第5話 男子大学生と女子高生
◇
「ねえ見て」
春。実家に帰っていた俺の目の前に、真新しい制服を着た幼馴染が現れた。
モスグリーンのブレザー、クリーム色のベスト、灰色のチェックスカート。赤系のリボンが胸元を隠して、女子高生らしさを引き立てる。
開け放たれた俺の部屋の入り口に立ち、俺が通った高校に行くのだと幼馴染は嬉しそうに言う。
漫画を読みながらベッドの上に寝そべっていた俺は、目線を上げてチラリと幼馴染に目をやる。
満面の笑みで何かを期待してか、目を輝かせた姿。
「可愛い?」
「はいはい、可愛い可愛い」
素っ気ない言い草に幼馴染は頬を膨らませ、遠慮なく部屋へと入り込んできた。
おいこら、遠慮しろ。
「ちゃんと見てよ。せっかくの生の女子高生ですよー」
幼馴染はスカートの裾をちょんとつまんで広げて見せ、ひらひらとスカートをはためかせる。
「その制服なら見慣れてる。それに、生の女子高生なんて珍しい生き物でもねえよ」
如何にも興味ないそぶりを見せて、全く目もくれない。俺の態度に呆れた幼馴染は、「もういい!」と怒りながら、あっさりと諦めて帰って行った。
幼馴染に会うのは久し振りだった。
大学に入って一人暮らしを始めると、お隣さんは滅多に会わない挨拶程度の付き合いになる。そこで、中学生の幼馴染に目が行くかといえばそうでもない。
中学生なんて、子供。
そう思ってた筈なのに、久しぶりに目に入った姿。
女子高生になったとはしゃいで俺の目の前に現れた、初々しい姿。
本音は――――ガン見したかった。
めっちゃ可愛い。何この生き物。女子高生って実は進化? ブレザーの効果ですか?
そこらの女子高生なんてガキだと思ってたけど、幼馴染だけは――――――
◇
茜色の夕暮れ。眼前に伸びる影は二つ。俺と幼馴染は人通りの少ない住宅街を、影を追いかけながら歩いていた。
繋ぎあった手が妙に気恥ずかしい。昨日も似たような状況だった筈なのに。
今日は指の先まで体温を感じるからだろうか。昨日よりも、距離が近いからだろうか。指を絡ませているからだろうか。
隣を歩く幼馴染は、今も顔が赤いまま。
どうにも、幼馴染には
「あの……トビ……その……」
もう家が見え始めたそこ。まだ蒸し暑い人通りもない住宅街で幼馴染の顔色は赤いままもじもじと地面に向かって話し始めた。
「ん?」
「えっと、また、家行って良い?」
「良いんじゃないでしょうか。彼女だし」
寧ろ今まで当たり前のように乗り込んできたのは、あなたなのですが。
「彼女……」
嬉しそうにボソリと呟くと、幼馴染はピタリと足を止めた。
「此処で良いよ」
家は目と鼻の先。まあ、ここなら問題ないだろう。
「今度から来る前は連絡しろよ」
「うん」
幼馴染はふわりと笑った。ああもう、可愛い。とか考えたのと、同時だった。
繋いでいた手が離れて、ほっそりとした手が俺の顔を包み込んだ。かと思えば、驚く間も無く幼馴染の顔が目の前にあって、人肌の温もりが伝わった。
そう、唇の。
ほんの一瞬の感覚。
不意打ちもいいとこで、俺は呆然とするしか無かった。
初チューは、何やかんやの前に貰いましたよ。最中も何回としましたよ。でも全部俺からだったし、それとは違った高揚感が俺を飲み込んで思考を停止させた。
キスされた。それだけ。
それだけの筈なのに、実感するのにとんでもない時間がかかった。
呆然とする俺の目の前で、照れながらも、してやったりと不敵な笑みを浮かべる幼馴染。
その表情が、夕日に照らされた所為で妙に大人びた余裕を感じさせる。
「じゃあ、またね」
別れの言葉告げた幼馴染は、そのまま数メートル先の家まで走って行っていってしまった。置いてきぼりにしたままの俺を残して。
家の中に入るその瞬間、ドアが閉まる一瞬まで一度も俺を見る事もなく、だ。
俺は、ただ眺めていた。手を振るとか、名前を呼ぶとか、別れに返事をするとか。一切の余裕が消え去って、幼馴染が消えたそこから目が離せなくなっていた。
――マジか……
少しづつ動き始めた思考で、俺は漸く足が動く事を実感した。踵を返してもと来た道たどるも、情けなくトボトボと歩く。
顔が妙に熱くて、暫くまともに思考は働かない。
まさか、別れ際にしてやられるとは。
と言うよりも――ユーリさん、小慣れてませんか? 本当に俺が初めて? 俺、弄ばれてる?
自嘲する俺から出たのは、渇いた笑いだけだった。
六歳年下の幼馴染の誘惑に負けて付き合う事にはなったけど、まだまだ俺が翻弄される日々が続きそうだ。
終
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。
本編、玄冬の魔術師もよろしくお願いします。
真夏に生きる二人と違い、極寒に生きる対極の中華ファンタジーです。
興味にある方は、是非。
(主人公は
六歳年下の幼馴染が天然を装って誘惑してきます 柊 @Hi-ragi_000
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