5.神の娯楽と風の鈴
「しかしロキは盲目故に遊戯の輪からはずれるヘズをそそのかし、その手にヤドリギを握らせてしまったのだ」
「僕はそれがヤドリギと知らずに兄を……」
重い! やめてくれ!
ていうか、不死身になった祝いにものぶつけて遊ぶっていろいろおかしいだろ!
それは楽しい話なのか哀しい話なのか、どっちなんだ!
つっこみどころ満載でオレは何も言えなくなっている。
「ロキは極刑に処された。しかしそれを抜けたロキは巨人族とともに報復に出、そしてラグナロクが始まった」
世界の終末の一歩手前の重要事件だった。ていうかバルドルさんめちゃくちゃ重要なヒトだった。
「ちなみに前後してヘズは父オーディンが報復のために設けた末弟のヴァーリに殺されています」
「ヴィーザルさん! ちなみには要らないです!」
無言だと思ったら横からぽつりととんでもない補足が飛んできた。
確かこのヒトもバルドルさんと兄弟だったよな?
事前情報の関係図を確認したいが、やめておく。
この辺りは異母兄弟が多すぎてややこしいだけだ。ちなみに全員主神オーディンの子どもだったはずだ。
もうやめてくれと思い始めたところでバスは目的地に到着した。
「懐かしい話ですね」
「そうだな、あの頃はこのような熱い大地を踏みしめる時がこようとは思わなかった」
「あの地面の揺らぎはムスペルヘルムの炎の幻のようです」
どういうわけか雷門ではなく二天門前、という人通りの少ないバス停で降りると三人は暗いテンションで何もない通りの中央を前に立ち尽くしている。
いままで異国でテンション高めだったろうから、これが通常運行なんだろうなとなんとなく察した瞬間。
「なんで二人とも何とも言ってくれないんだ!」
「ごめんね、一人席に縦に並んでたものだから」
「年寄りに席を譲ったら離れてしまい」
二人とも。マナーのいい乗客だけど、オレは良識を越えて助けてほしかった。
「ヘズさん、日本の歩道には点字ブロックがあるんですよ。目が見えない人はこれに沿って歩くと基本的にものにぶつからないんです」
「ホントだ……素晴らしいです。僕も一人で歩けそうです」
「信号も渡れるようになると広い道路は『カッコウ』、交通量が少なめの狭い道路は『ピヨピヨ』って音がするんですよ」
マジか。あれ法則性あったのか。
オレが内心ちょっと驚いているとちゃんとこっちにもレスポンスを放ってよこす。
「カッコウは南北、ピヨピヨは東西とかいう情報はウソらしい」
「うん……そもそもどっちでもオレ方角気にしたことないから」
そんなことを言っているうちに道路の向こうに渡る信号が変わって「カッコウ」の擬音が流れる。ホントだ、と音の方を向いたヘズさんを連れて、オレたちはどの横断歩道も渡らずバス停からすぐ南の交差点を右に曲がった。
「浅草だよな?」
「うん、徒歩一分だよ」
浅草と言えば雷門。閑散とした通りのすぐ先にはそれより小さいが立派な朱塗りの門が見える。
「二天門は浅草神社のすぐ東だな」
さすが広域を巡回する白服のおまわりさんだ。司さんの頭にはこの辺りの地図が再生されているのか現在地を確定している。
浅草神社は浅草寺のすぐ隣。
どうやら人通りの多い仲見世通りを通らず、ショートカットで敷地内に入れたようだ。
りりん、りん
どこからともなく涼し気な音が聞こえてくる。
「この音は何ですか?」
「風鈴です。少し前の時代では、街中でも夏の風物詩でした。鐘に近い形の金属やガラスの鈴なんですけど、吊るされた短冊が風に吹かれると鳴るしくみです」
「風の鈴とはまた、素晴らしく美しい名前を付けるものだな」
りん……りりん
風は近く遠く、強く弱く揺らぎを伴って鈴の音を届けている。
門を抜ければすぐに音の出どころは明らかになった。
神社の敷地内にたくさんの風鈴が下げられていた。
「よくみつけたな」
「うん。夏らしいものってなんだろうと思ったら、風鈴まつりやってる場所あるかなと思って」
なんで浅草だよと思ったオレが浅はかだった。
風鈴まつり。
正直オレも実際目にしたことがない光景だ。涼やかな音と、風に揺れる姿に、こころなし涼しくなった気さえする。
「きれいな音です……この風鈴には何か由来があるのですか?」
「えっ」
日本人が抱かない系の疑問が飛んできた。しかしこれはリサーチ力ですぐに片が付く。一瞬ひるんだ忍はすかさずオレの肩を叩き、バトンタッチしてくる。
オレも知らないわ。と思うがすでにデバイスが手にされていたことから時間稼ぎをすることにする。
「由来はわからないけど、広く庶民に知られていますよ。風鈴を軒先に吊るして打ち水をしたり、夕涼みをしたりする光景がむかしはふつうだったみたいで」
「元々は邪気払いの意味があったみたいですね。この神社にも鈴が見えるでしょう? 日本では音が邪気を払うとはよく言われています」
早いな。もう調べたのか。デバイスもすでにしまっている。忍のこれは仕事というより本人が持っている特技のようなものだ。
司さんがいると何か問題があった時は安心だし、サポートも万全だしオレは恵まれている。改めて思ったオレはあとでまたかき氷でもおごろうと思う。
「この国に来る前に少し学びました」
ヴィーザルさんが風に揺れる風鈴と神社を眺めながら静かに言った。
「この国は世界で最古の国家だそうですね。それなのに、カミサマはあぁして祀られ続けている」
広い敷地、すぐ隣の葉桜の木の向こうに見える浅草寺に比べて人も多くないその中で、立ち尽くすようにそして三人は開かれた社を前にした。
「……この時勢になっても、姿が見えなくても、ずっと『生きて』いる」
それは一体何に向けられた言葉なのか。
ちりりん、りりん……
風が一層涼しげに吹いて、静かに風鈴の音を届けた。
**
風鈴まつりと「ぴよぴよ」のソースについて
https://kakuyomu.jp/users/miyako_azuma/news/16817330661406627239
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