6.スイカの模様は邪悪模様

 なんとなくしんみり大人しくなってしまった三人。

 それぞれに思うところがあるのだろう。

 あるいは彼らにはオレたちに見えない何かが見えたのかもしれない。


 バス停から歩いたのは本当に1、2分だったが帰りは日陰を選んで歩いたり、それなりに人通りのある仲見世通り……はヘズさんには危ないから裏の商店街を通ってみたりしながらお昼も補充して「正面」の雷門へと抜ける。

 時間的にはあとはゆっくり一か所回るくらいでちょうどいい頃だろう。


「何か希望はありますか?」


 聞くと意外なことにヘズさんからまっさきに答えがあった。


「今度は兄二人が楽しめる場所へ連れて行ってください」


 ……いいヒトだな。自分が盲目なことに気遣っていることをきちんと理解している。だから今度は「目で見て楽しめるところ」ということなんだろう。


「私たちが楽しめるところ?」

「氷屋も神の社も十分に夏とこの国を満喫した心地だがな」


 いくらか事前の勉強をしたとは言え、まったく知識ゼロに近いヒトたちだ。皆目見当がつかないには違いない。逆に困り顔になってしまっている。


「一番楽しいのは結局、ホームステイかな。と私は思うんだけど」

「確かに文化満喫できそうだけど。誰ん家でもあずかれないだろ」

「そんなことない。私、いい場所知ってる」


 忍はそう言うと、ちょっと待ってと少し離れて誰かに電話をかけ始めた。


「……まさかうちじゃないよな?」

「エシェルのとこでもないですよね?」


 どっちも困る。というかエシェルのところは広いがあそこはむしろ海外だ。フランス大使館なのだから。妹の森さんに連絡を取っているのではないかと若干はらはらしている司さんの心配は杞憂で


「じゃあ公爵のところに行こう」


 忍はダンタリオンに連絡を取ったようだった。


「あーあそこね。確かに広い」

「日本かというとそうでもない気がするが、ゆっくりはできる」


 休むにしても快適そうなのでこの存在しているだけで体力を消耗しそうな暑さの中、オレと司さんは一も二もなく珍しく自主的にダンタリオンのところへ行くことを了解する。

 大使館へは最寄りの駅からちょっと歩く。

 人間の外国大使館は大体港区に集中していてその名残だが、こんな暑い日は勘弁してくれと思う。


「もっと駅近に移転して」

「オレは電車なんて使わないんだよ。だからここでいいんだ」


 駅近すぎると車が出しにくいだろうとお抱え運転手付きの悪魔はいう。バルドルさんたちは広い場所の方が慣れているのか、応接室のソファに腰を下ろしてから今日一番ほっとしてくつろいでいるかのようにも見えた。


「異国の神にこのように歓待を受けようとは」

「神」

「神も悪魔も存在次元は同じだからな。魔界に住んでるっていう意味で他教からすれば一括りなこともある」


 この俺様悪魔が神と呼ばれると不条理さしかないわけだが、とりあえず茶菓子とお茶が出されただけで歓待でもなんでもない。

 それでも三人は珍しい異国のお菓子を堪能し、氷の入った緑茶のアイスティーにちょっと躊躇してから手を出していた。

 夏も冷涼な気候の大地で氷を飲み物に入れることは「寒い場所で寒いものをより寒くして飲む」という意味不明な行為でしかなかったからだろう。しかも緑だ。オレもちょっとわかってきた。


「夜はビアガーデン行くんだろ? 俺も行くか」

「いいけど引率しろよ。中継係」

「中継係は中継係で引率は担当外だ」


 オレだって外交係であってどっちかっていうと中継担当だよ。

 何言っても無駄そうなのでスルーパスしかしてこない中継係には何も期待しないことにする。


「暑さと寒さがこう目まぐるしく変わると、ことのほか外が暑いと身に沁みますね」

「だからこそこの季節は涼しく過ごす事柄に幸せが感じられます」

「確かに。我々の宮殿もまた、広く美しく、つねに暖かく満たされていた。それは極寒の地であるからこそ感じられた幸せだったのだろう」


 この公館は広大な洋風ゆえに何かを思い出してしまうのかそれとも一息ついてテンションが戻って来たのか……

 通常運行にしても他の観光神魔と何気に落差を感じてやまない空気だ。


「シノブ、頼まれたもの用意してあるぞ」

「じゃあやりましょうか」


 空気は読めても空気に気分を左右されない羨ましい性格の悪魔がしんみり加減の三人にかまわずそう声をかけてくる。

 頼まれたもの?

 もちろん疑問でオレと司さんは同時に忍に視線を向ける。


「せっかくだからみんなで遊ぼうと思って」


 何が待つのかわからないが、この辺りの発想は天才的なことがあるので任せて庭に出た。

 やっぱり暑い。

 木陰に移動。すると……


「スイカがある」

「そうだね、大きいね」

「なんで5個もあるの?」

「このご時世にスイカ叩き割るとか怒られそうな気もするんだけど、割った後はおいしくいただけば許されるかなと思って」


 なんで素直にスイカ割りします、って言わないんだ。

 夏の浜辺の定番のようなこのゲームは、とても有名だが実際やったことがあるのはごく少数ではないかと思う。オレも実は未体験だったりする。


「なんですか? この黒い模様の入った巨大な緑玉は」

「まがまがしい模様です。まるで邪龍(ニトホッグ)の瞳孔が幾重にも並んだ眼球のようだ」

 

 邪龍の瞳。スイカがえらい物体に例えられた。

 でも、そう言われると確かに不気味な模様だよな。考えたこともなかったわ。

 高級品なのかとてもきれいな球体でつやがあるのでなおのこと眼球に見えないこともない。


「そうなんですか? 僕には見えないんですが」

「中は赤くて果汁……というかほぼ水分なので夏の水分補給にはとても良い果物なんですよ」

「果物!? この巨大な果実が!?」

「これほど大きな実がなるとはユグドラシルとは言えないまでもそれに匹敵する大きさの樹がこの国にはあるのですか」


 その発想はなかった……!

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