4.天然氷と北欧神

 ひみつ堂。

 何がひみつなのかよくわからないが、ひみつっぽい雰囲気はしていた。

 狭い店内にエアコンはなく、サーキュレーターもない。

 カウンター席があるだけだが、人気の看板に嘘偽りはなく、満席だった。


「8月になると行列凄いらしいよ。さっきSNSで状況チェックしてみたら今日は平日だし待ち時間ほとんどないって」

「ほとんどなくて満席か。ていうか暑い」

「公式サイトにこう書いてあった。『暑い中で食べるかき氷が一番おいしいからエアコン設置してません』って。山登りするくらい体力がある時に水分をお持ちになってきてください。自己防衛をお願いします」


 自己防衛。

 忍は並んでまで何かに参加するタイプではないので、サイトのセンスに釣られたところもありそうだ。

 つっこみどころが多すぎて何を言ってみようもない。

 けれど事前リサーチはしっかりしてくれていたおかげで割とすぐに全員店の中に入れた。

 かき氷にしてはいいお値段だと思ったが目の前でひたすらしゃりしゃりしゃりしゃり巨大な白いかき氷機の赤い手回しをひたすら回している店の人を見るとまったく高くないなと思う。そう、かき氷づくりは人力だった。

 そして、出てきた物もすごかった。

 ふわふわの氷の上に、どっさりの果肉がほぼほぼマンゴーソース。

 シロップではなく果実そのままを使っているのが一目で分かる。ものすごく贅沢だ。


「これは……!」

「これが夏……!」

「たべたことがない果物です!」


 そうだな。マンゴーは基本、南国産だから。

 せまい店の中には次の人のためにしゃりしゃりと氷を研ぐ音がずっと響いている。

 エアコンのない、暑い店内。

 どこか陰鬱とした空気すらまとっていた人ならざる存在が、かき氷一山を前に言葉短く感動のテンションを振り切っている。

 ……ふつうにおいしい。


「夏って感じがする」

「オレ、かき氷食べたの何年振りだろ。こんなにおいしかったんだ。司さん?」

「制服でかき氷を食べる自分の姿に違和感を覚える」


 大丈夫です。これも仕事だし、夏の蜃気楼くらいに思っておけば。

 オレはささやかながら経費で食べられることに幸せを覚えよう。


「氷は天然、果実蜜もぜんぶ手作りだそうですよ」

「我々の世界では、手作り以外のものなど存在しなかったが、そうか手作りというのはとても貴重なものだったのだな」


 あとに行列ができ始めたので食べ終わったらすぐに撤退。忍が情報を加えてくれている。

 それが何かを知ると、途端に価値も跳ね上がる不思議。


「シロップじゃなくてソースでもなくて密なのな。ひみつの店……?」

「ひみつ堂。つまり氷の蜜で氷蜜、なんだね」


 なるほどー。

 自動翻訳機が常時通っている高位の神様たちと一緒に最後におぉーと盛り上がる。


「まさか氷をわざわざ食べる日がくるなんて思ってもいませんでした」

「暑い中で食す氷。まさに夏であると実感できたな」

「……極北圏内にお住まいですからね」


 こういう人たちと一緒にいると、逆に発見することも多くなる。そう、彼らにすると「氷はわざわざ食べるものじゃない」のだ。

 オレたちは「氷」という自然物に甘い蜜をかけて食っている。確かにおかしい。

 雪が降ってきたらシロップかけて食べるmのと同意な行為だと思う。


「ヘズさんも夏を堪能できましたか?」

「はい。目の見えない僕も、味と食感、それから肌で夏というものを感じられました」


 そうか。だから忍は目で見る場所じゃなくて食べ物を選んだんだな。

 日本では食べ物は大体はずれはないけれど、観光というとやっぱり「目」から入ってしまう。

 こういう視点があるから一緒に来てもらってよかったと大抵いつも思う。


「次は浅草」


 思いっきり視覚重視な観光地来た。


「な、んで浅草?」


 ほっとしたところに斜め上が来たのでつっかえながらオレ。


「混むし暑いから嫌なんだけど……近いから」


 そうだな。ここからだと山手線2つ先で上野、そこから銀座線に乗り換えて……


「都バスで20分」


 慣れない移動方法らしく忍はデバイス片手に検索をかけなおしている。

 この辺りはオレも全然来ないのでよくわかっていない。


「司くん一人なら移動に数分だろうに……」


 神魔事件対応特化の白コートのおまわりさんは、身体強化を受けているので移動経路も移動速度も人並み以上。

 建物の上を経由して直線コースで行けるので、確かに5分くらいで行ける距離なのかもしれない。がしかし。


「俺が一人で行っても意味がないだろう……?」


 このものすごく本末転倒な翻弄っぷりと来たら。しかし直線距離ではそれだけ近いのに公共交通だと、というのは都内ではありがちだ。

 バス停で待っているとほどなくしてお目当てのバスがやってきて移動。

 電車だけで済むかと思ったが、逆にこれはこれで喜んでいるようなので良しとする。この三人はわいわい騒ぐというより一人一人が窓の外を見てそれぞれ無言で感動するタイプのようだ。

 バスの席は一人か二人なのでまぁ助かる。


「バルドルさん、具合はどうですか」

「問題ない。暑さで倒れた時はさすがにもう一度死ぬのかと思ったが」

「? もう一度?」


 聞き返しておきながら、神魔特有のとんでもエピソードが発表される予感。


「私は一度死んだ身なのだ。ロキの奸計によりな」

「ロキって巨人族のハーフっていう……罠にはめられたんですか」

「僕が殺しました」


 とんでもない兄弟の地雷踏んだー!!!!!!

 目が見えないこの大人しそうな弟が殺したとか。どういうことなのか聞きたいけど聞けない!!

 冷房強くしてくれ。嫌な汗かきそうだよ!

 しかし大した話ではないのかバルドルさん自身が続けている。


「自身が殺されるという悪夢を見るようになった私を心配した母がありとあらゆる生命、無機物に私を傷つけないように約束取り交わしてくれたのだが、ヤドリギだけは若すぎて契約が出来なくてな」


 うんわかった。これアキレス腱の話と同じパターンだろ。不死身になったけど一か所だけ弱点ありましたみたいな。日本でいうと耳なし芳一な。

聞きたくないと思ったが、話は進んでいる。


「不死身になった私を祝い、神々はこぞって私に様々なものを投げつけるという娯楽にふけった」


 娯楽?

 二度見ならぬ二度聞きしてしまいそうな事態が発生していた。




**物語ソース:ひみつ堂(近況ノート)

https://kakuyomu.jp/users/miyako_azuma/news/16817330661279258890

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