7.落籍の神々は楽園を見る
「うっかり果物って言ったけど、スイカって野菜だっけ」
「果物屋に並んでいるイメージはある」
忍は誤解を招く発言をしたかと反省をしている。
反省するほど大したことではないが、司さんがいうとおり大体スイカが並ぶのは鮮果コーナーであり、まちがってもきゅうりやかぼちゃの間には並ばない。
オレが「スイカがなるくらい巨大な木」を想像している間、二人も同じくそれを想像しただろう。きっとその樹木は樹齢200年のご神木にも下らない大きさだ。
「はは、この大きさの実がなる木か。店頭に並ぶ前に落ちてきたら人間が一撃死する衝撃になるな」
「公爵、仮に30メートル付近から落下したらどんな感じですか?」
「重力加速度が9.8だろ? 大玉ひとつ7㎏として2,059.3965J(ジュール)のエネルギーを持つ。速度は24.26m/s」
お前が知識の悪魔ってことは今まさに証明されたから、その黒黒しい話題やめろ。
「ジュールなんて高校以来聞いたことありません。もっと具体的に」
「時速換算で87.30 km/h。高速道路走行中の車と同じ速度でスイカがぶち当たって来る感じか? 落下で30㎝地面にめり込むとしたら約1.4トンになる」
「詳しいお話はよくわかりませんが、つまりこれは兵器のようなものでしょうか」
ほらぁぁぁ! お前らが物騒な話してるからなんか純真そうなヘズさんがスイカを誤解してるだろぉ!
「違います。ユグドラシルから落ちてきたら危ないよねという話で、おいしく頂けます」
忍のフォローは完璧だった。
「しかし外がこれほどグロテスクな配色で『中が赤い』とは……?」
「割りましょう。さぁ目隠しを」
「お前、バルドルに割らせんの? こいつ一応北欧圏内でオーディンの後継者の一番偉いやつなんだけど」
「そういうことは早く言っとけよ。断っていいですよバルドルさん」
「目隠しが必要というならヘズにやらせてみたらいいでしょう。どうするんです?」
あーなるほどな。結局兄優先と言いながら忍はヘズさんも楽しめる遊びをセッティングしたわけだ。買い被りかもしれないけどヘズさんだけ、というよりどうせなら全員楽しめるものというのには割と良いチョイスだとオレも気が付いた。
「スイカを先に置いて、竹刀を持ったヘズさんには回ってもらって」
「わ、わ、わ」
容赦なく三回くらい回している忍。棒は確かになさそうだが竹刀がなぜあるのか謎である。
「周りの人がスイカまで誘導して、回された人が割れればOK!」
「単純明快だが、こういった遊戯には我々もよくみなで興じたものだ」
北欧の神様たちはものを仲間に投げつけたりものを叩き壊したり、シンプルで豪快な遊びが好きだったらしい。
呟きを聞かなかったことにしてオレは忍やダンタリオンと一緒に誘導に回っている。
「右! 右!」
「行き過ぎ。とりあえず真っすぐ行け」
「余計離れるだろが。左です! 斜め左!」
シンプルなのに盛り上がる。
そして
「そこで振り下ろしてください!」
「え、あの」
「思いっきり割って大丈夫です」
言われた通り思いっきり振り下ろした。オレたちは若干大人しめの性格と人間そのものの姿にすっかり忘れていた。このヒトが神様だということを。
ボガァァァァァ!
スイカは木っ端みじんになり、芝の張られた地面にクレーターが出来た。
離れててよかった。
「……」
「これは……やりすぎ、ましたか?」
「もういっこ行きますか」
そんなふうにしてスイカ割は和やかに進んでいった。
結局、バーベキューもダンタリオンを含めそのまま公館の庭で。
「司くん、スイカ割りする?」
「ツカサにやらせたってきれいに割って終わるだけだ。よし、オレのために割ってこい」
「司さん目隠しするからオレのいう通りに狙ってください。左のすぐ前」
言うだけ言うオレの前で司さんはごそごそと目隠しをしようとしている。左すぐ前には言うまでもなくダンタリオンがいる。
「待て。どうせなら客のためにお家芸でも見せてやれ」
「そんなものはありません」
すっかりうちとけた北欧の神様は簡易ミストシャワーの設置されたその下で、熱帯夜のバーベキューと冷たい飲み物に舌鼓を打っている。
「花火もあるんですよ。さっき買ってきたの」
それらは結局、ビアガーデンをやめて過ごすと決めたあとに買ったもの。手に持って遊ぶ、こどもが楽しむようなものであるけれど。
「公爵がね、幻覚を見せる能力があるんです。それを使えばヘズさんにも見えるかなって」
「幻覚、ですか?」
「幻覚ってのは脳内に作用して像を結ばせる。必ずしも視覚に作用するものじゃないからな。オレが見える光景を幻覚にしてお前に反映させればお前は現実を見ているのと同じことになる。まぁこんな幻覚の使い方は初めてだからうまくいくかは……」
「ほ、本当に見えるんですか!?」
ヘズさんは喜びというより切羽詰まったような顔をしている。まるで手術を受けて諦めていた視覚が回復する、と言われた人のようだ。
オレだってびっくりしている。幻覚なんて人を惑わすために使われる能力だろう。そのまま見せれば見えない人に現実が見えるようになるとか……
「お前でも慈善みたいなことができるんだな……」
「何呆けたような顔してる。本気で腹立つリアクションだぞ」
「本気でびっくりしてるんだよ。ひとつくらいいいことしとけ?」
本当に? 本当に?
と今度は期待のこもったまなざしを向けるヘズさんにダンタリオンは振り返らずに告げる。
「こんなことはふつうはしない。頼まれついでにあくまで気が向いたからだ。うまくいったら一生恩に着るんだな」
「はい!」
「……」
このオロバスさんにも似た素直さには皮肉も何も通用しそうもない。ダンタリオンはため息をつくと試しに、遠い遠い国のカミサマに幻術をかけた。
結果はと言えば、成功だった。
ただそれはダンタリオンの見せる世界なので、余計なものをみせなければいいとは思う。
「すごいっ! 緑と朱の小さな光がきれいです!」
夏の夜、ビルの灯りから少し離れた広い庭。
ぱちぱちと小さな光がそれぞれの手に爆ぜる。
「夏だな」
「夏だね」
まるで子どもみたいにオレたちはわいわいと手持ち花火に興じる。
カミサマと悪魔と人間と。
それを少しだけ遠目に見やりながらふたりの兄神が懐かしみのまなざしを向けているとも知らずに。
「全ての世界がそうであるように、神の世もまた永遠などではなかった。けれどここはまるで楽園のようだ」
「そうですね。私たちは輝く野(イザヴェル)より夢の跡を懐かしんだものですが……」
イザヴェル。
それはかつての神々の国、アースガルドがはじまり、終わりを告げた場所。
「ここは夢の跡でない。現実だ」
「えぇ。ですが、なんだか懐かしく思います」
生き残った神々は僅かに集い、草の中に金の将棋盤(タフル)をみつけ、ただ遠き日を懐かしむ。
それが、北欧の物語で語られる最後の情景。
「これほど人の世が流れ、これほど見知らぬ場所で、不思議なものですね」
そして兄神たちはそこに真夏の夜の夢を見た。
それは蜃気楼のように淡く、遠く、懐かしく、だが確かに新たに刻まれるものだった。
終わる世界と狭間の僕ら 北欧神がやって来た! 完
※神々が神話の中でみつけてかつてを懐かしむ「将棋盤(タフル)」についてはこちらに記載しておきます
https://kakuyomu.jp/users/miyako_azuma/news/16817330662179481581
北欧神がやってきた! ー北の神様、真夏の東京初来日ー 梓馬みやこ @miyako_azuma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます