第1話: 大きい方が食いごたえあるぞ
※ まだ、聖女じゃない
※ まだ、蛮族
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──やはり、頭ファンタジー倫理な世界であっても、余所者は歓迎されないようだ。
その事を彼女が強く認識したのは、町へと続く門の前にて集まる兵士(恰好からして、彼女はそう思った)たちより向けられる、視線の冷たさを実感した時である。
そりゃあ、彼女もちょっと酷い恰好だなとは自覚していた。
この世界の常識に疎い(だって、村から出た事ないし)とはいえ、さすがに、葉っぱやら何やらをブラやパンツ代わりにするってのは、駄目だなってのは分かっていた。
しかし、仕方がないのだ。だって、服が無いんだから。
村を出て来る時に着ていた服なんて、3ヵ月と経たないうちに駄目になった。かといって、自力で服を用意出来るような特殊技能など持っていない。
加えて、現金も所持しては……いや、村を出た当初はおそらく持ってい……なんで、おそらく、だって?
それは、彼女はこの世界の通貨の価値を理解していないからで……まあ、仕方がない事である。
だって、そういうのは全て大人たちが管理しているからで、子供だった当時の彼女にはまだ早い事だと思われていたせいで、教えられていなかったのだ。
それでも、なんとなく『これがお金なのだろう』という当たりは付けていたから、袋に入れて持ち出したわけである。
まあ、その袋も、火を吐く蜥蜴(たぶん、ドラゴン)と戦った際にどこかに落としてしまい、その後からずっと無一文になってしまったけれども。
……話を戻して、とにかく、だ。
とにかく、彼女は自分の恰好がよろしくない事ぐらいは理解していた。ジロジロと不躾な視線を向けられるのも、致し方ない話だろうとも思っていた。
(むむむ、まさか槍を向けられる程に警戒されるとは……)
けれども、さすがに武器を突きつけられるような冷たい態度を取られるのは、想定外であった。
とはいえ、だ。
悲しいかな、この世界はモンスターとか普通に出現するだけでなく、頭がファンタジー倫理な人たちも出没する、ちょいダークなファンタジー世界だ。
彼女の前世にあるような、ちょっと怪しい人がいたら近寄らないで離れておこうみたいな消極的な考えだと、取り返しのつかない事が起こってしまうような世界なのだろう。
だから……武器を突きつけられる事に驚きはしたし、ちょっと悲しい気持ちにはなったけれども、悲観に暮れるほどには感じなかった。
(……しかし、驚いたな)
そんな事よりも、彼女の興味を引いたのは、他でもない。
(まさか、人間の町かと思ったら、ドワーフの町とは……さすがはファンタジー世界、この調子だとエルフがいるかも……!!)
それは、己の眼前に立ち塞がる者たちの、そのミニマムさであった。
有り体にいえば、ちっちゃいのだ。
本当にドワーフなのかは別として、明らかに己よりも小さい。頭一つ……いや、三つ四つは小さいように思える。
そして、小さいのは背丈だけではない。
着ている甲冑もそうだし、兜もそう。持っている槍だって、『果物ナイフかな?』と思ってしまうぐらいに小さい。
──ぶっちゃけ、そんな細い身体でモンスター倒せるのかって心配になるレベルだ。
少なくとも、これまで幾度となく戦ってきたモンスターたちを相手取る姿を騒動すると、命の心配を覚えるレベルだ。
それでいて、小さいのは1人だけではない。ゾロゾロと集まって来ているが、どいつもこいつも小さいのだ。
(う~ん、可愛いとは思えんが、生で見るドワーフはなんだか愛嬌を感じる……なんか、年下の子供を見ている気分だ)
場所と恰好からして、集まって来ている者たちが門番なのは確定だが……強引に押し通ると大問題になるのは目に見えている。
かといって、ここまで注目を浴びた状態で逃走してしまうと、それはそれで面倒な事態に発展するような気が、しなくもない。
と、なれば、だ。
こういう時のお約束である、『袖の下』を使うべきなのだろうが……残念な事に、現金を所持していない彼女は途方に暮れるしかなかった。
「──こりゃあ、すごいのがやって来たな」
そうして、何をするわけでもなく佇んでいると、人だかりを掻き分けるようにして、1人の男が姿を見せた。
「リーゲルさん! すみません、お手を煩わせて……」
「いやいや、この時の為に俺がいるんだろう。むしろ、適切な判断っていうやつだ」
そう、朗らかに笑う……リーゲルと呼ばれた男の姿を目にしたことで、周囲のドワーフ(にしか、彼女は思えない)たちから目に見えて緊張感が和らいだ。
(……ドワーフたちのボスか?)
それを見やった彼女は、とりあえず……近づいて来る男を観察する。
甲冑(というには、少し軽装だが)を身にまとったその男は、身の丈よりも大きなハンマーを肩に担いでいる。
相当な重量なのだろうが、歩く姿からは、それを全く感じさせない。いや、それどころか、重さすら感じていないのではと思うぐらいに普通だ。
彼女の目から見れば『肉叩きかな?』と思えるような頼りなさだが、集まっているドワーフたちの反応から見るに、このハンマーは超重量級の道具なのだろう。
そんなモノを軽々と担いでいる辺り、相応の実力はあるのだろう。その証拠に、周囲の者たちは1人の例外もなく、安堵の表情を浮かべ……っと。
「よお、俺はリーゲルだ。門番長を兼任している……あんたの名は?」
尋ねられた彼女は、答えようとして……あれ、と首を傾げた。
どうしてかと言えば、自分の名前が出て来なかったからだ。嘘だろと思って深く考えてみるも、結果は同じ。
ちょっと、彼女は愕然とした……まあ、そうなるのも無理はない。
なにせ、最後に名前を呼ばれたのは、両親や家族が息を引き取る少し前。
それ以降、人と出会わなかった彼女は、これまで一度として自分の名を使った事がなかった。
大自然の中では、名前なんぞ何の意味もない……というか、名前というのは人の社会に居る時以外しか通用しない概念なのだ。
そんな事を覚えているよりも、飲める水のある場所や、獲物を獲りやすい場所、モンスターの縄張りなどの近寄らない方が良い場所を覚えている方が大事なのだ。
「……どうした? 名乗れぬ理由でもあるのか?」
けれども、ソレを眼前の男、リーゲルへ説明する事は出来ない。
なにせ、どうしたものかと悩んでいる間の沈黙によって、リーゲルが不信感を抱いてしまったのだ。
言葉にされなくとも分かる。朗らかな笑みから一変して、少しばかり目付きが鋭くなったから。
(え、どうしよう……これ、押し入っても逃げても、指名手配扱いだよね?)
思わず、彼女は内心にて頭を抱える。
間髪入れずに答えたならともかく、この状況では何を言ったところで『何かしらの上手い理由を考えていた』と認識されて終わりだろう。
只でさえ、久しぶりに言葉を話すからなのか、上手く言葉を出せないのだ。
こんな状態で奇跡的に上手い理由を考えつけても、『それっぽい理由だな』と余計に不審に思われる……いや、もう考えるだけ無駄か。
「ウロロ、だ」
──とりあえず、黙っているよりはマシだろう。
その程度の感覚で、彼女は偽名を名乗った。
まあ、その偽名も、ずっと前に何やら襲い掛かってきたモンスターの雄叫び……ああ、そういえば、あの時は大変だったなあと思考が飛ぶ。
(あの糞デカいオーク、ウロロ、ウロロってうるさかったし、しつこかったなあ……腹が立ったから、ウロロ、ウロロって怒鳴り返したっけ)
まあ、あのオーク……豚の顔に人の身体っぽい見た目(ただし、全長10メートル)していたけど、焼いたら美味かったから、出会えるならまた出会いたいのが本音だけ……おっ?
「──っ! ウロロ、だと?」
どういうわけか。
どうしたわけか。
リーゲルは心底驚いた様子で目を見開いた。
その事に、彼女の方も驚いて目を瞬かせた。
(え? なに? ウロロって、なんか名乗っちゃいけない類の言葉なの?)
まさか、そんなわけないよな……そんな、藁にも縋る思いでリーゲルを見つめ──おっ?
唐突……それはまさしく、唐突な凶行であった。
何故か、リーゲルはいきなり担いでいたハンマーを振り被ると、気合の雄叫びと共に地を蹴ったかと思えば……彼女へと振り下ろしてきたのだ。
これには、大自然の掟に慣れ切っていた彼女もビックリした。
思わず、己へと迫るハンマーに拳を叩き込んで止める。ガツン、と衝撃が走ったが、ハンマーはピタリと止まった。
常人がやれば拳どころか腕や肩が衝撃でひしゃげてしまうが、大自然にて鍛え抜かれた彼女の拳はそうではない。
むしろ、逆だ。
岩石をバームクーヘンのように容易くバラバラにしてしまう拳の前では、逆に振り下ろされたハンマーの方が心配であり……実際、そうなった。
「──ぐっ!?」
結果、振り下ろした己のパワー以上のパワーを叩き込まれた衝撃は、見事なまでに変形したハンマーと。
「……さすがは『皆殺しのウロロ』だ。噂に違わぬ凄まじい剛腕だな」
痺れでも走っているのか、痛そうに手を振っているリーゲルの姿が──って、ちょっと待てぃ。
(は? 皆殺し? 誰それ?)
意味が分からず、彼女は首を傾げる。
断言するが、彼女は誰彼を皆殺しにした事はない。
何時だって、自分が生きる為に仕留めていただけ。食う為に獲物を仕留めたことはあっても、皆殺しと形容されるような……誰かと間違えてはいないか?
「……皆殺しのウロロは、身の丈が2メートルを超えた女戦士だと聞く。拳で獲物を仕留め、巨大な棍棒で竜すら撲殺するという噂だ」
──あ、ごめん、それなら俺だわ。
思わず、彼女は頷いた。
というのも、まず、竜は仕留めている。彼女が持っている武器も、その竜から取り出した牙である。
もちろん、毎回竜の牙を使っているわけではない。強固で壊れにくいが、それでも、使い続けると徐々に痛んでくるから、定期的に交換する必要がある。
実際に、この牙は5代目で、4代目は……ウロロとか叫んでいたやつの大腿骨を使っていた。
しかも、4代目に比べて少し小ぶりであるし、そのうえ、この牙の持ち主は滅多に見掛けない珍しいやつだ。だって、遠くの空から飛んでくるし。
なので、普段は拳で獲物を仕留めている。
拳なら多少怪我しても飯食って寝れば治るし、正直言えば持っているコレよりも拳の方が威力高いし……いや、コレが有ると色々便利なんだけれども。
「遠くから、ウロロ、ウロロと声が聞こえたら、やつが戦っている時の雄叫びだ……という噂だ」
──え、いや、だって、そう叫ぶとあいつら怯んでくれるし……え、もしかして、その時の事が広まっているの?
思わず、彼女は頭を掻いた。
なんだか、ちょっと気恥ずかしい。
例えるなら、部屋の中でシャドーボクシングしていたら、家族に覗かれていてフフフッと笑われていた時のような……ん?
「それに、ウロロと呼ばれる戦士はオークだろうが何だろうが食ってしまうと聞く……おぞましい怪物で、竜すらも恐れるとか……」
──いや、そりゃあ食うか食われるかなんだから……あと、殺したなら全部食べないとダメでしょ。
思わず、彼女は不服そうに顔をしかめた。
前世の記憶を含めて、彼女は幼少時色々とひもじい思いをしたために、必要でもないのに食料を捨てたり、粗末にするのを嫌っている。
それは、お腹いっぱい食べられるようになった今も変わらない。
殺した以上は頑張って食う、食わないなら極力殺さない、殺したくないなら基本は逃げろ、この三つをずっと守り続けている。
だからこそ、骨までしゃぶり尽くすとかいう当たり前な事をそのような言い草で話すやつに腹が立つ。
そんな事をしなくても生きていけるのは構わないが、それで下に見て来る相手……甘ったれで恵まれた考え方をしているのを見ると、癇に障るのであった。
「……単刀直入に尋ねる。何が目的だ?」
とはいえ、それでいちいち戦うのは彼女のポリシーに反する。
探る様な眼差しで見てくるリーゲルに対し、腹いせに拳を叩き込むのは蛮族のやること……野生暮らしではあるが、そこまで落ちたわけではない。
「ちょっと、覗きにきただけ」
「覗きに? どうして?」
「いっぱい、居るから。楽しそう、思った」
「……それだけ? ただ、気になっただけ?」
「うん」
恰好はアレでも、中身は善良な元村娘(しかも、前世の記憶有り)である。
まあ、それを説明する証拠はない(だって、村はとっくの昔に全滅したし)ので、駄目と言われたら諦めるつもりではあるが。
「……少なくとも、俺が見た限りではお前を通さない理由はない」
まさか、許可が出るとは思わなかった。思わず、彼女は喜びのあまりパンパンと己の腹を叩いた。
「けれども、町の中に入るには通行料がいる。いちおう聞くが……持っているのか?」
けれども、直後に続いたその言葉に……彼女は、無言のままに首を横に振ると……そっと、持っている武器を差し出した。
「これ、代わり」
「……いや、無理だ。残念ながら、この町では通行料を物々交換で賄っても良いとは許されていない」
「駄目か? これ、固い、強い」
「質の良し悪しじゃないんだよ……あ~、そうだな、とりあえず、持ち合わせはないんだな?」
「ない」
頷けば、「それじゃあ、
「仮って付いているのは、期限が通常の通行証よりも短い臨時的なものだ。とにかく、ギルドに行って何でもいいから仕事一つこなして、通行料を払いに来い」
「ギルド……?」
「こうして受け応え出来るってことは、ある程度は想像出来ているし分かっているんだろう? 場所は部下に案内させる……期限以内に支払わないとお尋ね者になるからな、急げよ」
「働く……働く、いいのか?」
「良いも悪いも何も、お前はお尋ね者ではないし、良くも悪くも評判は良いからな」
「ひょう、ばん?」
首を傾げる彼女を他所に、リーゲルは……苦笑と共に手を差し出した。
「ようこそ、ヴェスター領のヴェスターの街へ……何も悪い事しなけりゃあ歓迎するよ」
それは、中に入っても良いという歓迎の言葉であった。
──その日、ヴェスターのギルドは緊張感に包まれていた。
ギルドとは、言うなれば仲介屋である。
なんの仲介屋って、それはまあ多岐に渡り、一言では中々に言い切れないのだが……それでも簡単にまとめると、だ。
要は、広い意味での問屋と人材派遣が合体したような組織である。
モンスターに対して必要な技能を持った者を派遣したり、野盗から身を守る為の人員を派遣したり、人手が足りてないところに人員を派遣したり。
あるいは、食材や薬草の確保もそうだ。
全てのモンスターが食用とは限らないが、食べられるモンスターも多い。そして、薬草を取りに、モンスターのテリトリーである山や森へと向かうのもそう。
特に、食肉可能なモンスターの需要は常に高く、一日足りとて募集依頼が掛からなかった日は無いというぐらいに……で、だ。
そういう仕事に従事する者ばかりが集まるわけだから、必然的にガタイの良い者ばかりが多くなっている。
肉体=資本を地で行く仕事なのだから、考えるまでもない。程度の差こそあるが、現代のレベルで言えば例外なくマッチョに相当する者しかいなかった。
──が、しかし。
その日、その時、その瞬間……キィッと出入り口の
──で、デカい、と。
ギルドの出入り口(つまり、扉)は、利用する者が必然的に体格のある(縦にも横にも)者が多いため、一般的なモノよりも大きめに作られている。
それでもなお、その女……見覚えのない、余所者と思われるその女には、小さ過ぎた。
と、同時に、女は……思わずため息が零れてしまうぐらいに、美人過ぎた。
ガタイの良い女はだいたい顔も男勝りというのが(この世界では)常識だが、ギルドにやってきたその女は……明らかに例外であった。
はっきり言えば、サイズが違うだけだ。
胸は思わず二度見してしまうぐらいに大きく、腰はため息が出てしまうぐらいに細く、なのに、腰から下に至っては思わず頬ずりしたくなるような肉付きである。
まるで、とびっきりの美女をそのまま背丈に合わせてデカくしたかのような……けれども、だ。
……いったい、どこの蛮族の出で?
非常に勿体無いのは、その女が身にまとっているマントというか、衣服だろうか。
おそらくは毛皮と思われるモノをマントのように羽織ってはいるが、胸も股も、何重にも束ねた葉っぱやら何やらで申し訳ない程度に隠しているだけ。
本当に、どこの蛮族出身なのだろうか。
おかげで、ちょっと身動ぎするだけで揺れる。揺れるだけでなく、見えちゃいけないところがチラチラッとして……っと。
「ここ、仕事、もらえる、聞いた」
「え、あ、はい」
キョロキョロと室内を見回していた女が、ふと、受付へと視線を向け……スタスタと近付いてきたかと思えば、そう尋ねてきた。
(あ、足、あっし、なっが!!! え? 走ってないよね? 歩いただけでこんだけ?)
カウンターにて構えていた受付のメアリー(独身19歳)は、間近で対面する形に……真正面に立つ女の威圧感に、思わずグッと背筋を伸ばした。
それでもなお、眼前の女の首元にすら身長が届いていない事に、内心驚愕しつつ……何時ものように、業務を進める。
「……ところで、文字は書けますか?」
「すまない、書けない」
「いいえ、御気になさらず。文字を書けない人はけっこう多いですから」
まあ……見た目からして薄々察していたが、女は文字を書けなかった。というか、言葉もどこか覚束ない感じだった。
「──では、これで説明と記入は全て終わりました。新人ということなので、こちらをお渡しします」
けれども、だ。
「これは? 紙切れ、見える」
「新人には必ず渡される、身分証みたいなものです。最初の内はチャチな紙切れですけど、真面目に頑張ればすぐにちゃんとしたヤツを貰えますよ」
「おお、頑張る。では、獲物、捕らえる、行く」
「あ、早速ですか? 人によっては一日休んでから行く方も多いのですが……何を獲ってくるおつもりですか?」
「肉だ、肉を獲る、大きいやつ、牙が生えている」
「う~ん、ボアイノシシでしょうか……とりあえず、モンスターによっては買い取れないモノがいることを念頭に入れてくださいね」
「わかった、頑張る」
「いちおう、ここを出て隣の隣の部屋に、買い取れるモンスターの資料が置かれている部屋があります。一度、確認しておいた方がよいかと」
「わかった、頑張る」
「はい、頑張ってください。でも、怪我だけには気を付けてくださいね」
「大丈夫、寝れば、治る。わたし、いつも、寝て治す」
「ふふ、それだけ慎重に動ける人ほど、出世も早いですよ」
幸いにも、女は威圧感満載な見た目とは裏腹に大人しく、説明も指示もちゃんと聞いてくれた。
おかげで、特に問題なく受付も終わり、実にスムーズにギルド員……すなわち、『冒険者』の一員になってくれたのだが。
「──受付、さん」
「おや、ウロロさん? どうしましたか、なにか忘れ物ですか?」
「獲物、捕らえた。外に、買い取り、おねがい」
「え、もうですか? 分かりました、職員が査定を行いますので、少しばかり待機をお願いします」
まさか、その二時間後に。
「──き、きき、き、キングイノシシ!?!?!? 指定難度Aのモンスターじゃねえか!!?!?? 資料以外で、初めて見たぞ!!」
「ま、マジか!? え!? えええ!!??! どうやって仕留めたんだ!?! こいつ、大砲の弾を受けても耐えるって話だぞ!!!」
「毒か!? 毒でも使った──い、いや、なんだ、コイツの額の凹みは……!!!! ま、まさか……素手か!?!? 素手でやったのか!!!」
「し、信じられねえ……!!! コイツを素手で殺せるやつが……力自慢のドワーフですら、真正面からは挑まない化け物イノシシだぞ……!!!」
この町どころか、王都でも有名な冒険者ですら、討伐には相応の準備が必要な獲物を。
「……あの、ウロロさん? あのイノシシ、どこで捕まえてきたんですか?」
「走って、森の奥。見付けたから、殴った。わたし、勝った」
「……あのイノシシが生息している場所って、相当奥深い場所なんですが?」
「……? 走れば、すぐだ」
「あ、はい……す、素手で、ですか?」
「素手、勝る武器、無い」
「あ、はい」
まさか、素手で仕留める者が現れようとは。
「……夢じゃ、ありませんよね?」
メアリーに限らず、誰も彼もが……夢にすら思ってはいなかった。
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