第8話: 女神像は(一部)置いてきた……はっきり言って、この戦いに付いて(ry

※暴力描写あり、注意要

※聖女要素増し増し(比例して蛮族要素も増える)


――――――――――――――




 ──その日、人とは異なる領域にて生きるモンスターたちは、奇妙なモノを見た。



 まず、それは……おそらくだが、人間であった。



 どうして人間と思ったのかと言えば、それは人とモンスターとでは、臭いが違うからだ。


 どう言い表せれば良いのか、モンスター自身にも上手く言語化出来ない部分だが……強いて言い表すのであれば、良い匂いがする。


 そう、自分たちと同じ領域に生きるライバルたちとは根本から異なる、良い匂い。


 泥臭くなく、柔らかで、実に美味そうで……鼻を近付ければ、濃厚な血の匂いが嗅ぎ取れそうなほどで、思わず腹を鳴らしてしまう。


 そんな、なんとも堪らない匂いが風に乗って流れてくる。


 程度の差こそあるが、モンスターは人間よりも嗅覚が鋭い。さすがに獣等に比べてゴブリンなどは鈍いが、それでも、獲物に対する感知能力は人間より優れている。


 だからこそ、なのだろう。


 真っ先に『人間の匂い』というものを感じ取れたからこそ、その不可思議な姿を見てもなお、人間なのかなとモンスターたちはとくに疑わなかった。



 ──とはいえ、警戒心を抱くかどうかは、また別の話で……先に結論から述べよう。



 モンスターたちは、警戒した。


 どうしてかって、それは……奇妙なモノ……宙をふわふわと飛行しながら何処かへ向かうその姿を、生まれて初めて目撃したからだ。


 まず、奇妙なモノは、雌であった。


 ただ、モンスターたちが知る雌に比べて身体が大きく、モンスターたちが知る人間に比べて、感じ取れるナニカが桁違いに大きく思えたが……奇妙なのは、そこではない。



 奇妙な点は、三つ。



 一つは、その雌の背中に翼が見えるのだが、それを羽ばたかせることなく空を飛んで移動している、ということ。



 ──なに、あれ? と。



 その姿を見たモンスターのほとんどは首を傾げた。


 しかし、実際に翼が見えているし、ふわふわと不可思議な動きで空を飛んでいるから、まあそういう人間もいるのだろうと思った。



 二つは、その雌の背中に抱き着いているナニカがいる、ということ。



 正直、一番理解できなくて意味不明な部分である。


 なにせ、そのナニカからは臭いがしない。いや、嗅覚が特に優れたモンスター等はうっすらと嗅ぎ取れてはいたが、あくまでも、うっすらと、だ。


 生き物が発する特有の臭いが、ほとんど嗅ぎ取れない。それこそ、吐息の臭いや汗の臭いすらも……そんな理解不能な生き物を初めてみたモンスターたちは、一様に思ったのだ。



 ──なに、あれ? と。



 そして三つは……空を飛んでいる雌が肩に担いでいる、どデカい石像だ。


 比較的知性のあるモンスターは、それが石像……人間等が作る、なにかしらを模したモノであることは一目で理解した。


 だが、理解出来ないのは……どうして、そんなものを担いでいるのか、である。


 石像というのは、要は削って形を整えた石だ。


 実際に身の丈サイズの岩石に触れた経験が無い人には想像しにくいが、だいたいは想像よりもずっと重く、常人ならばまともに身動き出来なくなるぐらいに重い。


 というか、身体が重さに耐えきれず骨が折れて死ぬ。まともな頭をしていたら、そんなモノを担いで移動するやつなんていない。


 それは、モンスターとて理解しているし、知性が高いモンスターほど、その異質さを理解し……だからこそ、そういったモンスターたちは思った。



 ──なに、あれ? と。



