第6話: 食うか、食われるか
※頭蛮族100%注意
暴力的な表現あり、注意要
―――――――――――――――――
その日、何時もであれば絶えず人が行き交って賑わっているギルドが……静まり返っていた。
人が居ないわけではない。むしろ、逆である。
何時もよりも、ギルド内は少しばかり混んでいた。だが、それでもなお、この日のギルドは静まり返っていた。
いったい、どうしてか。
それは、最近では名物(どちらの意味でも)となっている巨人……ウロロという名の女が、姿を見せたからである。
ウロロ……彼女の外観は、けして恐ろしいものではない。デカいだけで、むしろ、評価は逆だ。
まず、顔が良い。デカさを差し引いても、夜道を歩けば嫌でも男たちの目を吸い寄せてしまうほどだ。
黄金を溶かしたかのような金髪もそうだが、肌も綺麗だ。野生で生きてきたはずなのに、まるで貴族の令嬢を思わせる。
そして、なによりも目立つのが……首から下の、メリハリが効き過ぎたワガママぼでーである。
スタイル抜群の美女を、比率を崩さずにググーンとデカくしたような……背丈さえ小さかったら、男を一日とて切らさずにいられるぐらいの体形である。
具体的には、胸がデカく、腰は細く、尻はデカい。かといって、太っているわけではなく……ムチムチッ、といった感じである。
おかげで、彼女がギルドに現れる度に、ギルド内は凪いだ海のようになる。
見てくれは極上(それも、その中での最上級)だから、誰も彼もが目の保養とばかりに雑談を止めて目を向けるからだ。
……けれども、だ。
この時ばかりは、何時もとは事情が異なっていた。
「……え~っと、その、私の聞き間違いでなければよいのですが」
その、静まり返ったギルドに……ポツリと、メアリー(独身19歳)の声が広がった。
「その、あの屋敷にいた怪しいモノを、私が貸したメモを頼りに、ウロロさんが浄化した……しまして」
「うん」
「そのモノが、なんかドロドロして内蔵みたいでブヨブヨしていて、たぶんそれが大本っぽい……感じでして」
「うん」
「神様に祈ったら力を貸してくれて、その気持ち悪いモノがジューッと焼けて灰になった……なりまして」
「うん」
「ついで、屋敷の中にいたと思われる悪霊も一緒に消えて……助けてくれた神様に改めて感謝したい……と、思っている」
「うん」
「なので、どういう場所でお祈りするのが正しいのかを知りたい……というのが、先ほどの話の全容……で、かまいませんね?」
「うん、あってる」
「……わかりました」
彼女は人の社会から離れて生きてきた結果、会話という行為をすっかり忘れてしまっている。
おかげで彼女は単語・単語・単語という拙い言葉でしか話せない。言葉は理解出来ているようだが、それを口にする段階で、どうしても詰まってしまう。
なので、彼女の真意を正確に理解するには、一つ一つ単語から内容を推測し、それを口頭にて本人から確認する……という手順を踏む必要があるわけだが。
「……どうしよう、まるで意味が分からない」
ある程度慣れたつもりだったが、この日、メアリーは心底……彼女が語る屋敷での騒動を理解出来なかった。
……いや、だって、考えてもみてほしい。
なんか悪霊っぽいやつに襲われたけど腕を振ったら消えて、足元から出てきたやつも殴ったら消えて、くすぐったいやつはくしゃみしたら消えた。
人形が襲いかかって来たから握りつぶしたり、抱き締めて潰したりして、喋る良いフランス人形(フランスって、なに? Byメアリー)は料理が上手い。
掃除も手際よくしてくれたおかげで、屋敷の中はピカピカ。厚意に甘えて風呂に入っていたら、なんか悪霊っぽいやつに襲われた。
うっとうしかったので、悪霊の気配を追いかけ……屋敷の地下に空洞があるのを発見し、その奥にブヨブヨして血に塗れた気持ち悪いモノが安置されていた。
これが、悪霊の大本に違いない。
そう思った彼女は、受け取っていたメモを頼りに浄化を行い……それが無事に成功し、気持ち悪いモノは焼けて蒸発した、とても良かった。
なので、感謝の印として神様に祈りを捧げたいが、そういう祈りを捧げる場所がこの町にあるのだろうか……というのが、だ。
彼女が語った内容だが……正直に、だ。
──ごめん、情報量多くない?
と、あまりに荒唐無稽な話を前に、情報を処理しきれずに思考が停止してしまうのも……仕方がないことではないだろうか。
実際、話を盗み聞きしていた、ギルド内の冒険者たちも困惑しっぱなしであった。
なにせ、あの屋敷の浄化を行ったというのだ。
これまで様々な神官(または、それに連なる者)が浄化を試みては失敗し、時には負傷者が出たほどの曰く付きの場所だ。
そんな場所を、浄化したと言う。それも、神官どころか対悪霊の経験すら皆無の彼女が、だ。
それだけでもにわかには信じ難い(というか、普通は信じない)というのに、彼女は己が何を成したのかを理解しておらず、無邪気にお礼をしたいからお祈りの場所を教えてくれ……ときた。
たとえるなら、熟練のハンターでなければ仕留められないモンスターを偶然にも仕留めたというのに、それが如何に凄い事なのかを理解していない新人……だろうか。
「……あの、もう一度聞きます」
そのうえ……彼女とは別の、メアリーたちの視線を一身に集めている……彼女の背後にてフワフワと空中を漂っている少女も、混乱に拍車を掛けていた。
なにせ、その少女……見た目が、アレだ。
穢れが一切無いと思わせる雰囲気や見た目もそうだが、その背に生えた純白の翼と……なによりも、淡い銀色の髪で覆われた頭の上にて輝く光輪が……うん。
「その、天使のような風貌の女の子は……本当に、お知り合いではないのですか?」
「知らない、朝、起きた、傍に居た」
「……お嬢ちゃん、お名前を聞いても?」
『──名は、ありません』
知らない──それは、彼女の口から語られた言葉。
『名は、ありません』──それは、頭の中に直接響いた言葉。
……なんだろうか、もう、この時点で色々と見え隠れしてしまっているが……メアリーは、ごくりと唾を呑み込むと……改めて、何物なのかということを女の子に尋ねた。
『私は主の慈悲にて生まれ変わった存在……風景の一部とでも思ってください』
「いや、その、そう言われましても……ていうか、主?」
『罪を犯した私の贖罪でもあります。主は、彼女のお傍に仕えることが償いだと仰られました』
「……ぎ、ギルドマスター! マスター! お願いします! 神官を、誰か神官を呼んで来て! 頭がおかしくなりそうです!!」
ついに、ギブアップ宣言と共に周囲に助けを求めたメアリーの、その姿に。
……ほろり、と。
成り行きを見守るしか出来なかった周囲の人たちが、思わず目尻より涙を零したのは……まあ、仕方がない事であった。
──大丈夫だろうか?
担架にて運ばれていく(なにやら、青ざめた顔だ)受付の人を、彼女は心配そうに見つめた。
いったい何があったのかは知らないが、説明の途中で具合を悪くしてしまい……そのまま、休憩室へと運ばれるようだ。
(なにか、精の付くやつを持って行こう)
そう思いながら見送った彼女は、同様に青ざめた顔でやってきたギルドマスターの指示により、一旦はギルド内にて待機する事になった。
理由は、彼女が住む予定である、あの屋敷の浄化作業……つまりは、これからやってくる神官の人達に一連の報告をしてほしいから、らしい。
別に、屋敷に居るんだから訪ねて来ればいいじゃんと思ったし口に出した彼女だが、マスターより静かに首を横に振られた。
曰く、神官の裏に控えている教会は政治的にも力が強いので、そういった態度で接してはいけない、とのこと。
なんでも、全員がそうではないらしいのだが、中には本当に神官なのかと首を傾げてしまうぐらいに傲慢で性格が腐っている者もいるらしい。
しかし、性格最悪の性根が腐りきったゴミ屑だろうが、神官は神官。なんの正当性もなく、協会の威光に逆らって得する事は何もない。
なので、お願いだから大人しく指示に従ってほしい……と、涙ながらにお願いされてしまったので、彼女は素直に従うことにした。
まあ、何かをしろと命令されたり、具体的に説明しろと言われたりしたら困るが、起こった事をそのまま説明するだけなら、そう困る事はないだろう。
そう、結論を出した彼女は、とりあえず、「お茶でも飲んで待っていてね、お願いだから」マスターの御厚意により出された茶菓子(硬めのクッキーだった)をぼりぼりと食べていた。
「……ところで、フラさん、似ている」
そうしてふと、朝から傍を離れない天使(?)を見やった彼女は……思いついた疑問をそのまま尋ねた。
『気のせいです』
そうしたら、返答がソレであった。
しかし、何度見ても似ているなあ……と、彼女は思っていた。
