くし、リーゲルが見た限りでも悪いやつとは思えない。


 だから、金さえちゃんと払えば、宿は彼女を拒絶したりはしないだろう。


 後は、言う事を聞いているだけで美味い物が食えて、綺麗なモノを見れて、翌日には見違えるほどに人間らしい姿になっている……というのが、リーゲルの考えであった。



「わかった、行く。でも、足りる?」

「調度品を壊すとかしない限りは大丈夫だろう。まあ、足りない場合はまた稼げばいい、だろう?」

「……そうだな」

「いちおう、受付で何か言われたら、俺に紹介されたって言えばなんとかなるだろう。まあ、どう変わるか気になるから、明日……無理そうなら明後日以降にでも、会いに来てくれたら嬉しいな」

「わかった、綺麗なった、来る」



 一つ、頷いた彼女は……リーゲルに深々と頭を下げると、『星屑の宿』へと向かった。







 ……。



 ……。



 …………○月×日。報告者『星屑の宿・副支配人:マーガストロ』




 ──私も、この仕事をやって長い。そうだな、かれこれ30年近くになるだろうか。



 今まで、様々な、多種多様な人たちの接客を務めてきた。


 応援で呼ばれた事もあるし、名のある貴族もそうだが、王族に名を連ねる御方の接客も務めた事がある。



 分かるかね? 



 相応に自信があったし、相応に経験を積んできた。だから、ちょっとやそっとじゃ顔色一つ変えないつもりでいた。



 ……けれども。



 あの日、あの時、あの瞬間……情けない話だが、私は一瞬ばかり、呆気に取られた。呆然とするしか、出来なかった。


 それは、単純に恰好がどうこうという類の話じゃないんだ。


 君にはあまり想像し難いとは思うが、王都に限らず、貴族間の流行というのは時に非常に奇抜なモノになる時があってね。


 慣れた私の目から見ても、『ちょっとそれは……』みたいな光景もまあ、よくあることなんだ。


 でもね、人間っていうのは良くも悪くも慣れる生き物なんだ。


 どれだけ奇抜な恰好を見ても、奇妙な注文を付けられても、人間ってのは、いずれ慣れてしまうもので。


 気付けば、『ああ、今度はそう来たか』……その程度にしか感じなくなっていた。



 ……だが、あの時は違った。



 君も御存じの通り、『星屑の宿』には、いわゆる資産家以外にも様々な客が来て下さる。


 この町に来る度に必ず選んでくださる貴族様もいらっしゃれば、一生に一度の事だと頑張って来てくれた方もいらっしゃる。


 なので、私たちは王族等の例外を除き、お客様は全て等しく扱う事を心掛けていた……そんな私たち、いや、私ですら、だ。


 店に入って来た、あの人の圧倒的な迫力の前には、思わず足を止め、口上を止め、お出迎えの所作を止めてしまった。




 ……え、そんなに驚く事なのかって? 




 ふ、ふふふ、ふふふふ……あ、いや、申し訳ない。


 ただ、皆様方、そう言うのだよ。実際のあの人……彼女をちゃんと見たことがない方は、皆様同じことを口にする。


 いえ、責めているわけではないし、からかっているつもりもない。


 ただ、実際に見ないと分からない事って、あるだろう? 


 彼女は、正しくその典型なんだ。


 実際にその姿を見ないと、実感が湧かないと思う。


 こうして言葉を重ねたところで、いまいち想像がつかない……皆様、同じことを口になさる……っと、話を戻そう。


 え~と……そう、そうだった、あの時の彼女を見た時、私は柄にもなく……これほどに美しい人間がいるのかと柄にもなく興奮した。



 なにせ、彼女はとにかく大きかった。



 彼女の前では、平均より背がある私ですら子供に戻ってしまったかのような……とにかく、それほどに大きく見えた。


 それでいて、彼女はけしてデブではない。


 全身が、鍛え抜かれた筋肉の塊。それも、ただ太く分厚くしたものではない、戦って生き残る為だけの、鋭く研ぎ澄まされた戦闘用筋肉。


 その上に、同性からも魅力的に見えるように脂肪が乗っている。全ての無駄をそぎ落とし、必要な部位にだけ心血が注がれた……そう。


 正しく、戦の神が丹精込めて作り上げた肉体……私には、そうとしか思えなかった。



 ……。



 ……。



 …………だからねえ、その……ほら、君も知っての通りだよ。



 そう、君も知っての通り、この宿には用心棒が居た。そう、かつては居たんだよ。


 彼は、まあ、少しばかり先走るところはあるけれども、仕事熱心で真面目な良いやつだった。


 評判は悪くないし、何事も無ければあの後も継続して雇われるはずだった。



『おい、そこのおまえ。そのような汚い恰好で入って来るとは、いったいどういう──』



 彼は、まあ、何時ものように仕事をしただけだった。コレに関しては、彼に何一つ落ち度はなく、彼女の方にこそ落ち度があった。


 なにせ、当時の彼女の恰好が、格好だった。


 町の中に入れている以上は大丈夫とはいえ、見た目のインパクトが強過ぎて……失礼な話だけど、彼女を見た瞬間に腰を抜かした者もいた。



 だから、ねえ? 



 何時ものように、鎮圧用のメイス(棍棒の一種)を突きつけて脅した彼の行動には何一つ間違いはなかった……それだけは、雇っていた私が断言しよう。


 ……間違いは、その場に居た誰もが、彼女がどういう人なのかを確かめずに、何時ものように排除に動いた彼を止めなかったことだ。



『──いきなり、なんだ?』



 声は、軽やかで柔らかいものだった。


 だが、何気なく……そう、思わずといった様子で振るわれた腕が、物凄い音を立てて──ぐるん、と彼の身体が一回転する様を見て、その場に居る誰もが、判断を間違えた事を理解した。



 ……想像出来るかい? 



 彼は、用心棒を務めているだけあって、体格は良かった。


 元は王都でも名の知られた冒険者だったらしく、そこらのゴロツキが10人束になったところで瞬時に抑え込めるぐらいにタフネスな男だった。


 そんな男が──ぐるん、と真横に一回転したんだ。


 いやあ、人間ってあんなふうに回転出来る生き物なんだなって、その時はこう……他人事に見ていたよ。



 ……。


 ……。


 …………え、その後どうしたのかって? 



 そりゃあ、君ぃ、決まっているだろう? 



 結局は、お互いに誤解だったんだから、お詫びとして料金を割引して、お互いに落としどころを用意してお終いだよ。


 なにせ、彼女は客として来たのだからねえ。


 こちらとしても、お金をちゃんと払ってくれる以上、客は客。


 最高のおもてなしをご用意し、野生人のようだった彼女を人に戻す……それが、彼女からの御依頼でもあったのだから。



 ……。


 ……。


 …………ん、なんだい、その顔は? 



 ああ、なるほど、想像出来ないってわけ? 


 まあ、仕方がないとは思うよ。私だって、ちゃんと身嗜みを整えた彼女があそこまで変容するなんて、あの時は想像すらしていなかったから。 



 ……うん? 



 ああ、そうだよ。君ぃ、中々ちゃんと調べて来ているね? 


 そうなんだよ、今の彼女の姿しか見ていない者は誰も信じようとしないけど、初めてこの町に来た時の彼女の髪は、くすんだ茶色だったんだ。



 ……そうだ、君も御存じの通り、今の彼女は金髪だ。



 そうだよ、黄金を溶かして束ねたと称えられている、あの美しい髪色は最初、くすんだ茶髪だったんだ。


 ああ、言っておくけど、彼女が後で金色に染めたんじゃないんだよ。


 曰く、野生において、金色なんてのは無駄に目立つだけらしくてね。樹液か何かは知らないけど、そういうので染めていたらしい。


 これの何がおかしいって、当人は無頓着に樹液を重ね塗りしていたらしいから、元の髪の色なんてすっかり忘れていたってことさ。



 ──それに、髪だけじゃないんだ。



 アレはね、本当に……そう、野性的な恰好ではなく、こちらがご用意させてもらったふくよかな女性用……失礼、大きめな服を着て貰った時、私はたまげたんだ。



 ──アレはね、正に色気の暴力だよ。



 体格からして俺たち男が子供に見えてしまうぐらいに違うけど、アレはねえ……機会にさえ恵まれるなら、一度はヤッてみたいなあって誰もが思っただろうね。



 ……いや、貴方だって、彼女を前にして一度は想像したことあるだろう? 



 自分の頭ぐらいに大きな胸に挟まれたいって思ったことあるだろう? 


 自分の胸ぐらいに大きな尻に思いっきり頬ずりしたいって思ったことあるだろう? 



 貴方も経験あるだろうし、知っているだろう? 



 初対面の相手に対して、男も女も関係なく、子供か何かを相手にするかのように抱き締めてしまう癖が彼女にあるってことを。


 まあ、恥ずかしい話だけど、彼女からすれば私たちなんて年下の子供にしか見えないのだろうよ。


 なんと言ったって、あのサイズ、あのデカさだからなあ……それでいて、普段はけっこうおっとりしているときた。



 もうね、み~んなそのギャップにやられてしまう。そこがまた、可愛いのさ。



 ただ、私たちにとって惜しいのは、彼女はあくまでも親愛の意味でそうしているだけってことさ。


 でも、一回されたら忘れられないだろう? 


 一目で、ものすごい筋肉質だと分かるのに、いざ抱き締められると同じ人間とは思えないぐらいに柔らかくて、それでいて、思わず眠気を誘うぐらいに良い匂いがするわけだよ。


 アレをされて、彼女の虜にならなかったやつを私は見た事がないし、泣き崩れなかった悪党を見たことだって一度としてない。



 ──『聖女』。



 誰が最初にそう呼んだのか、悪人すら彼女の前では懺悔し、罪の意識を自覚させてしまう。


 その懐の深さこそが、彼女が『聖女』と言われる所以なのかもしれないな。



 ……。



 ……。



 …………うん? 私の目には彼女が『聖女』に見えるかって? 



 ははは、それを私に聞くか……よろしい、では、まずは彼女が普段何をしているかを──(以後、話が長くなり過ぎたのでインタビューを中止する)




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