第9話: 聖女は愛想笑いを思い出した!!

聖女要素増し増しです



――――――――――――




 ──彼女としては、既にミッションコンプリートも同然であった。



 というのも、彼女の目的は……自らを攻撃したポッチャリ神官と、それに追随した騎士との決着(という名の、生存競争)である。


 それ以外との戦いは、彼女にとっては蛇足でしかない。


 邪魔さえしてこなければ、放って置く。敵対しようとさえしなければ、戦おうという意識すら彼女にはない。


 そう、彼女が戦って相手を殺すのは、あくまでも襲われたからである。


 攻撃されない(あるいは、準ずる理由が無い)限り、生きる為に必要でないのならば……非常に分かり難いが、彼女は彼女なりに、とても理性的な考え方をしていた。



「──行きましょう、聖女様!」



 だからこそ……彼女は己の眼前にて、膝をついて懇願する騎士たちの姿を前に……困惑した。



「ポッチャリ神官……いえ、悪魔はどうやら、我々が気付かぬうちに入り込んでいたようです! 悪魔を祓う、その助力となってくださいませ!」

「えぇ……し、知らない……」

「何を仰いますか! 先ほど貴方様が仕留めたあの男……噂ではありますが、色々とコネをもっているとかで皆からの評判が悪い男でした」

「そう、なの……」

「分かっていなければ、あいつだけを狙ったりなどしません!  お願いです、聖女様! 我らと共に、悪魔を教会から……いえ、この国から追い払う助力を、どうか!!」

「し、知らない……」

「どうか、お願いします……どうか!! どうか!!」

「えぇ……(絶句)」



 いや、困惑ではない。


 彼女はけっこうドン引きというか……ぶっちゃけ、ちょっと恐れているというか、腰が引けていた。


 いったいどうして……それは、彼女だけが持つ前世の記憶。その記憶のおかげで、騎士たちの正体を看破したからであり。



(こ、この人たち……アレだ、間違いない!)



 それゆえに……彼女は、気付いてしまった。



(この人たち、アレな人たちだ! 悪魔だとか何だとか、もう間違いなくアレな人たちだ!!)



 騎士たちの目の色というか、色々とヤバさしか感じないということに。



 いや、だって、彼女がそう思ってしまうのも仕方がないだろう。



 理由の是非はなんであろうと、騎士たちからすれば、自分たちの仲間を殺したのだ。


 そこらへんに関しては一切後悔していないし間違った事をしてはいないと断言出来るが、それはそれとして、恨まれるだろうなとは彼女も思っていた。


 それが、蓋を開けてみれば、どういうわけか恨まれるどころか『さすがです、聖女様! (略して、さす聖)』と称賛されるのだ。



 ……聖女? 


 ……誰が? 



 思わず、彼女は目を逸ら……さない。


 気色悪いこいつらから目を逸らすのは、格付けが決まってしまいそうで……力いっぱい威圧するつもりで睨みつけてやる。



「おお、聖女様……!!」

「聖女、違う!」

「はい、承知しております、聖女様!」

「違う、止めろ」



 ばちん、と。



 しつこく聖女コールを繰り返す眼前の騎士(全員は面倒臭い)を張り倒す。


 殺すつもりはなく、しつこいんだよ、といった感じで軽くやったのだが、それでも、化け物レベルの彼女の腕力だ。


 まともに直撃した騎士は、一瞬ばかり宙を飛んで、ゴロゴロと転がった。思わず、彼女は、あっ、と声をあげてしまった。



「だいじょうぶ?」



 怪我させるつもりなどないのに、怪我をさせてしまうと罪悪感が酷い。


 さすがに、敵意も害意も向けて来ない相手を傷付けて平然としていられるほど、彼女は冷酷ではなかった。



「だ、大丈夫です! 祝福を、ありがとうございます!!」

「……あ、そう」



 けれども、冷酷ではないけれども、誰に対しても優しいというわけでもなかった。


 なにやら恍惚の顔をしているその騎士と、その騎士を羨ましそうに見ている他の騎士たちを見て……気持ち悪いやつだと彼女は思った。


 正直、『え、なにコイツら?』と彼女は己の事を棚上げして、ヤベーやつを見る目で騎士たちを見てしまう……う~ん。




 ……どうしようか? 




 こいつらをどうしようかと、彼女は内心にて唸った。


 町には戻れないが、元々が外で生きてきた身だ。また適当に放浪を続け、別の街を見付ければいい。


 以前……長らく放浪し、もしかしたらこの世界って人間の数滅茶苦茶少ないのでは……と、思っていた頃とは違う。


 この世界にはちゃんと大勢の人間(ドワーフに見えるけど)が住んでいて、町を形成しているのはもう、分かっている。


 だから、彼女としては、もう騎士たちなんてどうでもいい存在でしか……なかったのだが。



(……これ、放置して逃げたら、後々になって追いかけてこない? こんなのに付きまとわられると……う~ん……)



 ちらり、と。


 頭上にいる天使を見やった彼女は、視線で助けを求める。


 しかし、天使はそっぽを向いたまま……いや、目を凝らすと、胸の辺りに、彼女に見えるように『×』マークが書かれた紙が……そうか。



 ──どうやら、騎士たちの処遇に関して相談は出来ないし、相談に乗ってもくれないようだ。



 ……。



 ……。



 …………う~ん。



(教会に悪魔がどうとか言われても、困るなあ)



 正直なところ、それが彼女の本音である。


 そもそも、彼女は聖女ではない。聖女になった覚えはないし、そういった修行なりを行った経験もない。


 だいたい、ポッチャリがどうとかも、それは攻撃されたから追いかけただけであり、既に事は済んだ……のだが。




 ……そんな、縋るような目で見られても困る。




 思わず、彼女は頭を掻いた。


 騎士たちの態度は気持ち悪いが、騎士たちなりに思うところがあって助けを求めている……そこに、偽りはないように見える。



 ……。



 ……。



 …………う~~~~ん!!!!! 



 しばらく……という程長い時間ではないが、とにかく彼女は一生懸命考えた。普段あんまり使っていない頭を悩ませた。


 ……そうして、考えて悩み抜いた彼女が出した結論は。



「……わかった、困っている、助ける!!」



 どうせあの町には戻れないし、行く宛など無い身だ。


 とりあえず、命が危ないと思ってから考えよう……そう思ったのであった。






 ──それからは、というか、教会の本部がある城下町(名前は長いので忘れた)に到着までの間は、平穏であった。



 騎士たちの言う『教会』とやらがなんなのかは、正直よくわからない。だって、興味ないし。


 でもまあ、騎士たちより案内される最中、『教会』の話を聞く機会が多かった(ぶっちゃけ、暇だし)彼女は……幾度となく、呆れた。


 どうしてかって、それは……騎士たちが語る『教会』の日頃の行いや善行が、ほぼほぼマッチポンプにしか思えなかったからで。


『教会』は、それらを利用して評価を高め、金を得ているわけで。


 その事に、騎士たちは全く気付いていない事に気付いたからこそ、彼女は呆れて……いや、まあ、それも仕方がないだろう。


 文明やインフラが発達した現代社会とは違い、この世界には義務教育なんて考え方はおろか、概念すら存在していない。


 村が流行り病で滅亡してしまう前の彼女も、村で教わったのは文字の読み書きと、簡単な計算ぐらいで……それ以外は、生きていく為に必須な家事労働の知識しかなかった。



 それは、彼女が女だからではない。教える側が、それ以上の知識を持ち合わせていないからだ。



 そう、ファンタジー世界であるここでは、己の両親や所属している共同体によって受けられる教育の基準が、前世よりもはるかに大きい。


 文字の読み書きや簡単な計算を教えられた彼女はまだ、恵まれた方で……文字の読み書きも出来ず、計算も両手の指以上が出来ない子だって珍しくはないのだ。



 農家の子供は、農業のやり方ばかりを教えられ。


 鍛冶屋の子供は、鍛冶のやり方ばかりを教えられ。


 傭兵の子供は、戦い方ばかりを教えられる。



 それが、この世界の普通であり、一定水準以上の教育を受けられるのは、限られた者たちだけなのだ。


 純粋に、お金がないと受けられない贅沢の一つなのだ。



 それが騎士たちとて例外ではない。



 まあ、箔を付けるために騎士の真似事をしている身分の高い者は例外だろうが、護衛任務という危険な仕事に就いている騎士たちの知識など、そこまで大したものではないだろう。


 なにせ、騎士に求められるのは主を守るための腕っぷしと、マナーを始めとした礼節と、己の立ち位置が決まる身分だ。



 この3つが揃って初めて、『知識』が評価される。



 特に大事なのは『身分』であり、騎士と言っても身分の違いはピンキリで、実態は名ばかりの騎士だって珍しくはない。


 つまりは、だ。


 騎士であろうと、この三つが揃っていないと、いくら頭が良かろうが大した評価はされず、それよりも護衛としての実力や礼節を身に付けている方が評価される。



 ……なので、体感的には数十年前の事とはいえ、だ。



 前世の社会において高等教育(他にも、サブカルチャーを通じて色々と)を受けた彼女と、この場にいる騎士たちとの間に。


 そういった知識の有無による認識の相違が生まれるのは……必然であった。



(マッチポンプとか、スケープゴートとか、どういうふうに説明したらいいのか……う~ん、こっちも頭の出来が良いわけじゃないしなあ……)



 そして、そんな何十年も前の記憶を正確に思い出し、騎士たちに教えろというのもまた、無理な話であった。



(話を聞く限り、教会の教えってのは常識にまで根付いている事っぽいし、下手に異論を唱えるのは敵を作るだけだな、これは)



 そして、下手に口を挟むのも止めた方がいいなとも、彼女は思った。


 現代社会で言えば、鳥居なんてただの置物だから置くだけ邪魔だと足蹴にするような感覚だろう。


 罰当たりだと一歩距離を置かれるだけならまだしも、反感を抱かれて敵対されるどころか……最悪、騎士たちの言う『悪魔』認定され、人類の敵認定される恐れがある。


 彼女としては、そうなったらそうなったで戦うだけだが、だからといって、彼女は戦闘狂というわけではない。



 彼女が戦うのは、生きる為だ。



 食って生きる為に戦うだけであり、それ以上でもそれ以下でもない。基本的に、殺した相手を食うのも、その考えが根底にあるからだ。


 だから、敵認定されて昼夜を問わず他者から追われる日々になるのは真っ平御免であり、そうなるぐらいなら放置する……と彼女が判断を下すのも、当然の帰結でしかなかった。



(まあ、いいか)



 ゆえに、最終的に彼女が下した結論は。



(問答しても勝てるわけないし、悪い事をしているのは確実っぽいし……ボスっぽいやつがいたら、一発殴ってから考えよう)



 結局、当初と変わらず……脳筋一択にしかならなかった。






 ……。



 ……。



 …………だが、しかし。



 脳筋思考となってしまっている彼女は気付いていなかったが、事はもはやそんな簡単な話では収まらない状況になっていなかった。



 と、いうのも、だ。



 まず、本部がある城下町へは本来、1日2日で行ける距離ではない。前世とは違い、街道とはいえ全てがキッチリ整備されているわけでもない。


 少しでも早く向かおうとしていたポッチャリ神官によって強行された、昼夜を問わない移動でも、さすがに無理な距離だ。


 普通は、もっと時間を掛ける。


 モンスターや野盗を警戒しながらの移動は、慣れた騎士であっても心身の体力を消耗する。ゆえに、幾つかの街を経由し、休息を取りながら向かうのが鉄則である。


 それは彼女とて例外ではない。いや、むしろ、体力の消耗=死の確率が直結している環境に居た彼女の方が、よほどそういった事には敏感である。


 なので、少しでも早く向かいたいが、それでリスクを取る必要はない……という騎士たちの判断によって、幾つかの街を経由する方法を取った。



 ……そこでまあ、彼女はやっちゃったわけである。



 なにをって、それはまあ……何故かは知らないが、事前に待ち構えていた、その町の神官によって放たれた『神罰(呪い)』の跳ね返しである。


 おそらく、神官同士に何かしらの、互いの身に異変が生じた時に連絡が向かう、魔法的なナニカが施されているのだろう。


 実際のところは不明だが、一緒に来ている騎士たちが誰一人連絡していないのに、その町の神官が事前に事情を得ていたあたり……まるっきり的外れというわけではないだろう。



 ……で、話を戻すが、彼女は意図して攻撃しようとは思っていなかった。



 ただ、騎士たちの案内のままに街の中に入ると、何故かその街の神官たちと騎士たちが待ち構えていて。


 いったいどうしたと首を傾げた直後、ふよふよと頭上より降りてきた天使から『また、呪われていますよ』と教えられて。


 それはイカンぞと、再び浄化を行えば。


 また、神官たちが苦悶の声を上げてケイレンして、ポッチャリと同じく遺体が異形化しただけである。



 ……もう一度、言っておこう。



 彼女は、一度として攻撃しようとは思っていなかった。


 なにせ、待ち構えてはいても、攻撃されたわけではない。



 せいぜい『神罰(呪い)』を無効化しただけであり、その呪いが跳ねかえるのも、勝手が分かっていないのである。


 なので、彼女の感覚としては、なんか呪われたっぽいから神様ライトボールに祈った……ただ、それだけのことであり、特に何かをした感覚はなかった。



 ……しかし、だ。



 そう思っているのは、あくまでも彼女だけである事を、当の彼女は気付いていなかった。



 ……客観的に、考えてみればすぐ分かることだ。



 彼女の外見は、はっきり言って美人である。


 巨人と見間違うぐらいに大きい(要所は細いけど)が、10人中9人は思わず二度見してしまうような美形なボディである。


 加えて、彼女の恰好は修道服を身にまとった……つまりは、神に仕えるエロボディ装備の(縦にもデカい)シスターである。


 そんな彼女が祈りを捧げたかと思えば、直後に神官たちが悶え苦しんで絶命し……後には、人間とは思えない異形の怪物の遺体が残されるのだ。



 傍からは、神に祈りを捧げたシスターが、神の力を借りて悪魔を退治したようにしか見えないだろう。



 更に付け加えるならば、そのシスターの頭上にて、シスターを見守り続けている天使の姿だ。


 天使が居るという時点でヤバいというのに、そのシスターの傍にて控えている騎士たちが、二言目には『聖女様! 聖女様!』と感涙している。



 もう、だめ押し&だめ押しである。



 信心深くない者も、本物の天使を見て平静でいられるわけもなく……気付けば、誰も彼もが彼女を『聖女様』と呼ぶようになっていた。


 その勢いは凄まじく、常人離れしたデカさも、『聖女様ならばあり得なくはない』と何故か誰も彼もが勝手に納得するぐらいで。


 半日が経つ頃にはもう、誰もが彼女=聖女だと認識するようになっていた。



 ……。



 ……。



 …………で、そんな感じの出来事が、街を経由するたびに起こったわけなのだが。



「──聖女様、まもなく城が見えてくる頃です」

「あ、うん」

「──報告します、我が聖騎士隊総数400名、準備完了とのことです!」

「あ、うん」

「──聖女様、部下たちに激励の言葉を、どうか!!」

「あ、うん、がんばって」

「ありがとうございます! この聖戦は、必ず我らの勝利となるでしょう!」

「あ、うん」



 『教会』の本部があるという城下町まで、もうすぐ。


 気付けば、たかだか十数名程度だった騎士たちが、400名という大人数に膨れ上がっていて。


 それに合わせて、食料運搬の部隊やら何やらが、経由してきた町より別途で同行していて。


 その、よく分からないうちに、よく分からない人たちの中心人物みたいな立場になっていた彼女は……思わず、傍の天使に尋ねた。



「フラさん、どうして?」

『天使にも、分からないことってあるんですよ……あと、フラさん違います』

「なんで、こうなった?」

『それ、私だって知りたいぐらいなんですけど……いざとなったら、逃げてくださいね』



 でも、返ってきた答えがソレで。


 なので、困りに困った彼女は神様ライトボールに祈りを捧げるようにして聞いてみた。




『 …………??? 人って不思議なことしますね??? 』




 でも、返された答えがソレで。



『──おお、聖女様が光り輝いておられる!!』


『我らの聖戦を後押ししておるのだ!!』


『悪魔に乗っ取られた教会を、人の手に取り戻すのだ!!』



 そういうふうにして、神様やら天使やらに相談するたび、何故かヒートアップし続ける……騎士たちの反応に。



(…………???)



 どう返事をすればいいのか分からず、曖昧に笑ってごまかすぐらいしか出来なかった。


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