ただ、眼前の天使は人形ではない。というか、フラ人形は羽など生えていなかったし、光輪も頭上に輝いてはいなかった。
……思い返せば、あの時、あまりの眩しさに目を瞑り……光が収まった時にはもう、フラ人形は室内から消えていた。
驚いて屋敷のどこかへ逃げたのかと思って探したが、結局は見つからず……隠れてしまったのかなと思ってベッドに入り……朝になれば、この子がいたのだ。
おかげで、最初はフラ人形が天使にでも成ったのかと思った。
なんか妙にフレンドリーだし、料理の味付けが似ていたし、勝手知ったると言わんばかりに屋敷の内装に詳しかったし。
でも、軽く腕とか触ってみたが、温かくて血の気がちゃんと通っていた。胸だって柔らかくて、呼吸もしていて、鼓動も感じ取れた。
対して、フラ人形は血が通っていない。
人形の身体は触れると固く、ひんやりとしていて、呼吸もしていないし、鼓動する臓器も無い……生き物でないのはすぐに分かった。
加えて、天使にフラさんを知っているかと尋ねてみれば、だ。
『……あの者は悔い改めました。今は、罪を償い終えるその時を祈ってやってください』
そう、言われてしまったので……ファンタジー的なナニカがあったのだろうと察した彼女は、フラ人形の無事を祈ることにした。
だから、最終的には他人の空似だろう……というのが、彼女の判断である。
出自がよく分からない(聞いてもはぐらかされる)けど、身の回りの事をしてくれる心優しい天使なのだろうと……とりあえずは、そのように受け入れたのであった。
……。
……。
…………で、そんなふうにする事もないまま小一時間ほど経った頃。
「──起きろ! デカ女! せっかく来てやったのに、なんたる無礼なやつだ!」
お腹がちょっと満たされたので、壁にもたれてウトウトしていると、唐突に声を掛けられ──うん、頭を叩かれた?
(──いかんな、油断していた。外では、あっという間に食われてしまう大失態だ)
ぺちん、と頭に衝撃が走ると同時にハッと目覚めた彼女は、内心にて己を強く罵倒しつつ──眼前の男の首を掴んだ。
「──待ってぇぇええええ!!!!!」
そのまま、細い首をへし折ろうと力を入れる──寸前に、待ったが横合いから掛けられた。
見やれば、青を通り越して真っ白になった顔色のマスターが、涙目で彼女の腕に縋り付いていた。
「お願い! 待って! その人は神官! 神官なの! お願いだから、ちょっと待って!!!」
それはもう、必死な形相である。
推定年齢50代ぐらいのオッサンが、べしょべしょな泣き顔で縋りつく……その姿に、ハッと我に返った彼女は……己の腕が掴んでいる人物を見やった。
その人物は……お世辞にも、肉体労働系の仕事に就いているとは言い難い体形をしていた。
あご下に脂肪が垂れ下がっており、服の上からでも贅肉を蓄えているのが見て取れる。言ってはなんだが、肥えた豚のような体形だろうか。
その豚のような人間……豚男の顔色は、誰が見てもハッキリ分かるぐらいに青ざめている。
理由は言うまでもなく、彼女の指が豚男の喉を締めているからだ。完全な無呼吸状態ではないが、そうとうに息苦しいのだろう。
必死の形相で彼女の腕を外そうとしているが、彼女の指は完全に豚男の首に食い込んでいる。
体勢的にも、筋力的にも、彼女の足元にすら及ばない豚男では……どう足掻いても、自力での離脱は不可能な状態であった。
「……頭、殴られた」
「それは私からも謝罪する! だからお願い! 手を離して!!」
「駄目、こいつ、襲った、やりかえす。これ、大地の掟」
そして、彼女も、指を外すつもりはなかった。
何故なら、大自然において、ちょっかいをかける=食うか食われるかの殺し合いであるからだ。
知能の高い動物などは遊び半分で獲物を痛めつけることもあるようだが、彼女は違う。
襲う時は食う時だし、襲った以上は出来うる限り食う。
逆に、襲われた以上は一切加減をしないし、如何なる命乞いであろうと聞くつもりはない。
例外は、この町に来た時ぐらいだろう。
アレに関しては、彼女自身が部外者であり、別の縄張りに入るための洗礼だと思っていたから、例外である。
しかし、コレは違う。自然の中では、ナメられたら終わりなのだ。
相手が動物であろうがモンスターであろうが、襲っても問題ない相手だと思われてしまうことだけは絶対に避けなくてはならない。
どんな理由であれ、そのような態度で来た相手は絶対に分からせなくてはならない。
それは、この世界にて、魂魄に刻まれるほどに思い知らされた不変の鉄則で──っ!?
「手を離せ、下郎!!」
寸でのところで、ギリギリ回避が間に合った。
唐突に割り込んできた、鎧を身にまとった男。見覚えはないが、身のこなしからして、只者ではない。
実際、その男より切り掛かられ、それよりも早く手を離した彼女はそのまま身を引いたが……僅かばかり避けきれず、スーッと……腕に赤い線が走り、鮮血が滲み出た。
「ご無事ですか、ポッチャリ神官殿」
その事に、まん丸に目を見開く彼女を他所に……素早く神官……ポッチャリと呼ばれた豚男を、彼女から遠ざけた。
「げほっ! げほっ! ふごっ、ふごごっ!!」
途端、ポッチャリはフゴゴゴっと不器用に呼吸を始め──盛大に咳き込んだ。
短時間とはいえ、脳への酸素が止まっていたのだ。
顔中から滴り落ちるほどに冷や汗を噴き出したポッチャリは、酸欠によって立てないようだが……それでも、頭だけはすぐに動いたようで。
「こ、殺せ! その無礼な女を! これは神罰だ!!」
すぐさま怒りを露わにすると、傍の鎧の男は一つ頷き……彼女へ向かって構えた。
当然だが──その対応に、ギルド内にて成り行きを見ていた誰もが目を剥き、絶句した。
確かに、彼女は神官であるポッチャリに手を上げた。
鎧の男……護衛の騎士が無理やりにでも止めなかったら、彼女は一切の躊躇なくポッチャリの首をへし折っていただろう。
だが……それでも、有無を言わさず死罪にするのは、彼女の人となりを少しばかり見て来た者たちにとっては、やり過ぎに思えた。
なにせ、彼女は常識に疎い。ついこの間まで、まともな服すら着ておらず、野生の中で生きてきた女だ。
そんな女の(しかも、寝ているところを)頭を叩けば、どんな反応が返されるか……想像するまでもない。
加えて、ポッチャリ神官には……おそらくだが、事前に説明が成されているはずだ。
というか、説明していないわけがない。
件の女は常識を持ち合わせておらず、野生の中で長く生きてきたから言葉も常識も不自由である、と。
「わァ……ァ……ァ」
「泣いちゃった!! マスター、泣いちゃった!!」
そして、ちゃんと説明しているということが、泣き出したマスター(普段は冷静沈着)の姿によって証明された。
というか、傍観者たちは何故煽るような言い回しをするのだろうか……たぶん、現実逃避なのだろう。
こうなると、ちゃんと説明を受けていたというのに対応を間違えた神官の方が悪いわけだが……残念な事に、ギルド内の誰もがその事を口には出せなかった。
何故なら、それだけ神官(というか、バックの教会)の権力が強いからだ。
さすがに白と言えば黒も白になる……ほどではないが、多少の罪は神官だからの一言で無かった事に出来るほどの権力を有している。
実際、本来であればギルド内にて絶対的な権力を有しているはずのギルドマスターが、泣いて途方に暮れるしかないのだから……如何に強い権力を持っているかが窺い知れるだろう。
(──切った、な)
……とはいえ、だ。
その権力が通用するのは、同じ人間社会……正確には、教会の威光を理解している者にしか通じない。
残念な話だが、彼女は理解していない人物であった。
そして、己を傷付け出血させた……もはや、その時点で全ての言い訳は無意味となった。
ギリギリギリ、と。
握り締めた拳が、軋む。合わせて、皮膚の表層に浮かび上がった血管が、ビクビクっとケイレンする。
滲んで溢れていた血が、止まる。いや、止まるどころか、既に薄皮が張ったそこはもう、治っているに等しい。
とてつもない勢いで分泌されてゆく……全身の血脈を通じて回ったエンドルフィンが、彼女の思考をどんどんクリアにしてゆく。
戦闘モードに意識が切り替わった彼女にとって、眼前の男は……ポッチャリも、騎士も、何一つ変わらない……己の命を脅かす敵でしかなくなった。
「これは、神罰である!!」
とはいえ、そんな彼女の内心など欠片も配慮していない騎士にとって、些事でしかなかった。
騎士は、宣告する。
眼前の女は神官を傷付けた罪人であること……そして、その事を悔い改めることもせず、敵意すら向けようとしている愚か者であると。
故に、騎士は通告する。
眼前の女は、神に敵意を向ける悪魔の使徒であるということを。周囲の者たちへ、自分たちにこそ理があると、これ見よがしに訴えた。
『……神は言っております。神が、自らの意思で何者かの死を願うことなど無い、と』
だが、しかし。
『すなわち、これは神の意思に非ず。神はいつも見守るのみ、ただ見守り、源へと還る場所であり、待っている者なのです』