 だからなのか、謎の女(?)を目撃したモンスターたちは例外なく警戒心を露わにして、静観し続けていた。


 何時もならば、とっくにモンスターに襲われて当たり前である。


 空を飛んでいるとはいえ、高度は低い。飛行しているとはいえ、速度も遅い。


 地を這う蜥蜴モンスターや小型の獣ならば無事な高さではあるが、大半の……少なくとも、二足歩行出来るモンスターならば、有って無いようなアドバンテージでしかない。


 狙うならば、これ以上ないぐらいに絶好の相手だ。


 雌ならば、余計に……けれども、あまりに異様な姿に、迂闊に手を出してよい相手なのか、決断が下せずにいた。



『悪い、飛んで。歩ける、大丈夫』

『いやいや、そんなモノ担いで歩かれたら、街道に点々と陥没した穴が出来るじゃないですか……下手に馬車がその上を通って横転したらあなた、どうするつもりですか?』

『……ごめん、重くない?』

『大丈夫、私は重さを感じませんので……ていうか、あなた、なんでソレを担げるんですか? 普通なら重さで首から下が砕けて潰れますよ?』

『……? 軽い、よ。空の蜥蜴、落とす、もっと重い、投げる』

「えぇ……(ドン引き)」



 ……何を話しているのか分からないが、周囲を警戒しないでいるのは、実力の表れか、それとも無知な愚か者か。



 少なくとも、怯えや不安を一切見せないソイツに対して、食欲のままに襲い掛かろうとするモンスターは皆無──。



『あ、来た。下ろして』

『え、大丈夫なんですか?』

『あいつら、追ってくる、駄目』

『はあ、それなら私は頭上にいますので……』



 ──だと思っていたが、どうやら違った……ああ、あいつらか。



 謎の女に対して襲い掛かろうとしているやつらを見て、比較的知性が高いモンスターたちは、内心にて溜息を零した。


 女に襲い掛かろうとしているやつらは、はっきり言ってしまえば、同じモンスターとしてカテゴリーされたくない存在である。


 なにせ、何をするにも本能一直線、言語を理解する知性すら持ち合わせていない。


 腹が空けば目に付く獲物には手当り次第に襲い掛かり、そこかしこで糞尿をまき散らし、時には同族すら食い殺してしまう。


 ぶっちゃけてしまうと、やつらが通った後は食べる物が無くなるし臭いし、そのうえ、やつらの血肉はマズイという……捨てるところしかないような存在なのだ。



 とはいえ、だ。


 そんなやつらだが、侮れない部分はある。



 なんといっても、やつらはとにかく本能のままに動くから、下手に脅しても理解出来ない。そのうえ、数が多いからモタモタしていると次から次に押し寄せてくる。


 食欲、繁殖欲、それらを満たすために、それこそドラゴンにすら襲い掛かろうとする馬鹿な話があるぐらいだ。


 だから……襲い掛かろうとしているやつらを見て、知性あるモンスターたちは……静観を続けた。



 そのままやつらに食い殺されるならば、それでいい。


 そうならなくとも、謎の女がどのような対応をするかを見る事が出来る。



 無視しておけば良いのか、視界に入らないよう距離を取るべきなのか、それとも放置してはならない存在なのか。


 それを見極めようと、知性あるモンスターたちは静観することを選び……そして。



 ──なに、あれ? と。



 誰も彼もが、そこで繰り広げられていた光景を理解出来なかった。


 いったい、なにが……話すと長くなるので、簡潔にまとめると、だ。



 ──謎の女が、肩に担いでいた石像をぶん回していた。



 ただ、それだけ。しかし、たったそれだけの事だが、効果は絶大であり、やつらに対して絶望であった。


 なにせ、女が石像を振り回すたび、やつらの誰かがミンチになる。


 凹むどころではなく、当たったところがぐちゃっと潰れ、その衝撃で、踏み潰された熟した果実のように……しかも、だ。



 その女だが……めったくそに素早いのだ。



 ごうん、ごうん、振り回している石像の重さが、離れていても伝わってくるような風切り音とは裏腹に。


 女の……知性あるモンスターたちの頭でどう表現したら良いのか分からなかったが、とにかく速い。


 こう、残像を残しながら、びゅんびゅんと動き回っている。


 やつらが近づこうと動いた時にはもう、石像が振り抜かれた後で……びちゃっと血飛沫と臓物が散らばり、辺りは真っ赤に染まっていた。


 少なくとも、静観していたモンスターの大半は、『真正面からぶつかったら、反撃する前に殺されてしまう』と思ってしまったぐらいに速く。


 逃げ切れると判断した一部のモンスターも、『迂闊に近付いたらヤバい』と思わせてしまうぐらいには……速さが段違いであった。


 しかも……しかも、だ。


 次から次へとミンチ肉に変えてゆく女は、ほとんど息を乱していない。せいぜい息が弾んでいるといった程度で、体力の消耗が全く見られない。


 つまり、止まらないのだ。


 息切れするタイミングを見計らっているやつらの思惑を他所に、女は一度としてその動きを止めず……瞬く間に、やつらの数を減らして……うん。



 ──なに、あれ? と。



 知性あるモンスターたちは、理解を拒んでしまう光景を前に、内心にて首を傾げる。


 最近の人間の雌は、これほどまでに強いのだろうか……そんな疑念と、自分たちに向けられなくて良かったと安堵のため息を零している……と。



『あっ、壊れた』

『……今更ですけど、あなた大概罰当たりなことをしていますね』

『脆い、駄目』

『いや、普通はそんな使い方しませんってば』



 女が武器として使っていた石像が、ぼきりと折れた。


 先端が折れたとかではなく、胸の辺りからぼきんと砕けて二つに分かれてしまった。


 いや、まあ、そりゃあ折れるだろう。


 いくら分厚く重いからっていっても、素材は石だ。多少なりぶつけたところでビクともしないだろうが……それでも、限度というものがある。


 加えて、生物の肉体の支柱となっている『骨』の強度は、鉄と同じくらいにある。


 骨は固い部分が薄いから容易く折れているようにみえるが……言い換えれば、薄いとはいえ鉄と同じ強度の物質にガンガンぶつけまくっているわけで。


 そんなの、折れて当たり前である。なにせ、元々が、そういう目的で作られたものではないのだから。


 さて、折れたということは、武器を失ったということ。


 鈍器として使うことは出来ても、リーチは短くなっている。


 当然ながら、そうなれば相手の攻撃もまた届きやすくなるわけで、状況は明らかに女にとって不利になった……はずなのだが。



『おまえ、武器』

『……嫌な予感がするので、もっと上に行きますね』

『食えない、でも、殺しきた、殺す、わたし、生きる!!』

『……あの、ほどほどに、ですよ』



 女は無造作に石像(だった物)を捨てると、頭部がひしゃげて絶命している奴らの足を掴み……それを、ブンブンと振り回し始めたのだ。


 これには……静観していた知性あるモンスターたちだけでなく、本来ならば本能だけのやつらですら、例外なくドン引きした。



 ──なに、あれ? と。



 なにせ、やつらの死体だ。


 そりゃあ骨の上に血と肉が詰まっているから、鈍器として使えなくはない。壊れたら、別のやつを武器にしてしまえば良いわけだから、実質やつらの数だけ替えが増えたも同じである。


 しかし……未だかつて、やつらを武器としてそのまま振り回すようなやつがいただろうか? 


 少なくとも、知性あるモンスターたちの記憶には、無い。


 戦っているやつらの脳裏にも(当たり前だが)無く、誰も彼もがジリジリッと距離を置き、怖気づき始めていた。


 だが……女は全く動きを止めなかった。


 逃げようにも、それ以上の速さで追い付かれる。迎え撃とうにも、やつらでは到底抗えない速さで振り回される武器に、叩きのめされる。


 そして、駄目になったら、叩きのめされたやつが武器に替わる。


 そこには、地獄が開かれていた。武器を振り回せば回す程、辺りには血が飛び散り、むせ返るような血の臭いが立ち昇る。


 女の身体が、血に塗れる。やつらの肉片が飛び散り、やつらの死体が、生きているやつらを潰してゆく。


 あまりにおぞましい光景に、耐え切れなくなったやつらが悲鳴を上げる。だが、女は止まらな──光だ。



『弱肉強食とはいえ、その、もう少し穏便に……ていうか、その恰好で歩き回られると疫病が……』



 天に浮かぶ、背中に翼を生やした人間の女(?)より、光が降り注ぐ。その光を浴びた、謎の女の身体に付いた……血や肉片が、消えていく。


 離れていても臭ってくるほどに血まみれだった身体は瞬く間に綺麗になり……綺麗になった己を自覚した、その女は、満面の笑みを浮かべると。


 ……再び、肉の塊になったやつらの成れの果てを、振り回し始めた。




 ──それを見た瞬間、『ひぇ(絶句)』と、知性あるモンスターたちは悲鳴をあげ、一斉に逃げ出した。




 いや、やつらも逃げ出そうとしているのだが、追いかけてくる女の足が速過ぎて逃げ切れていない。




 ……よく分からないが、あの女はヤバい。そう、思った。




 なにせ、神聖を帯びたナニカがわざわざ手助けをしているのだ。


 只でさえ、まともに正面からぶつかれば即殺されるのは必至。下手に突っ込めば、自分たちがあの女の武器にされてしまう。


 それだけは……ただ、大地の掟に従って、弱いから殺される……それだけならば、まだ受け入れられる。


 ただ、道具として使い潰され、そのまま捨て置かれるような……そんな死に方だけは……受け入れられなかった。







 ……外壁で囲われた町の外は、基本的に人間のテリトリーではない……が、必ずしもすべてがモンスターのテリトリーかと言えば、そんな事もない。


 いちおうは野生を生きる者たちのテリトリーではあるのだが、やはりというか、そうなっていない場所も数多くある。



 その一つが、人の行き交いが多い街道である。



 人の往来が行われる頻度が高いゆえに、街道として使われている道は、だいたい生えている雑草が少なく、また、人の臭いがわずかばかりこびり付いている。


 それがいったいどうなるのかと言えば……まあ、わざわざそんんな場所を縄張りにしないということだ。


 もちろん、例外的に襲ってくるモンスターもいるが、大半のモンスターは集団で固まっている人間たちに襲い掛かろうとはしない。


 リスクとリターンが釣り合っていないからだ。


 そして、それを人間側も経験則でそれを学んでいるし、万が一を考えて、襲われないよう集団で行動し、夜は見張りの者を立てている。


 それは、移動に慣れた、武装した騎士たちであっても同じこと。


 人は、基本的に夜に弱い。それは、訓練を重ねた騎士たちとて同じこと。


 昼間よりは視界が悪いが、それでも、起きて見張っていると情報を見せるだけで、夜行性のモンスターは警戒して距離を置く。


 また、それはモンスターに限らず……同じ人間であろう野盗や山賊もまた、同様で。


 見張りが1人だけならまだしも、複数名が中心を守るようにして周囲に目を配っていると分かれば……まあ、よほど飢えていなければ、首を横に振るような警戒態勢であった。


 ……だからこそ、だ。



「……ん?」



 見張りの一人が、夜空の向こうよりナニカが見えて、思わず反応し……直後、視界全てを押し潰すナニカが、物理的に身張りを押し潰し──どすん、と地面を転がった。



「──敵襲!! 敵襲だ!!」



 瞬間、それがなんであるかを確認するよりも前に、他の見張りたちが声を張り上げた。


 慌てて、簡易の天幕にて仮眠を取っていた騎士たちが飛び出してくる。次々に明かりを手に持ち、あるいは魔法にて、見える範囲を広げてゆく。



「こ、これは、女神像!?」

「投げ付けられたのか!?」



 その最中、不運にも最初の犠牲者となった見張りの惨状を見やった騎士たちが、あまりな死に方に絶句する。


 なにせ、見張りの男は……女神像の上半身に潰されて、即死していたからだ。


 死体の状態から見て、女神像は上空からこちら側へ投げ付けられたとみて間違いない。


 重さ数百キロ近くにもなる石像を落とされたら、たとえ盾を構えて待ち構えていたとしても、かなりの重傷を負っただろう。


 ましてや、身構える事すら出来ず、まともに直撃したら……下手に即死できないよりはマシだと、せめてもの慰めに祈った騎士たちは……次いで、辺りを探る。


 兎にも角にも、視界が悪いし状況が悪い。


 なにせ、モンスターたちを警戒させる為に火を焚いて明かりを点けている、この状況……率直に言って、目印以外の何物でもない。


 どこで女神像(上半身)を入手したのかはさておき、道具を使うという時点である程度の知性を有し、暗闇に乗じて行っているあたり、知恵も働くようだ。


 ならば、騎士たちがやる事は只一つ……一つでも多く、少しでも広く、視界を確保するということだ。


 視界の悪ささえ解消してしまえば、数と知恵で勝るのが騎士たちだ……相手がドラゴンならともかく、ゴブリンの群れぐらいならば如何様にも対処できる実力を、彼らは持っていた。



「あ、アレは……な、なんなんだ!?」



 ──だが、しかし。


 彼ら……騎士たちは、暗闇の向こうよりヌウッと姿を見せた……修道服を身にまとったその女を見て、不覚にも呆気に取られてしまった。



 何故なら──女はデカかった。



 それは、単純に背丈が大きいだけではない。


 まるで中にボールでも入れているのかと思ってしまうぐらいにパンパンに膨れた胸の辺りとは裏腹に、ギュッと絞られた腰回り。


 それでいて尻回りはスカート越しでもはっきり分かるぐらいにむっちりとしており、袖やらスカートから伸びる肌は真っ白で……加えて、だ。


 女は、美人であった。


 背丈の大きさを抜きにしても、町中で見掛けたら思わず3度見してしまうぐらいの、絶世の美女といっても過言ではない美貌であった。


 そんな、何から何まで怪しさフルパワーな女の登場に、騎士たちは一瞬ばかり互いの顔を見合わせ──直後、絶句した。


 何故なら──その女が手にしている物体が、ヤバかったから。


 もう、それをなんと表現すればよいのか、分からない。


 強いて言い表すのならば……肉塊……いや、ゴブリンの成れの果てだろうか。


 そう、辛うじて……本当に辛うじてだが、その物体がゴブリンだった……ということだけは分かる。


 なにせ、酷い有様だ。


 掴まれた部位はひしゃげて変形し、そこから伸びる胴体もまた、骨やら何やらが体内から突き出ていている。


 その姿、ほぼほぼ悪魔である。修道女に偽装した悪魔の女……そう思ってしまうような光景だろう。



「て、天使だ……天使が、あの女を照らしている」



 だが、この場に居る者は、誰一人として……近づいてくる、その女を悪魔とは思えなかった。


 理由は、女の頭上より女を照らしている天使の存在。


 一目でわかる、神聖な力。


 それは、まがい物なんかではない。


 それをまがい物だと否定してしまえば、自分たちの信仰……根幹を否定してしまう事に繋がってしまう。


 しかし……だからこそ、騎士たちは動けなかった。


 何故なら、女からは敵意を感じる。


 そして、その女に天使が加護を与えている。


 どのような加護なのかは不明だが、そのようにしか見えないし、思えない光景に……誰しもが、言葉を失くしていた。




 ──お、おまえら、何をしている!!! 




 ただ一人……騎士たちの背後にて息を潜めていた、ポッチャリ神官だけは例外であった。


 ……そう、今さら言うのもなんだが、この騎士たちの集団は、ポッチャリが本部へ行くまでの護衛に駆り出された者たちである。


 どうやらポッチャリ神官、その見た目通りに動きも体力も根性もポッチャリだったようで。


 思いのほか距離を稼げず、夜間の内に追い付かれてしまったようだ。まあ、それ以前に相手の体力が化け物なのも理由……話を戻そう。



「は、早くその女を殺せ!! その女は教会に仇を成す大罪人だ!!」

「し、しかし、ポッチャリ神官……て、天使が……」

「あんなのはまやかしだ、悪魔の罠だ!!」



 鼻息荒く命令を下すポッチャリだが、今回ばかりは相手が悪い。


 なにせ、天使だ。


 一部の騎士はポッチャリの指示に従って剣を抜くが、大半の騎士は困惑と畏れによって、その場から動けなくなっていた。


 こうなると……動くに動けないのが集団というもの。


 集団の強みは、なんと言っても統一された行動にある。


 各自がそっぽに頭を向けた集団など、まだソロの団体の方が強いぐらいであり……そんな部下たちの姿に、器もポッチャリな神官は……瞬時に頭を沸騰させた。



「ええい、もうよい!! ならば、私が直々に神罰を下してやろう!!」



 そう言うと、ポッチャリ神官は懐より……拳大の大きな宝石を取り出すと、それを頭上に掲げた。



「──神よ! 敬虔けいけんなる信徒の祈りを受け、神の宿敵である悪魔を祓いたまえ!!!」



 瞬間──宝石より、カッと光が迸ったかと思えば──その光はレーザーのように、近づいて来る女……彼女へと迫り、直撃した。


 直後、女の身体が光に包まれ、輝いた。


 もはや眩しいと思えるほどのソレによって、騎士たちも堪らず目を腕で遮って堪える必要があるぐらいに……そんな、中で。



『──あ、これ、神聖魔法に見せかけた呪いですね』

「フラさん、わかる?」

『フラさん違いますけど、わかります、天使ですから。これは、呪いです』



 ふよふよと上空より降りてきた天使が、小首を傾げながら彼女の全身を確認し、そう断言した。



『ピカピカ光っていますけど、これは呪いによる変化を誤魔化す為のものでしょう』

「どうする、フラさん」

『おそらく、浄化の魔法でどうにか……あと、フラさん違います』



 意外となんとかなるのか……彼女は、内心にて感心した。


 神聖魔法だとか呪いだとか、さすがはファンタジー世界だ。呪いが浄化の魔法で解呪出来る……なんか、ファンタジーっぽい気がする。


 とりあえず、並み外れた体力のおかげで自覚症状こそ出ていないが、普通なら呪いを受けた時点で何かしらの変調が起こるらしい。


 特に、ポッチャリ神官が放った呪いは相当に強いらしく、常人ならもだえ苦しんで血反吐を吐き、身体が異形に成り果ててしまうような……そんな、おぞましい呪いらしい。


 なので、少しでも早く呪いを解除した方が良いと天使より促された彼女は……記憶に残る、前世の言葉を頼りに……神様ライトボールへと祈った。



 ──人を呪わば穴二つ、と。



 まさかの現代人要素が発動……瞬間──効果は劇的であった。


 彼女の総身を包んでいた光が、パッと弾けた。一拍の間を置いた後、彼女より放たれた光が、逆にポッチャリ神官にぶち当たった。




 ──直後、「ぐっ、ぐぁああああ!!?!?!?」ポッチャリ神官が苦しみだした。




 それはもう、周囲の木々の枝葉を震わせるほどの大声で、荒事に慣れている騎士たちですら、「ぽ、ポッチャリ神官!?」思わず肩をびくつかせるほどであった。


 そう、本当に、酷い有様であった。


 全身の至る所から血が噴き出し、肉が抉れるほどに全身を書き毟り始め……どたばたと、駄々っ子のようにジタバタと転げまわったかと思えば。



「し、神官の身体が……!?」

「こ、これは……ま、魔物、なのか?」



 動かなくなると同時に、ポッチャリ神官の身体は異形へと変わり果て……わずか数十秒後にはもう、魔物と称するにふさわしい姿になっていた。



 ざわ、ざわ、と。



 騎士たちの動揺が、強くなる。まあ、そうなるのも仕方がない。


 何故なら、騎士たちのほとんどは知らないのだ。


 ポッチャリ神官が呪いを使っていたことも、呪いが跳ね返され、我が身に受けて死んでしまい……その亡骸が、異形に成り果ててしまっていることも。


 何も、知らない。


 何も知らないからこそ、騎士たちは……思ってしまった。




 ──まさか……ポッチャリ神官は、神官に扮した魔族だったのか、と。




 自然と、騎士たちの視線が……女へと向けられる。


 女は、主へと祈る敬虔な教徒のように、静かに佇んでいた。


 己が直前まで害されようとしていたのに、何一つ気にした様子も無く……悠然と、騎士たちを見つめていた。



「……聖女だ」



 誰かが、ポツリと呟いた。



「聖女だ……聖女様だ」


「聖女様が、魔族の正体を暴いた……」


「暴いただけではない、仕留めたぞ……」


「聖女だ、聖女だ、本物の聖女だ」


「──聖女様だ」


「そうだ、聖女様だ!!」


「聖女様! 聖女様! 聖女様!!」



 呟きは、瞬く間に騎士たちの間を伝染し……あっという間に、その熱気は言葉として騎士たちの間から零れ始めると。



「──聖女様! 聖女様!!」


「ああ! 聖女様、本物の聖女様だ!!」



 どういうわけか、誰も彼もが武器をその場に置くと……まるで、尊き御方を前にしたかのように膝を突くと、深々と頭を下げたのであった。


 その目に、涙を滲ませて。



 ……。



 ……



 …………だからこそ、誰も気付けなかった。



「……なにこれ?」

『さ、さあ……たぶん、何かが彼らの琴線に触れたのでは?』

「そう、なのか……あ、ゴブリン、バット……消えてた」

『……たぶん、受けた呪いの影響……え、そんな名前を付けていたんですか、あなた?』

「ちょうどいい、大きさ……振り回し、やすい」

『……や、止めてあげましょうよ、ね?』



 聖女と自分たちが呼ぶ女と、その背後にてふよふよと浮いている天使とが、なにやら内緒話していることに。


 騎士たちは……誰一人、気付けなかった。




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