それに、待ったを掛ける者が居た。
誰かって、翼の生えたエンジェルである。
自然と、その場の者たちの視線が集まる。
ほとんどの者がその存在を思い出して、アッと目を瞬かせる最中、フッと我に返った彼女は、ふわふわと宙を漂うその姿を見て。
「──フラさん?」
『フラさん違います、天使です』
思わず名を呼べば、即座に違うと返され……やっぱり似ているなと、ちょっと思っていると。
「て、てててて、天使……天使様だ……!!!」
なにやら、ポッチャリ神官が動揺し始めた。
……そういえば、この世界の宗教的なアレにも天使っているんだな。
今さらといえば、今さらなことを考えながら……彼女は、天使に気を取られている騎士へとふらりと近づく。
──忘れてはいけない。油断など、もってのほか。
──そうなのだ、彼女は、一瞬我に返っただけなのだ。
──頭蛮族な彼女が気を抜くのは、敵を仕留めた後だけだ。
当然ながら、迫る彼女に気付いた騎士が反射的に剣を構えるが──構う事無く、彼女は、その剣ごと、鎧ごと、長い腕を回して──ぎゅうっと抱き締めた。
「き、きさ──っ」
逃れようと、身体と身体の間に、ギリギリだが剣を差しいれた──が、それはもう、悪手でしかなかった。
何故なら、戦闘モードになった彼女の肌は頑強である。
たとえそれが騎士の剣であろうとも、ただ刃先を立てただけの状態では……せいぜい、衣服を切り、その下の薄皮を削るのが精いっぱい。
べきべきべき、と。
女の腕とは思えないぐらいに筋肉が隆起した腕と、両手でも片法すら収められないサイズの双山が、隙間無くピッタリと密着し……異音と共に、騎士の鎧が変形し始める。
異変に気付いた騎士は、必死になって逃げようとする……が、逃げられない。
一回りも二回りもデカい相手から、包み込むように押さえ込まれているのだ。しかも、相手の方が何倍もパワーがある。
外部から邪魔が入るならばまだしも、不意を突かれ、体勢も不利、刃こそ立てることは出来たが、辛うじて薄皮を切る事は出来たが、それ以上はとてもとても。
「──す、スマン!! 私はただ、命令されただけ──ぐぇ」
べきり、と。
ひと際強く響いた異音と共に、ぐるんと白目を剥いた騎士は……彼女の腕が外れると同時に、どしゃっとその場に崩れ落ちた。
……。
……。
…………騎士に、手を掛けた。
それは、単純な話ではない。
護衛の騎士とはいえ、教会の関係者に手を掛けた……その罪の重さは、人の社会で生きている者なら嫌でも知っている。
それは、天使を見て絶句していたポッチャリ神官も例外ではない。
……白昼堂々と行われた、教会への攻撃なのだ。
それを、遅れてようやく理解したポッチャリ神官は『──!! ──!!』聞くに堪えない罵詈雑言を発した後……ドタドタと豚のような身体を揺らして、ギルドを飛び出して行った。
あとには……白目を剥いてピクリとも動かなくなっている騎士と、呆然とするしかない第三者たちと……ふう、と高ぶっている気を吐いている彼女だけが残された。
「マスター」
誰しもが、何も言えない中で……ポツリと、彼女の声は良く響いた。
「世話、なった。町を、出る」
それは、己の背負う罪を理解し……同時に、今の己が出来る──。
「やつら、私、狙う。ならば、私、やつら、狙う。どっち、餌、決める!!!」
──訂正。
「やられる前に、やる!!!」
彼女にあるのは、前世の記憶。そして、今生にて培った真理がある。
話し合いが通じない相手がいる。
話し合いなどする気もない相手もいる。
ならば、どうするか?
答えは、一つしかない。
力と力がぶつかり合い、どちらが上なのかを決めるだけ。
前世でも、そうだった。単純な、力だけではない。
形や方法が違うだけで、結局は『力』を持つ者が上になり、下になってしまった者は、受け入れるか離れるかしかない。
──それを知っているからこそ、彼女は……ふんす、と鼻息荒く覚悟を固めると、バンと扉の蝶番を壊す勢いで外に出て……そのままポッチャリ神官を追いかける。
『──あの、私が言うのもなんですけど、もう少し後先考えて行動を……』
その少し後ろを、天使が追いかけて行ったが……その事を、気に留める者はこの場にはいなかった。
「わァ……ァ……」
「泣いちゃった!!」
後に残されたのは……くしゃくしゃに顔を歪ませて泣いているギルドマスターと、同じく形容しがたい苦悶の表情となった者たちだけが……その場に残された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます